悪夢
それから一ヵ月ほど月日が流れた。
「おっと……」
地震で建物が揺れた。
ここ最近、増えたな……これも厄年の影響なんだろうか?
突然の災害とかだと対処に困りそうだな。
なんでも耐震設計はそれなり強いらしい。
魔法文明の賜物って事だろう。
凶悪な魔物の侵攻とかに耐えられる様になっているそうだ。
「う……く……くうううう……」
夜中、俺は呻く茂信や萩沢、同様にクマ子と一緒に寝ていた実さんの看病をする。
「ガウー……」
「ニャー……」
どんなに揺すっても起きる事無く、苦しそうな声を出している夜があるのだ。
気付いたのは一ヵ月位前からだ。
依藤や他の連中も似た様に苦しそうな寝言……悪夢を見ているんじゃないかって時があるらしい。
最初は二週間置き、症状も数分位だったのだが、最近では三日周期、三時間位呻いている時がある。
何かの異常なのかと国の教会、治療系能力者が診断するのだけど、原因は不明。
本人達に自覚症状は無い。
茂信や萩沢、実さんは症状が殆ど出ていなかったんだけど……。
「ニャ、ニャアアアア……」
ミケが悪夢に呻く萩沢を心配して添い寝して抱き寄せている。
主想いだな。
「ガウー」
それはクマ子も変わらず、寝ている実さんをペロペロと舐めて宥めようとがんばっているのだ。
俺は茂信の顔に浮き出た汗を拭う。
共通して苦しむ悪夢って一体何なんだ?
みんなもこの症状に関しては色々と推測をしているんだけど、答えは出ない。
俺も似た様に悪夢を見ているっぽい時があるらしいから、何なのだろうか。
……ただ、茂信の話では俺とみんなとでは症状が違う様に見えるそうだ。
確かに……俺が呻いている時は大体、あの時の白い夢を見ている時で、誰かが起こせばすぐに目が覚める。
だけど茂信達の症状は一度出ると、どんだけ揺すっても起きる気配が無い。
どんな夢なのかとか思い出せないらしい。
この違いは何なんだろうか。
一体……何が起こっているんだ?
答えは出ない。そんな夜が徒に増えている。
更に数日後。
職業神殿で能力交換の仕事をしつつ、みんなに頼まれた物を購入し、転移で遠くの物を届ける等、俺は割と忙しく仕事を続けている。
依藤達も遺跡調査を切り上げて、いざって時に備えてLv上げをしている最中だ。
「なあ……」
で、依藤が俺に漫画の新刊を頼んで受け取りに来た際、茂信の工房で……とある視線を向けながら尋ねる。
俺も視線の先に関しては十分に理解しているし、わからない人の方が少ない。
毎日見ていたら気づかなかったとは思うけどさ。
「わかってる。アレだろ?」
俺もそれとなく指差しをして依藤の意見に賛同する。
一体何がどうなっているのか、魔物の生態に関して色々と不思議だよな。
「ミケー、材料を準備しろ」
「ニャー」
採取から帰って来た萩沢がミケに背負わせた籠から材料を出させている。
そこは良いんだ。
普段から萩沢と一緒に色々と出かけたり、採取をしていたりしてるからな。
問題はそこじゃない。
「あ、こんにちはミケくん、萩沢くん」
「ああ、実さん。今日もクマ子に飯を持ってきたのか?」
「うん」
「ニャー!」
ミケが腕を上げて、ポーズを取ると、実さんがふざけて腕にぶら下がる。
「あははー、ミケくん力持ちになったねー!」
「ガウー」
クマ子がそこで実さんの声を聞いてやってくる。
「……」
さて、問題に関してだ。
そう、実さんがぶら下がれるほどの体格がな……。
最近ではクラスの女子もミケに関しては色々と思う所が増えて来ている。
まあ、ミケの性格から、みんなに大切にされているのは変わらない。
ただ、うん……。
クマ子が丸く可愛らしさを強調する変化をしたように、ミケは……短い時間で萩沢の手伝いが出来る様に大幅な変化をしてしまっている。
ぶっちゃけみんなで進化とか密かに言ってしまう程だ。
人間は毎日少しずつ変化している物には気づき辛いと言う。
俺はその事に直面した気持ちだ。
最初、茂信も気づかなかった程だし。
単刀直入に言うとしよう。
ミケが……大きく成長した。
これは表現ではなく、物理的に、だ。
身長はクマ形態のクマ子とほぼ変わらない高さ、横幅も似たような物だ。
ラムレスさん達ゲーマー騎士がドスオトモキャットと呼んでいるのは黙っておくべきか。
国の人達の話では、ここまで大きくなる事は稀ではあるが、無い訳じゃないらしい。
専門家の話ではミケは萩沢の仕事の手伝い、荷物持ち等をしている間に、より大きな体格を求めた結果、更なる成長期になってここまで大きくなったのではないかと呟いていた。
萩沢には言うか迷っている。
気づいているんじゃないかと思っているのだけど、気付いていて、敢えて知らないフリをしているのかも知れない。
みんなもその話題に触れない。
実さんは大きくなってきたミケに対してはクマ子と同じく可愛いと言っていたし。
とはいえ、いい加減話すべきだよな。
「なあ萩沢」
「ん? なんだ?」
「お前のミケ……ちょっとでかくないか?」
「……ああ」
やっぱ気付いていたのな。
まあ気付くよな。
「あ、ミケくん、さっきミケくん宛てにプレゼントを渡されたよ」
「ニャ?」
時々ミケに熱烈なファンっぽいプレゼントが舞い込む時がある。
柄の悪い冒険者とかに絡まれた女性を助けたり、買い物先で紳士な対応をされて、その礼とばかりに届く事があるそうだ。
元が礼節を重んじるサーベルキャットであるから、人助けをせずにはいられない性分らしい。
大体が、萩沢に頼まれたお使いのついでらしいけどさ。
人助けをするようになったのって確か、暇そうにしていたから俺が狩りに誘った後だよな。
武器化させれば転移で連れて行けるので萩沢の許可をもらって出かけたんだった。
グローブの使い勝手を試しに行ったついでで、良い感じにLvが上がってたな。
何を覚えたかは知らない。
「く……なんでミケの野郎にプレゼントが舞い込んでんだ」
その度に萩沢はミケに対して悔しげな声を出す。
ああ、見ない様にしていたのな。
喜べ萩沢。
ミケはお前の事以外、関心は薄いぞ。
「にゃあああん」
あ、またミケが変わったイントネーションで萩沢に後ろから抱き締めている。
まるで遊園地のきぐるみに襲われているかの様だ。
……俺もクマ子によくされているが。
「別に捨てやしねーけど、お前がモテるのが腹立たしいだけだっての!」
「なあ羽橋、もしかしてアレってさ」
「シッ! お前の彼女が反応してたから間違いない」
萩沢には絶対に知られちゃいけない案件だし、黒本さんにはきつく注意しているから萩沢の目に行く事は限りなく少ない。
ミケのファンは黒本さんとその部下達が作った絵本『忠誠を誓うネコ』という話の所為でもある。
浮気性の萩沢に振り回されるミケが主人公の物語だ。
主に腐海の底で有名になりつつある話で、モデルである萩沢とミケに反応する腐った方々が増殖中って話だ。
ちなみに、一部の貴腐人がミケに人化薬を支給しようとして秘密裏に攻防があったとか無かったとか。
先日、町中で騒ぎがあったのは記憶に新しい。
黒本さん曰く、ミケの人化時の姿は確定させないからこそ、妄想力が展開されるのだとかで統一されたらしいけどさ。
よくわからない世界だ……。
まあ、相対的に萩沢も人気が出て来て良いんじゃない? ミケのオマケって扱いだけど。
ある意味、女性との縁が離れてしまったのか?
「話は戻ってミケ、大きくなったよな」
それまで黙っていた、武具作りで忙しそうにしていた茂信がミケを見て呟く。
「そうだな。主の傾向で色々と変化すると言われてるけど……萩沢に合わせるとこんなにも大きくならないといけないんだな」
「やっぱ道具作成の能力を支えるには荷物持ちとして大きな体が必要って事なのか?」
「かもしれないな」
俺が覚えている限りじゃ、道具作成に必要な材料を採って来る意味もあってミケはカゴを背負って萩沢の手伝いをしていた。
やがて萩沢もミケを荷物持ちとして色々とこき使い始めていた。
数日おきにしか見ていなかった時もあるから一概に言えないけど、一日に数センチは大きくなっていたと思う。
「くっそ、ミケ! お前、サーベルキャットのボスよりも大柄になってるじゃねえか! 少しはダイエットしろっての!」
「にゃあああん」
萩沢に背中を叩かれてミケが照れる。
嬉しいのか?
しかしこれはデブネコという扱いで良いのか?
別種の魔物と言った方が正しい気がする。
うーん……ユニークウェポンモンスターの生態は謎に包まれているな。