変身の一種
「この国が性に関して緩やかなのは、クマ子みたいなケースを寛大に認めているからなんだぞ!」
え? そうだったの?
俺はクマ子を見る。
俺が視線を向けるとクマ子はニコニコと笑みを浮かべた。
「あ、はい。どうやらハギサワ様がハネバシ様の愛熊であるクマ子様へ人化薬を服用させたのですね」
ラムレスさんが同意して説明する。
自分に忠誠を尽くしてくれる魔物、その魔物の忠誠心に心が動く人が居て、そんな人達が作り出したのが人化薬なんだそうだ。
高額であるのだが、需要が無い訳じゃないらしい。
「私のクマ子ちゃんがー……」
あ、実さんがガチ泣きに変わって、泣き始めた。
実さんがここまで泣いていたのはめぐるさん達が死んだ時以来だ。
ただ、泣き方の質が違う気がする……なんて言うか、実さんはパンチングベアのクマ子が好きだったんだな。
とはいえ、クマ子はあなたの物ではないと思いますが?
「ガウ」
ボフっとクマ子が魔法の紋様を浮かび上がらせてクマの姿に戻って実さんを宥める。
「あ、クマ子ちゃん!」
「ガウ!」
「戻れるのか」
「変身の一種を追加する意味でもあるので……」
なるほどな。
これからクマ子が人化も出来る様になっただけ……と言う事にしておこう。
「何が何やら……萩沢も幸成の許可無くこんな真似するなよ」
「俺はクマ子に承諾を取ったまでだ。さあクマ子よ、羽橋の支えとしてより精進するのだぞ」
「ガウ!」
萩沢の言葉にクマ子が敬礼してる。
「それでも私は、道具屋を許さない!」
あ、実さんの中で萩沢の評価がマイナスに傾いて突き抜けたのだけはわかる。
道具屋呼びだしな。
「ふふ、別に実さんに嫌われたとしても俺は構わない。実さんと恋仲になれるとは思ってないしー」
まあ……実さんって誰と恋仲になるのかわからない人ってのは確かだと思う。
特別仲が良い男子っていないと思う。
クラスの女子達とは普通に仲が良い。
クマ子に格段に固執している様に見えるけど、愛玩動物として見ていたって感じだったしな。
「つーか萩沢、お前は何が目的なんだよ」
野望など色々と言っていたが、クマ子を人化させるのが目的って訳じゃないのは分かる。
むしろ試作品をクマ子に服用させたに過ぎないのだろう。
「ふふふ! 俺はある事に気付いた。クラスの女子を含め、異世界の女性……その人達がみんな、俺がどれだけ色目を使っても振り向いてくれない事に」
凄いしょうもない事に気付いたな。
自分に自信無さ過ぎだろ。
「そうか? 割と萩沢って社交的だしムードメーカーで好かれてると思うぞ?」
ぶっちゃけ萩沢のちょっとガッツリな態度に女子は嫌悪感までは持って居なかったはずだ。
小野みたいな、女は自分の評価を見せるステータスとかそう言った態度じゃないし、ちゃんと相手をするから少なくとも嫌われてはいない。
「告白すれば割と前向きに検討してくれるんじゃないか?」
「ハギサワ様ですか? 確か凄腕の道具作成職人として民衆の女性にも一定の評価があったかと思いますが」
「え? マジで……いやいや! そんな自分の事しか考えていない奴等なんてどうでも良いんだよもう! 少なくとも打算無きヒロインと俺は恋愛がしたいの!」
今、僅かに迷いを見せたよな?
自分の事しか考えていない奴等か……萩沢は女性恐怖症も発症してしまっているのだろうか。
まあ、砂浜で追いかけっこして、息切れしている所を『萩沢君じゃ無理よ』なんて言われちゃ諦めたくもなるかもしれない。
それ以前から準備していた様な気がしないでもないが。
「そこで、俺は羽橋に尽くすクマ子を常々見ていた。ああ、俺もあんな感じに尽くしてくれる女の子がいたらな、と」
「クマ子は熊だぞ」
「だから人化させたんだ! 俺の予想通りの結果になったろ?」
萩沢は自らの剣を掲げて見せる。
その剣をへし折ってやろうか。
「俺は俺専用の忠誠を尽くしてくれる魔物娘を手に入れる! その為の準備は既に出来ている。後はテイミングに行くだけだ!」
……すげぇ! ここまでして彼女が欲しいと宣言すると、逆に応援したくなってくる。
そんなに女の子と付き合いたかったんだろうか。
というかユニークウェポンモンスターって持ち主に懐くけど、そこまで相手してくれるわけ?
人化した方が便利だからとか、俺の試合を見て人間の方が戦いやすそうとか思ったから欲しがった訳じゃ……ないだろうな。
つーか、萩沢、その剣は彼女を得るために手に入れたのかよ。
「という訳で、俺は彼女をテイミングしてくるぜ! じゃあなぁああああ! ニャーン!」
そう言って、萩沢は手を振り、工房から出て行く。
既に招集していたのか、国の騎士や冒険者も一緒だ。
これだけ騒ぎを起こしておきながら現状を放棄して出て行くとか、どんだけ無責任なんだよ。
とは思うが……。
最後のニャーンってなんだ?
「クマ子ちゃん……」
「ガウー?」
実さんがクマ子に抱擁してずっと撫でてる。
「うん……確かに、クマ子ちゃんなら幸成くんの心の傷を埋められるかもしれない。クマ子ちゃんだからこそ、がんばってください」
「ガウ!」
実さん、貴方も結局そこに落ちるんですか?
何て思いながら俺は茂信に視線を向ける。
「萩沢の奴、何をテイミングしてくるんだろう?」
「持ってたのは植物系のユニーク武器だったように見えたけど、ドリアードとか?」
「カテゴリーでは剣なので、その限りではありません。国の騎士達の行動報告書を閲覧して報告しましょうか?」
「頼める?」
「他ならぬハネバシ様の頼みとあらば」
こんな時でも携帯ゲーム機を手放さないラムレスさん。
もう重度のゲーマーですね。
と思いつつ、ラムレスさんは城の方へ向かい、萩沢の世話をしている騎士の報告書を持ってくる。
「えー……ハギサワ様の行動によると、図書館にて近隣のユニークウェポンモンスターの分布をチェック、どうやら目当ての魔物がいる事を確認した後、剣のユニークウェポンを得ると決めた様ですね」
「最初から目当てのがいるって事か」
「そのようです」
俺も後でクマ子のパワーアップの為にユニークウェポンの分布を調べておいた方が良いよな。
もう少しLvが上がったら更に強化する予定だし。
「それで? 萩沢は何を狩りに行ったんだ?」
茂信が尋ねる。
「確か剣系は人気の魔物で予約制度があるんだったっけ?」
依藤や国の騎士達もその辺りの話をしていた。
剣や槍などの武器は需要が高い為に、予約しないと難しい物も多いとか。
メーラシア大森林に生息するユニークウェポンモンスターならその限りじゃないが、如何せん、あの森は冒険者すらも忌避する森だそうで、安易に入って良い物じゃないらしい。
むしろ生息する魔物がめまぐるしく変わるので危ないそうだ。
今の依藤達からしたら楽勝ってクラスだと思うけど……どうなんだろうか?
どちらにしても国が入るのを禁止した森らしい。
色々と曰くがあるし、異世界人が来訪する森って評判もある。
「はい。ハギサワ様が予約し、出現と同時に挑戦依頼をされた魔物は……サーベルキャットの様ですね」
サーベル……のキャットか。
猫系なのは名前で一発だな。
「だから出かける前にニャーンって言ってたのか」
茂信が呟く、納得の理由だな。
「猫さんが……道具屋の相棒になるの?」
「実さん、お怒りはごもっともだけど、萩沢の事をせめて名字読みにしてあげて」
奴の仕出かした事は大きいし、反省している様には見えない。
だけど、いい加減何処かで折り合いをつけなきゃいけないと思う。
「幸成くんが言うならしょうがないですね。わかりました。けど、幸成くんは良いんですか? ……萩沢くんと一緒に生活してるんですし」
俺の脳裏に猫娘を連れて満面の笑顔で帰ってくる萩沢が浮かぶ。
『どうだ? 羽橋? 俺の彼女、お前のクマ子よりも魅力的だろ? ガウーじゃなくてニャーンだぜ?』
挙句、料理から何まで一緒にやっていてイチャラブされる光景が映し出される。
きっとこういう事を言いそうな気がする。
ウザい! 激しくウザい! 茂信の工房から出て行けと!