水蒸気
「クマ子ちゃん、大丈夫?」
「ガウー」
任せろとばかりにクマ子は胸に手を宛ててから実さんの頭に手を置く。
「……わかりました。それじゃあクマ子ちゃんVSパンチングナイトグリズリーのボスさんとの試合を始めまーす」
「ガウウウウ」
ギュッとボスがボクシンググローブを握って構える。
クマ子もそれは同じだ。
「それではーレディ……ファイト!」
「ガウウウウウ……ガウ!」
パンチングナイトグリズリー側の審判も合わせて手を振る。
カーンとやっぱり何処からか試合のゴングが鳴った。
クマ子が姿勢を低くしたまま、ボスの脇腹目掛けてフックを打ちこむ。
「ガ!?」
ボスが思わぬ強力な拳を受けて呻く声を放つ。
まあ、クマ子のLvは依藤達と一緒に行ったお陰でかなり上がっているからなぁ。
単純なステータスで言えばかなり高い。
しかも茂信が作った専用の胸当てとかもあるし、負ける要素は少なめだろう。
だが、パンチンググリズリーの方もボスをしているだけの事はある。
ダメージを最小限にクマ子に拳を振りおろした。
クマ子はその瞬間、大きく後ろに下がって拳を避ける。
バシンと……パンチングベアーのボスと戦った時と同じく地面が揺れて衝撃が走る。
やっぱ上位種と言うか色違い的な性能なんだろうか?
なんて思っていると地面から棘が出現してクマ子に飛んで行く。
「ガウ」
それを巧みなステップでクマ子は避け、再度接近戦に持ち込む。
「ガウウウウ」
ボスはボスでそれを予期していたとばかりにグローブが淡く光ってベアークローモード……いや、それよりも鋭い爪を纏う。
更に火の様な揺らめき……間違いなく属性が宿っているだろう。
もうボクシングじゃ無くてツメなんじゃないかと思うんだけど……とは思うグローブでクマ子に向かって殴りかかる。
「ガアアアア!」
クマ子はその拳を片方のグローブ、アイスグローブで氷を纏わせて受け止め片方の腕で相手の顔面に……殴りつける。
が、ボスも間抜けに受ける気は無く、僅かにかすらせて、薙ぎ払う様に拳を振ってクマ子にグローブを叩きつけた。
「ガ……ガウ!」
まともに受けたと思ったが、防具の性能か、クマ子は即座に体勢を立て直して、猛反撃に走る。
「おお!」
「やっぱ羽橋の配下をしているだけあってクマ子の方が萩沢の戦いよりも見所があるぜ」
「うっせー!」
「ニャー!」
何か観客席が手に汗を握り始めてる気がする。
Lv的にはクマ子の方が上のはずなんだけどな……。
実さんも依藤みたいな二段階上の敵を選定とかしなかったはずだし。
それだけは注意したから間違いない。
「ガアアアア!」
ラッシュラッシュ!
クマ子とボスが能力に物を言わせた殴り合いを始める。
いや……ボスの技か?
「パンチンググリズリーのボスさんの猛攻! クマ子ちゃんは耐えきれるかー!」
実さんもノリノリですね。
クマ子がガードをしてボスの放つ、連続攻撃を受け止めて、反撃とばかりに顔面に一発かます。
「ガウ――」
お? 決まったか?
だが、ボスは効かないとばかりに即座に体勢を立て直したぞ。
しかし……クマ子は俺よりも立った時の身長は高いはずなのにボスの背がもっと高くて、サイズが凄い事になってるな。
クマ子は必ずカンガルーステップで跳躍して空中で殴らないと顔面に届かない。
「ガウ!」
あ、着地してアイスグローブで胴体を殴って凍結させる方向を試し始めた。
「ガウガガガ!」
ボスが大きくグローブを振りかぶってクマ子に避けさせて距離を取らせる。
その直後、ボスはにやりと笑い、グローブで腹をなぞると、凍結箇所が溶けて行く。
アイスグローブによる攻撃はボスの炎を宿らせたグローブと相性が悪いか。
かと言って風の拳は相性がいいとは到底思えないぞ……。
「クマ子ちゃんのアイスグローブ、パンチンググリズリーのボスさんには効果が薄いようだぁああ! どうするクマ子ちゃん!」
実さんの実況じゃないけど、クマ子、どうする?
そう思っているとクマ子は姿勢を低くしてボディに強烈なアッパーを叩きこむ。
鳩尾に決まった。
が、やはりボスだけあって物凄く頑丈なのか、余り効果的には見えない。
「ガウ!」
そこでクマ子は風の拳を纏わせ、俺がパンチングベアーのボスに放った内臓破壊攻撃を放った。
「ガアアアア!」
僅かにボスの腹部の毛皮に渦が発生したかに見えたが、衝撃が全身に分散……強く足で踏みしめると、衝撃が地面に逃げて足場に渦が発生した様な亀裂が走る。
「クマ子ちゃんの内臓破壊攻撃は既に対策済みのようです! これはボスさんの方が一枚上手!
凄いですね!」
……うん。色々とツッコミを入れるのは辞めておこう。
ニヤリとボスは笑みを浮かべてクマ子の顔面を殴りつける。
「ガウウウ……」
殴られた方向に顔面を向けてダメージを分散しながらクマ子は若干距離を取る。
俺が戦った時の攻撃は通用しないか……。
ならばどうする?
「ガアアアアアアアアアアアアア!」
そう思った時、ボスが大きく吠える。
するとグローブが更に光り輝いて炎が宿った。
「ガウガウガウ!」
そして素振りを始めると、拳から炎が飛び出し、クマ子目掛けて素振りをする分、飛んで行く。
風の拳の連射バージョンみたいな遠距離攻撃だ。
「ガウ」
姿勢を低くして、無数に飛んでくる炎の玉をクマ子は避け、時にアイスグローブで相殺しながら接近戦に持ち込むがボスは炎の拳でクマ子を焼きつくさんと殴りかかる。
「ガウウウ!」
グローブとグローブがぶつかり、炎と氷で水蒸気が発生する。
クマ子とボスを取り囲むように水蒸気が発生し、観客は両者の姿を薄らとしか見る事が出来ない。
「あーっと、水蒸気でクマ子ちゃんとボスの姿が見えない! 見えないぞ!」
バシンバシンと衝撃音が辺りに響き渡った。
どちらかと言えば実さんの声がデカイ。どうにかしてくれ。
いや……盛り上がってるけどさ。
やがて……。
ラウンドの終了する音と共に水蒸気が晴れ、クマ子がコーナー端に来て座りこむ。
ここは俺がセコンドをすべきだな。
「クマ子、大丈夫か?」
「ガウ」
殴られたダメージが顔に出ているし、所々腫れてる。
手持ちの薬で顔面の治療を施す。
「インターバル中に回復させないとダメなんだよな? 時間差で手当てして良いなら損傷転移を施すが……」
「ガウガウ」
俺の問いにクマ子は頷く。
やっぱりそうか。
というか観客席にいる連中、回復能力持ちは手伝えっての。
「実さん、貴方は相変わらず選手には回復をさせないんですね」
「公平じゃないもん」
審判をする事に夢中になっている実さんはクマ子の容体を心配はしている様だけど回復をするようには見えない。
俺にもこの時はしないしね……。
しょうがない。
ラムレスさんから習った回復魔法を掛けてやるか。
という訳で魔法を唱えるのに集中する。
「ガウ!」
みるみるとクマ子が元気になった。
で、クマ子は顔面の治療を終えてからは自身の毛繕いをして手当てをする。
おっと、パンチンググリズリーが部下に援護を掛けてもらおうとしてる。
前回と同じく、この時ばかりは観客の連中に手伝ってもらおうか。
「実さん、援護はさすがに掛けてくれるよね」
「あ、はい。クマ子ちゃんがんばってー!」
と、実さんが援護の祝福をクマ子に施す。
「ガウー」
後は……俺はクマ子の耳元で囁く。
「クマ子、アイスグローブと相手の炎で辺りに水蒸気が発生した時――」
俺の助言にクマ子が何度も頷いた。
で、次のラウンドの鐘が鳴る。
クマ子が立ち上がり、ボスとにらみ合いを始めた。
そろそろ何か仕出かす頃だ。
「ガアアアア!」
そう思っているとボスが棘の出るアースクラッシュっぽい技を放つ。
クマ子がさっそうと避けるのだが、今度は毛色が異なる。
ボシュっと何故か地中から……ハチの巣?
そのハチの巣が炸裂して、はちみつが辺りに飛び散る。
あれは……もしかしてトリモチみたいなはちみつか?
避けきれずにべったりと引っ付いたはちみつの所為で、クマ子の動きが鈍る。
ゴムみたいにはちみつがクマ子に粘着している。
「ガウウウ」
「ガア……」
ボスが不敵にクマ子に向けて笑みを浮かべ、両手のグローブをぶつけながらゆっくりと近づいて行く。
が、クマ子も逆に笑みを浮かべ、グローブで引っ付いた蜂蜜を拭ってから舐める。
するとアッサリとはちみつが取れて、クマ子の毛皮に艶が出る。
「これはパンチンググリズリーのボスさんの失策かー!? クマ子ちゃんには蜜餅は効かない!」
ああ……クマ子にはハニーハントという拡張能力があるもんな。
はちみつに関してはクマ子も一枚上手か。
こういう時に役立つ訳ね。しかも回復出来たか。
俺だったらこの時、どう対処したら良いか分からなくて出遅れた可能性が高い。