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ニューキーツ 作者:奈備 光

5章 チョットマの冒険

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81 まっとうな正義の歌

 ライラが言った「頭を使え」
 つまり、ここでは話せないからついて来い。
 そういう意味だ。

 ライラと共にヘルシードを出て、兵士の姿がないところまで来ると、チョットマは詰め寄った。
「ホトキンのことを」
「気安く名前を呼ぶもんじゃないよ。こういうところで」
「でも、急いでいるんです!」
「そりゃそうだろうよ。あんたみたいな子が、あんな店にまで来るんだから」

 老婆はどんどん歩いていく。
 腰は曲がっているが、足取りは速い。
「あたしの家についてからだよ」
 建物から外に出るのではなく、エリアREFを奥へと進んでいく。
 ただ、プリヴの部屋のあるエリアとは違うようだ。
「すぐだよ」

 チョットマは聞き耳頭巾の布を頭から被り、ハクシュウの形見を服の上から撫でた。
 魔法がかかっているとは思わなかったが、それでもこのふたつを身に着けていると心が強くなれるような気がした。


 機械室。そう書かれた扉を開けた。
 中は真っ暗で、油の臭いがした。
 ライラが手元で小さな明かりを灯し、黒々と浮かび上がる鉄の塊の間を抜けていく。
「滑るんじゃないよ」
 ライラがひとつの機械のハッチを開けた。
「入り口は狭いよ」
 タラップを降りて、その機械の底に降りた。
 またひとつのハッチがある。
「ここから先は、サキュバスの庭って呼ばれているエリアさ」

 扉やハッチを開ける度に、暗証番号の入力や生体認証、同行者数の入力が必要だ。
 かなり厳重なセキュリティである。
 きっと、スキャンもされているのだろう。


 深い竪穴があった。
 竪穴の壁に沿うようにして、螺旋状に階段が奈落まで続いている。
 幅は広く十メートルほどもあり、フットライトが足元をぼんやり照らしていた。

 三十メートルほども降りたろうか。
「年寄りにはきついよ、ここは」
 降り立ったところから、通路が伸びていた。
「サキュバスの庭へようこそ」

 サキュバスの庭。
 そこは地下深くに広がる狂気のプロムナード。
「心を病んだ者が、最後に降りてくる場所さ」

 照明は灯っているが、ますます暗い。
 重く湿った空気が淀んでいる。
 しんとして、冷たい。
 一本道の廊下には、誰が住んでいるのか、重厚な扉が続いている。
「滑りやすいから気をつけるんだよ」
 足音がよく響いた。

「ところで、あんた。つけられてるね」
「えっ」
「途中で巻いたし、もしついて来ていても、ここまで降りては来れないさ」
 あの刺客だ!
 いったい……。
「気をつけるんだよ」
「はい……」


 ライラの部屋はその通路の一番奥だった。
 通路はそこで行き止まりになり、突き当りには地下水脈が流れていた。
 水流はかなり激しく泡立っている。水音が通路に満ちていた。
「洪水が不安だろ。でも、一度もあの水位から上昇したことはない。上流に巨大なダムでもあるんだろうさ。あるいは魔法がかかっているのかもしれないがね」
 地下水脈から、ふわりと冷たい空気が流れてくる。
「おはいり」

 ライラの部屋は、プリヴの部屋よりかなり広かった。
 しかし、さらに雑多なもので溢れかえっている。
「この部屋は、街のあらゆる監視網から隔絶されている。安心して話せるよ」
 勧められた椅子に座ると、チョットマは早速切り出した。
「ホトキンに会って、頼みたいことがあるんです。ご存知なんですか?」

「あたしゃ、嘘は言わないよ。商売柄さ。ホトキンは知っている」
「ああ」
 よかった。
 大前進だ、と思った。


 チョットマは事情を話した。
 バードを助けようとしていることも、エーエージーエスで起きた出来事も、そしてオーエンという声がホトキンを連れて来ることを条件としたことも。
 そして、そうしなければパキトポークもスゥもバードも、あそこから出て来れないだろうことも。
「だから、ホトキンに会いたいんです。急を要するんです! バードさんは死にそうなんです!」
 饒舌で話の腰を折ってばかりいたライラも、黙って最後まで聞いてくれた。

 チョットマは期待を込めて、ライラの目を見つめた。
 しかし、またもやはぐらかされてしまう。
「あんた、レイチェルがどこに行ったか、知らないかい」
 チョットマは思わず肩を落とした。
「ん? どうしたんだい」
「だって」
「フン、年寄りの言うことをちゃんと聞くもんだ。自分の思い通りのペースでは、何事も動いていかないものさ」
 チョットマは幾分憮然としたが、ライラをさらに見つめた。
 レイチェルだと思われる女性を保護したことは話せない。そんな気がした。
「それに、年寄りをバカにするもんじゃない」
「バカになんてしていません!」


「あっ!」

 ライラの手が、チョットマの頬を打った。
「バカにしていないんだったら、隠し事をするな!」
「えっ」
「人にものを頼むときに、自分に都合のいいことだけしか話さない、ってのはどういう了見だい!」
「……」
「それを、バカにしているって言うんだよ! そんなことで、他人が動くとでも思っているのか! ふざけんじゃない!」
「……」
「部屋に入れてあげて、話を聞こうとしたものに対する、それがあんたの態度かい!」
「……」
「帰れ!」

 チョットマは頬が高潮していた。
 打たれたからではない。
 ライラの言うとおりだったからだ。

 ライラは立ち上がって、扉を乱暴に開けた。
「出て行け!」

 チョットマは、聞き耳頭巾の布地を握り締めた。
「すみませんでした!」
 そして、テーブルに手を突いて頭を下げた。

 ライラが髪を掴んで引きずり出そうとする。
 転んだチョットマは床に両手をついた。
「すみませんでした!」
「出て行け!」


「まことに申し訳ない! 私から話しましょう!」
 フライングアイが飛び出した。
「フン!」
 ライラは苛立って、フライングアイを叩き落とそうとする。
「あたしゃ、アギは嫌いなんだよ!」
 フライングアイは、かろうじてライラの手をよけると、静かに言った。
「レイチェルの姿がないことは、私も聞いています」

 ライラが、フウッーと息を吐き出した。
 立ったままだが、一応は聞こうという気になったようだ。
 扉をバタンと閉めた。
「私はイコマと申します。日本人です」
「フン!」
「レイチェルが今どこにいるのか、確かなことは分かりませんが、エーエージーエスから救出した女性がレイチェルだと思われます。そうだな、チョットマ」


 チョットマは涙が出てきた。
 ライラを馬鹿にしたつもりは毛頭なかったが、相手を重んじる気持ちも思いやりもなかった、と思った。
 自分の聞きたいことだけを聞こうという自分勝手な行動をたしなめられて、それがよくわかった。

 なんでも自分の思い通りになるとは思ってはいなかったが、もしそうならない場合は自分が未熟だからだ、と思っていた。
 今、それは違う、ということが初めてわかった。

 自分の未熟さはもちろんのこと、周囲の人に対する敬意もなかったのだ。
 だから、成し遂げられなかったのだ。

 己の愚かさが、これほど身に染みたことはなかった。
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