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ニューキーツ 作者:奈備 光

6章 やってしまった

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87 長官への質問の記憶

「私は」
 と、レイチェルが話し出した。
「それらの軍が、政府の、つまり正規の私の軍か、あるいはアンドロのある一派の差し向けた軍なのか、わかりません」
 レイチェルはチクリと嫌味を言う。
「ここに閉じ込められていますから」
 そして、ずっと控えているというシルバックという女性隊員に目をやった。
 イコマは、その態度に小さな反感を持った。
「今のご発言は、誤解の元になると思います。今後は控えられた方がよろしいと思います」
「えっ」
 レイチェルはその意味を理解したようだ。
「そうですね。シルバックさん、すみません」

 正規の部隊であっても、レイチェルを盾にハクシュウ軍が反旗を翻している、と考えているかもしれないのだ。
 そんな中で、レイチェル自身の気持ちに揺らぎがあっては、ンドペキ達は堪らない。

「ただ、ハクシュウを倒した軍は、たぶん、私の指揮下にある防衛軍だと思います」
「なぜ?」
「その軍が街の城門から出てきたのだとすれば、という条件で」
「そのようです」
「もし、正規の軍でなければアンドロの一派がすでに街を掌握したということになります。しかし、市民は普段どおりで動揺は見られないとおっしゃりましたので、街はまだ私達の元にあるということになると思います」
「なるほど。では、他の軍はわからないということですね。念のためお聞きしますが、あなたの軍は、エーエージーエスに入る方法を知っていますか」
 レイチェルは即座に答えた。
「はい。あの施設にはたくさんの入り口があります。稼動していた時期には、それらの入り口を使ってメンテナンスをしていたといわれています。ご存知かもしれませんが、私達はその施設を牢獄として使っています。したがって

、それらの出入り口は常に監視の対象です」

「では、エーエージーエスの外で、ハクシュウ隊とあなたを追ってきた隊はいかがですか」
「通常、施設の見回りはそれほど大きな集団で行うことはありません。とはいえ、敵の軍か正規軍か、私にはわかりません」
「今、この洞窟の近くに集結している軍も同じですね」
「はい」
「では、それらがアンドロの軍である可能性について、確認させてください」
「ええ」
「街は正規の防衛軍が掌握しているのに、アンドロの軍はこの荒野に展開できるものでしょうか」
 これにもレイチェルは即答した。
「可能です。アンドロの軍が万一攻めて来た場合のシミュレーションは行われています。アンドロがこれほどまでの兵力を持っていることは確認されていませんでしたが」

 アンドロに大きな兵力があるとすれば、次元の扉を通過してくることになる。
 アンドロの次元を繋ぐ扉は、政府の建物内に三十箇所近くある。それぞれに、移動をチェックする機能は備わっているが、残念ながらそれらはアンドロが掌握しているといってよい。
 治安省の管轄で、その長官がアンドロだからだ。

「アンドロが攻めて来る場合、次元の扉を通って来るしかありません。一旦、政府建物内に身を隠すことになるでしょう」
 政府建物内には、マトやメルキトがいないエリアも多く、軍の集結や移動にそれほど大きな支障はないという。
「私達、つまりホメムやマトやメルキト側は、万一に備えて、監視網を張り巡らせてありますが、全域はカバーできていません。表向きはアンドロと共に世界を運営いるわけですから、あくまで秘密の監視網です。防衛隊の要員や

親衛隊兵力を、アンドロに対抗する形で配備することもできません」

 もし、アンドロ軍がこの次元に出現しても、場合によっては監視網をかいくぐることもあるだろうし、政府機関内の移動さえ、気付けないかもしれないという。
「そんな場合を考えて、私達は市民の居住区への侵攻を食い止めることを最優先にした部隊配置をしています。つまり、街の中にアンドロ軍が大移動することは考えられません。その場合は、防衛軍が壊滅したときです」
「なるほど。では、アンドロ軍が荒野に展開することは考えられないと」
「違います。政府施設群のあるエリアに、隠された城門が二箇所あります。通常の作戦や訓練で、防衛軍や親衛隊がその城門を利用することはありませんが」
「そこを通れば、アンドロ軍が出てくることは可能なんですね」
「そうです。ただ、アンドロ軍がそこを通れば、防衛軍や親衛隊と局所的な戦闘になったはずですが」

 レイチェルの解説によれば、荒地軍はアンドロ軍である可能性もあるということになる。
 そしてその場合は、正規の軍はアンドロ軍が行動を開始したことを把握しているということになる。


 しかし、これでは埒があかなかった。
 最も重要なのは、今、洞窟の近くにいる軍の所属だ。
 これが敵か味方かわからなくては、動きがとれない。
「あの、イコマさん。あなたからもンドペキに頼んでいただけませんでしょうか」
 レイチェルはンドペキにこれを解説し、自分が指令を出すことを話したという。
「私がここを出て、確認して参ります。そしてもし敵であれば、街から正規軍をこちらに向かわせ、挟み撃ちにすることができます」
 もちろんイコマも、そのことを考えないではなかった。
 ンドペキからも、レイチェルの希望だが断っているという話は聞いている。

「おっしゃるお気持ちはよくわかります。しかし、あなたひとりで行かせるわけにはいかないと思います。あなたを危険に晒すわけにはいかないですし、失礼ですが、あなたひとりで街へ帰れるはずもありません」
「……」
 唇を噛み締めたレイチェル。
 自分でも理解しているのだ。
「傷のまだ癒えないあなたを運び、護衛するにはかなりの数の隊員を割かなければいけないでしょう。しかも、もしあなたを守れなかった場合のことを考えてみてください」
 これ以上言う必要はないだろう。


 では、使者を送るのはどうか。
 ンドペキ達からすれば、もはやありえない選択である。
 この部隊が相手ではないにしろ、隊長であるハクシュウが殺されているのだ。
 今から使者を送るのは降伏するのと同意だ。

 それでも使者を送ったとして、相手がアンドロ一派軍か、街の正規軍か、どう見分ければいいのか。
 万一、騙されてレイチェルを敵の手に渡してしまうことにならないか。


「敵の軍か、あなたの軍か、どうすれば見分けがつくのでしょう」
 イコマは聞いてみた。
 明確に見分けがつくなら、事態解決に何らかの方法があるかもしれない。
 レイチェルは考え込んでいる。
「それは難しいご質問です。私は、相手の軍を見たことがありませんので、どんな装備なのか、何か印をつけているのかもわかりません。正規の防衛軍はトカゲのバッジを付けていますが、それとて彼らが真似をしておれば見分け

はつかないと思います」
 ハクシュウを倒した軍は、トカゲのバッジを付けていただろうか。
 そんな小さなものは、遠くからでは確認できない。
 人間同士が戦うということは、ここ数百年なかったことなのだ。だから普通は、防衛軍と親衛隊、そして攻撃隊との見分けがつけば、それでよかったのだ。

「正規の防衛軍の将軍の名前は挙げることができます。彼らは皆、マトないしメルキトです。アンドロの一派に鞍替えするとは思えません」
「教えてください」
 レイチェルは、四人の名前を挙げた。


 イコマは、自分が確かめにいく、あるいは使者となるしかないのではないか、と思い始めていた。
 しかしその案は、ンドペキとまず話さなければならない。ここでレイチェルに話してしまうわけにはいかなかった。
 もし、荒地軍がアンドロ軍だった場合、正規軍が放置しておくはずがない。
 いずれ、正規軍が姿を現すだろう。
 まだ現れないのは、街の安全の確保が整っていないからなのだろう。


 イコマはもうひとつの本題に入った。
 アヤは今まだ、エーエージーエスの中で虫の息だ。
 なぜ、こんなことになったのか。

 イコマは、元々はレイチェルがアヤをあの牢獄に放り込んだものと考えていた。
 そしてレイチェルを憎んだ。
 しかし、今、その憎しみは薄れている。
 ンドペキの話によれば、レイチェルはアヤを親友だと言ったという。
 そして、救い出してくれと。

 レイチェルがアヤをあの牢獄に放り込んだわけではない。そう思えるからだった。
 では、なぜ。


「お疲れでしょうが、まだお聞きしたいことがあります」
「いえ、疲れてなどいません。私は皆さんのお役に立ちたいと思っています。こうしてあそこから、命を掛けて救い出してくださったのですし、今もバードを救い出すべく、奮闘してくださっているのですから」
 レイチェルはアヤをバードと呼んだ。

「そのバードのことです。彼女はなぜ、あそこに監禁されたのでしょうか」
 そう言ってしまってから、これはかなりレイチェルに対して失礼な質問だと思った。
「そもそも、なぜあなたはあそこに放り込まれたのですか?」
 ますは、レイチェルのことを先に聞くべきだった。

「私が放り込まれたのは、アンドロ一派がしたことです。そう確信しています。ついに彼らは動き出したのです」
 レイチェルの話は、ハワードがしてくれた話とほぼ一致していた。
「アンドロはこの街を実質的に支配しています。この街だけではありません。世界中の街を、です。彼らの力なしには、私達は食べるものさえ手に入りませんし、どんなエネルギーも生み出せません。街の秩序さえ保てません」

 もともと、アンドロは人間にために働くロボットとして作られた。
 しかし、その必要度が増すにつれ、そして人間の数が減るにつれ、単なるロボットとしてのアンドロだけではなく、ある程度の感情を持ったり、思考の深みを持ったアンドロが作られるようになった。
 それらの高度なアンドロが、街のありとあらゆる機能や生産の現場、また街の秩序を守る兵士アンドロを、管理し統率する役割に就いた。
 ホメムやマトやメルキトに比べて、アンドロの数はその十倍以上に膨れ上がっていたのだ。
 ホメムやマトやメルキトだけでは、もうとても管理しきれる数ではなかったのだ。


「いずれ彼らが蜂起することは、明らかでした」
「彼らは、なにをしようとしているのですか」
「権力欲。それに尽きます。彼らが欲しいのは、愛です」
「愛……」
「彼らにはその感情がありません。しかし、彼らの一部がそれに気づきました。自分達に欠けているのは、愛という感情がないことだと」
 イコマはハワードのことを思った。
「愛」
 そうなのだろう。
 彼らの欲求は。

「人に恋し、愛する人と結ばれ、子供を生み、育てていくという、人として当たり前の暮らしが無いのだということに」
 レイチェルは努めて淡々と話している。
 包帯の中の目に、その努力が見えていた。
「そして自分達には友情さえもないことに。彼らは、それらを手に入れたいと思ったのです、そのための権力を」
「では、それを与えればよかったのでは?」
「私はそれでもいいのでは、と思っています。今となっては。しかし、できません。彼らが自ら繁殖を始めれば、地球はアンドロが支配する星になるでしょう。それには抵抗感があるのです。それに、我々人類は、純血を尊びます


 ほとんどのホメムはそう考えている、とレイチェルは言う。
 自分は違う、と言っているようで、イコマはレイチェルのずるさを感じた。


「彼らは私をあそこに幽閉し、私の偽者を作って、ことをスタートさせようとしたのでしょう」
「偽者を」
「そうです。バードは私の親友です。彼女をまず、あそこに閉じ込め、私を誘ったのでしょう。私は彼らの謀略にまんまと引っかかりました。たいした護衛もつけないまま、彼らの本拠に乗り込んでしまいました。そして、こんな

ことになってしまいました」
 そういってレイチェルが唇を噛んだ。


 アヤは、レイチェルをおびき出す餌だったのだ!
 しかし、イコマはもうレイチェルに対して、それほど大きな怒りは感じなかった。
 レイチェルの穏やかな話しぶりに、彼女も犠牲者なのだという気持ちが生まれていた。
 ずるい面もあるが、それはかえって正直さの現われだとも思えた。

「首謀者は、なんという名ですか?」
 復讐。
 そんな言葉が、イコマの頭に浮かんだ。

「ニューキーツの街の、ということですか?」
「そうです」
「それは……」
 レイチェルは言いよどんだが、すぐにきっぱりと言った。
「治安省の前長官、タールツーという人物です」
「失礼な言い方ですが、ではなぜ、手を打たなかったのです?」
「彼女が自分の部隊を持っていたということが判明したのは、つい先日のことです」
「あ、女性ですか」
「そうです。その証拠を掴みましたので、すぐにでもその中心人物を拘束するつもりでいました。しかし、間に合わなかった。パリサイドが来てしまったのです」

「タールツーというのは、どんな人物なのでしょう?」
「冷徹、そして優秀。組織を纏め上げる能力も高い。加えて美貌の持ち主で、極めて健康です。ただ、かなりな高齢です」
 その女に復讐する。
 そんな気持ちがイコマを捉えた。
「普段はどこに?」
「いえ、それが……、不明なのです」
 レイチェルが不安な目をした。


 イコマは最後の質問に取り掛かった。
 チョットマのために聞いておきたいこと。
「最後に」
「はい」
「サリという女性を覚えておられるでしょうか」
「……」
 イコマは、サリが消えたいきさつを話した。
「サリは消去されたのか、あるいはどこかで再生されるのか。これは、あなたのサインがないとできないことですね」
 レイチェルが目を閉じた。
「それはお答えできません。それにあなたにも、東部方面隊の皆さんにも関係のないことです」
 と、それまで黙って聞いていたシルバックが噛み付いた。
「関係ないはず、ないだろ!」

 レイチェルはびくっとして、シルバックを見た。
 そして、すぐに失言に気づいた。
「すみません。彼女はあなた方の一員でしたね。ですが、理由は言えません」
「再生されるのですか。あるいはもう再生しているのですか」
 イコマは重ねて聞いた。
「それも、お答えできません」
「チョットマがとても気にしていて、悲しんでいるのです」
「関係ありません」
 今までの穏やかな話しぶりと違って、レイチェルの態度はにべもなかった。
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