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ニューキーツ 作者:奈備 光

1章 海は知っている

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8 崩壊の記憶

 超高齢化が留まることを知らない日本。少子化も先鋭化し、今や稀子状況と呼ばれている日本……。
 生駒が金沢でユウと出会ったその年の暮れ。
 そんな日本に、痛烈な一撃が食らわされた。

 朝鮮半島や東シナ海で頻発していた紛争が、ついに日本本土にも飛び火したのだった。
 二十一世紀の前半になっても、世界はあいも変わらず力づくの権益確保が横行していた。人類はまったく学習していなかったのだ。

 そしてもうひとつの戦い。
 多様な宗教と民族は、グローバル化によって小さくなった世界では共存できなかった。
 偏狭な考え方から、人類は脱却できなかったのだ。
 テロという新しい形の戦争が一般化した時代でもあった。

 世紀も半ばに差し掛かると、単純な主義主張の違いというつまらない争いは、富める者と貧しいものとの戦いに明確に移り変わっていった。
 あまたの国で、国内紛争が蚊が湧くように勃発し、友好的だった隣国との関係もギクシャクしていた。世界中いたるところで、硝煙の臭いと緊張感が漂い始めていた。
 そしてついに、比較的長い間平和を維持し、どんな紛争にも対岸の火事とばかりに無関心を貫いてきた日本にも、直接的な攻撃が仕掛けられたのだった。

 日本は、防衛という意味ではあまりに無力だった。
 軍備という面でも、社会構造も、サイバー空間においても、そして人々の無力感という意味でも。


 第三次世界大戦。
 かつての大戦のように、限られた国々が覇権を争った戦争ではなく、信ずる神の違いという争いと、貧富の差を根にした戦争は、世界中あますところなく巻き込んだ。
 また、複雑に絡み合った国家レベルの利害が、あるいはグローバルな企業の思惑が、あるいは独裁者の狂気と保身が、戦争の終結を見えないものにしていた。
 ほとんどの国で、相手国と戦うと共に、自国内での紛争や狂信者集団の蜂起に手を焼き、ありとあらゆる国々が国力を使い果たすまで戦いを続けざるを得なかった。
 それはまるで、小さな箱の中に押し込められたコオロギが互いに殺し合うように、正義も目的も、そして未来もない戦だった。

 一時は停戦が保たれている時期もあった。
 しかし、明確な勝者と敗者のない停戦は、長続きはしなかった。
 もともと、横暴さだけを国是としてきた国々が仕掛けた戦争である。
 獲得するもののない停戦は、次回の攻撃のために力を貯めているだけのものでしかなかった。
 いずれ第四次世界大戦に突入することは、誰の目にも明らかだった。


 都合、十八年間にわたる世界大戦。
 すべての国々が国力を使い果たして戦争が終結したとき、九十億あった世界の人口は、十億を下回るまでに減少していた。
 もっとも大きな被害を受けたのは、ヨーロッパ諸国とアメリカなど、二十世紀にいわゆる先進国といわれた国々である。日本もその例に漏れず、三千万人を割り込むに至っていた。


 失われたのは人の命だけではない。

 多くの産業、文化。そして社会構造。
 これらは消滅してしまったといってもよいほどの打撃を受けた。
 もちろん、地球の自然も。

 大戦後、人々は復興を諦めた。
 地球上のあらゆる社会全体が腐敗した卵のように悪臭を放ち、崩れ去ろうとしていた。

 専門家は、地球環境の致命的な汚染と食料生産能力の絶望的な打撃によって、大規模な飢餓が継続的に発生し、十数年後には世界人口は三億人にまで減少するだろうと予測していた。
 はたして、専門家の予測をはるかに超えるスピードで世界の人口は減少を続けた。
 戦後五年の間に世界人口は三億人、日本の人口も一千万人を切ったのである。


 そして残されたもの。
 それは、呪うべき技術。

 戦闘のためだけに開発された技術。
 人が操る武器ではなく、また操縦するものでもない戦闘マシン。
 安価に製造できるよう、それらのほとんどは自動増殖機能を備えていた。

 生物兵器もおぞましい進歩を遂げていた。
 細菌系の生物兵器はもちろんのこと、哺乳類や爬虫類や鳥類を改造した生物兵器さえ開発されていた。
 その兵器は自力でエネルギーを補給し、考え、そして子供を生み、世界中に生息域を広げていった。

 平和時には考えもしない愚行が横行していたのである。
 洗脳され、狂った人間が、どの国にもいたのだ。
 それが指導者であれ、民衆であれ。

 そんな中で、人間を増やす技術、あるいは人間を死なせない技術が発達したのだった。

 世界戦争が停戦期にあった頃、日本政府が国民に向けてひとつの発表をした。
 日本の人口ピラミッドは、超高齢化と戦火によって、まるで土台の折れたシャンペングラスのような形状をしていた。
 日本を立て直すため、という名目ではあったが、悪魔からヒントをもらったとしかいいようのない提案。
 それは「エイジングブロック」という名がつけられたプランだった。


 告
 日本国の現状では自然な国民数の回復は見込めず、今後十数年のうちに日本人絶滅ともいえる状況となることが明らかである。
 政府として、この状況を座視し、滅びを享受することはできない。
 今、生きている者の使命として、生きて日本国を立て直すことを宣言する。

 すべての国民には、三つの選択肢が与えられる。
 一 知識の存在として、全記憶が保証される「生」。(仮称)記憶の人。
 二 健康な体を活かし、社会に貢献する「生」。(仮称)肉体の人。
 三 天寿を全うし、日本を後の国民に委ねる。

 つまり、政府が示した選択肢は、こうだ。
 一(仮称)「記憶の人」は肉体を失う。
 ただ今後、一定期間に少しでもアクセスした記憶を、まるでスーパーコンピューターに整然と蓄積されたデータのように取り出せるという。
 肉体を持たない代わりに、日本中に設置されたライブカメラに自由にアクセスでき、自分専用の飛翔系カメラを与えられるという。
 また、すべての人との自由な会話が保障される。

 二(仮称)「肉体の人」は多くの記憶を失う。
 現在の年齢に関わらず、一律にその個人の十八歳時想定の肉体を与えられ、それは定期的に再生される。
 どのように生きるかは、個人の自由である。
 ただし、肉体再生時に、記憶は使わなかったものから順に、消去されていく。 

 一、二、三の選択は、個人の自由である。
 ただし、(仮称)「記憶の人」を選択できるものは、三千万円の負担ができる者に限られる。また、(仮称)肉体の人を選択できるものは。一千万円の負担ができる者に限られる。

 選択の期限は半年後。


 多くの国民は迷った。
 費用が払えないものは老いて死ぬことしか選択の余地はなかったが、三千万円の費用が払えるものは、その選択に悩みに悩んだ。
 もちろん、費用が払えても死に往く権利はあった。
 しかし、ほとんどの者は、目の前に差し出された生きながらえる権利を簡単に放棄できるものではなかった。


 生駒は、このような提案がなされるまでもなく、生きながらえることに執着していた。
 三条優に今一度会う。
 その思い自体が、まるで生きているかのように脳に住み着いていた。

 生駒にとって、肉体への欲求より、記憶が失せていくことは、死を意味した。
 そして、迷うことなく、記憶の存在として生きながらえることを選んだのである。

 綾は肉体を選ぶという。
 聞き耳頭巾の使い手として、記憶や知識という概念だけでは足りないというのだった。そして、生駒の手足となって、生きていくというのだった。

 やがて半年が過ぎ、大勢が判明した。
 評論家の予想は大きく外れ、国民の圧倒的多数が肉体を選んだのである。
 少しずつ、失われることのない記憶の存在と、不朽の肉体を持つ日本人が生まれていった。
 街には若者の姿がチラホラと見られるようになった。
 日本は復興の道を歩き始めたかに見えた。


 しかし、日本国の国家戦略は修正を迫られることになった。
 日本のこの動きを、世界は脅威の目で見ていたのである。
 しかし、どの国も既に戦争を仕掛ける力はない。
 世界の国々がとった行動は、驚くべきものだったが、非常にまっとうなものだったともいえる。

 日本の動きに対抗する策として、世界の国々を席巻したアイデアは、世界がひとつになり、人類の危機を手を取り合って乗り切るというものだった。

 その提案は、国際連合のような単なる話し合いの場を作り直すというような低レベルのものではなかった。
 ありとあらゆる国をひとつの漏れもなく解体し、地球という単位でひとつにする、という革命的な提案だったのである。

 西暦二千八十二年。
 三十年の時を経て、地球というひとつの国が生まれた。
 国の名は「ワールド」。

 ただ、その間、日本で生まれた記憶の存在と不朽の肉体を持つ「人間」を作り出す技術は、地球上のいたるところで採用されていった。
 地球人類は新しいスタートを切ったともいえる。
 未知なる社会に向けて。
 地球全体をまとめるひとつの国。そして新しい「人類」。


 一方で、新しい人類について、その脅威も語られ始めた。
 つまり、いわば不死身の体を持つともいえる存在が、地球上のある地点に偏在することの脅威である。
 地球人類の社会、つまり「ワールド」は、非常にいびつな状況になりつつあった。
 不死身の存在である人間の数が、ある地域にのみ、どんどん増えていくことになったのだ。
 彼らは子供を生まない。
 生めなかったのだ。
 非常に高い確率で死産ないし奇形の子を生んだ。生命の誕生という神秘の秘密は、まだ当時の技術の力では、その入り口しか見えていなかったのである。

 ワールドの恒久的平和を守るため、人々は何をしたのか。
 地球統一国家誕生後、半世紀も経たずに、不死身の体を持つ人間は、個人レベルで世界各地に無差別に転住させられたのである。
 民族による、あるいは元の国による、あるいは一族による団結を完全に解体するために。
 個人をバラバラにすることによって、不穏の目を摘み取ろうとしたのである。

 綾は、アフリカ大陸に新造されたある街に。

 生駒のような「記憶の人」は、実質的に定住地は持つ必要がなかったが、便宜的に定めておく必要はあった。
 その時点ですでに、日本国という地域は存在していなかった。あれほど隆盛を誇った東京という都市も跡形もなく消え失せてしまっていたし、かつての国土自体もかなりの部分を消失していた。
 グローバルな存在となった生駒は、便宜的な居住地を、綾のいるジュラシックビーチと定めたのである。
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