一撃必殺
さて、それじゃあリングに上がるとするか。
「ヴォフフ……」
オレンジグローブナイトウォールラスのボスがそこで不敵な笑みを浮かべて何やら鳴いたのは見なかった事にしよう。
俺を罠に嵌めたって訳じゃなくて、むしろ確信をした様な鳴き方だった。
なんていうか、勝ったな……みたいな雰囲気だったな。
なに? 俺ってそんなに期待されているのか?
「ニャア……」
ミケは指をからませて口元を隠している。
お前もかミケ。
そのどこかで見た様な勝利フラグは何なんだよ。
オレンジグローブナイトウォールラスのボスの隣で変な空気が発生してる気もする。
「何してんだお前等?」
それを見ていた萩沢の疑問に激しく同意する。
お前等は何がしたいんだ。
「えー……それでは幸成くんと島のボス二匹対、はぐれアイリスボクサーシャコさんとの戦いをー始めます」
はぐれユニークウェポンモンスターには取り巻きがいない様で、審判は他の取り巻きと実さんがリング外から行う。
まあ三対一という変則ルールだしな。
元から野良試合みたいなものだし。
「それでは……レディ……ファイト!」
カーンとやっぱり何処からか音が響き渡る。
「ウホホホ!」
「ギャオ!」
ゴリラとワニが俺より先に前に出てアイリスボクサーシャコに向かって突撃して殴りかかる。
おい、いきなり突撃するな!
せめて連携とかしろよ!
「ブクブク!」
口から泡を出しながら、舐めた態度なのかステップをしながらアイリスボクサーシャコは二匹の拳を見切って避け、素早く殴りつける。
その瞬間、SMAAAAAAASH! って演出が入った様に俺には見えた。
「ウゴォオオオオオ!」
「ギャオオオオ!」
二匹のボスがアイリスボクサーシャコの瞬間的なパンチを一発受けただけで吹き飛ばされてリングから弾き飛ばされた。
まさに一撃って感じだ。
「そんな……さっきのは幻覚じゃなかったって事ですか……!」
「一発で倒されるとか、すげーな」
観客が絶句する。
ラムレスさんと萩沢がその様子を見て分析しているなぁ。
まあ、見る分には幾らでも言えるよな。
ドサリと二匹が仰向けに倒れて失神している。
「ブークブクブクッ!」
これは笑っているのか……?
雑魚が群れて来たって俺には敵わねえんだよ!
と、言っている様な気がする。
そして倒された二匹の腕にあったグローブとメダルが消えて、アイリスボクサーシャコの背後のコーナーロープにぶら下がる。
「ブクブクブク」
うわー……よえーグローブ。
とばかりに泡を吐いて、グローブに唾……泡? を吹きかけ、メダルを地面に落して踏みつける。
感じ悪いな……。
「ウホォオオオ!」
「ギャオオオオ!」
負けた二匹の取り巻きが憤っている。
ぼんやりとアイリスボクサーシャコが小野の様な強奪者に俺は見えてきた。
強いからと言って何をしても良い訳ではない。
だからこそ、ボクサー系の魔物ははぐれ者に対してここまで敵意を持っているのか。
俺も理解する。
強いからこそ、格下の相手には強者として接しないといけない。
奪うのではなく、教えるのだ。
じゃなきゃ弱い者いじめをしているのと違いは無い。
「今すぐ、みんなにグローブを返せ」
静かに、自分でもびっくりするほど抑揚の無い声でアイリスボクサーシャコに向かって命令する。
まあ聞くとは思えないが。
「ブークブクブクッ!」
文句があるなら俺に勝ってからにしろ。
みたいな声を出し、馬鹿にする態度でアイリスボクサーシャコは構える。
あくまでも応じる気は無い……か。
「俺はお前みたいな奴が嫌いだ。最低限のルールを無視して、相手から奪う事しかしない。相手への敬意が微塵も無い」
「ブクブクブク!」
弱い奴ほどよく吠える、か。
……はぁ。
どこにでもこういう奴はいるって事か。
強ければ何をしても許されると思っている奴が。
「もうもお前とは語る事は無いみたいだな。倒しても、俺はお前の相手をする気は無い。負けたら……失せろ」
スポーツマンシップとかは微塵も無い俺の対戦相手達だったが、最低限のルールはあった。
相手を馬鹿にして、ヒール役をしているような、そんな雰囲気だ。試合自体はとても真面目にしている。
オレンジグローブナイトウォールラスのボスがその例だな。
なんて言うか、再会してからは態度が丁寧に見える。
だけど目の前のアイリスボクサーシャコは、そんな役を演じている訳ではなく、心の底からグローブ狩りを楽しんでいる。
弱者を蹂躙する楽しみと言うのだろうか。
「最低限、お前の流儀に合わせてやる」
「ブク?」
「一発だ。一発でお前をノックアウトにしてやる」
「ブクブクブク」
やれるものならやってみろ。
と、言うかのようにアイリスボクサーシャコが俺に近づいてくる。
そして、今まで見た中で最も早いパンチを俺の顔面に向けて放つ。
俺は首を傾け、紙一重でそれを避けて身をかがませた所で、避けられた事で一瞬、焦りを見せたアイリスボクサーシャコが追撃の二撃目を俺の胴体目掛けて放つ。
「遅い」
既にその場所に俺は存在せず、パンチが伸び切ったのを確認した。
「ブクブクブク――」
「喚くな。何を言ってるかわからない。俺はクマ子じゃないんでな」
アイリスボクサーシャコの顔面……って言うのか?
口の隣辺りを殴りつける。
バキっとアイリスボクサーシャコの顔面の甲殻に拳を叩きこむとヒビが入り、大きく吹き飛ぶ。
顎が砕け散ったな。
「ブギュ――」
「お前の流儀で言う所の強いから何をしても良いんだったよな? そういう事だ。嬉しいだろ? お前がやっていた事だしな」
こんな行為が楽しいのかと本気で問い詰めたくなるな。
うん。実さんが熱弁していた意味がわかった様な気がする。
ダメージなしの、相手を舐めた戦いは一部には受けるかもしれないけど、戦いを楽しみたい者には楽しさなんてないんだろう。
ボクサー系のボスの楽しみが少しだけわかった。
返答を聞く気は無い。
俺はアイリスボクサーシャコが吹き飛ばされながら光となって消えるのを確認してから、みんなの方へ振りむく。
「勝者、羽橋くーん!」
沈黙が辺りを支配していた。
そりゃあなー……面白いもクソもなく一撃はどうかと思うだろう。
そこでオレンジグローブナイトウォールラスのボスが両手を合わせて拍手をすると、クラスメイトを初め、島中の魔物達が手を叩いて喝采となる。
「ヴォフヴォフー」
「ちょ、なんで羽橋の時はこんなに盛り上がるんだよ! 一発だったじゃん! 俺と何が違うんだよ!」
「相手が散々ヒール役をしていたからじゃないか? まさに正義の一撃。カッコよく見えるのさ」
「そういうもんか? じゃあ今度は俺も悪役を準備するか」
準備?
それはやらせなんじゃ……。
「しかし羽橋つえーな。あのボスの攻撃を見切っていたんだろ?」
「そりゃあ依藤達と狩りをしていたからな。随分とLvが高いんだろ。しかも能力でLvを上げれるんだし」
「既に依藤達に近いLvに迫ってるって事か」
「依藤達なら倒せる強さなんだろ。ですよね?」
茂信がラムレスさんに向かって尋ねる。
「まあ……ヨリフジ様なら勝てるかもしれませんが……あの方はもはや国でもトップの方々なので。そのヨリフジ様と共に戦っているハネバシ様なら、あるいは……何分、転移で私が見ていられない時が多い故に証明は難しいです」
ラムレスさんが同意をしているけれど、首を傾げている。
まあ自分でも偉そうな事を言っていたけど、Lvによるごり押しだから自慢にはならない。
「ガウー!」
クマ子がグローブからクマに戻って俺に抱きついてペロペロと俺を思い切り舐めはじめる。
「うわ。クマ子やめろって」
「ガウガウー!」
クマ子の目がとても熱く見えるのは気の所為か?
「うふふ、クマ子ちゃんは幸成くんの雄姿にメロメロなんですね。とてもかっこ良かったですよね」
実さんがのん気にそんな光景を見て微笑んでいる。
そういうものか?
ともかく、俺はコーナーリングに吊るされたグローブとメダルを奪われたらしいボス達に返却した。
返す事は……出来るっぽい。
冒険者達の方は……どんな扱いなんだろう?
とりあえず宿泊所に預けておけば良いのかな?