転移実験
「うわ……エグイ事を考えるなぁ。でも出来たら甲羅を無視できるね」
飛山さんが俺の提案に若干呆れ気味に答える、が否定はしていないようだ。
まあ事前にいくつか実験はしていたんだけどな。
実際初日に考えていた事だし。
ちなみに物を物の中に転移させると、大抵破裂……というか割れる。
おそらくは物体の中に出現するからだろう。
地球の物理法則だと相当やばいそうだが、能力は物理法則で作動している訳ではないらしい。
まあ谷泉の火炎能力が存在する時点で物理法則なんて無い様なものだが……。
剣術能力に至っては、今まで剣を持った事も無い奴がどうして剣を自在に扱えるのか、激しく謎だしな。
生物には試していない。
異世界では拠点から出ていなかったので試せなかったし、日本でも生き物相手に試すとか、色々な意味でやっていない。
仮に出来たとしても猫や犬だって動くし、固定して死ぬかもしれない実験をするのは色々とやばい。
尚、水を入れた風船の中に小さな物を入れる、とかは出来た。
ボトルシップが簡単に作れるな。
「良い手かもしれない」
「だな」
「うん」
賛同するのは茂信と萩沢、そして姫野さんだ。
今更だけど、みんな逞しくなってきたよな。
転移前だったら、こんな反応はしなかったと思う。
「色々と応用で試してみれば良いんじゃない?」
「まあ……俺の転移って発動まで時間が掛るからなぁ」
戦闘で使うのは無理だろう。
測定した所だと発動に5分掛る。
5分も動かずにいるなんて、魔物相手にありえない。
そりゃあ移動先を先読みしてとか考えるけど、現実的じゃない。
「全く動かずに甲羅に閉じこもってるんだからやってみれば良いと思う」
飛山さんも賛成してくれた。
そういう訳で俺は石を持って、転移を作動させる。
視界に砂時計が浮かび、少しずつ減っていく。
……亀はピクリとも動かない。
こりゃあやりやすい。
「時間的に、この実験が終わったら帰還だな」
「無視すりゃ良かった?」
「いや、問題ない。どっちにしても魔物を探している間に時間切れになったと思う」
「帰ったらみんなの怪我の手当て……になるのかな?」
「いや、姫野さんが時々回復させてくれたお陰で誰も怪我は無いよ」
一戦毎のインターバル中に俺が茂信の工房に素材を送る間、姫野さんが回復を施していたんだ。
なのでみんな万全の態勢で挑めている。
「とりあえずポイントはどうしようか?」
「茂信に渡して次の装備に当ててもらおう」
これは概ねみんな同意見だった。
俺が今回の狩りで得たポイントは350ポイント。
少ないのか多いのかわからないけれど、一人頭これだけならば人数分集めればそれなりの物が作れるはず。
元々雀の涙で作っていた訳だし。
「じゃあ先に渡しておく」
そんな感じで稼いだポイントを集めて茂信に渡す頃、俺の手元にあった石がフッと消える。
バシンと良い音が亀の方から聞こえたかと思うとビュッとブルーメタルタートルが頭を出して飛び跳ねるように一度手足を出して走ろうとして……近くにあった木にぶつかった。
「な、なんだ?」
やがてもがくようにヨロヨロと動いてから仰向けに転がる。
「頭を出しているなら……今か?」
そう言って抵抗しようとジタバタと暴れるブルーメタルタートルの頭に剣を指し込む。
が……やっぱり硬いのか剣が刺さらない。
「メタルって付いてるからそのままか?」
RPGにある。
そういう妙に硬い代わりに経験値が多い敵。
「あ、ここにヒビが」
甲羅の腹の方にヒビが割れていたので、飛山さんと茂信がそこに剣を刺し込む。
「――!?」
ブルーメタルタートルはそれが致命傷になったのか、がっくりと力が抜けて血が流れ、ピクリとも動かなくなった。
まさか本当に成功するとは思わなかった。
この力を使って寝ている谷泉を……なんてする訳ないだろ。
谷泉が酷い奴なのは確かだが、殺したい程憎い訳じゃない。
なによりアイツも殺人までは犯していない。
この力を使って殺人なんてしたら、茂信や飛山さん達に顔向け出来ないし、みんなも許してくれないだろう。
そもそもみんなの力になりたいのに、殺してどうするって言うんだ。
それこそ本末転倒だ。
「経験値多いかな?」
全員が目を輝かせて自らのステータスを確認する。
……想像よりも入っていない。
ポイントも。
まあ、今まで戦った魔物達の中では破格に良い経験値だが、某RPGのメタルみたいな経験値は無い。
今日戦った魔物より頭一つ高い位だ。
数がいれば美味いんだが……。
とは言っても俺の転移は5分掛かるから効率が良いかどうかはわからない。
それこそ5分毎に倒せれば程々に美味いんじゃないか? 程度だろうな。
まあ2時間戦って1匹しか遭遇していないし、数はそんなにいないのかもしれない。
「幸成の攻撃が効いたのか?」
「じゃないかな?」
茂信と飛山さん、萩沢が割れた甲羅の部分をはぎ取って内臓を確認する。
すると見事そこには俺が持っていた石が入って……心臓を潰していたっぽい。
「やっぱりこういう事が出来るんだな」
「谷泉達が倒せなかった魔物を倒せるなんてすごいじゃないか!」
「そ、そう?」
何か嬉しい。
やっぱこういう事が出来る能力だったのか。
ただ、問題が多すぎて実戦に投入するのは難しい。
「まったく動かないからどうにかなったけど……」
動き回る相手に五分も待ってなんていられない。
実戦で使えるように、何手先も読んでなんてやってられるか!
「とりあえず谷泉達でさえも倒せなかった魔物の素材が手に入ったんだ。良い武具が出来るかもしれない」
茂信の顔が嬉しげに綻んでいる。
良い武器が作れると良いな。
「じゃ、帰ろうか」
「うん。次は……夜かな?」
「問題はそこだと思う。谷泉達の話じゃ夜は魔物が強くなる傾向があるし、視界が悪くなる」
「明かりなんて灯したら拠点から気づかれかねないね」
「念には念を夜間戦闘は避けた方が良いか」
「ある程度強くなって明かりが見えない所まで行けたらやる……のが良いかもしれない」
俺だけ暗視スコープとか日本で買って使うと言う手もあるけれど、それも問題がありそう。
俺一人で戦えると断言するには難しいからな。
そこで今日を振り返る。
……無理だな。
あ、でも動かないブルーメタルタートルなら俺一人でも倒せるか。
今度は心臓じゃなくて頭を狙ってみよう。
なんて思いながら俺達は帰還したのだった。
帰還した俺達は茂信の工房で持ち帰った獲物を選りわける。
「魔物の死骸を解体するって作業にも徐々に慣れてきたね」
「まあなぁ……で、何か良い物できそう?」
「ああ、幸成が狩った魔物の素材で新しい武具の作成が出来るみたいだ。入手しないと出ないのがあるのはわかってたけど……ただ、ポイントは足りないな」
「うん。なんとなくそう思ってた」
規格外に硬い魔物の甲羅なんて武具にする時に相応のポイントを犠牲にするのは常識だよな。
むしろ素材が優秀なタイプだったか。
「素材の質が良いなら売却とかでポイントに出来れば良いんだがなぁ……そうすれば重点的に狙って良い武具を入手できた」
「拠点組の誰かがLvを上げると手に入れそうな技能……だったりしてね」
だったら良いな。
飛山さんも機嫌よく俺達の作業を手伝ってくれるし、萩沢も手際よく弄って行く。
やっぱ与えられた能力とかで得意不得意とかあるのかな?
「今回は行き当たりばったりで茂信の工房に魔物の死体を送ったけど、よくよく考えると結構危ないよな」
攻撃性能も俺の能力にはあるみたいだし、いきなり魔物の死骸が工房に現れたら何かしているのかばれてしまう。
かと言って隠しておける場所ってあるか……?
「それこそ、羽橋が何処に送るか考えれば良いんじゃないか?」
「大きな箱とか用意して中に飛ばすとか考えたけど、イメージだけで飛ばすとずれる可能性があるんだよな」
「最悪、素材同士がぶつかるか」
こんな所でも問題があったか。
「ま、飛ばす範囲を決めておけば良いだけだろ。俺の工房の地面に書いた場所って決めてさ」
「まあ、見慣れればある程度は可能だけど……」
「最悪留守番をしてくれる仲間に隠してもらえばいい。羽橋の能力のインターバルは長いんだし」
ああ、5分は確実に掛る訳だから、その間に整頓とかしてもらう感じか。
「とりあえず遠隔で正確に箱に入れる練習を誰にも気づかれない様にやっておくよ」
日本でやれば誰にも気付かれない。
まあ親が見てしまう可能性もあるが。
下手にプレイヤー組にばれたらやばいし。
「了解、姫野さんの方は大丈夫だったかな?」
「大丈夫だったみたいだよ。ほら」
と言って飛山さんは帰って来た姫野さんを指差す。
うん。とりあえず隠す事は出来て良かった。
「しかし……装備一つ作るのにも結構面倒な事をしないといけないんだよね」
「そうだな。羽橋がいるからここに一発で送れるけど、誰も持てないくらいの大物を仕留めたらどうするんだろうか」
「熊くらいなら……連中は持って帰れそうだよね」
大工能力の奴に荷車とか作らせて運搬とかしそうだし、最悪、現地で解体でもして持ち運べば良い。
谷泉のスタンスだと俺には絶対に頼らないだろう。
何か俺がお前に悪い事をしたか? と本気で問いたくなる。
謎の取捨選択をしている可能性だってありえる。
俺がいれば全部持ち帰れるのにな。
ああ、そう考えると俺の能力の価値がこの集落にもあるって事なのか?
「……」
飛山さんがまた暗い顔を始める。
絶対、自分がいなきゃ俺が不当な評価をされるはずないのに……とか考えてる顔だ。
最近わかってきたぞ。
俺は飛山さんに気にするなと手で合図をする。
「連携する事の大事さをわかっていない連中なんて無視してりゃ良いんだよ」
とりあえず、奴等が俺の能力に気づきそうな要素が見つかった分、注意しなくちゃいけなくなったな。
まあ連中の事だ。魔物を倒して持ち帰れないならと俺をそのまま連れて行く可能性の方が高いだろう。