間引き
「何なんだお前は!」
「名を聞く必要などあるのかの? 卑劣な狙撃手よ」
「異世界人だけ結界から弾き出そうとしている奴に卑怯と言われる筋合いは無い!」
みんなを元の世界に帰す。
それが実現するなら、どんな事だってやってやるさ!
「しかし……その面立ち、髪の色、日本人と見て間違いないな」
日本人?
今まで異世界の人達からは異世界人とか来訪者とか言われはしたが、日本人と言われるのは珍しい。
「ふむ……初めて見る面じゃな……」
少女がマジマジと俺の顔を見てくる。
初めて見る? そんなの当たり前のはずだが。
何かを知っているみたいだ。
「……だが、お前が何者だとしても、みんなの障害になるのなら手を緩める気は……ない」
少女は軽く溜息を吐いた。
「チラホラと目当ての連中が顔を覗かせて来たから腰を上げるかと思ったら、突然下がりおった。準備でもしておるのかと思ったらこれじゃ。せめてもの手向けに戦ってやろうと思ったのにのう……」
「目当ての連中? お前……まさか……」
俺の返答に少女は剣を担いで悠々と答える。
「うむ、此度の異世界人は少々多過ぎでな。間引かねばならん」
間引く、だと!?
何を言っているんだコイツは!
「そんな真似、絶対にさせる訳にはいかない!」
少女に向けて剣を構える。
俺は依藤みたいな剣術の能力者では無い。
持っている武器は、ユニーク武器でも無い。
だけど、これはめぐるさんの成し遂げようとした、意志を宿した決意の剣だ。
「そうしなければ生きとし生ける者が困るのでな。悪いが死んでもらうぞ」
何を言っているのか全く理解に苦しむな。
お前が人々を苦しめているんだろうが!
お前が魔王ならば、お前を倒せば終わるはず。
例え女だからと言って、俺は引くつもりはない!
「……取っておきの鎧が壊れてしもうて最大出力が出せんが、そなたくらいならばどうにかなるじゃろう」
少女が俺に手を向けて、何かを放つ。
すると地面から……白い紐!?
夢の光景が思い浮かぶ。
その紐が俺に向かって飛んでくる。
俺はその紐を剣で切りつけるが、紐は剣に巻き付き……パラッと解けて地面に消えていった。
「何……? まさか、そなたが当たりの者か? よりによってそなたとは……相変わらずわらわは運が悪い」
少女は舌打ちして俺を睨みつける。
なんだ? 何をするつもりだったんだ?
もしや、コイツが狙っていたのは俺だったのか?
……それなら運が悪いとはどういう事だ?
そして、少女は奥で転がっている冒険者に白い紐を飛ばし……絡ませた。
「念には念を入れるとしよう」
手を上げると部屋に魔法陣が浮かび上がる。
何か……少女に魔法的付与でも掛っている雰囲気だ。
「喜ぶが良い。ここまでお膳立てしてやったのだ。後から来る日本人共々相手をしてやろう」
依藤達が後少しでやってくる。
俺と一緒に仕留めるつもりか?
「少なくとも……目測ではこれで余裕のはずじゃ。別に当たりの者でなければいけないという理由は無い。どれほどの腕前かは知らんが、わらわが相手してやろう」
そう言い放った後、少女は剣を俺に向け……依藤と似た構えで姿勢を低くして突撃してくる。
「はぁああああ!」
俺も剣を構え、少女の剣を受け流す要領で剣を振りかぶる。
!?
剣筋が幾重にも別れて飛んでくる。付与能力や特殊な攻撃だろう。
萩沢の剣も似た様に一度の斬撃を三つにする事をやっていた。
「避けられると思うな! わらわの剣技は容易くないぞ!」
更に剣先が誘導性を宿して俺に向かって飛んでくる。
これはファルシオンダックスフンドの放とうとした剣技みたいな物なのか?
キーンと耳障りな音まで響いている。ハウリングソードも合わさっているみたいだ。
最初の一撃で、ここまで絡まった攻撃。
避けるとかは考えない方が良い。
通常の対処法は、間違いなく迎撃しかないな。
それから相手の隙を見て反撃へと踏み込むのが定石。
……いや、初撃を対処しても少女は二撃目の準備をしている様に見える。
隙の無い剣技、依藤が魔物と戦っている時の動きに似ているんだ。
――どちらにしても、俺にとってはあまりにも遅い。
腰を落とし、襲い来る複数の誘導性と状態異常効果を宿した剣技を、乱暴に剣を振りかぶって薙ぎ払う。
「何――!?」
咄嗟の判断が正確に出来ているのか、少女が俺の剣の一撃が辛うじて届かない所で後ろに下がって避けた。
「ち……後一歩だったのにな」
そして少女の胸の僅か下に一筋の線が生まれる。
「危なかった……のか? 後僅かでも前に出ていたら仕留められていたのはわらわだと言うのか」
「見た目がやりにくい少女の姿だとしても、クラスのみんなを殺すなんて奴に俺は遠慮はしない」
会話が成立して、出来れば戦いたくは無い状況であるが、相手がやる気なんだ。
戦意を喪失でもしてもらわないと俺も引けない。
みんなを死なせる訳にはいかないからな。
「く……それでもわらわは引く訳にはいかないのじゃ!」
先ほどよりも素早く、それでありながら距離を出しながらでも命中させられる技……。
剣を上に掲げて、魔力を放出しながら構える。天井を貫くほどの高威力密度の力の塊だ。
「バカな……鎧のブーストが無かったとしても、今のわらわはLv500相当はあるんじゃぞ。それを特に何か能力や覚えがある訳でも無い様な奴が一撃で圧倒した……もはや全てをかなぐり捨てねばならんという事か!」
アレは……知っている。
依藤が使っていた天魔一刀だ。
しかし今までで見た、どの一撃よりも力が備わった天魔一刀を……少女は俺に向かって振り下ろそうとしている。
やばいな。
俺の後方は運悪く依藤達のいる方角だ。避けたら当たる可能性がある。
弾くしかない。
アダマントタートルの剣ならどうにか出来るか?
「悪いが振り下ろさせる訳にはいかない!」
相手の一番強い技なのはわかる。
どちらにしても……依藤達の安全の観点から先に仕留めるべきだ。
「はぁ!」
少女の放つ発光した剣技、天魔一刀を根元から斬り伏せる。
「な――バカな!?」
「……ごめんな」
小野の様な野心は感じない。
少女の瞳は何か使命を宿している。
もしかしたら何か理由があるのかもしれない。
だけど、その目的にみんなの命が関わっているなら、俺は遠慮する訳にはいかないんだ。
何か目的があるのは承知の上、それでも俺は……みんなの為に戦う。
絶句する少女の前に素早く駆け寄り……剣で斬り伏せる。
せめてもの手向けに相手の流儀に合わせよう。
転移で押し潰すとか……するべき相手じゃない。
スパンと確かな手ごたえを確認した後。
俺は倒れる少女に振り返る。
「まさか……ここまで圧倒的な力を……」
一刀両断してしまったと思ったけれど、少女はうつぶせに倒れる形で地面に横になった。
……罪悪感が募る。
まさかあのゴツそうな魔王の中身がこんな少女だとは……。
しかも中途半端に会話が成立するなんて、性質が悪い。
目的も俺達の殺害と来たもんだ。
ともかく、まだ調査が終わった訳でもない。
しかも捕えられた冒険者達の救助もある。
そう思って、依藤達が来るはずの方角を見ようとしていると。
よろよろと……少女が起き上がった。
「な……化け物か!?」
確かな手ごたえだったはずだぞ?
まさかアンデッドとかじゃないよな?
何か討伐に条件があるとか、城内の装置を破壊しないと死なないとかか?
くそ……それなら依藤達に先に行かせて、心臓部を破壊するしかないぞ?
追い打ちとばかりに剣を少女に向ける。
すると少女は俺の方を見て――。
「な――」
俺は更に絶句してしまった。
少女はそこで……チワワの様な表情をして、俺を見上げていた。
コイツ、まさかユニークウェポンモンスター!?