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ニューキーツ 作者:奈備 光

7章 ピンクのハートマーク

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97 地球人類の記憶

 イコマのもとに、ハワードが訪問してきた。
 すでにアヤが救出されたことは伝えてある。
 足が片方なくなっていることも。
 ハワードは、それを再生させる医療機関を探してくれていた。

「民間の病院では無理なようです」
 公的医療機関では可能なようだが、アンドロが街を押さえたことによって、かなり混乱しているということだった。
 他の街へ連れて行くのも難しい。
 アヤの体調もそうだが、彼女の職業的身分がそれを難しくさせている。

「まだ、君のいる職場に所属しているのかな」
「ええ。休職ということになっています」
「生きているということを、職場で話した?」
「話しました。でも、ンドペキの隊と一緒にいることは話していませんし、エーエージーエスで発見されたことも」
 賢明な判断だ。
 アヤの身の安全のためには、伏せておきたい。


「街はどうなるんだろう」
「アンドロは、この街を変えたいとは思っていないようです。Sディメンションのニューキーツは。市民の暮らしも今までどおりで」
 ハワードは言葉を選びながら話す。
 アンドロによる統治は始まったばかりで、確定的なことは何もないのだ。
「そもそも、アンドロがバードさんを職場に受け入れるかどうかも定かではありません。もともと、レイチェルをおびき出す手段だったわけですから。今となっては彼女の役は終っています。したがって、街には戻れると思うので

すが……」

 アヤがニューキーツの街に戻れるなら……。
 それに越したことはないだろう。
 本当は、ユウとアヤと、大阪で過ごしたときのような暮らしに戻りたい……。

 しかし、それが無理なことだ。
 自分は思考のみの存在。
 彼女達と一緒の時間を過ごすにも、フライングアイかバーチャルな姿で……。
 しかもユウは、パリサイドのニューキーツにおける代表者。
 意識としてはとにかく、存在としては遠い。

 せめてアヤは、普通のマトとして、暮らして欲しい。
 ユウのいるこの街で。
 政府機関を辞めて、街の娘として、どこかの店ででも働くことができれば、どれほど気持ちは楽になるだろう。 一緒に旅行もできるかもしれない。
 少なくとも、仕事のことを話せないという苦悩はなくなるはずだ。


 大阪でのあの暮らしに戻ることはできなくとも、少しでも近づけることはできるのではないか。
 自由に会い、自由に話ができる。
 本当はそれだけでいいのだ。

 そんな環境に戻すことはできるのではないだろうか……。
 自由に生きること。それが保証されればいいのだから。
 アンドロは、この街をどんな街にしようとしているのだろうか。


 イコマはもうひとつ、気になっていたことを聞いた。
「残った隊員達はどうなる?」
「今のことろ、大丈夫なようです。あらゆるシステムは稼動していますが、削除リストに名前はありません」
「まずは安心ということか」
「保証はできません」
「もちろん、それは分かっている」
「治安省の内部は大混乱しています。監視システムや削除システム、再生システムは、まだ従来の運用を継続していますが、何者かに乗っ取られでもしたかのようなエラー続きの状態ですから」

 いっそ停止してしまえばいいのに、と思うが、不穏当すぎて口にはできない。
「施設の長も幹部も今のところ代わっていませんし、組織の形も変化はありません」
 今までどおり、多くの省庁をマトやメルキトが所管しているし、ハワード自身も従来どおり勤務しているという。

「しかし、いずれ刷新され、運用方針が大幅に変わることも考えられます」
「ああ」
「案外、それは早いかもしれません。場合によっては、数日後には別のアンドロの集団が接収することも考えられます。そうなれば、ンドペキやその部下達もどうなるか、わかったものじゃないと思います」
「そういう兆候があれば、すぐに教えてくれないか」
「もちろんです」


 アンドロがアンドロのみで街政府全体を統括することになれば、何がどう変わるのか、見当もつかなかった。
 従来のような運用となるのか、あるいはさらに監視が強化されるのか。
 はたまた監視は緩められて、誰もが政府に気兼ねなく好きな意見を語り合える社会になるのか。
 後者であって欲しいと思うが、それが現実的でないこともわかっていた。
 アンドロと、ホメムやマトやメルキトが完全に融和した、ともに平等な社会は想像しにくかった。
 アンドロに対する偏見を払拭することは簡単ではないだろうし、アンドロ自身も変わらなければならないからだ。肉体的にも精神的にも。思考という面でも。


「タールツーがニューキーツの長官になるんだろうか」
 イコマは、レイチェルがンドペキらによって救出されたことは伝えていなかった。
 しかし、政府軍は知っている。ハワードが知っていても不思議ではない。
 もしアンドロ側がそれを知らないのなら、ハワードにレイチェルの居場所を話す必要は無い。情報が漏れないとも限らないからだった。

「そのようです。暫定行政長官を名乗り始めました。そのうち、何らかの儀式を経て、正式に長官を名乗るのでしょう」
「さっき、市民は従来どおりの暮らしが送れるだろうと言ったね。政府機関に勤めているマトやメルキトは?」
 かなりの人数が働いているはずだ。しかも、それぞれの機関の長や管理職は、マトやメルキトが占めていることが多い。
「難しいですね。徐々に排除されるのではないでしょうか。特に」
「特に?」
「軍関係はすべてアンドロが占めることになるでしょう。ンドペキ達のような攻撃軍も含めて。それから、治安関係の機関、エネルギー関係の機関、食料や物資関係の機関など、重要なポストはアンドロが占めることになると思い

ます」
「まあ、そうなんだろうね」


 タールツーの反乱は、レイチェル憎し、という単純な動機ではない。
 レイチェルを長官の座から引き摺り降ろしたからといって、次期長官をマトやメルキトが務めるということにはなりそうにもない。
 しかも、街はホメムが治めるという不文律があるのだ。
「今のところ、政府機関内では、そういう意味での混乱はないんだね」
「業務としては混乱の極みです。しかし、人事はまだ動いていませんから、仕事が完全にストップしたり、紛争が起きたりということはありません。今のところは」

「城外に逃れた政府軍はどうなるんだろう」
「それははっきりしています。強制死亡処置です。無害な存在として再生されることになります」
「ん? ンドペキ達は今のところは安全ということだったよな」
「現在、強制死亡処置者のリスト化が始めたれたばかりです。まず、防衛軍兵士からということになっています。攻撃軍はその後です。ただ、攻撃軍が強制死亡処置になるかどうか、まだ公表されていません」
「そうなのか……」
 数百名に及ぶ強制死亡処置。
 きっと、自分が兵士だった記憶を消されて再生されるのだろう。

「恐ろしいことだな」
 イコマは正直な気持ちを口にしたが、ハワードはそれほどでもないようだ。
「マトやメルキトを排除しようという意図ではないのです。共にこの街で暮らそうとしています。ただ、危険な意識や思想は消しておきたい。それだけのことです」
「人間というのは、そう簡単に割り切れるものじゃないだろ」
 そうは言ったが、ハワードに苦言をぶつけても、何も変わることはない。
 ハワード自身も、そんな感傷的な思考はないのだ。

 都合の悪いものはあくまで排除する。
 強制死亡と記憶の削除という力を振りかざして。
 それを異端だとは思わないアンドロが支配する街。

 ニューキーツが独裁国家の道を歩み始めているのだろうか。
 どんなに活気があっても、どんなに発展しようとも、そしてどんなに豊かであっても、暗く、抑圧された心が渦巻く街に。
 どんなに着飾っても、赤くただれた心を持った人間が獲物を探して歩くような街に。


 イコマは話題を少し変えた。
「アンドロがこの街を治めるということは、他の街との関係はどうなると思う?」
 ハワードは、これには明快な答を持っていないようだった。
「それは私にはわかりません」
「君の感じでは?」
「そうですね……」
 ハワードは唸ってから、予想外のことを口にした。
「私はタールツーの政治は長くは続かないと思います」
「ほう」
「ニューキーツをアンドロが支配するのを、他の街が黙って見ているはずがありません」
「戦争になるか……」
「そうなると思います。しかし、タールツーはダメでしょう」

 ハワードは、タールツーは先走りすぎた、という。
「それに、どうも最近は体調も悪く、人前に姿を見せないそうです」
 逆にイコマは、他の街のアンドロも呼応して動き出すのではないかと思った。


「他の街にもアンドロはたくさんいるだろう。というか、実質的にアンドロなしでは動かない。同じようなことが起きるんじゃないかな」
 しかしハワードは首を横に振った。
「今すぐには、そうはならないと思います」
「なぜ?」
「タールツーほど、自己主張の強い、権力意識まで持ったアンドロはいないといわれています。彼女は、だからこそ治安省の長官になれたのです」
 なるほど、その通りかもしれなかった。
 アンドロでありながら、治安省の長官なのだ。
 人の命を牛耳ることのできる立場まで昇り詰めたのである。


「彼女は、元はといえば、レイチェルの前任者の寵愛を受けたアンドロです。彼女の子供はメルキトとして、この街にいます」
「なに! 子供が!」
「今は、二十歳過ぎになっているはずです」
「なんと!」
「通常、アンドロは子供を生むことはできません」
「ああ!」
「ええ。体の構造がそうなっていないからです。男でも女でもそうです。ところが、タールツーは妊娠したのです」
「相手は?」
「前任の長官との間に」
「なんと! しかし、それは」
「ええ。もちろん秘密です。というより、噂です。真偽はわかりません」

 何かの間違いだったのだろう、とハワードは言った。
 レイチェルはタールツーはかなりな高齢だと言った。二十過ぎの子がいるということは、いくつの時に産んだ子だろうか、という疑念が浮かんだが、計算は合っているのかもしれない。
 ふとそんな疑問が浮かんだが、例によってハワードはとうとうと説明を続けている。
「もしそれが事実なら、タールツーは妊娠することによって、普通のアンドロとは違い、人としての感情を持つようになったのでしょう。彼女は、驚いたことに自分の乳を与え、自分の手で子供を育てたというのですから」
「うーむ」
「できるはずがないと思うでしょう。しかし、彼女はそうした。あくまで噂です」
「信じられるのか?」
「ん……、わかりません。ですが、イレギュラーなアンドロは、時々いますから。ホメムやマトやメルキトが知らないだけで。ただ言えることは、タールツーのようにすべてを兼ね備えたアンドロは極めて少数だということです」


 イコマは唸ってしまった。
 いつのまにか、地球人類は滅びようとしている。
 それに代わって、かつて人類によって生み出されたヒト型生物であるアンドロが、肉体と簡易な思考だけではなく、生殖や感情をも持ち始めている。
 地球人類の姿は確実に変わりつつあるということなのだ。

 パリサイドにしてもそうだ。
 彼らがどんな人類なのか、まだ正確にはわからない。
 しかし彼らも、元々の地球人類とは似てもないつかない肉体を持ち、想像を絶する能力を持っているのだ。

 地球に住み続けてきた人類は、滅亡に向かって最後の坂を転がり始めた。
 もうどうあがいても、彼らのいずれか、あるいは両方に、地球の主の座を明け渡さざるを得ないのだろう。


「タールツーの思うようには、他の街のアンドロは動かないでしょう。タールツーは負けると思います」
 ハワードは楽観的だが、タールツー自身は戦争に負けることになっても、アンドロは最終的に勝利を収めることになるだろう。
 もはや、それを阻止することができるのはパリサイドだけだ。
 そのとき、ホメムやマトやメルキトはどうなっているだろう。アギにしても。

「そうか……」
 ハワードは、超然として椅子に座っている。
 微妙な誇らしさが表情に滲み出ていた。
 イコマは、あわてて話題を変えた。
 お嬢さんを私に、などと言い出されたら堪らない。

「ところで、いいかな」
「どうぞ」
「サリのことなんだが、続報はないかい?」
「調べておきましょう」
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