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ニューキーツ 作者:奈備 光

7章 ピンクのハートマーク

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98 呪いの名の歌

 エーエージーエスに隠れた荒地軍は、階段に留まっていたのではなかった。
 チューブの内部にいるものと思われた。
 階段で見張りをしている兵士が入れ替わっているところをみると、チューブの中でオーエンの餌食になっているというわけでもなさそうだった。

 ンドペキは、彼らを掃討することを諦めた。
 近づくと見張り兵もチューブに逃げ込んでしまう。
 かといって、自分達がそこに踏み込むことは危険が大きすぎた。
 オーエンが敵をかくまっているとしたら、そこに飛び込むことは死を意味するからだ。


 その頃には、その軍がアンドロの軍だということが確実になっていた。
 彼らから届いたメッセージには、タールツー名で投降を促す言葉があった。
 ンドペキはもちろんそれを拒んでいた。

 もうひとつ、ンドペキ達を驚愕させた出来事があった。
 南軍と呼んでいた政府軍の兵士が、日一日とますますその数を減らしていたのだ。
 その理由は簡単に推測できる。
 アンドロによって、強制死亡処置が実施されているに違いなかった。

 ただ、政府軍はレイチェルの書簡を本物だとは信じていないのか、まだ歩み寄ってくる姿勢は見せなかった。


 チョットマは、瞑想の間を出発し、ホトキンの間を経て街への通路を進んでいる。
 ネーロとイナレッツェ、そしてスゥとパパが一緒だ。
 作戦のあらましは、ンドペキと打ち合わせたとおりで変更はなかった。
 チョットマは何度も何度もそれを復唱していた。
 ンドペキの口元や、目の表情を思い出しながら。

 作戦の目的、その一。
 街の状況を知ること。
 ンドペキからは、街には出るなときつく言われている。
 エリアREFの地上に近い通りにも出てはいけない。
 監視網にかからない下層階でのみ活動せよと。
 なので、これはもっぱらスゥとパパの役割だ。
 スゥは自分は消去させられることはないと、絶対の自信を持っている。
 自分の会社は今も普通に営業しているし、自分自身もある方法によって、政府の監視網に捕捉されないのだという。

 チョットマが状況把握をするのは、ライラに話を聞きにいく程度だ。
 一時的に政府の監視網に掛かるエリアを通ることになるが、チョットマはンドペキに黙って、敢行するつもりだった。
 もちろん、アヤの布地とハクシュウの手裏剣を取り戻すために。


 作戦の目的、その二。
 補給路を確保すること。
 街で戦闘になったときに、洞窟からの物資の補給経路が確保できるかどうかという点。
 その最大の難関は、昔の防衛隊隊員だった兵士がスキャンをかけて賄賂を要求する地点である。
 ただこれは、エリアREF全体が戦場になったときには、彼らの行為そのものが意味を成さなくなるだろう。
 むしろ、エリアREFの全体像の把握が重要となる。隊員があそこで迷ってしまっては意味がない。
 したがって、主要な通路の見取り図が必要だった。それが頭に入ってこその作戦となる。

 このエリアマップの作成はかなりの時間を要する。
 なにしろ、複雑で広い。広いだけではなく、何層にも分かれていて、始末が悪い。
 目印になるような地点もほとんどない。どこまでいっても暗い通路が続いているだけなのだ。
 しかも、ンドペキの指示は、地上部に近い階には行くなというのだ。


 作戦の目的、その三。
 拠点造営の可能性検討。
 チョットマの考えでは、これはホトキンの間しかない、と思っていた。
 物資の保管も可能だ。隊全体が休養を取れる広さもある。

 しかし、問題もあった。
 後がないのだ。
 ホトキンの間まで敵に攻められたとき、逃げ場がない。
 瞑想の間に続く通路は、巨岩の隙間程度で、身動きしにくいスペースが続く。
 しかも、エリアREFまで、数十分かかる。
 できれば、もう少しエリアREFに近い位置で拠点を築くことが望ましい。


 いずれも、向こうに到着してからの判断となる。
 チョットマは、移動中、スゥとたくさんの話をした。
 しかし、スゥは一時の元気さはどこへやら、始終言葉少なだった。

「ね、スゥ。どんなお仕事をしているの?」
「呪術師。ってわかる?」
「ん、だいたい」
「人を呪い殺すんじゃないよ。科学技術では御しきれない事柄を解決するのが仕事」
「ふうん。例えば?」
「意味不明の病気を治したり。占いをしたり」
「へえ」
「それは表向きの仕事なんだけどね」
「本当は?」
「自殺希望者の手助け」
「へえ。なにそれ」
「想像してよ」


「ね、スゥ。ライラは好き?」
「そうねえ。好きでも嫌いでもないけど、お互いに助け合ってる」
「助け合う?」
「私だけではできないことを頼む。彼女がいるから私は安全。彼女がいるからいろいろな情報が手に入る。お互いにそういう関係」
「ライラは、敵だって言ってたよ」
「そうねえ」

「ね、スゥ。とんでもないことに巻き込まれたって、思ってない?」
「ううん。全然」
「そうなんだ。スゥは強いんだね」
「強いわけじゃなくて……」
「だって、街の人はこんな状況に慣れていないでしょ」
「チョットマ、それは思い上がりっていうものね。社会の表舞台に出てこない人達は、もっと深刻な問題に取り組んでいるよ。何の手助けもないまま。必死でもがいているよ。私も含めてね」


 いろいろな話をしたが、チョットマはどうしても聞けなかったことがある。
 ンドペキをなぜ匿ったのか、ということ。
 それはとりもなおさず、スゥとンドペキの関係を知ることになる。
 それが怖かったのだ。


 ホトキンの間を通り過ぎ、エリアREFの居住区に差し掛かっていた。
 これまでのところ、拠点となりうるようなところはない。
「ここが、プリヴの部屋」
 もちろん、チョットマは部屋を開けてみようとはしなかった。
 あの衣装類が残されているかもしれない。作ってくれたシャワーブースも。
 それを目の当たりにすれば、心が塞ぐ。
 しかし、もう誰かに荒らされてしまっているだろう。アヤの部屋がそうであったように。

「開けられるのか?」
 ところが、ネーロが聞いてきた。
「番号が変わってなければ」
 そう答えたが、気乗りはしない。
「もう荒らされてるわよ」
 しかし、ネーロは開けろという。
「拠点とはいかないまでも、なにかの役には立つかもしれない」


 チョットマはプリヴが教えてくれた通りにドアノブを回した。
「あっ」
 開いた。
 一見したところ、部屋の中はあのときのままだった。
「アンドロの手は、ここまでは回って来ていないということだな」
「うん。それに、この辺りにうろついている連中も」

 チョットマは、プリヴの前で裸になったときのことを思い出して、ひとり赤面した。
 あのとき、私は興奮の極みだった。
 ホトキンを見つけ出すために……。
 聞き耳頭巾の布を被っていたおかげで、いろいろな恐ろしい声を聞き続けた挙句、どうにでもなれ!という気持ちだった……。

 この先にはごみ焼却場の鉄橋。
 プリヴの背におぶわれた。そして彼が言ったこと……。
 恋の照り焼きはリンゴのような味……。
 告白ともつかない、他愛ない言葉だったが、私はそれにまともに取り合わなかった。

 あんなふうに私を庇ってくれるのなら、そして死んでしまうのなら、もう少し、楽しい反応をしてあげればよかった……。


 鉄橋の足下には、あの時と同じように傲然と炎が上がっていた。
「この先よ」
 かつての防衛軍を追われた兵士が、立ち並んでいた場所。
「武器を持っていたら、通してくれないって、プリヴが言ってた」
「でも、スキャナーは通路の向こう側にあるんだろ?」
「うん。でも、あの時は向こうから来たから、そう教えてくれただけかもしれない」
「そうか。じゃ、ここでイコマさんの出番ですね」
 パパが飛んでいった。

「ネーロ、お金、持ってる?」
「ああ。ピラミッドが買えるほどの金を持ってるぞ」
「ピラミッドって、なに?」
「自分で考えろ」
「フン、私がバカだと思ってるんでしょ」

 パパが戻ってきた。
 人っ子ひとりいないという。
「なんだ。肩透かしね」
 スキャナーの電源も落ちているという。
「では、堂々と無賃通過といこうか」
 アンドロが街を支配して、あのかわいそうな兵士達の仕事はなくなったということなのだろう。


 長い階段を駆け上りカーテンを開けると、あの小さな部屋。強烈な臭気が襲ってくる。
 男が、あの時と同じようにうずくまっていた。
 チョットマは、声を掛けた。
 あの時、あれほど恐ろしかったことが、今は平気だ。
 それどころか、慣れた気持ちまでするから不思議だ。

「あの、私の装備、帰りに取りに来ますから、まだ預かっておいてください」
 男が、汚れきったコウモリのような手を出してきた。
「ネーロ、預かり賃。払って」
「いくらだ?」
「わからない。この人が満足するくらい」
「だから、それはいくらなんだ」
「自分で考えろ」

 そう言いあっている間に、男が手招きをした。
「え、私?」
 男が頷いた。

「はい……」
 チョットマは、男の前に跪いた。
 男が、顔を寄せてきた。
 やばいかも。
 背筋に悪寒が走ったが、チョットマは我慢した。
 危険はないだろうか。
 しかしプリヴが、この男は信用できると言ったような記憶が……。

「チョットマだね」
 囁いた男の声は、思いのほかしっとりとしていて張りがあり、しかも穏やかだった。
「はい……」
「君を襲ってきた奴を、こちらで始末しようとしたんだが、取り逃がしてしまった。ここから先は気をつけて行くように」
「はい!」

 男の顔はローブに隠されて見えない。
 しかし、この場所の強烈な臭いはこの男から発せられているわけではないようだ。
 芳しいとは言わないまでも、かすかに香の臭いまでした。
「あの、そいつは誰なんでしょう?」
「ん?」
 知らなかったのか、と男は言った。
「クシというやつだ」

 クシ……。
 名を聞いただけで、チョットマはまた恐怖を感じた。
 その名に呪いがかかっているかのように。
 しかし、なぜ私を付け狙う。
 それが分からないことが、恐怖を増幅させているのだった。
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