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ニューキーツ 作者:奈備 光

6章 やってしまった

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94 鬼の目の歌

 街はアンドロ軍に落とされた。ところが頼みの正規軍は、レイチェル救出軍がハクシュウ隊によって葬られたと考えている。
 ンドペキ率いる東部方面隊は窮地に陥っていた。

 作戦会議は、単なる状況分析の会議になった。
 打開策が見出せないのだ。
 チョットマは、今のうちにライラの部屋に戻って、あの布地と手裏剣を取りに行こうか、などと考えてしまう自分の能天気さが不思議だった。

 誰もが、絶望が目の前に迫ってきていると感じている。
 チョットマ自身もそうだ。
 しかし、リアリティがないというのか、恐怖という概念をあのスラムに置き忘れてきたのか、悲壮感には程遠い気分だった。

 パパはまだ、荒地を飛び回って状況を知らせてくる。
 街にいるパパもそうだ。
 あれこれ調べては、フライングアイ経由で情報をもたらしてくれる。
 ふとチョットマは、もうあの部屋でパパに会うことは二度とないかも、と思った。
 そしてやっと、それほど自分達が切羽詰った状態にあるのだということを思った。


 ンドペキは、迷っているようだった。
 あの書簡を、あるいはレイチェル自身を南軍に届けるべきかどうかを。
 しかし、ある意味でレイチェルは最後の切り札になる。
 今ここで、その切り札を使うべきかどうか。
 また、書簡を届ける隊員を選ぶことが、ンドペキにはできないのかもしれなかった。
 エーエージエスでの正規軍惨殺について、濡れ衣を着せられている以上、彼等と友好に話し合える状況にはなかったからだ。

 洞窟を抜けて街に入り、アンドロ軍を排除することも案としてはある。
 しかし、かなり厳しい戦いとなることは見えていた。
 城壁の外に逃れたという防衛軍と連動できてこその作戦だ。

 エーエージーエスに隠れた軍。それがアンドロ軍であることはもう間違いなかった。
 それを攻めるという案もあるが、それとて何を成果とするかによって、隊員達の意見は分かれた。
 政府軍が我々を敵と見なしている以上、現状では無意味だという意見が多かったのだ。


 幸いなことに、洞窟には物資が十分に備蓄されている。
 しかも政府軍は、街とエーエージーエスとの中間地点まで南下している。
 アンドロ軍も政府軍と対峙して息を潜めていると思われる。
 両軍から、すぐに襲われるということはないと思われた。

 会議は一旦中断ということになった。
 誰もが疲れていた。
 あのシリー川の会談から、誰もまともな休息は取っていない。
 今夜は解散し、明日の朝、作戦会議を再開するということになった。


 朝方、チョットマは、瞑想の間で淵の見張りの番についていた。
 イコマは睡眠をとった後、ひとつはアヤのそばに、ひとつはチョットマのそばにいる。
「ねえ、パパ、もう街に帰れないかもしれないね」
「悲観的になることはないさ」
「フライングアイだけでも連れて帰ってあげたいけど」
「そんなことは気にしなくていいよ。これを政府に返さなくても、たいしたペナルティはない」
「でも、もうひとつのフライングアイは借りているんでしょ」
「万一のときは保証金を持っていかれるだけだ。たいしたことじゃない」

「今日はまた、偵察に出るんでしょ」
「ああ。それしかできないからね」
「ンドペキはちゃんとパパにお礼を言った?」
「礼を言うのはこちらの方だよ」
「それはそれ、これはこれ。ね、どうなの?」
 どうでもいいことだったが、話していないと不安がもたげてくる。
 今日は、いったいどんなことに巻き込まれていくのだろうか。


 大広間や瞑想の間の見張りは縮小されていた。
 今晩からはひとりだ。
 あの黒い影を、ンドペキがJP01だと思ったからである。
 また、この深い淵から、人間の兵士が襲って来ることは考えられなかった。

 瞑想の間には物資が山積みになっている。
 これもいつかは尽きる。
「そういえば、スゥはどうしたんだろね」
「ん?」
 夕方から開かれた作戦会議には出ていなかったように思う。
 隊員ではないので、そのこと自体は不思議ではないが、いつから姿を見ていないのだろう。
「確か、アヤさんを連れて帰ってきてから、彼女の姿を見ていないよ」
「そういえば、僕も彼女を見ていないな。アヤが意識を取り戻したときには、そばにいてくれていたけど……」
 チョットマにとって、スゥはどことなく遠い存在だ。
 まともに話したこともない。

 しかし、気になる存在ではあった。
「私ね、あの人、なんとなく好きじゃない。アヤさんを連れて帰ってくれた人だから、パパには悪いけど」
 チョットマは、なぜ自分がそう思うのか、よくわからなかった。
 パパが「そうなのか」と呟いた。なんとなくわかるよ、というような言い方だった。
「タイプが違いすぎるのかも」
「どう違うと思っているんだい?」
 あまり気乗りのしない話だったが、雑談としては誰か他人の話をするのは気が楽だ。


「どういうのかな。あの人、裏がありすぎる。そしてよくわからない。変にがむしゃら」
 そういえば、なぜンドペキがスゥと一緒にいたのかも、結局わからないまま。
 ハクシュウもスジーウォン達も、それを追求した様子はない。
「私、まだ、子供なのかな」
「ハハ、何を言い出すのかと思ったら」
「え?」
「もしかして、チョットマは妬いている?」
「ええっ!」

 チョットマは思ってもみなかったことを指摘されて、面食らった。
「妬いている? 私が?」
「違うのかい」
「んー、わからない。誰に?」
 チョットマは正直に答えた。
「自分の心なんて、よくわからないものさ。でも、時々は自分の心の中をよーく覗き込んでみることだよ」
「うん……」
 とは応えたものの、チョットマは「ンドペキなんか」と呟いた。


 しかし、わかっていた。
 自分はンドペキを本当に好きになっているのかもしれないということに。
 今は、完全武装しているので、顔色をパパに悟られることはない。
 妬いている、という言葉をパパから投げられた瞬間から、顔がほてっていることに気づいていたのだ。

 こんな感触は初めての経験だった。
 もしかすると、本気で恋をしている?
 今までは、そうだと「思ってみる」という程度だったのに。
 そう考えただけで、顔に血が上った。

 今、ンドペキは自らも洞窟の入り口で見張りの番についている。
 会いに行きたい?
 行けば叱られるだろう。持ち場を離れるなと。
 でも、叱った後で、ンドペキはどんな言葉を掛けてくれるだろう。
 自分にそう問いかけてみるだけで、胸が騒いだ。

「心の中に、何か見えたかい?」
 パパには見えているのだ。
 私の心の中が。
 しかしチョットマは、「ううん」と首を横に振った。
「そうか」
 と、パパは言ったが、チョットマは別の意味でどきどきした。
 パパに対して、いや、誰に対しても、始めて嘘をついた気がした。


「私……」
「無理に言わなくてもいいんだよ。説明しようとすると、嘘になることもある。言葉では表せないこともたくさんあるからね」
「うん」
「整理ができたら、僕にも話しておくれ」
「うん」
 チョットマは、ンドペキが好きです、と言ってしまったようなものだと思ったが、あえて否定しようとはしなかった。
 その代わり、自分に正直に、今の気持ちを伝えておこうと思った。
「たぶん、そうなんだろうと思う」

 そして、わかった。
 レイチェルが気にくわないのも、スゥを好きになれないのも、それが原因なのだということを。

 パパにわかったということは、他の隊員達にもわかっているのかもしれない。
 きっと、ンドペキにも。スジーウォンにも。
 チョットマの顔はますます火照った。


 そして、やはり思い出す。
 サリはンドペキが好きだったのだ。
 ンドペキの方も。
 今にして思えば、そんなシーンがたくさんあったように思う。

 サリはンドペキの前では、変だった。
 あの聡明なサリが、ンドペキの前ではしおれた花のように。
 あれは、サリの乙女心が知性も理性もぐらぐらに揺すっていたからではないだろうか。

 ンドペキは、幾度となくサリを狩に誘っていた。
 私も誘われることはあったが、サリの方が多かったように思う。
 そんなことを思い出してしまうことこそが、ンドペキに恋をし、サリに嫉妬している証拠だと思った。

 チョットマは、黒い淵を見ながら、ンドペキやレイチェルや、スゥやサリのことをくどくどと考え続けた。
 パパは退屈したのか、あるいはじっくり考えさせてくれているのか、山積みになった物資の間に入って、見て回っている。


「ん?」
 足音がする。
 隊員だ。
 ホトキンの間に続く奥の通路からではない。
「あれ?」
 交替時間にはまだ早い。

「あ」
 姿を見せたのは、レイチェルだった。
 レイチェルも意外だったのか、見張りをしているのがチョットマだと気づくと、一瞬立ち止まって目を細めた。
 そして、近づいてくると、物資の箱に腰をおろした。
 真正面から見つめてくる。


 なにか言わなければ、とチョットマは思ったが、姿勢を正すこともせず、発するべき言葉も出てこなかった。
「チョットマ、あなたも見張りなのね。街まで往復して疲れているのに」
「ンドペキは、そんな差はつけません。疲れているのは全員同じですから」
 ンドペキ自身も洞窟の入り口で見張りをしています、と言いそうになって、あわてて口をつぐんだ。
 じゃ、とレイチェルがそちらに向かえば面白くない。
 顔が見えなくてよかった。
 初めて本気でそう思った。

「そうよね」
「あの、レイチェルはなぜここに?」
「眠れなくて。寝すぎたからかな」
「……」
「瞑想の間って、来たことがなかったから、どんなところかなと思って。すごい量の物資ね」
「はい」
「あそこが街へ繋がる通路ね」
「はい」
 レイチェルは、ぴたりと目を据えて話している。
 そしてとうとう、「ねえ、チョットマ」と呼びかけてきた。

「はい?」
 チョットマは、人と話をしていて、こんなに居心地の悪い思いをしたことは初めてだった。
「あなたは、すばらしい隊員ね」
 まずい。
 これはお目玉だ。
 お褒めの言葉の後に叱責、のパターンだ。


 言わねばならないことを思い出した。
「あの、作戦会議のとき、私、失礼なことを言って、すみませんでした」
 無理やり頭を下げた。

「ううん。いいのよ。そういう意味では気にしていないから。あれは私がンドペキに無理やり頼んだこと。あなたは正しかったわ」
 レイチェルの言った意味はよくわからないが、チョットマは少し胸をなでおろした。
 長官の声は叱責モードではなかった。


「あなたはすばらしい隊員」
 レイチェルがまた同じ言葉を繰り返した。
「だから」
 来た、やはり叱られるのだ。
 チョットマは身を硬くした。
 総司令官直々に叱られるのだ。
 これはいわゆる始末書ではすまないかも知れない!
「余計なことは考えなくていいのよ」

 余計なこと?
 その意味がわからなかった。
 レイチェルの後ろにパパがいる。
 レイチェルは気づいていない。
 フライングアイに表情がついていたらいいのに、と思った。
 きっとパパは今、ニコニコとして見守ってくれているだろう。
 そう思うと同時に、自分が緊張していることに気がついた。
 悟られないように、フゥーと息を吐き出した。

 チョットマは待った。
 レイチェルが、その余計なこととはなにか、を説明してくれるだろう。

 レイチェルの顔は幾分赤みがさしている。
 無表情だが、立腹していることは確かだ。
 ところが自分の表情はレイチェルには見えない。マスクをつけ、ヘッダーをつけることが、こんなに気持ちに余裕をもたらすものだったとは。
 チョットマは直立したまま、何も言わないままレイチェルに対峙している。
 自分の態度が、彼女には不遜に映っているだろうな、と思った。


「ねえ、チョットマ」
「はい」
 うわ、繰り返しのパターンだ。ねちねちと、絞られるんだ!
 淵から目を離すわけにはいきませんので、背中を向けてもいいでしょうか、と言ってみようか。
 きっと致命的に怒らせるだろうな。

「今、私が言ったことの意味、わかった?」
「は、えと、……いいえ」
 雷が落ちるかと思ったが、レイチェルはあくまで冷静だ。
 いや、ネチネチ作戦だから。

「そうなの。わからなかったのか」
「すみません」
 チョットマも意地になっていた。
 余計なこととはなんですか? 教えてください、なんてことは絶対に言わないぞ、と。


「あなたがサリと同じ隊の兵士になるとは、思ってもみなかった」
 と、レイチェルが気になることを言った。 
「あの、どういうことでしょうか」
 サリも私も、ハクシュウやンドペキがスカウトしてくれたのだ。
 レイチェルになんの関係があるというのだろう。
「あなた達ふたりとも兵士になってくれて、それはそれでよかった。でも、別の隊にスカウトされるのが理想だったのよ」
「はあ……」


 よくわからない。
 しかし、チョットマはかなり不愉快になっていた。
 そんなことを言われる筋合いはないと思ったし、そのどこが余計なことだというのだ。
 会議室で感じたのと同じような怒りが沸き始めている。

 そしてその怒りは、レイチェルの次の言葉で一気に膨れ上がった。
「サリもあなたも、同じ人を好きになってしまった」
「はあ?」
「だからあなたは、さっき言ったようにすばらしい隊員として生きて。余計なことは考えずに」
「はあ?」

 そういうとレイチェルは立ち上がり、背を向けた。
「待って!」
 チョットマはまぶたに血が溜まったかもしれない、と思うくらいに腹が立っていた。
「それはどういう意味? もっとはっきり言ったらどうなの!」
 レイチェルが振り返りざま、
「いい加減にしなさい!」と、怒鳴った。


 フライングアイが、ふわりとチョットマとレイチェルの間に浮かんだ。
 そして穏やかな声で言った。
「レイチェル。僕の娘に対して、それは言いすぎだと思いますよ。それに、少なくとも今、我々が置かれた状況下で話題にすることじゃないとも思いますよ」

 レイチェルはすでに顔を真っ赤にしていたが、何も言わずに背を向け、ぎごちない足取りで瞑想の間を出て行った。
「パパ……、またやっちゃった……」
「そうだねえ」
「どうしよう……」
「うーむ」
「私、消去されちゃう……」
「そんなことはないよ。レイチェルはそこまでバカじゃないと思うよ。彼女にとって、君も命の恩人だから」
「だって、さっきは完全に怒っていたよ。鬼みたいに目も真っ赤だったし」
「大丈夫。それに、この洞窟にいる間は安全。政府のどんなシステムもここでは効果がない。通信さえ、遮断されているんだから」
「でも、皆で街に帰れるときが来たら、私だけ消去されるかも」
「心配しないで。そんなことになれば、ンドペキもパキトポークも、みんな黙っちゃいないよ」
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