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ニューキーツ 作者:奈備 光

5章 チョットマの冒険

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84 バーチャルな水の色

 ンドペキが淵に現れたプラットホームに跳び降りようとした瞬間、
「待って!」と叫ぶ声がした。
 と、岩肌に人の輪郭が現れた。

「くっ!」
 プラットホームに現れた人型の輪郭は、急速にリアルさを増していく。
 武器を構える。
「だめ! 撃っちゃ!」
 女だ!
「あっ! えっ、ンドペキ?」
「ん!」
「わ! なぜ?」
「えっ!」
「どうしてここに!」


 女がプラットホームに立っていた。
 街でよく見かける水売りの少女だ。
「誰だ!」
「えっ! 私がわからないの?」

 ンドペキは、ようやくJP01が姿を現したと思った。
「おい! 頼みがある! パリサイドの」
「ええい! 話は、後で! こっちに! 早く!」と、激しく腕を振る。
 ンドペキは言われたとおりに、女のすぐ横に飛び降りた。
「こっち!」
 女が腕を掴んだ。
「早く!」

 あ、と思う間に、女の体が岩壁に溶け込んでいく。
「これは!」
「どうでもいいから!」
「こっちの通路じゃないのか!」
「なにそれ!」
 女の姿はもう見えなくなっていた。
 腕だけが岩壁から突き出て、ぐいぐいと引っ張っている。


 ンドペキは、引かれるままに岩壁に一歩を踏み出した。
 こうなれば、JP01を信用するしかない。

 岩壁に顔をぶつけることはなかった。
 視界が歪んで、色が交じり合う。
 バーチャルだ!
 向こうにはなにが!

 そう思った途端、ストンと視界が開けて、通路に出た。


 先ほど上から見たときと同じような通路だった。
 ぽつんと照明がついていた。
 石畳が敷いてある。
 ただ、濡れてはいなかった。

 ンドペキは事態についていけず、「どういうことなんだ!」と、わめいた。
 まだ女に掴まれている。
「JP01!」

 さっと振り向いた女が、抱きつかんばかりに喜んだ。
「うわぉ! こんなところでンドペキに会えるって!」
 しかし、たちまち厳しい目つきに変わると、
「ついて来て!」と、また腕を引っ張る。
 すぐに脇道があり、女はそこに入っていこうとする。

 長い緑の髪、この甲高い声、小柄な体。そして女は、
「この奥に、ホトキンがいるの!」と、叫んだ。

「なっ! チョットマ!」
「さ、早く!」


 ホトキン!
 ンドペキはその名を思い出した。
「そうか! よくやった!」

 脇道の奥に、装置がぎっしり詰め込まれた小部屋があった。
 古ぼけた青い作業服を着た男が座っていた。
 うなだれて、手をぶらりと下げている。
「死んでいるのか?」
「大丈夫、ちょっと殴っただけだから」
「殴った?」

 チョットマが、容赦なく男の頬を打った。
「ホトキン! 起きなさい!」
 男が呻き声を上げた。
「起きろってんだよ!」


 チョットマはホトキンの耳元で叫んでから、やっと向き直って抱きついてきた。
「お、おい」
「よかった! 本当によかった! うれしい!」
 チョットマの目にたちまち涙が溢れ出した。
「うっうっ、よかった」

 ホトキンは、まだちゃんと目が覚めていないらしく、呻きながら頭をゆるゆると振っている。
「ンドペキ! 会えて、本当に、ううっ、よかった!」
「ああ、俺もだ」
 チョットマは肩を震わせて泣いていた。
 ンドペキはまだ抱きついているチョットマの髪を撫でた。
「チョットマ、おまえも無事でよかった!」


 ホトキンが、目を上げた。
 恨めしそうに見上げているが、危害を加えそうな気配はない。
 まだ、焦点が定まらないのか、目はうつろだ。
 チョットマはホトキンから目を離さず、吐き捨てるように言った。
「とんでもない人だよ、この人。ライラの旦那様じゃなかったら、オーエンのところに連れて行く約束がなかったら、私、殺していたかもしれない」


 チョットマがライラという老婆から聞いた話は、ンドペキを震え上がらせた。

 うちの亭主は、毎日のように、そこに通うのさ。
 もうだれも通らないのに。
 洞窟の中で旅人を待ち伏せ、謎掛けをする。
 木片を取るか、金属片を取るか、セラミック片を取るか。
 木片は「夢」、金属片は「血」、セラミック片は「時」
 さあ、どれかを選べと。

 木を取れば、ひとつの通路が現れる。
 しかし、その通路の先には何もない。
 精神を狂わせるバーチャル生成装置に絡め捕られるだけ。
 夢が現実になると思い込む部屋で。
 そしてあらゆる悪夢は現実のものとなる。

 セラミック片を取ると現れる通路。
 どんどん若くなっていくと思い込む装置が待ち構えている。
 そして子供になり、いずれ赤ん坊となって、消える。
 ただ、そこまで生きている人間はいない。

 金属片だけが、本当の通路を開く。
 エリアREFに通じる通路が。


「あの通路に入れば、どうなっていたんだ?」
「たぶん、バーチャル空間の中で、眠ったら最後、恐ろしい夢から覚めることがなくなるんじゃない?」
「いい夢を見たら?」
「私と楽しいピクニックに行く夢、見る自信ある?」
「ない」

「きさま!」
 ンドペキはホトキンに掴みかかった。
「殺しちゃだめ!」
「わかってる! エーエージーエスに連れて行くんだろ! その前に!」
 ンドペキが三発も殴らないうちに、ホトキンはまた伸びてしまった。

「あ、そか、この方が運びやすいか」
「そうともさ!」


 ンドペキはホトキンの持ち物を調べた。
「武器は持っていないな。よし、縛りあげよう。背負子の上で暴れられても困る。ワイヤーしかないが、我慢してもらうしかあるまい」
 縛り上げて担いでいる間に、チョットマが直前の状況を話してくれた。

「ライラに言われたとおりに、プリヴの部屋の前を通って進んでいくと、ここに着いたの。突き当たりは水の壁になっていて、妙だなと思った」
 バーチャルだと思って、その水の中に手を突っ込んでみたが、さすがに足を踏み入れる勇気はない。
 そこで、どこかに生成装置があるはずと、通路の壁をまさぐっていくと、バーチャルでカモフラージュされた岩壁があった。

「行ってみるしかない。そう思って入ってみたら」
 その先にホトキンがいたのだという。

「小部屋の真ん中に座って、モニターを見ていた。なので、事情を話したの。エーエージーエスのオーエンが会いたがっているって」
「おう、そしたら?」
「かなり驚いてたみたい」
「行くと言ったのか」
「ううん。その前にモニターに人影があるのが見えたのよ」
「ああ」
「私は正解の鉄片がどこにあるのかわからなかったけど、万一、その人が木片やセラミック片を取っていたら大変だと思って、装置を止めるようにホトキンに言ったの」
 ホトキンは、こんな楽しみをやめられるか、と聞く耳を持たなかった。

「とっさに思ったわ。これは私がどうにかしなくちゃって。でも、装置の止め方が分からない」
 チョットマはホトキンを思い切り殴りつけ、気を失ったことを確かめると、水壁のところに戻った。
「老人を殴りつけるのは、気が引けたけど。ライラの旦那様だし」
 水壁は依然として通路を覆っている。
「これを消す方法がないなら、私が抜けていくしかないなと」

「で、めでたく俺の前に出てきてくれたというわけだな」
「そう。もう、めちゃくちゃ驚いたよ。方向違いのところに飛び降りようとしているのがンドペキだったから」
「ああ、もう本当に、チョットマがいてくれて……」
 チョットマがこんなにいとおしい娘だったとは。
 ンドペキは初めてそう思った。
「いてくれて?」
「ありがとう」
「それだけ? でも、見直した?」
「もちろん」


 チョットマがホトキンが気絶したままなのを確かめた。
「ワイヤー、きつすぎない? 腕に食い込んでるよ。皮膚が切れるかも」
「構うものか」

「ねえ、ンドペキ。もう、死にたいなんて思わなくなった?」
「ああ」
「よかった! それにしても、私を見て、わからなかったの?」
「すまん。正直にいうと、JP01だと思った」
「はああ?」
「どうかしているんだ。俺、最近、自信なくなってきた」
「なにが?」
「記憶量が。おまえ以下になったかも」
「あ、失礼なんだ!」
「さあ、行こう。その前に、この悪魔の装置を破壊してしまおう。ん?」
「ハクシュウとプリヴが……」
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