最初の持ち主
「他にも色々とあるのじゃが、今はこんな所かの」
「細かい話は後でって事か?」
「うむ。してユキナリよ、そなたは奴を倒す使命がある。出来ねばわらわは異世界人を間引かねばならんぞ? それとも誰か気に食わない者はおるか? そう言った奴を仕留めれば後が楽になるぞ」
「ふざけんな!」
ルシアは半分冗談とばかりに肩を上げてから俺を見つめる。
あんな苦しい思いをして、やっとみんなで森を抜けたんだぞ。
誰かを犠牲にして敵を倒しても意味が無い。
そもそも好き嫌いで人を殺したら、小野と何が違うって言うんだ。
「……あながちふざけてもおらん。誰一人失わずに居たいのならば、厳しい戦いを覚悟せよ、という事じゃ。奴が完全に復活した時、ここにいる者達の大半は宛てにしてはならんのでな」
「どういう事だ?」
「わかるじゃろ? 奴の胎動だけで、精神汚染が発生するんじゃぞ? 来るべき時に奴が完全に力を解き放てば異世界人等、奴の下僕であり、双方殺し合うだけじゃ」
「な!?」
俺以外のみんなが殺し合いを始める!?
「そんな……」
「もちろん、意志を強く持てばある程度は抗えるじゃろうが、そんな状態ではまともに戦えはせんよ」
「じゃあ、俺達はどうしたら良いんだ?」
「それぞれ離れた所で機会が来たら動けない様に抑えつけて監禁しておく事を勧めるかのう。それが出来る施設がこの城や各地の遺跡と化した建造物にある。ある程度、緩和する事も出来るのでな、収容するならそこしかあるまい」
殺し合いをしない様に工夫されている。
……出来れば、今の内に避難をしてもらうしかないって事か。
「いやいや、さすがにそんな事態になるはず――」
「にゃああ……」
萩沢の肩にミケが手を置く。
うん。さっきのみんなは、纏う空気がおかしかった。
あの普段おちゃらけているムードメーカーの萩沢であってもそれは変わらない。
今でこそ冷静になっているけど、さっきはイライラすると言っていた。
「そなた等も先ほどの症状……覚えが無いかの?」
「……森の中で似た様な感覚に覚えがある。不自然なくらいイライラする感覚……小野が死んだ後から妙にすっきりしていたけれど、谷泉達の作った支配の所為じゃなかったのか?」
「何があったのかを多少聞く必要があるじゃろうが、半分くらいはタニイズミ自体の問題、残り半分は端末代表のオノの所為じゃろう。奴の加護を受けて居ればそれだけ状態が悪化する」
半分か……それだけの要素があれば十分なのかもしれない。
慣れない森でのサバイバル生活だ。
ストレスも果てしなかったはずだし、ちょっとの弾みで殺し合いになったとしても不思議じゃない。
実際、あの時の空気はおかしかった。
「媒介にされていたオノが倒された事である程度緩和したんじゃろうな」
「坂枝達と羽橋の斡旋する贅沢のお陰だろうけど、俺はそこまで感じなかったな」
「にゃあ」
「それはなマサル。ユキナリの近くにいたからじゃろ。現にさっきもユキナリの祝福で症状を緩和してもらったのじゃろ?」
依藤が考えるように顎に曲げた指を当てて俺を見る。
「確かに……羽橋の周りにいた坂枝や萩沢、姫野さんは揃って精神が安定していた。知らずにその祝福で症状が緩和していたんだな」
「小野くんを倒した後、不思議とみんな落ちついていたものね……一概にそれだけで片付けるのは間違っていると思うけど。その……ね」
黒本さんが俺を見て視線を逸らしながら呟く。
触れてはいけない話題だと……思ってくれているんだ。
例え精神が侵食されていたとしても、やってしまったのは俺達だという事。
俺もみんなも、それを誰かの所為にするつもりは無い。
「残された時間は少ないけど、後少しだ。後少しで……みんなを元の世界に帰せる」
めぐるさん。
俺は貴方との約束を守れるかもしれない。
希望が見えてきた。
その願いさえ叶えられるなら……。
「羽橋……みんな思っている事だが、捨て身で事に挑む様な真似をするなよ。坂枝も言うと思うが飛山さんは、そんなお前であって欲しいとは思わないと思うから」
依藤が俺を見て言う。
……。
「ともかく、ルシア。俺はみんなを死なせる様な事は絶対にしない。それだけは理解してくれ」
「……? うむ、わかった。今回のわらわの持ち主となるユキナリがそう言うのなら、わらわもそなたの剣として妥協しよう。仲間の為、世界の為にがんばるんじゃぞ」
そういうルシアは依藤に向かって眉を寄せていた。
一体何なんだ?
「別にお前を使うと約束して無いが……」
「ガウガウガウガウガウ!」
クマ子が人化して俺の腕に手を絡ませて来る。
きっとユニークウェポンモンスターとしての誇りが、別の相手を使うなって言いたいんだろう。
「ほう……これはこれは」
何か嫌な笑みをルシアはクマ子にし始める。
「これだけ強ければ魅力的に見えるじゃろうな。しかも誰かの為に動く行動理念、自己犠牲……わらわも惹かれておるぞー?」
嘘臭いセリフだな。
クマ子をからかっているんだろう。
「ガウガウガウガウ!」
「うわ! やめろクマ子! 抱きつくなって!」
台詞からクマ子が何か嫉妬してる様なのは分かるが、俺はそう言うのはしないって決めてるんだ!
変に煽る様な事をされるのは迷惑でしかない。
それともこれは戦いで負けた事に対する意趣返しか?
「くっそ! どうして羽橋の周りには美少女が集まるんだよ! 羨ましい羨ましい!」
「萩沢、またか! つーか美少女ってクマ子は元はクマだぞ!」
「実さんもいるだろーが!」
「実さんは天然でクマ子が好きなだけだろ!」
「同じ部屋で寝てるの知ってんだぞ! クマ子だけで出来る関係じゃねえ!」
こんな所でさえも騒ぐのか。
実際、本当に実さんとは何も無い。
クマ子が人化しなかったら、あんな生活はしていない。
そもそも実さんからそういう目を向けられた事すらないぞ。
「異性として認識されてねえよ!」
「嘘だ! 俺は騙されねぇ!」
萩沢が大きく目を見開いてガチで言い切った。
何がコイツをそこまでさせるのか、本気で謎だ。
「実さんに羽橋の事をどう思っているか聞いた時に頬を赤らめていたぞ!」
「はい?」
「あー、萩沢。そこで黙ろうな」
「にゃああああ、にゃにゃにゃ!」
依藤とミケに萩沢は抑えられる。
実さんがなんだって?
「く、放せ! 俺は、鈍感で無自覚な羽橋を許せないんだ! あのハーレム作成予備軍男に鉄槌を、嫉妬の炎で焼き尽くしてやらねばならないんだよ!」
萩沢が何か怪しげなヒーローとかに変身しそうな剣幕で、抑えつける依藤とミケを振りはらおうとしている。
鈍感なのは否定しないが、ハーレム予備軍ってなんだよ。
「ふむ、そこにいるマサルの相棒が続きを言っておるぞ? その時、ミノリは頬を染めながら、応援している選手と答えたそうじゃ」
……なんだ。本気でビックリした。
萩沢、お前は実さんが無意識に何が好きなのかわかっていないな。
彼女はボクシングの試合が潜在意識の中で好きなんだよ。
で、俺は選手として尊敬してるとかそんな感じ。
それを勘違いしやがって……まあ、実さんを責めてはいけない話だ。
むしろ実さんはクマ子の事を好き過ぎるだろ。
そもそも応援している選手ってなんだ。
「いーや! 実さんは羽橋とクマ子が好きで、羽橋と一緒になれば一緒にクマ子が手に入ると思っているに違いないんだ! 二人でずーっとクマ子と一緒にいる――ふぐ」
「にゃあああ」
あ、萩沢がミケに口を押さえつけられた。
ミケの奴、萩沢を抱える事が出来て、凄い笑顔。
お前はどうしてそんなにも萩沢が好きなんだ?
「まあいいわい。面白そうじゃから、わらわもその争奪戦に参加してみる事も視野に入れてみるかの? 全てが終わってからじゃがのう」
と、言った所で萩沢がルシアを見た後、少し考えて落ちつきを取り戻す。
なんで落ちついて来た訳?
「ふう」
「やっと落ち着いたか?」
「ああ、ルシアちゃんは美幼女ではあるが、これまでいろんな持ち主を渡り歩いているんだろ?」
まあそうだろうな。
おそらく異世界人が少ない時は自分で敵を倒していたんだろう。
過去の記述とかを見る限り、そんな感じだったはずだ。
で、異世界人の数が多ければ魔王として君臨していたって話だ。
「そうじゃな。時にはユキナリと同じく仮の持ち主を定めた事もあるぞ。マサル、そなたとも共に戦った事もある」
「ふふ、という事は……ルシアちゃんが如何に可愛らしくとも、中古品、ビッチって事だ!」
はぁ……またそれか。
しかもなんで勝ち誇った顔で俺を見てる訳?
まあ、言い換えれば中古品でビッチなのかもしれないけどさ。
でもその場合、大抵の聖剣とか言われる伝説の武器の類は中古品なんじゃないのか?
「萩沢くん最低」
あ、同行している女子が萩沢を軽蔑の目で見ている。
黒本さんは……萩沢を抱えるミケを見て鼻息を荒くしている。
またか、本当その癖なんとかして欲しい。
隠せ、ばれたらミケは悲惨だ。
「萩沢って処女厨だったのか」
ああ、そっちか。
武器としてカウントしていた。
どちらにしても相変わらずの萩沢だな……。
「俺はかわいい子ならビッチでも良いぜ!」
ならなんで俺を見てニヤニヤしているんだよ。
どうせ俺の隣にいるのがビッチで嬉しい、とか思っているんだろ。
もしくは俺が色目を振って、クマ子や実さんに幻滅されるとか思っているのか?
性格悪いな……。
というか、本当にどうでもいい。
「きっと最初の持ち主とイチャラブしてるに決まっている! 他の野郎もこんな可愛らしい外見ののじゃロリ相手に手を出さないはずがない! 俺なら絶対に手を出す! 絶対だ!」
そんな力強く言われてもな。
まあ確かにかわいい外見だし、好意を寄せる男が居ても不自然ではないが。
などと飽きれているとルシアは萩沢に強い口調で言った。
「メグルは女じゃ!」
……え?