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ニューキーツ 作者:奈備 光

6章 やってしまった

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88 うれしい瞬間の色

「パキトポーク!」
 体を揺すって、ようやくパキトポークとスゥが目を開けた。

「ンドペキか」
「無事か」
「ああ。遅かったじゃないか」
「すまん」
「ハクシュウが」
「話は後だ。ここを出よう。立てるか?」
「当たり前だ」

 パキトポークとスゥが飛び立った。
「揺らすなよ」
 先に扉から外に出たパキトポークが、後ろのスゥに声を掛ける。
 担架を気遣って、水平を保ったままゆっくりと扉の外に出た。
「替わろう」
 ンドペキはスゥに替わって担架の後ろを持った。
「ありがとう、ンドペキ。来てくれるって、信じてた」


 ホトキンが相変わらず胡坐をかいて、背中を丸めて座り込んでいる。
 パキトポークはそれを見ても何も言わなかったが、スゥが声を掛けた。
「あなたがホトキンさん! ありがとう!」
 と、ホトキンに抱きついた。
「あなたが来てくれなかったら、私達」
 と、頬に口づけをした。

 ンドペキはびっくりした。
 人がキスするシーンなんて、かれこれ数百年も見ていない。
 そういう行為そのものも、忘れかけていた。

「助かりました! ありがとうございます!」
 ホトキンは、フンッ、と鼻を鳴らしただけだったが、スゥは深々と頭を下げ、またキスした。
「戻るぞ!」
 ンドペキはスゥを促した。
 ホトキンがどうなろうと、知ったことではない。

「担架を水平に保て!」
 パキトポークが怒鳴った。
「了解だ」
 ンドペキは、そろそろと階段を登った。
「いいんですか。放っておいて」
「構わん!」
 隊員も後ろをついてくる。
「スゥ! 早く来い! 外に敵がうじゃうじゃいる」
「ハイ!」
 バード、いやアヤは生きている。それがンドペキの気持ちをより明るいものにしていた。
「さっさと洞窟に引き上げるぞ! ん、ああっ? パキトポーク、どうしたおまえの背中!」
 スゥの肩にとまったフライングアイが、何度も何度も礼を言った。


 敵軍は相変わらず動かなかった。
 洞窟が近づき、ンドペキはパキトポークといろいろな話をした。
 互いに、ほとんどがイコマを介して知っていることばかりだったが。
「俺達がなぜ、あそこで寝ていたか、わかるか?」
「疲れて眠っていたんだろ」
「それもある」
「他に?」
 パキトポークによれば、オーエンが言ったそうだ。

 あの施設は、様々な粒子を超高速で飛ばす装置である。
 飛ばす位置も、その量や密度、層状に飛ばす形状さえもコントロールできる。
 超高密度、しかも刃のような形状で飛ばすと、どんなものでも真っ二つにすることができるという。
「そう自慢してやがった」
「で、姿勢を低くしてたんだな」
「そういうことだ。そうして横たわっていたら、どうにも我慢ができずに眠ってしまった」
「たいした度胸だな」
「度胸もクソも、あそこじゃなんの役にも立たんさ」
「フン、オーエンめ」


「ところで、いまさら聞くが、ホトキンはあれでよかったのか」
「忌々しいジジイだ」
 ンドペキは、あの謎掛けの部屋であったことを話した。
「おまえ、ホトキンの装置のことを知っていたんだろ」
 ンドペキはスゥに聞いた。
「え、なに?」
「木や鉄やセラミックが何を意味するか」
「ん? 何のこと?」
「嘘を言え!」
 まあ、いい。ここで蒸し返すことでもない。

「あそこでチョットマが来てくれなかったら、俺は今頃どうなっていたか」
「女を抱いている夢でも見てりゃよかったのに」
「阿呆め! そんなのは、もう夢でも見ないし、生でも。おまえは、まだそんなことをしたことがあるの……」
 ンドペキは、スゥがいたことを思い出した。

 しかし、スゥは、
「いいよ! そんな話もどんどんして! 外に出られたことが実感できて、うれしいよ!」
と、笑った。
「今、ここで! ンドペキに抱いて欲しいくらい!」と。
「なっ」
「おい、俺じゃないのか? さっきまで一緒にいたのに!」
 パキトポークが怒鳴った。
 そして笑った。

 とびきりうれしい瞬間が、立て続けに起きる。
 あそこでチョットマに出会ったときもそうだった。
 ハクシュウは死んだ。
 そして俺達はとんでもない状況にある。
 それでも、こんなに笑い合える。
 苦あれば楽あり。
 降り止まない雨は無い。
 生きていく楽しみ。 
 忘れていたものを思い出した気がした。
 スゥが、また「ありがとう!」と叫んだ。
 その喜びに満ちた声が、心を震わせた。


 笑い声が収まって、ンドペキは聞いてみた。
「なあ、スゥ」
「なあに」
「以前、洞窟を案内してくれたとき、瞑想の間で、おまえ、怖い話の例を挙げてたよな」
「うん」
「あれ、何と何だった?」
「え、どういうこと?」
 黒い影に話しかけられたことを話した。

「その影、JP01だったような気がして仕方がないんだ。で、あいつは、スゥが話したことを思い出せと言ったんだ」
「へえ」
「俺は思い出せなかった。結果として、間違った札を取ってしまった。なあ、スゥ。あの怖い話は、俺へのヒントだったのか?」
「さあ」
「さあ、って。もしヒントなら、頭の悪い俺にでもわかるように言ってくれないと」
「ヒントだなんて、私、知らなかったもの」
 そうとは知らなかった、とは、また妙な言い方だ。

 そうは思ったが、それ以上、スゥを追求するのはやめた。
 もうどうでもいいことだ。
 もうすぐ、洞窟に着く。
 これからのことを考えなくてはいけない。


 イコマが話しかけてきた。
「お話があるんですが」
「もう礼には及びませんよ」
「ありがとうございます。でも話したいのは、今後のことなんです」
「なんでしょう」
「荒地軍のことですが、レイチェルと話をしました。彼女の話によると」

 イコマは、自分が荒地軍の偵察に行きたいが、了解を欲しいというのだった。
 何か問題はあるだろうか。
 考えてみたが、ここは判断を間違うととんでもないことになると直感した。

「敵軍であれば、悩むことはない。しかしもし、あれがレイチェルの軍だったら、どうするのがいいと考えているのですか」
 イコマは、明快に答えた。
「合流を促します」
「合流?」
「私が、あれはレイチェルの軍だと申し上げたところで、あなた方はにわかには信じられないでしょう。ですので、相手の大将ひとりだけ洞窟に来て、レイチェルと面会するよう、持ちかけます。その後は、合流してアンドロに対峙することになるでしょう」
「ふむ」


 ンドペキは、悪い話ではないように思った。
 それなら、騙し討ちにあう可能性も少なそうだ。
 隊員を割く必要もない。
 しかし、ハクシュウの例がある。

「イコマさんは、レイチェルの言うことを信じますか?」
 フライングアイはこれにも即答した。
「私は、アヤを閉じ込めたのがレイチェルだと、ずっと思っていました。しかし、彼女も同じところに囚われてしまったことによって、私の考えが間違っていたと知りました。ハクシュウの件は、レイチェルも憤っていました」
「フム」
「彼女は何の通信手段もなく、ハクシュウ隊が味方であることを自分の軍に伝えることができなかった」
「まあ、そうでしょうが」
「レイチェルをハクシュウ軍が捕らえていると軍は、考えたのでしょう。私は、彼女のこの見立ては正しいと思っています」

 むらむらとした怒りがまた湧いてきた。
 ハクシュウを殺した軍。
 間違ったから仕方がない、では済まされない。

 とはいえ、このまま逆賊の汚名を着せられて、あの洞窟で潜み続けることはできない。
 いずれ、街に帰らなければいけないのだ。
 たぶん、レイチェルを連れて。


「パキトポークはどう思う?」
「俺はあんたに従う。しかし、言わせてもらえば、この人の言うことには一理ある。いつまでもこの状態でいいはずがない。ハクシュウとプリヴの恨みは晴らしたいが、ここは抑えるしかないのではないか」
 ンドペキは腹を決めた。
 コリネルスやスジーウォンの意見を聞いていないが、彼らもパキトポークと同じことを言うだろう。

「では、お願いできますか。ただし、隊員は出せません。よろしいですか」
「よかった」
 とイコマが言った。
「すぐに出発します。洞窟にいるもうひとつのフライングアイで。二時間もあれば、戻ってこれると思います」
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