初陣
さて、森……ぶっちゃけ密林? なんて言うか木が随分と高い古代の森っぽい所を歩いていると、魔物が現れた。
初日に見たホーンラット……にしては赤いな。
そう思って目を凝らす。
すると視界に魔物名が浮かび上がる。
「レッドホーンラット」
「レッド?」
「なんか色合いが違うのがいるんだよ。亜種って感じかな?」
「強さに差は?」
「若干……って所。まだ分析が終わってる訳じゃないけど、色合いに対応する属性耐性があるんじゃないかって谷泉くん達は言ってる」
まあ、誤差の範囲だろう。
つーかよく考えてみれば谷泉達が手土産にっていろんな色合いの魔物の死体を持って帰ってきたっけ。
で、そのレッドホーンラットが3匹、俺達の目の前にやってきた。
1匹ではなく、3匹だ。
いきなりの数に少し戸惑う。
「ヂュー!」
レッドホーンラットは俺達に気付くと明確な敵意を持って突撃してきた。
「来るぞ! みんなちゃんと武器を持って戦ってくれよ」
「わ、わかってる!」
飛山さんも谷泉に上げてもらっただけでと自嘲していた。
いや、戦いの経験はあるんだけど、戦闘組の方が先頭で戦うので、あまり無いって話だ。
戦闘系の能力を持った奴等は能力を使って行けばこの程度の奴等は雑魚で、しかも戦った実感は薄いらしい。
しかし俺達は戦闘に不向きな拠点側の能力持ちだ。
今の武器でどれだけ戦えるか……。
「とう! あ……外した!」
動きの良い飛山さんがレッドホーンラットに向かって剣で斬りかかるが、構えや踏みこみ、慣れない剣での戦闘なので目測を誤る。
「ヂュー!」
その隙を逃さないとばかりにレッドホーンラットは角を飛山さんに向け、突進してくる。
そこに俺がオニオンシールドを持って構え、角を受け止める。
ドシンという強い衝撃に思わず盾を落としそうになった。
しかも……盾に僅かに刺さってる。
こんなの盾がなかったら死んでるぞ!?
え? これって良い装備なんじゃなかったのか?
くそっ……転移の能力を攻撃に……動くな!
レッドホーンラットは俺が転移の能力を指定しようとしたその場でちょこまかと動き回り、こちらを攻撃しようとしてくる。
俺の転移は詠唱に5分も掛かり、しかも谷泉の様な誘導性が無い。
仮に5分待ったとしても、その頃にはレッドホーンラットは別の場所にいる。
下手をしたら5分後には俺が生きていない。
当然と言えば当然なんだが、やはり能力で戦うのは難しそうだ。
いや、普通に勝てるのかコレ?
三匹いるけど、一匹でもきついぞ。
パーティーじゃなかったら今頃死んでるな。
と、ともかく、能力が無理なのだから剣で倒すしかない。
「飛山さん! いくぞ!」
「う、うん!」
再度レッドホーンラットの攻撃を受け止めた俺と呼吸を合わせ、茂信が飛山さんに呼びかけながら盾に刺さったレッドホーンラットに思い切り剣を振りかぶった。
「ヂュ!?」
ガスっと言う衝撃、茂信の攻撃を受けて一度ビクリとショックを受けたようだが、まだレッドホーンラットは生きていた。
「く……思ったより硬い」
「倒れて!」
と飛山さんが追撃を加える。
するとガンと良い音が響き、レッドホーンラッドは胴が歪にへこむ。
骨が折れた様な衝撃だったな。
茂信と飛山さんで随分と差がある。
Lv差ってかなり大きいのかも知れん。
「チュウウウ……」
盾からするっと角が抜けてレッドホーンラットは鳴き声を上げると共に絶命した。
「よし!」
「気を抜くなよ!」
俺は背後にいる姫野さんに意識を向ける。
支給されたのは杖で、防具は俺達と同格。
戦えるか不安はあったが、盾を両手で持ってレッドホーンラットの攻撃を受け止めている。
「こ、これが実戦か!」
レッドホーンラットの気迫と言うのだろうか……平和な日本で安穏と暮らしていた俺達にとって、生き物を始めて仕留めるという感触は嫌な感覚ととしてこびり付く。
僅かに、なんでこんな事をしているのだろうと脳裏に過るが、やらねば強くなれず、谷泉達の奴隷に成り下がるしかない。
そんな思いが俺達に戦意を出してくれたのだと思う。
気が付くと3匹のレッドホーンラットは俺達の前に躯となって横たわっていた。
「はぁ……はぁ……初戦は……こんなものか……」
茂信が息を切らしながらそう言った。
とは言っても俺も似た様なもんだ。
最初の日、谷泉達は一撃でコイツ等を倒していたよな?
え? 何? 能力ってこんなに差があるのか?
というか、こんな事が出来る谷泉相手に飛山さんは意見しているのか?
すげぇな……マジで尊敬する。
そして戦闘組が谷泉の支配下にある理由が、肌で感じ取れた。
やがて息が整ってきた所で口を開く。
「思ったよりも大変だ。想像と随分違う」
「そりゃあな。だが……やらなきゃいけないだろ」
「うわー……みんな怪我は無い?」
姫野さんが俺達を心配そうに声を掛ける。
見れば萩沢も俺達と同様に息を切らしているようだ。
「大丈夫だ。怪我は無いよな?」
「ああ、支給された装備が良いからか、きついけど行ける」
盾で受け止める以外にもレッドホーンラットの突撃を受けた。
だが、装備の影響か衝撃しかなく、戦う事が出来た。
「ぶっちゃけ雑魚なんだろ? これ」
「うん、一番弱い魔物だよ」
マジかよ……。
一番弱い魔物相手に大苦戦だぞ。
それなりに装備も良いのに。
「毎回こんなのと戦ってるのか戦闘組の連中は」
能力なしの武器だけで戦うとか、どんだけ厳しいんだか。
俺達が素手で挑んだら、パーティーでも壊滅しているかもしれない。
二週間近く掛けて装備などを準備した訳だが、本気で正解だった。
「能力に依存しているのは確かだけど、それでも戦いの楽しさを覚えていたみたいだよ」
「これが楽しくなるのか? うーん……」
俺はまだ耐えただけに等しいからよくわからない。
敵を簡単に倒せたら楽しいんだろうか?
「妙な高揚感がある様な気がしなくもないが……」
茂信も若干首を傾げ気味だ。
「でも初戦で勝利したんだよ!」
姫野さんの言葉にその場に居たみんなが勝利の感覚を理解する。
確かに、それだけは紛れも無い事実だ。
俺達でも魔物と戦って行く事が出来る何よりも証明だ。
戦力外なんて絶対に言わせない。
「とりあえず幸成、この魔物の死骸を俺の家の工房に飛ばせないか?」
「ああ、やってみる」
俺はレッドホーンラットの亡骸を茂信の宛がわれた家に送りつける。
元々何処へ倒した魔物を送り飛ばすか決めていたから、イメージも簡単だ。
詠唱が長いのが短所だけど、その間に茂信がみんなの武器の損耗のチェック、姫野さんが回復を掛けられないかをしてくれている。
飛山さんは辺りに意識を向け萩沢も飛山さんの補佐とばかりに周りに視線を向けている。
やがて俺の目の前にあったレッドホーンラットの死体はフッと消え去る。
「ポイントも僅かに入ったな」
「ああ、2時間の遠征だけど、僅かでも稼いでおいて損は無い。この調子で戦いに慣れて行こう」
俺達は茂信の言葉に頷いて移動を開始した。
次に出てきたのはオパールグリーンカブトと言う緑色っぽいカブトムシだ。
ぶっちゃけ玉虫かとか思ったんだけど色合いが可笑しいし、大きい。
全長50cmもある。
モンスターをハンティングするゲームにこういうのがいた様な気がする。
これが5匹も一度に現れた。
そして……結論に至った。
これ、拠点組が一人で行ける場所じゃないな。
いや、5匹って……さっきの3匹でもきついのに、2匹も増えてるぞ。
それこそ谷泉みたいな火炎能力でもないと難しい。
「――」
声にならない変な鳴き声でオパールグリーンカブトはやっぱり突撃してくる。
「早々と当たるわけにはいかないわ!」
飛山さんも慣れたのか、即座にオパールグリーンカブトの突撃を避けて側面から頭と胴の間にある切れこみに剣を入れこんでスナップを掛ける。
バキっと良い音がして……うわ。グロ!
オパールグリーンカブトの頭と胴が分離、絶命する。
「ここが弱点なのは知ってる!」
「そうか!」
「私は速度に対応出来たけどみんなは跳躍から着地した隙を狙うと良いと思う」
「わかった!」
という事で俺達は各々カブトムシの首を狙って攻撃した。
姫野さんに至っては突撃してきたカブトムシを盾で弾いて踏みつけた。
思ったより肝が据わっている。
「うー……実は虫が苦手」
「俺も苦手だな」
姫野さんの言葉に俺も同意する。
ぶっちゃけカブトムシとゴキの区別があんまり付かないし、セミも苦手だ。
というか、むしろ虫が好きな女の子ってなんか嫌だな……。
飛山さんは……どうなんだろ?
「よっと!」
俺も力を込めて飛山さんがやった様にカブトムシを倒した。
気が付けば全員が一匹ずつ倒していた。
……対処法さえわかればなんとかなりそうだな。
「でもこのオパールグリーンカブトの甲殻って武器にも防具にも使えるから良い素材になるよ」
茂信がそう言って親指を立てる。
なるほど、素材という側面では良いのか。
言われて見ればゲームなんかでは虫の素材から作られる装備は多い気がする。
「解体するのがなぁ……」
拠点組は戦闘組が持ち帰った魔物の解体をさせられる事がある。
とにかく面倒な事は全て拠点組がやらされるんだ。
「羽橋くんって虫以外は割と平気だよね」
「ん? まあ……慣れかな。魚を捌く感じにやってるだけ。好きかと言われたらあんまり好きじゃないよ」
虫が苦手なだけだし。
こう……小さな頃にトンボが服に引っ付いていて、手で弾いたら頭だけ服に残っていたトラウマというか、嫌な思い出があるだけだ。
他にも夜、家で何気なく歩いていたら暗闇の中で気付かずにゴキブリを素足で踏み潰したとか、スズメバチに刺されたとか、そういう自分でもしょうもないトラウマばっかりだな。
最近のだと去年の夏休み、茂信の家に向かっている途中、林で小野が虫取りをしているのを目撃したんだが、何をやっているのかと近付いたら、蝉の凄い悲鳴が聞こえてきて、そっと覗いたんだ。
で、何をしていたかというと小野が蝉の羽を毟っていて薄ら笑いを浮かべていた。
その光景と音が目と耳に焼きついている。
当然、俺は嫌な物を感じて、すぐにその場から逃げ出した。
幸い、小野には気付かれていない。
まあ俺が本格的に小野を苦手になったのは、これが原因だ。
小野を見ると蝉の悲鳴が聞こえてくる様な気がしてならないんだよ。
まあ俺の虫嫌いなんて対したもんじゃない。
「幼い頃からセミやカブトムシさえも苦手というのが幸成です。ハチには一番に反応します」
「うっせー!」
出来るなら避けたが、そうも言っていられる状況じゃないしな。