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ニューキーツ 作者:奈備 光

5章 チョットマの冒険

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78 ソーダとイチジクの歌

 チョットマはヘルシードの扉を開いた。
 思いのほか、中は明るかった。
 薄暗くはあったが、暗い路地に比べると、まだ明かりというものがあった。
 なんと、音楽までかかっていた。
 絵まで掛けられている。ものすごく賑やかな繁華街の絵だ。TOKYOという文字が見えた。

 エントランスを進むと、声が聞こえてきた。
 突き当りにはゲートがあり、ふたりの男が待ち構えていた。

「被り物をお預かりします」
 チョットマは緊張した。
 こんな店には入ったことがない。酒を飲むところだ、というくらいの知識しかない。


「えっ」
 男が手を差し出した。
「当店では、お顔を見せない方のご入場はお断りしています」
「あっ」
「ですので、そのフードはお預けください」
「なっ」
 男の手がフードに伸びた。
「いや!」

 男は手を止め、
「では、お帰りください」と、顔を歪めた。
 チョットマはあわてて、布地を取った。
「手に持っておきます」
 男は肩をすくめたが、それ以上は言わなかった。

 さあゲートを開けてくれるのかと思ったが、そうではなかった。
「武器の持ち込みも禁止です。お預け願えますか」
「えっ?」
 武器は持ってきてはいない。
「胸に下げておられる、それです」
「は?」
 チョットマはあわてて胸に手をやった。
「これ?」
 胸にあるのは、フライングアイだ。これが武器?

「それは古代の武器です」
「あっ」
 ハクシュウからもらった十字の鋼板のことだった。
 通路を歩くうちに完全にスキャニングされていたのだ。

 さすがに今度は、手を出しては来ない。
 女の胸に隠されているのだ。
「あ、いえ、これ、お守りなんですけど」
「武器のお持込はしていただけません」
「でも、大切な形見なので……」
 チョットマは、自分の口から出た「形見」という言葉に、自分で驚いた。

 ハクシュウは死んだ。
 自分ではそう思っている、ということだ。
 プリヴがそう言ったときには、信じていなかったのに。


「……分かりました」
 チョットマは、武器だというハクシュウの形見を首から外し、男の手に委ねた。
「フライングアイもお預けください」
「えっ、これは」
「パパかママ? そうでしょうとも。しかし、ここは保護者同伴で来るようなところではありません」
 男はニコリともせずに、今度は手を出してくる。
 チョットマは、店のその規定は理解できた。
 ここで見聞きすることが、政府に筒抜けになることを恐れているのだ。

 チョットマは、フライングアイを出して、パパに聞いた。
 持っていることがばれているなら、隠していても意味はない。
「パパ、どうしよう」
 パパが答える前に、それまで黙っていたもうひとりの男が声を掛けた。
「ゼットが作ったジャンク品か。まあいい。お通ししろ」
 途端にゲートが開く。
「ようこそお越しくださいました」と。
「でも、パパ様は一応、目のつかないところに」


 店内は、思った以上に広く、天井も高かった。
 磨き上げられた飴色の木製カウンターが延びている。
 ボトルやグラスや様々な食器類、調理道具。
 カップボードの美しくカットされたガラス扉。
 それらにランプの光が当たって、きらめいていた。

「フン、将軍様がお忍びで来る店だからね。そりゃ豪華だろうよ」
 と、チョットマは心の中で言ってから、ライラらしき老婆はどこに、と見渡した。
「どうぞ、こちらへ」
 ホール係が案内しようとする先を見て、チョットマは頷いた。
 カウンターの最奥に、老婆がひとり腰を掛けていた。


 店には、カウンター席が十五ほど。スタンディングテーブルが三つ。奥にはラウンジソファ。
 客は、奥のソファと、スタンディングテーブルに一グループずつ。
 チョットマが入っていくと、視線が一斉に集中した。

 スタンディングテーブルの人相の悪い男達と目を合わせないように奥へ進むと、ソファの男と目が合った。

 あれが、将軍様ね。
 布でできた軍服を着て、ピカピカ光る勲章を胸にぶら下げている。
 実際の戦闘では、そんな格好じゃ何の役にも立たないよ。
 あんた、本当は戦闘なんて、したことがないだろ。
 フン!

 その相手をしながら歌を口ずさんでいる女が振り返り、目があった。
 チョットマは思わず声をあげそうになった。
 顔の真ん中に大きな目がひとつきり。
 その巨大な目が瞬きをした。
 うわっ、色っぽい。
 美しいというのも妙だが、その女は人を惹きつける何かを持っていた。


 チョットマは男が引いてくれたハイチェアに、ぎごちなく尻を載せた。
 老婆とは、間に二つのチェアを挟んでいる。
 声を掛けられない距離ではない。

 何か注文を頼まなければ。

 焦るが、目の前にあるボトルは見たこともないものばかり。
 そもそも酒というものを飲んだことがない。

 バーテンは、チラリと見たものの、グラスを磨く手を休めようとはしない。
「パパ、どうしよう」
「ノン・アルコールをなにか、と」

 チョットマは、そう言おうとしたが、つい余計なことを付け加えてしまった。
「ソーダを」
 途端に、後ろからけたたましい笑い声がおきた。
「ソゥダァー水!」
「ここは大人の来る場所だよ。緑毛のソプラノのお嬢ちゃん!」
「なにを頼めばいいか、おじちゃんが教えてやろう。こっちにおいで!」

 その不潔な声に、罵声が飛んだ。
「おまえ達! この娘はあたしが呼んだんだ! 文句があるのか!」
 老婆だった。
 スタンディングテーブルの男達は、一瞬のうちに縮こまってしまった。

「ソーダにアップルシロップでも入れてやりな」
 バーテンが頷いて、後ろのボトルラックからそれらしきものを取り出した。
「さ、こっちへおいで」
 老婆が自分の横の席を、パシッと叩いた。

 老婆は、ラメ入りの赤黒いドレスを着ていた。
 髪は色とりどりのカラーで染められ、どうなっているのか分からないほどいろいろな角度に逆立ち、それでいて調和が取れているような凝ったセットがしてある。
 化粧はしていないのか、ふやけたような白い顔に小さな皺が無数にあった。
 かなりの高齢なのだろうが、声はしっかりしている。
 目つきも鋭く、見つめられるとすくんでしまいそうだった。


「ありがとうございます」
 チョットマは小さな声で礼を言って、席を二つ移動した。
 ホール係がまたサポートしてくれる。

「あたしに用なんだろ」
 唐突に言われて、チョットマはたじろいだ。
「あんたのような子が、雇ってくれという用事でこんな店に来たわけじゃないだろ」
「はい。そうなんです」
 チョットマは、これは案外、上手くいくかも、という気がしてきた。

「あの、ライラさん?」
「そうさ」
 老婆はもう正面を向き、こちらを見ようともしない。
「あの、お願いがあって」
「そうだろうとも」
 バーテンが、チョットマの目の前に、きれいな色をした飲み物をトンッと置いた。
「あんたのお願いとやらを聞く前に、あたしからも聞きたいことがあるよ」
 バーテンが見つめている。
「なにか、食べる物を頼んでやりな。それがこの男の取り分なのさ」
「あ、じゃ、えーと」
「イチジクでも剥いておやり」
 バーテンが笑顔を作って、小部屋に消えた。

「さあてと、スゥはどうしている」
「えっ、あ、お友達なんですか?」
 ライラがなぜスゥのことを聞いたのか、わけが分からなかった。
 チョットマは自分がまだ名乗っていなかったことに気がついた。
 しかしライラは、もうとっくにお見通しなのだろう。

「友達? バカをいうんじゃないよ。あいつは敵」
「敵、ですか……」
 チョットマは、ライラやスゥがどんな争いをしているのかと思ったが、それはさておき、自己紹介しなければ。
「あの、私」
 チョットマだというべきだろうか。
 それとも、でまかせを言うべきだろうか。

 しかしライラは、耳に顔を寄せてくると「ハクシュウ隊のチョットマ」と言った。
「はい……」
「それは通称かい。それにしてもあんたの親は、面白い名前を娘につけたんだね。古い日本語で言うと、少しだけ魔物ってことになるねえ。どうみてもあんたは、日本人には見えないけどね」
「はあ……」
「で、どうなんだい」

「あの、スゥさんは今……」
 話せば長くなる。
 しかも、ライラとは敵だという。
 ただ、聞かれた限りは答えなくてはいけない。

「エーエージーエスというところに閉じ込められています」
「ハッ! とうとうあいつも焼きが回ったか!」
 老婆がさも面白そうに笑い、グラスの飲み物をぐいっとあおった。
「うはは! それは愉快!」

 チョットマもグラスに口をつけた。
 今まで飲んだどんなものより、おいしかった。
 バーテンがガラスの器に載せた、赤い果物を持ってきた。
 それは見たこともない果物で、ジュワリとした甘みがあった。
「うわ、おいしい」
 バーテンが、ニッと笑った。
 チョットマも少しだけ微笑を返した。
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