メタルタートルの甲羅
「そういや飛ばす時にその重量に応じて魔力の項目が減るって説明してたの忘れたな。谷泉辺りはちゃっかり覚えていて俺を呼ばない可能性が高いぞ」
忘れがちだけど、重い物は相応に魔力を消費する。
連続使用だと魔力が枯渇して使用不可になるし、重ければ重いほど魔力が減る。
そうなったら回復するまで待つか姫野さんの世話になるしかない。
しかもあまり重いと飛ばせないとか思ってるからこそ、俺を頼らない。
小野に複写させてもこの法則は変わらないからな。
魔力を回復させる手段は休息しかない訳で、しかも発動に五分も掛る訳だから使わない、と。
ま、獲物を解体して複写した飛山さんの能力で運ぶのが現実的って事なんだろう。
「さて、じゃあ加工はこのくらいにしておいて、肉とかゴミはどうする?」
食料にする事は出来るが出自不明な肉を出されたら料理担当が怪しむぞ。
自分達で料理して食べる……というのは出来ない事情がある。
俺達……いや、俺以外のみんなが料理能力に頼っているのは、何も料理が出来ないからじゃない。
クラスメイトの中には料理位出来る奴は当然いる。
だが、ちょっと考えればわかるだろう。
ネズミを料理して食べられる物に出来る奴がどれだけいる?
しかもこの世界の魔物は煮ても焼いても食中毒の危険性が高いらしい。
というのも俺が日本に帰っている間に拠点組の誰かが空腹に耐えかねて盗み食いしたそうだ。
当然、かなり火を通したらしいのだが、腹を壊して倒れた、と聞いた。
その症状もかなり酷かったらしく、実さんの拠点回復や治療などで一命を取り止めたんだとか。
それ以降、料理能力を通さずに食べるのはリスクが高い、という結論に至ったらしい。
谷泉達も食べ物に関しては研究している様で、自力で料理して食べる場合、ある程度のLvがあれば食中毒にはならない事がわかっている。
まあ、味は酷いそうだが。
他、噂では料理能力で作った料理には能力が上昇する物があるとか無いとか。
この辺りの話がどこまで本当かは知らない。
だが……ありえない話ではないと思う。
「埋めて誤魔化すか、幸成に頼むしかないか」
「わかった」
「あ、能力で加工出来るのがある」
萩沢が手を上げて言った。
「そういや萩沢の道具作成に保存食があったっけ? 他にも爆弾に使うんだったか?」
「ああ、問題は料理担当のアイツと被るのとポイント消費がある点だ」
「じゃあ一部、萩沢用に俺がストックしておく……腐る前に処分できるので頼めるか?」
「もちろんだ」
「さりげなく料理担当の倉庫に入れておくのも良いかもな」
そうすりゃ少しは料理されてこっちに回ってくるかもしれない。
……楽観し過ぎか。
「念には念を入れて行動してくれよ」
「わかってるよ」
とまあ、ばれない範囲で相談を繰り返し、その日は陽が沈んだ頃に谷泉達が相変わらず楽しげな表情で帰って来たのだった。
翌日。
打ち合わせ通り、今日も狩りに出かける事になった。
念の為に谷泉達が何処へ行ったのかを聞いてからな。
ま、行く方向は気まぐれに変わる時もあるが、とりあえず行けそうな所から、というのが谷泉達の方針だそうだ。
よく二週間で勝てる魔物と勝てない魔物の区別が付くなと感心する。
暴君として降臨はしているが死者を出さずにいるんだから、それなりに有能なのかも知れない。
もしくは能力が優秀で魔物の大半が雑魚なのか?
「メタルタートルの甲羅を余すことなく使って能力外で自作したぞ!」
と、茂信が出したのはメタルタートルの甲羅をそのまま使った盾だ。
地味に大きい。
甲羅の裏側に取っ手が付けられた簡易的な物だ。
自作という事はやはりポイントが足りなかったんだな。
メタルタートルの甲羅 付与効果 魔法無効
盾じゃなくて甲羅なのな。
それにしても魔法無効か。
ああ、だから谷泉の火炎が効かないのか。
つまり能力は魔法扱いなのかもしれない。
剣術とかがあるから能力にもよるんだろうけどさ。
そして物理はあの頑丈な甲羅が防いでくれると。
ステータスを完全に防御に振ったみたいな生物だな。
「へー……」
俺は無造作に転がされている盾の取っ手を掴んで持ち上げてみる。
「む……ふん!」
持ちあがりはしたがそれだけだ。
重量挙げじゃないんだぞ。
「こ、これを持って行くのか?」
「……無理じゃね?」
萩沢の意見に茂信は静かに頷く。
「実は……わかってた」
「Lvが高ければどうにかなるのかもしれないが、今の俺達には重すぎて使いこなせん」
「しょうがない。倉庫の肥やしになるの決定か?」
「いや、細かくして防具……プロテクターにするには良いかもしれない。分断を幸成に任せる」
転移で板でも飛ばして割るんだな?
「わかった。じゃあ後でやってみよう」
良い素材があっても正式に加工するのにポイントを食うし、自作しても問題があるか……今の俺達には使いこなせない物だったか。
「じゃあ行こうか」
飛山さんがそう言ってポータルを出現させる。
昨日集めたポイントと素材で若干装備が向上した飛山さんのお古の装備を俺が受け持った。
黒曜石の剣 付与効果 無し 切れ味 悪い
ゲームとかだと結構優秀な剣になるはずだけど、これじゃあ包丁の方が威力が高いんじゃないかなぁ……。
骨の剣といい……原始人にでもなった様な気分だ。
谷泉達はどれだけ良い装備で挑んでいるんだろうか。
かと言って現代日本から包丁とか持ってくるのは危ないか?
……この際、使う使わないは別にして後で持ってこよう。
で、この黒曜石の剣だが、茂信辺りにまわした方が良いんじゃないかと勧めたのだが、飛山さんが譲らなかったのでこうなった。
それでいざ出発! となった訳だが……
「一人留守番した方が良いんじゃないか?」
そう言いだしたのは萩沢だった。
「どうした?」
「いや、坂枝達がここで作業してる事を見せかける奴がいた方が長く滞在できるだろ?」
「……一理あるな」
茂信が萩沢の意見に頷く。
言われて見れば茂信の工房にいつ誰が来るかわからない以上、誰かが留守番をして隠していた方が現実的だ。
「姫野さんが二時間毎に帰らないと怪しまれるから二時間おきに交代するのが良いかもしれない」
……確かにな。
「飛山さんと姫野さんは狩りの要だ。俺や羽橋、萩沢が順番に交代をしておけば……」
「狩った魔物をどうやってここに飛ばすの?」
飛山さんが何故かそう言った。
なんで飛山さんがよりによって言うのかと俺は首を傾げる。
それは茂信も内心思っている事みたいな表情だ。
「小さな魔物なら袋にでも入れて持ってくれば良いんじゃないか?」
「そうそう」
「……それは羽橋くんの仕事だよ」
若干不快そうに飛山さんは答える。
仕事が増える事に不満を言っているのではない。
飛山さんは俺を尊重してくれているんだろう。
その意図を理解したかのように茂信が頷いた。
「OK、俺と萩沢が交代で見張りをする。それで良いか?」
萩沢も異論が無いとばかりに頷いた。
え? そこで頷くのか?
どちらかと言えば茂信と萩沢のLvを優先的に上げた方が良いと思うんだが……。
「幸成、あの亀を見つけたら絶対に倒して持ち帰ってこい」
「それだけでも羽橋が出かける意味があるしな」
茂信の言葉に萩沢が補足したので俺は頷いた。
ああ、そういう事ね。
確かにあの亀は現状、俺しか倒せない。
だから俺が同行した方が効率が良い、という事か。
尚、あの亀だが、何でも萩沢の方でも良い道具に使える可能性があるらしい。
何に使うかわからないけどな。
「了解。じゃあ茂信と萩沢のどっちが先に留守番する?」
「言いだしっぺの俺がやっておく」
萩沢がそう答えた。
「わかった。じゃあ……出発するか」
という訳で萩沢を留守番させて俺達は出発した。