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ニューキーツ 作者:奈備 光

1章 海は知っている

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7 ワンピースな色

 俺はチョットマが街を駆け抜けていくのを見て、眉をひそめた。

 あいつ、また取り乱して。
 これ見よがしに武器を携帯したまま、街の中を走るとは。
 当局の監視カメラはこの様子を間違いなく捉えている。
 これを見た監視官はどう判断するだろう。

 このことだけで、チョットマが要注意人物リストに載ることはまずないとは思うが、万一ってこともある。その場合は、我ら全員が一蓮托生だ。
 だいたい、サリが再生しないと分ってからというもの、チョットマの行動は異常だ。
 元来、天真爛漫をはるかに越えた直情タイプだが……。

 チョットマは戦闘系の兵士ではないが、危険察知能力は他を寄せ付けない。
 迫り来る危険を察知するというより、予知能力があるのではないかと思えるほどだ。
 しかも、危険を察知した後の行動の的確さ。
 彼女のこの能力によって、部隊は大きな損害を、これまで何度免れたことだろう。
 しかも、敏捷性はもはや常人ではない。
 数百メートル四方を瞬時に焼き尽くす散弾ミサイルの十連発を食らった後でも、焼け野が原に何食わぬ顔で立っていられるのはチョットマならばこそできる技である。

 しかし、最近のチョットマは、ハエほどの破壊力しか持たない小さな飛翔系マシンにさえ手こずっているし、移動能力も極端に落ちているようで、街への帰還はいつもしんがりだ。

 チョットマが、サリを姉のように慕っていることは知っている。
 そして、サリがチョットマを可愛がっていたことも。


 俺は漠然とした不安にかられた。

 慌てふためいた様子で周囲を確認することもなく、チョットマがコンフェッションブースに駆け込む様子を見た。
 ひとつの浮遊型カメラつまりフライングアイが、チョットマを見つめているかのように、ゆっくりと近づいていくのを見た。

「やあ、ンドペキ、何してる?」
 突然後ろから声を掛けられて、俺はびくりとした。
 振り返ると、部隊のメンバーがひとり、ラフな格好で立っていた。
「お、オシャレだな、スジーウォン。どこで買った? その、んー、ワンピースか?」
 装甲は身につけていない。スジーウォンは、薄い紫色のコスチュームを身につけていた。
 確かにワンピースではあるが、胸元には金属製のピカピカする喉当てが付いており、極端に太いベルトがみぞおちあたりから腰までをカバーしている。裾は膝くらいまではゆったりしているものの、その下は急速に細まり、くるぶしはピッタリと包み込まれている。

「いいだろ」
 スジーウォンはそういって笑ったが、どことなく、不機嫌そうだ。

 兵士は、街中においても、素顔はおろか髪の毛一本さえ見せることはないが、長年共にいると、相手の気分は分るようになる。
 彼女は、オードリー・ヘプバーンのようにキュートな顔をしているが、これが彼女の素顔だとは誰も思っていない。自在に顔の形を変えることのできるマスクを被っていることは間違いない。
 兵士のうち、街中では、この手のマスクを使うものが七割、軽装備のヘッダーを被るものが三割。
 俺もマスクを使う。
 このマスクの「顔」を一定にすることで、どこの誰かがわかる。


「さっきからそこに突っ立って、何見てた?」
「ん、なんとなく」
「ヘンだよ」
「そうか?」
 チョットマを見ていたとは言いたくない。
 勘ぐられるのはいやだった。

 しかし、スジーウォンは、
「チョットマを見てたんじゃない?」と、からりとした笑い声をたてた。
「ん?」
「まあ、いいよ」
「ん、おまえ、俺を監視してたのか」
「あれ、相変わらず機嫌悪いのね」
「なにか用か」

「ね、ンドペキ、さっきのマスターの話、どう思う?」
 スジーウォンはあっさり話題を変えた。
「サリの? そうだな、ハクシュウはシャイだから」
「だから、あんなに怒りくるってたって?」
「俺達のことを心配していても、あんなふうにしか言えないんだな。それが彼の持ち味」
「持ち味ねえ。単に、馬鹿じゃない?」
「おい、オマエ」
「だいたいさ、私はサリがどうしたって、どうでもいいことなんだ」


 俺も、ある意味では同感だった。
 サリがいなくなることで戦力的にダウンすることは否めないが、だからといって悲しみはない。
 肉体が消去されたのか、あるいは遠く離れた街で別の人間として再生されているのか知らないが、いずれにしろ自分達とはもう関係のない人間だ。

「それをさ、チョットマのやつ、深刻に考えやがって、いい迷惑」
 スジーウォンは突っ立ったまま、ンドペキにだけ聞こえる声でメッセージを送ってくる。
 生の音声として聞こえてくるのではない。
 戦闘時に使うパーティチャンネルではなく、至近距離にいるものだけにしか聞こえない微細な電波を使っている。いわゆるラバーモードと呼ばれている通信だ。軍の正規品ではないし、むしろ使用を禁止されている装備だが、これを使っていない者に今まで出会ったことがない。

「あいつがあんなんじゃ、まともな狩りもおちおちできない」
「ははん。じゃ、スジーウォンもあの娘に少しは一目置いてるんだな」
「フン、茶化さないで。そりゃさ。あいつがいるから、後ろを気にせずに突っ込めるんだから。ちゃんとして欲しいよ。サリがいなくなって、その役割はチョットマが担わなきゃいけないのにさ」
 通常、兵士達の間では、戦闘は狩りと呼ばれる。

 兵士が出動する紛争や戦争がなくなって久しい。
 現代の兵士は、街の周辺の安全確保を主任務としているが、その相手は、戦争で破壊し尽くされなかった戦闘用のマシンや、強大化した生物兵器の成れの果てなどだ。
 報酬は政府から出るが、額はわずかだ。それだけではまともな暮らしを営めない。
 ほとんどの兵士はマシンが体内に有しているICチップや、廃墟に残されたレアメタルを回収しては売り、生計を立てている。
 幸か不幸か、どの大陸にも戦闘用のマシンはまだまだ数多く闊歩していたし、数百年前の文明が残した都市の廃墟は、ほとんどが手付かずのままといってもよい状態だ。

「ね、今度のミーティング、出なくちゃいけないかな」
「軍法上、マスターが召集した会議に出ないのは違反行為だ」
「わかってる。あんたが副隊長だってこともね。でもさ、いまさらサリを探しにいくってのは、どう考えても無意味じゃない? そのための打ち合わせなんてさ」


 サリが忽然と姿を消してから、すでに一週間ほど経っている。
 スジーウォンは、サリの亡骸が、あるいは何かの遺留品が現場周辺に残されているはずがないというのだ。
 普通、人が死ねば、死体はすぐさま回収される。
 どういう仕組みが働いているのか、兵士も街の者も誰も知らないが、数時間後には死体が身に着けていたものも含めて跡形もなく消失する。万一、血が流されたとしても、それさえも回収されるのだ。
 いや、回収されるというのは見かけ上かもしれない。そう思っているだけで、実際のところは誰にもわかっていないのだ。

「どこを探せばいいのかも分からないのよ。ンドペキもサリを見失ったエリアを特定できないんでしょ」
「ああ。何度も話したとおりだ」
「計算上は、少なく見積もっても半径四キロ。サリが自分の意思で移動したとすれば、半径二十キロ以上の範囲になるわけでしょ。聞いたんだけど、あのエリアには穴ぼこがたくさんあるって言うじゃない。中には地下洞窟になっている穴もあるって。そんなところ、どう探せばいいのよ」
「洞窟じゃなく、昔の地中基地の跡らしい」
「今は洞窟。じゃなくて、なんなのよ」
「だから、それを明日話し合う」
「私達のレーダーは地中は探査できないし」
 はあ、とスジーウォンが大きなため息をついた。
「もし鳥が連れ去ったのなら、お手上げよね」

 俺は、スジーウォンの嘆息がよく理解できた。
 サリが別の人間として生まれ変わった可能性について、ハクシュウも俺もあえて触れはしなかった。しかし、探しにいくという無駄な行為の裏には、サリが我々を捨てたと認めたくはないという気持ちが働いていることは明らかだったからだ。
 それはスジーウォンにも理解できるはずだ。
 口にはしないまでも、悔しいのだ。
 だから探索という無駄な行動をとるしかない。
 執拗に愚痴をこぼすのも、我々自身のやるせなさの表れなのだ。


 サリの死は、俺にも解せないことだった。
 あの日、俺はサリを殺すつもりだった。
 しかし、俺は殺してはいない。
 あの巨大な鳥、つまり海鷹にやられたのだ。
 ただ、確信はない。
 鳥が飛び去った窪地は、もともとの俺達の進行方向ではなかった。サリがもしあの窪地で鳥に襲われたのだとしたら、なぜあそこまで移動したのだろうか。
 進路を変えた俺を見失ったのだろうか。
 サリの能力では、ありえないことだが……。

 もうひとつ、俺を悩ませていることがある。
 兵士がパーティを組んで行動しているときに誰かが死亡すれば、おざなりとはいえ、通常は事情聴取が行われる。
 死亡事故の頻度は高くはないが、我々の部隊でも年に一人くらいは亡くなるものだ。その都度、軍の調査部から呼び出しを受ける。緩慢な行動で、同僚を死なせてしまったのではないか、という詰問を受けるのだ。
 万一、同僚の窮地を見殺しにしたのなら、罰を受けることになる。
 今回はわずか二人の軍事行動。
 行き先も報告してあった。
 監視衛星の映像は、我々二人が基本隊列を組んでアドホールに向かっていたことを映し出したことだろう。
 なのに、呼び出しが来ない。

 それは、サリは戦闘行動で死んだのではない、つまり鳥に殺されたのではない、と当局が判断していることの証ではないのか。
 つまり、サリは死んではいないのではないか。

 では、なぜサリは姿を消したのか。

 俺は、事情聴取がないことを誰にも話していない。
 マスター、つまり隊長であるハクシュウには、軍から、あるいは公安当局から、何らかの連絡が入っているのかもしれないが。


 スジーウォンは、言いたいことを言うと、手近なコンフェッションボックスに入っていった。
 パパかママに、今のような愚痴を聞かせるのだろうか。

 俺もパパに面会でもしてみるか……。

 今月は規定時間に大幅に届いていない。
 あてがわれたパパかママに数日置きに面会することは、兵士であれ商店で働くものであれ、市民全員に課せられた義務である。
 数百年も続いているシステムである。
 決められた相手に決められた時間以上の面会をしないと、死亡時の再生に多大なペナルティが課せられるということになっている。

 パパないしママは、不定期に入れ替わっていく。
 ほとんどの場合は約三年で交代となるのだが、半年ほどで別のIDつまり別の人物が親として紹介されることもある。
 俺の今の親はパパだが、本名はおろか職業さえも知らない。
 わかっていることといえば、微妙に精神が壊れつつある男だということだけ。
 俺のことにはこれっぽっちも関心はないようで、自分の昔話を繰り返し聞かされ続けるだけの面会だ。
 几帳面でくそまじめでおせっかいな人間よりよほど付き合いやすいが、月に六時間以上と決められた面会時間が苦痛であることに変わりはない。
 面会時間が規定時間数に足りなかった場合のペナルティの内容について、公表はされていない。

 ふと俺は、それでもいいじゃないか、という気になった。
 どうせ、俺は……。

 チョットマがコンフェッションボックスから出てきて、また街を駆けていった。
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