変身拒否
やがてクマ子がグローブを掲げて俺に見せる。
「ガウー」
ああ、そういやはぐれのユニークウェポンモンスターを倒したからグローブも合わせてパワーアップするよな。
ぶっちゃけ、あんな戦い方をする様な奴のグローブは使いたくないが……グローブに罪は無いか。
アイリスボクサーシャコのパンチグローブ 付与効果 動体視力向上 マッハパンチ 刹那の一撃 野生の勘 衝撃爆裂 バインドパンチ ニードルグローブ 攻撃力増加(超) 撃破カウントボーナス グローブスイッチ インスタント拡張能力 ボクサー
うわ、基礎攻撃力だけでパンチンググリズリーのグローブの倍以上の性能を持ってやがる。
どんだけ化け物染みた攻撃力を持ってんだアイツ。
そりゃあ天狗にもなるわな。
ライクス国、ボクサー系のユニークウェポンモンスターでは災害認定される魔物だけの事はある。
とりあえずこれで戦えばどうとでもなりそうだな。
ボクサー能力内でも無数の技が内包されているようだ。
それくらいの性能はしているっぽい。
「ベルトの方は……あれ? 無いんだな?」
「闇の王者扱いなんじゃね?」
「なるほど」
萩沢の説明に妙に納得してしまう。
非合法な試合の王者じゃ証明のベルトは無いか。
という事は、これで完成した攻撃力って事か……となると微妙なのかもしれないな。
いや、撃破カウントボーナスって所が気になるか……。
試合で勝てばボーナスが掛るのか?
それとも倒した魔物の数で攻撃力の成長があるのか?
要検証だな。
「ヴォフー」
「ガウー」
で、周りにいるユニークウェポンモンスター共が揃ってチワワみたいな目で俺を見ている。
気色悪いからやめろ。
「みんな幸成くんの勝利にメロメロですね」
「素晴らしいですハネバシ様! あのはぐれユニークウェポンモンスターに勝つとは!」
ラムレスさんまで絶賛している。
「……そうだね」
クマ子もおんなじ目で俺を見てるし。
「くそ、羽橋がみんなに羨望の目で見られるとかありえねえ!」
萩沢、僻むなよ。
俺だって一撃で仕留めて別の結果になるとか思わなかったんだし。
ぶっちゃけ、Lvのごり押しだしな。
「ガウ」
「キュ」
「ヴォフー」
「もしかしてパンチンググリズリーが幸成じゃなくてクマ子と試合をしたのって、この結果になるのがわかっていたからじゃないか?」
「ありえるかもしれないな。一撃で倒せるLv差を本能で悟っていたって事か」
「確かにありますね。所有者とボスとであまりにもLv差がある場合、試合をしてくれない。同行する魔物を指名する現象が稀にあると聞いた事があります」
ラムレスさんが茂信達の意見に補足をする。
なるほど、そうだったのか。
とはいえ、クマ子が人化していたってのも原因にあるって話だったよな。
「あのシャコはその辺りの区別が付かなかったって事か、カッコわりー」
「ニャー!」
萩沢が苦笑いをしてシャコが吹き飛んだ場所を見る。
ミケも……クマ子と同じ目をしてるぞ。
で、萩沢に視線を向けている。
お前の主も似た様にヒールに徹したはぐれを倒せると良いな。
「まあまあ……あ、選択画面が出た」
俺の視界にグリズリーの時と同じく、変身が出来る項目の入れ替えが出る。
ナイトウォールラス
パンチングナイトグリズリー
ボクサーシャコ
ステータスだけを確認すると、総合的な能力値が大幅に増加する。
しかもいろんな技能が覚えられるっぽい。
攻撃手段から何まで……今とは比べ物にならないだろう。
「クマ子。お前は強さの為にシャコに変身するのか?」
「ガウガウガウ!」
クマ子が横に首をブンブン振っている。
「ガウ! ウウウウウウ……」
絶対にならない! ってばかりに唸るなよ。
まあ個人的には俺もなってほしくないけどさ。
「まあ幸成は虫嫌いだもんな」
「そうですね。幸成くんは虫が大の苦手で、エビもカニも嫌いです。クマ子ちゃんがシャコさんになったら間違いなく距離を取りますよね」
「うん」
ぶっちゃけシャコと殴り合いは死んでも御免だったし。
どちらにしても手短に終わらせる結果になったと思う。
正直、エビボクサーとか出てきたら戦わない。
……ボスの中に居るのは知ってる。
島中の戦闘可能なボスが集まっていて、その中にいるのを今、確認している。
実さんの斡旋する三日目の対戦相手がアレではない事を祈ろう。
「う、頷いたぞ!? クマ子がシャコ化したら捨てるのか?」
「捨てるとかは無いけど、極力変身はしないでもらいたいな」
「ガウ!」
「クマ子ちゃんもシャコさんにはなりたくないみたいですね」
「物凄く強くはなれるみたいだけど……」
「強さと幸成の好みを天秤に掛けるか……幸成の身をクマ子に守ってもらう事を考えると、一考すべきだと思うが……」
「代価として羽橋の信用が大幅に落ちそう。シャコに飛びかかられたら大変だな」
「失神する自信があるぞ」
人間大のシャコが俺に飛びかかって来るんだぞ?
ハチの時もそうだったが、俺は虫が苦手だ。
中身がクマ子でもそれは厳しい。
そこだけは生理的に無理だと思う。
「名残惜しいけど諦めましょう。大丈夫ですよ、職業神殿と図書館で調べたんですけど、変身を拒否すると別の能力ボーナスが掛るそうです」
「そうなんだ?」
実さんの説明に尋ねる。
へー……ああ、そういえば萩沢の試合の後、ミケが何かマッスルポーズを取っていたけど、能力にボーナスが掛った訳ね。
「ニャ!」
「ええ、ミケくんみたいにクマ子ちゃんの基礎ステータスや技能にボーナスが入るそうです」
「そっか。じゃあ遠慮なく断るとするか」
「ガウ!」
そんな訳で、新しく変身できるように成りそうなボクサーシャコを破棄して、登録を終える。
お? 総合ステータスに結構なボーナスが入ったぞ。
◇パンチングナイトグリズリー Lv55
能力 ボクサー
拡張能力 分厚い毛皮(大) スタミナアップ ハニーハント サーモンハント 属性耐性(中) 全能力成長補正(中)刹那の見切り カウンターパンチ威力増加
特殊能力 アシスト インセクトキラー サバイバー レジェンドチャレンジャー アーマーフォーゼ メタモルフォーゼ
色々と能力が変化したみたいだ。
特殊能力も習得したみたいだし……サバイバーとレジェンドチャレンジャーってなんだよ。
色々とボーナスが入ったけど……やっぱシャコになるよりは入らないか。
まあいいや、クマ子が大幅にパワーアップしたのは変わらない。
「ガウー」
クマ子がみんなの前でポージングしてる。
「さてと……余興は終わったな。ボスもそれぞれの持ち場に戻って行くみたいだし、これで島も平穏に戻ったって所か」
ぞろぞろと去っていくボス達を俺達は見届けた所で萩沢が呟く。
「だな。とはいえ、試合とかはどうなる訳?」
一応グローブは返したから、平常運航になりそうだけど。
「確か、今いる場所担当のボスが俺達の対戦相手だよな」
待機しているボクサーケープペンギンのボスに視線を向ける。
あ、取り巻きがいつの間にか海からやって来たみたいだ。
ちなみにボクサーケープペンギンのボスはさっきからずっとチワワの様な目で俺を見てる。
「キュウウウ」
「じゃ、試合をするか」
「キュキュキュ!」
やっぱりと言うか首を振られた。
試合拒否?
「じゃあクマ子が――」
「キュキィキュ!」
クマ子もダメとばかりに首を振られる。
昨日のシャコを倒したからか?
「キュー……」
「「キュー」」
「ペンギンが揃って小動物みたいな声で鳴いてんな。どうなってんだ?」
「さあ……」
ぶっちゃけユニークウェポンモンスターの生態ってよくわからない所がある。
「シャコにやられた所為で後日とか?」
これも首を横に振られる。
で、ボクサーケープペンギンのボスが俺にグローブとベルトを献上してくる。
「え? 受け取れって事?」
「キュ! キュウウ」
で、何故かオレンジグローブナイトウォールラスのボスに流し眼をしてニヤッと笑った。
「ヴォフ!」
プンプンとオレンジグローブナイトウォールラスのボスが怒りの声を上げてる。
とりあえず受け取ると光となってクマ子のグローブとベルトに消えた。
「キュ!」
同時にボスも光となって消える。
何か敬礼してるし。
「どうやらハネバシ様の強さに、心を打たれて試合を辞退してグローブとベルトをくださった様ですね。強さに差がある場合、稀にあるそうですよ」