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ニューキーツ 作者:奈備 光

7章 ピンクのハートマーク

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96 最敬礼の色

 翌朝、ンドペキは予定通り、作戦会議を開いた。
 まず、ハクシュウの隊だった者の転籍を発表した。
 ひとりひとり、ンドペキ、パキトポーク、スジーウォン、コリネルスの各隊への移動を伝えていく。
 神妙な雰囲気になるが、しかたがない。いつまでもンドペキがハクシュウの代行として、残存部隊を率いるわけにもいかない。

 作戦の大筋はすでに決めていた。
「まず、イコマ氏に正規軍への使者を頼む」
 フライングアイの体にレイチェルの書簡をぶら下げても飛べる、ということを実験によって確かめてあった。
 反対意見は出なかった。

「次は、アンドロ軍の現状を把握すること。これもイコマ氏に頼みたい」
 エーエージーエスにタールツーの軍勢が潜んでいるとしても、彼らがチューブの中にいるのか、扉の前の階段にいるのかによって、戦術は大きく異なる。
 扉の前の階段に留まっているのなら、比較的攻撃しやすい。
 地上の入り口さえ押さえれば、後はいわば袋の鼠だ。
 しかし、もしチューブにいるのなら、かなり厄介なことになる。


「攻撃は、ンドペキ隊、パキトポーク隊、スジーウォン隊にて当たる。ただし、やつらがチューブに入っているなら、作戦は練り直しだ。オーエンの協力を取り付けられることが条件だからだ」
 これにも反対意見はなかった。
「首尾よくエーエージーエスの軍の動きを封じ込めることができたら、我々の行動も楽になる」
 タールツー軍を叩くことができれば、政府軍防衛隊としてもこちらに正義があると認めざるを得なくなるだろう。
 それに加えて、背後からの攻撃を気にしなくてもよくなることから、街の奪還作戦にも戦力を割けることになる。
 早速、フライングアイが飛び立っていった。
 ひとつは書簡を持って、正規軍の陣地へ。
 ひとつはエーエージーエスに向かって。

「コリネルス隊は、レイチェルとバードの警護及び洞窟の死守だ。ただ、二名の隊員を出してくれ。タールツー軍攻撃の背後を固めさせたい」
「了解だ」
「念のため、全資材の数量チェックもしてくれ。長期の篭城を覚悟するとして、その配給計画を立ててくれ。期間は三ヶ月を目処だ。余力があれば、全隊員の健康管理計画、居住環境の整備計画も。ベッドの用意も始めてくれ。いつまでも硬い床の上で寝れないからな。無駄になるかもしれないが、頼む」
「うむ。わかった」


「もうひとつの作戦は、街の状況を探ること」
 これが最も頭の痛い問題だった。
 イコマからの情報はある。しかし、自分達の目で確かめておきたいという気持ちがあった。
 しかし、危険を伴う。

「加えて補給路を確保すること。さらに、洞窟内の街に近い位置に我々の拠点を移動することができるかどうかの調査もだ。この作戦は、チョットマとネーロとイナレッツェが当たって欲しい。スゥが協力してくれる」
 ネーロはハクシュウの部下で、冷静沈着が鎧を纏っているような男だ。
 イナレッツェはコリネルスの部下で戦闘力、知性共にある汎用性のある女性隊員。
 いずれも協調性のある兵士である。

 この難しくて危険な作戦メンバーの組み合わせは、これしかないとンドペキは考えていた。
 チョットマは外せないが、なにしろ直情型だし、基本的に楽天的。部隊の拠点として可能かどうかなどという総合的な判断をさせるは難しいだろう。
 判断、決断という場面ではネールの出番があるし、それをイナレッツェが総合的にサポートするだろう。
 加えてそこに、イコマを同道させたい。そうすれば思考体を介して意思疎通が図れる。
「ただ、この作戦は、どちらかのイコマ氏が帰還してからだ。彼にもその作戦に同行してもらうつもりだ。出立するまではコリネルスの指示に従うように」
 三名とは、すでに作戦について詳しく打ち合わせてあった。


 二、三の質疑はあったが、全員了解のもとに、ンドペキは散会を命じた。
「では、攻撃隊は三十分後に出発する。以上」

 ンドペキは自分の部屋に急いだ。
 洞窟を出る前に考えておかなければいけないことがたくさんある。
 レイチェルにも報告しなければいけない。

 最大の思案は、隊員達の安全だった。
 街がアンドロの手に落ちたということは、すべてのシステムがタールツーの意向どおりに動くと想定しておいた方がいい。
 洞窟を出た途端、消去されてしまう可能性もゼロではない。

 装置をアンドロが掌握するのがいつなのか。
 あるいは、すでに支配されているのか。
 そうなれば、抵抗するマトやメルキトは、もう投獄されているか、消去されているかもしれない。
 しかも、時間が経てば経つほど、その可能性は増す。
 洞窟に篭っていても、事態がいい方向に動き出すとは思えなかった。
 打って出るなら、早い方がいい。
 ンドペキはそう考えたのだった。


 部屋の前に、チョットマが立っていた。
「どうした?」
「ンドペキ、忙しいよね」
「ああ。でも、なに?」
「私さ。ンドペキと出会えて、よかったなって」
 そう言うと、チョットマは駆け出していった。
「あ、おい! チョットマ!」

 追いかけたが、あっという間にチョットマの姿はなかった。
 部屋にもいない。
 ラバーモードで話しかけようにも、ゴーグルをつけていない。もちろん、チョットマも素顔だった。
「なんだあ?」
 そう呟きながらンドペキは、チョットマが彼女なりの最後の挨拶に来たのかも、と感じた。

 無理はするな。
 任務を果たせなくてもいいから、必ず戻って来い。
 そう伝えてはいるが、チョットマは死を覚悟している……。
 そう考えると、居ても立ってもいられなくなった。


 部屋に篭って考え事している場合ではない。
 チョットマを探さなくては。
 手当たり次第に隊員の部屋を覗いて回った。
 瞑想の間にも向かった。
 そして最後に、チョットマが最もいそうではないレイチェルの部屋も覗いた。
 むろん、いない。
 残されたのは、アヤの部屋。

「ここにいたのか」
 チョットマは、アヤのベッドの脇に胡坐をかいて座り込んでいた。
「探したぞ!」
「なぜ、そんなことをするの! ンドペキは今、大変なのに!」
「こっちへ来い」
 ンドペキはチョットマを部屋の外へ誘った。
 なんとなく、アヤに聞かれたくはない。


「もういいから! 早く自分の仕事に戻って!」
「でもな」
「私のことは放っておいて!」
 チョットマは、扉をバタンと閉めてしまった。
「ごめんよ。今度、ゆっくり話をしような」
 扉に向かってンドペキは大声で呼びかけた。

「ゆっくり話をしようって、誰に言ってたの? バード?」
 隣の部屋に入るなり、レイチェルが膨れ面をした。
 この通路には、女性陣の部屋が並んでいる。
 一番奥の立派な扉の付いたスゥの部屋に続いて、レイチェル、アヤの部屋が並ぶ。
 聞こえていたのだ。
「そんなことより、今後のことを報告しておく」


 作戦について、事前に話はしてあった。目新しい報告事項はない。
 ただ、聞いておきたいことがあった。
「レイチェル。言いにくいことだけど」
「なに?」
「作戦が上手くいかなかった場合、君はどうする?」
 状況によって、レイチェルの取るべき行動も様々に変化するだろう。
 ただ、最終的な覚悟を聞いておきたかった。
 それによっては、自分達の取る行動も変わるかもしれない。

「自分のこともどうなるかわからないのに、私のことを心配してくれるのね」
「いや、俺たちはたとえ死んでも、アンドロにその気さえあれば、また再生されるだろう」
 その可能性は極めて小さいと思ってはいたが。
 街の市民ならいざ知らず、自分達は兵士なのだから。
 しかしンドペキは、努めて朗らかに言った。


「そうねえ……」
 レイチェルにも悲壮感はない。
 彼女はホメムだ。
 彼女こそ、再生されることはない。
「どうしようか」

 街には戻れない。
 政府軍も壊滅状態。
 こういう事態になれば、他の街へ行くしかないのだ。
「どの街へ?」
 逃げ延びる手助けをしなくてはいけないだろう。
 それがニューキーツ東部方面攻撃隊の最後の公式作戦になるだろう。

 今のうちに、主要なメンバーには、それを伝えておかなければいけない。
 ンドペキはそう考えていた。


「他の街か……。あまり興味はないなあ」
「興味があるとかないとか、旅行じゃないんだから」
「ううん。あなたとならどこでもいいけど」
「レイチェル! 冗談言ってないで! 決めてくれなきゃ」
「大声出さなくてもいいって。ちゃんと考えておくから」
「あ、ごめん、つい」
 すぐに答を出せるものでもないだろう。
「できれば、出発までに耳に入れてくれる? 変わっていいから、現時点の希望を」


 レイチェルは、微笑んでいた。
 気丈な女だと思った。
 さすがに長官をしているだけのことはある。
 年長者ばかりの中で、しかも数百年も生きてきたマトやメルキトを相手に、またアンドロの集団を相手に、街政府を取り仕切ってきたのだ。
 これしきのことでは動じないのだろう。
「私の出発は十九分後です。お見送りは結構です。直前にまた顔を出します」
 ンドペキは、レイチェルの前で、始めて敬礼をした。


 レイチェルも「ご武運を祈ります」と堅苦しく応えたが、背を向けたンドペキに再び声を掛けてきた。
「死なないでね」
 ンドペキはニッと笑ったが、返す言葉はない。
「どうせどこかに行かなくちゃいけないなら、あなたと一緒に行きたいから。新婚旅行にはならないだろうけど」
「……」
「それにさ、私、ここで暮らすのもいいかなって」
 ンドペキは最後まで聞かずに、扉を閉めた。

 誰もが、今回の作戦を決戦だと思っているのだ。
 さすがに隊員達は、おくびにも出さないが、わかっているのだ。
 今度こそ、死ぬかもしれないと。
 そして東部方面隊は解体してしまうかもしれないと。

 多感なチョットマは、あんな風に、そんな気持ちを表現した。
 レイチェルも、隊長である自分をリラックスさせようと、あんな冗談を言って。


 最後の別れになるかもしれない。
 ンドペキはそう思うと、彼女達をはじめ、スジーウォンやスゥにも、女性としてもう少し優しくしておけばよかったかもしれないと思った。
 そして、戦の前に女性のことを思った自分も、どうかしてる、と思った。


 ンドペキは武装を整えると、ラバーモードでパキトポークらに呼びかけた。
「準備はどうだ」
「おさおさ抜かりなく」
「万端だ」
「いつでもオーケー」
 という言葉が返ってくる。

 自分の隊員達にも呼びかけた。
「準備はいいか」
 誰もが、元気のいい言葉を返してきた。
 チョットマも含めて。
「よし、準備ができたやつから、洞窟を出て待て。さきほど入ったイコマからの連絡では、今日もピクニック日和だぞ!」

 ンドペキはモードをチョットマ指定にして呼び出した。
 しかし、気の利いた言葉は浮かんでこない。
「行ってくるよ」
「うん」
 それだけだった。


 アヤの部屋に向かった。
 硬い装甲の手で、アヤの髪を撫でた。
「早く良くなってください」
 アヤは頷き、涙を流した。
 付き添っている隊員が、最敬礼をした。
 ンドペキも返した。
 ついぞ見たこともない、敬礼の交換だった。

 レイチェルは、アームストロングという名を挙げた。
 南極大陸の街だ。
 一応、世界の首都ということになっている。
 国という枠組みがなくなった最初の地域だった。
「寒いところだ。ハネムーンに行くようなところじゃないね」
 ンドペキがそう言うと、レイチェルはまた、私はどこでもいいんだけど、と笑った。
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