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ニューキーツ 作者:奈備 光

5章 チョットマの冒険

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75 刺客の歌

 バーの名前は「ヘルシーズ」
 地獄の種。
 夜中の十二時に店開き。
 場所は、エリアREFの入り口近く。
 老婆の名は「ライラ」
 ほぼ毎日、ヘルシーズに姿を見せるという。


 私はクライングエンジェル。
 ううん。
 エンジェルでもなんでもない。
 天使ならハクシュウを救えたはず。

 結局、私は何の役にも立っていないよ。
 だから私は、いつも補給係り。
 隊のおまけみたいなもの。
 もしかすると、お荷物。
 最低よ。
 気分も最低。


 チョットマはプリヴを説得し、自分は街をうろつき、時間を潰すことを納得させた。
 念のため、広場にも寄ってみる。もしハクシュウが逃げ延びていたら、と。
 あの迷路のような廊下を通ったり、不気味な兵士の前を通ることを思えば、プリヴの部屋で帰りを待つほうがいいかもしれない。
 そうは思ったものの、言い出した限りは後に引けなくなってしまった。
 それに、万一プリヴが戻れなかった場合を考えると、あの部屋で待つことは、どうしても避けたかった。
 ひとりでは二度と地上に戻れないかもしれない。
 本気でそう思ったのである。

 来たときと同じように、プリヴとチョットマは距離をおいて歩いた。
 フライングアイはポケットに入れてある。パパのたっての願いで、あのショールは被っている。
 相変わらず、嫌な声が断続的に聞こえるが、来るときほど恐怖は感じなくなった。
 一度経験済みだったし、なにより地上に戻れるということが気持ちを楽にさせていた。
 自分の装備や武器を、あの男に預けたままだが、仕方がない。


「ふう!」
 エリアREFの入り口である例の最初のホールまで帰ってきた。
 右側の廊下に入っていく。
 すぐまた小さなホールがあり、そこを左に折れる。
「バーはこの先だ」
 左側の最初の扉だということだった。

「ひとりで外に出られるな」
「大丈夫」
「じゃ、三十分おきに見に行くよ」
 中央広場で待ち合わせると決めてある。
 もうすでに、夜中。広場に長時間いることは不自然だ。
「じゃ、最初の待ち合わせ時間は、零時半」

 プリヴは左側の廊下に入っていった。
 照明もなく、非常に暗い。
 チョットマは、それとなくプリヴを見送ろうとした。


 向こうから、ひとりの人間が近付いてくる。
 全身黒尽くめで、フードを目深に被り、顔を隠している。
 プリヴはその人物をやり過ごし、ちらりと振り向いた。

 殺気がする!
 と、目の前で、青い光が一閃した。
 その光の中に、プリヴとひとりの男の姿が一瞬見えて、消えた。
「あっ」

 閃光の中のプリヴは弾き飛ばされ、壁に激突した。
 プリヴがやられた!

 と思った瞬間、胸に強烈な一撃を感じた。
 ぐっ。

 刹那、相手の顔が間近に見えた。
 輪郭は分からない。赤い炎のような目。

 やられた!

 チョットマは自分の胸に、短剣が突き刺さっているのを見た。
 と、敵は力を緩め、戸惑うようなそぶりを見せた。

 くそ!

 次の瞬間には、敵の姿は消えていた。

 目の前が真っ白になっていく。
 くそうっ!
 おのれ!


 男の姿はもうない。
 倒れているはずのプリヴの姿ももう無かった。

 装備さえ身につけておれば……。

 どぅ、とチョットマは仰向けに倒れ、背中をしたたかに打った。
 意識が遠のいていく……。


 ふと、頬に冷たいものを感じた。
 ゆるゆると手を持っていく。
 何かが触れて、指の間を掠めていった。

 チョットマは頭を動かし、それを見た。

 あっ。
 小さく叫んだ。
 息がかかりそうなほど近くに、白い蛇がいた。
 こちらを見ている。
 目が合うと、蛇はするりと身をくねらせ、いずこかに消えた。


 チョットマはゆっくりと息を吐き出した。

 体が震えだした。
 恐怖からではない。
 助かった……。
 そんな感触が全身に流れていた。

 刺された胸に手をやった。
 服に穴が開いているが、傷はたいしたことはないようだ。
 一滴の血さえ流れてはいなかった。

 チョットマはよろよろと立ち上がった。
 刺された胸が痛む。
 しかし、打った背中の痛みほどではない。

 もしや。
 もう一度、胸に手をやった。

 ああっ。
 敵の短剣を受け止めたのは、ハクシュウからもらった鋼の板だった。
 取り出してみると、中央の穴の縁に大きな切り傷がある。
 短剣はちょうどこの穴に切っ先を。

 いや、そうではない。
 この鋼の板が、瞬時に動いて、短剣の切っ先を受け止めてくれたのだ。
 首からぶら下げていたのは、もう少し下のはず……。


「チョットマ、ここを離れたほうがいい」
 パパに促され、チョットマは迷った。

 どうする?
 どこに向かう?

 ホールに向かって、足早に歩いた。
 恐怖でがちがちになった脚は、やたらと足音を響かせた。

「ちっ!」
 ホールに、先ほどはいなかった兵士が警戒に当たっていた。
 こちらを見ている。
 ここで引き返すのはまずい。
 とはいえ、廊下に並んだ部屋に飛び込むこともできない。
 チョットマは、できるだけ不自然に見えないように、歩み寄っていった。

「フードを取れ!」
 兵士が怒鳴った。
 チョットマは言われたとおりにし、そのまま兵士の前を通り過ぎ、建物の出口に向かった。
 振り返らずに。
 廊下にも兵士が立っていたが、見咎められることはなかった。
 うずくまる人影はあるが、しんと静まり返っている。

 チョットマはフードを被りなおし、廊下を歩いた。 

 眩暈がする……。
 どうすればいい!
 プリヴがやられた!


 また、どこからともなく声が聞こえてきた。
「ハクシュウの隊員がやられた」
「変装していたのに」
「見破られたのだ」

 また、声がした。
「物好きな将軍、ひとつ目を愛す」
「非常事態。これはもう、忘れられた言葉」
「パリサイドに勝てやしない」

 小さな声がさざなみのように、押し寄せては消えていく。
「アンドロを葬り去れ」
「地下深くに潜り込め」
「臭くて湿った街は開放だ」
「この子は竜神に触れたぞ」
「狂気の男はまたしくじった」
「吉と出るか凶と出るか」


 無事に建物を出た。
 街を歩き回ったが、どう歩いたか、覚えていない。

 プリヴ!
 あなたは!

 相手は明らかに私に向かって発砲した。
 その瞬間、プリヴが回りこんでくれたのだ。
 そのせいでプリヴは!

 私の盾になってくれた!

 敵はエネルギーの充填が間に合わないと判断したのだろう。
 短剣で襲ってきた。
 ものすごいスピードで。


 恐ろしい。
 こんな恐怖を感じるのは初めてのことだった。

 すれ違う人が恐ろしい。
 何の変哲もない物陰が恐ろしい。
 自分の住む街なのに。

 プリヴ!
 どうして!

 それに、あいつは誰!
 なぜ、私を!

 以前も襲われたことがある。
 きっと同じやつだ!

 恐ろしいが、絶対に許さない!

 あの蛇は。
 敵はあの蛇に怯んだのだろうか。
 それとも、鋼の板が私を護ってくれたから?
 二太刀目を浴びせるのは不利だと判断したから?
 私は装備もなく、応戦する手立ては何もなかったけれども。


 深夜の街を徘徊しながら、チョットマは何も考えられないでいた。
 遠くの空に閃光が光った。
 発砲だろうか。

 チョットマは我に返った。

 どうする。
 今から、どうすればいい。

 ひとりでホトキンを探す。
 それしかない。
 しかし……。
 あの場所にまた行かねばならないのか……。
 かといって……。

「ね、パパ、どうすればいい?」
 フライングアイは、しばらく考えているようだったが、やがてはっきりと声を返してきた。
「まず、中央広場にハクシュウが来ているか、確かめなさい」


 ようやくのこと、チョットマは自分がどこにいるかを確認し、中央広場に向かった。
 ハクシュウの姿はない。
 伝言のようなものも見当たらない。
 フライングアイがささやいた。
「君は、ふたりの兵士に顔を見られたのに、見咎められなかった」

 チョットマには、パパがヘルシードに向かいなさい、と言っているように聞こえた。
 そこでホトキンを知っているかと、老婆に聞くのだ。
 プリヴが殺された今となっては、そうするしかない。


 ハクシュウの言葉を思い出した。
 君が、隊員の中で、最も顔を知られていないと。
「あそこに戻る」
 チョットマは、心を決めた。
 もともとは、自分が行く、とプリヴに言ったのだ。

 エリアREFに戻りながら、チョットマはパパともっと話がしたいと思った。
「ねえ、パパ」
 さっき聞こえた声の話をした。
「そうか、将軍がお忍びで来ているんだな。将軍というのは何人いるんだ?」
「知らない」
 このような状況で、バーに遊びに来るとは。
 防衛軍は堕落している、とチョットマは思った。

「ひとつ目っていうのは?」
「わからない」
 そういうあだ名のホステスでもいるのだろう、とパパはいう。
「それにしても」
「なに?」
「驚いたな」
「え?」

 チョットマは、自分の心に変化が生じ始めていることに気がついていた。
 ハクシュウやプリヴの死は悲しい。
 しかし、それはもう過ぎたこと。
 そんな思いがし始めていたのだ。

 あれは悲しみではなかったのだろうか。
 ただ驚いただけだったのだろうか。
 それとも、まだ実感が伴わないだけなのだろうか。
 ふたりとも、死体を見ていないから?

 本当の悲しみはこれからやってくるのだろうか。
 それならそれでいい。
 私には、しなくてはいけないことがある!
 今までは、なんの役にも立てない女だった。
 今回は、私が、しなくてはいけないのだ!

 悲しんでいる場合ではない!
 恐れている場合ではない!
 そう考えている自分が、驚きだった。
 パパもそのことに驚いたのだろうか。


 しかし、パパはまったく予想もしなかったことに驚いていた。
「君は、そんな声を聞いたんだね」
「うん。どこからともなく」
「うむ」
 驚くようなことではない。
 実際に聞こえたのだから。
 中には幻聴もあるだろうが。

「さっきから、たくさん聞こえるよ。ほとんどがうめき声とか、泣いているような声だけどね」
「……」
「きっと、幻聴。疲れているし、怖くてがちがちだし」
 パパは黙っていた。


 エリアREFの入り口である小さなビルの前まで来たとき、パパが言った。
「ちょっと待って。もう少し歩きながら話そう」
「うん」
 しっかり聞いてくれ、とパパが言った。
「君が被っているその布地、それはやはり、聞き耳頭巾の布を織り込んで作られたものじゃないかな」
「えっ、バードさんの?」
「そう」

 ボロボロになって原形をとどめなくなった頭巾を解き、金属糸と合わせて織り直したのではないかというのだった。
「君は、たくさんの声を聞いている。しかし、僕には何も聞こえなかった。静まりかえっていると思っていたのに、君はうめき声や泣き声を聞いたんだろ」
「……」
「さっきの将軍の話なんかも聞いたんだろ。しかもはっきりと」
「うん……」
「チョットマ、君は……」

 チョットマにもパパの言いたいことは分かった。
 とはいえ、返す言葉はない。
「聞き耳頭巾を使えるんじゃないか」
「んー、でも……」

 でも、それって、大の字が五つも付くような大昔の話。
 それに、この布が聞き耳頭巾の糸で織り直したものだという証拠もない。
 だいたい、私は生まれてこの方、小鳥というものを見たことがないのよ。

「なんとも、うれしい!」
 パパが久しぶりに弾んだ声を出した。
「さ、老婆に会いに行こう。長話は無用だ。その布地、大切にしてくれ」
「うん、わかった」
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