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ニューキーツ 作者:奈備 光

5章 チョットマの冒険

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71 使者の色

 ハクシュウやスジーウォンから連絡はない。もちろんパキトポークからも。
 ハクシュウが首尾よくホトキンを見つけられても、街への往復時間を考えると、まだ帰り着くことはできない。連絡がなくても不思議ではない。もし施設に直接向かっていたとしても、まだ着かないはずだ。

 スジーウォンの方はどうだろう。
 もう深夜に差し掛かっている。
 夜の荒野で、施設の入り口を探し回っているのだろうか。
 施設の別の入り口が見つかったのなら、伝令を寄越してくれるだろうが、見つかっていないのなら一旦ここに戻ってくるのではないだろうか。
 あるいは効率を考えて、野営しているのだろうか。

 チューブで襲ってきた軍。そしてあの入り口に押し寄せてきた軍。
 ンドペキはその意味も考えていた。
 ここも、今にも軍が押し寄せてくるかもしれない状況下にある……。

 もうひとつ。
 洞窟のもうひとつの出入り口の存在。
 それを確認するタイミングがいつなのか。
 ンドペキは、早晩、それを確かめるべく、瞑想の間を抜けていく覚悟をしていた。
 コリネウルスからは、地下水系の始まりと終わりは発見できないという報告が来ていた。
 いずれにしろ、自分たちは水に潜って移動することはできない。
 避難路にはなりえない。


「レイチェルが会いたいと言っています」
 ンドペキは思考を中断し、レイチェルの部屋に向かった。
 嫌な予感がした。
「どうだ。具合は」
「ンドペキ! 明日、私、帰れるかな」
 予感は的中した。
「だめだ」
 ンドペキは言下に否定した。

 隊員が運べば帰れないことはないだろうが、ここでレイチェルを開放するわけにはいかない。
「そう……、じゃ、ンドペキ、あなたが私の名代になってくれる?」
「ん? なんのことだ」

「だって、パリサイドとの会談が」
 失念していたわけではない。
 しかし、どうでもいいことのように思えていた。

 あの連中がどこにコロニーを作ろうが、あるいは作らせまいが、自分達にはそれほど影響はない。
 ここでレイチェルが足止めを食らっていたとしても、それなりの代役はいるはずだ。
「誰かがやるだろ。あんたの部下の誰かが」
「ダメ」
 レイチェルが強く首を振った。
「私の考えと、今、政府を握っている人たちとは、考えが違います」


 対抗しているアンドロの一派は、自分達の政府を作ろうとしていると、レイチェルは言う。
「そうなんだろうな。君をあそこに放り込んだんだから」
「ええ」
「しかし、世界中の街から独立するってことかい?」
「そんなこと、できるはずがありません。それでは街は維持できませんから」
「じゃ、どうする」
「私のクローンを作るんだと思います」
「クローン?」
「私の分身を。私とそっくりな」
「そんなことをして、ばれないのか? 君には両親がいるんだろ」
 レイチェルが首を振った。

「両親はもういません。兄がいますが、疎遠です。本物の私か偽者の私か、見分けはつかないでしょう。めったに会うわけじゃありませんし」
「そんなもんか」
「すでに、私の分身は完成しているのかもしれません。だから私をあそこに放り込んだともいえると思います」
 なるほど。

 レイチェルの言わんとすることは理解できた。
「そのアンドロの一派は、パリサイドの提案を蹴るというんだな」
「その通りです」
 それでもいいではないかと思ったが、レイチェルが違う意見を持っているのを知った以上、自分の意見を言う立場ではない。
 レイチェルは街の長官であり、軍の総司令官なのだ。
 言葉遣いは逆転しているが、それは今が作戦会議ではないからである。


「今日の会議で、他の街がどういう対応をすることに決まったのか知りません。ですが、私は彼らと共にこの地球で暮らしたいと思っています」
 なぜ、そう思うのだろう。
 聞いてみたいと思った。
 しかし、それは今ではない。

「君を街へ戻すことはおろか、シリー川まで連れて行くこともできない」
「ンドペキ。では、あなたに頼みたいのです」
「それはできない。俺はここを離れられない。仲間が今、厳しい作戦を遂行している。俺がここを離れられるのは、ハクシュウが帰ってきたときだ」

 レイチェルが急に厳しい声を出した。
「では、ハクシュウを呼びなさい。私から話をします」
 しまった。ハクシュウのことは隠しておくつもりだったのに。
 ンドペキは迷った。
 ハクシュウの作戦を伝えるべきか、ごまかすか。

「ハクシュウは今、ここにいない。街に向かっている」
 ンドペキは、上官と部下の会話にならないように、あくまで目下に言うような言葉を使った。
「なぜ」
「君のバードを救い出すため」
「えっ」
「ところでバードいうのは?」
 そのとき、コリネウルスの部下から通信が入った。
「サリです! サリが来ました!」
「なに!」


 サリが。
 どういうことだ!
「また、あのパリサイドの悪ふざけじゃないのか!」
「違うようです。背格好もサリそっくりですし、服も着ています」
「おい、ちょっと待て。おまえはサリを知っているのか?」
「いえ、シリー川で顔を見ただけですが、間違いようがありません」
 ンドペキは唸った。

「コリネウルス!」
「なんだ」
「会ったのか?」
「ああ。話は隊長にしたいと言っている」
「ウーム。コリネウルス、交替だ。俺がそっちに行く!」
「待って!」
 レイチェルが声を上げた。
「私も行きます」
「ダメだ!」
「どうして!」
「君は」
 最後まで言わないうちに、レイチェルがはっきり言った。
「私を連れて行きなさい! 司令官として命令します!」

「ちょっと待ってくれ、レイチェル」
「早く用意をしなさい! そこのあなた! 私を起こしなさい!」
 そういわれた医務官とシルバックが、硬直した。
 そして、ンドペキに指示を仰ぐべく顔を向けた。
 ンドペキはすばやく頭をめぐらせた。

 もし、このサリを名乗る者がパリサイドなら、敵である可能性は低い。
 チョットマとスミソを連れ帰ってくれているのだし、そもそもこうして訪ねてきている。
 この洞窟も知られているのだ。


「わかった。レイチェル。でも、君を外に連れ出すことはできない。君の体は万全じゃない。サリをここへ呼ぼう」
「なんだと!」と、コリネウルスが怒鳴っていた。
「ンドペキ! いいのか!」
「当たり前だ。サリは俺の部下だ」

 現れた女は、サリそのものだった。
 兵士の装備ではない。濃紺のジャンパーにジーンズ。胸元にオレンジ色のシャツが覗いている。
「サリ、なのか?」
 しかし、女は首を横に振った。
 そして、はっきりと言った。
「すみません。まだ、この体をお借りしております」
「クッ」
 ンドペキは怒りを込めて吐き捨てた。


 この女がサリではないことは分かっていた。
 サリは死んだのだ。再生されずに。
 もし、再生されたのだとしても、そう簡単にここに来れるはずがないのだ。

「名前を教えてもらおう」
「KC36632と申します」
「用件を聞こう。あ、いや、その前に」
 ンドペキは、姿勢も言葉も正した。
「お礼を申し上げるのが遅れました。昨日は、敵軍を撹乱してくださり、さらには当方の二名を送り届けていただきまして、まことにありがとうございました。お礼の言葉もありません」
 KC36632が、ほのかに笑った。
 笑った顔は、サリにそっくりだった。
 ンドペキは奇妙な気分だった。
 顔を借りるとか、体を借りるとはどういうことなのだろう。
 やはり目の前にいる女はサリではないのか、と思いそうになる。


 ンドペキはこの気持ちを早く捨てろ、と自分にいい聞かせた。
 目の前の女は、パリサイドの使者なのだ。
「では、ご用件を伺います」
「はい」
 パリサイドの女は平然として、落ち着いた声を出した。

「軍が迫っていることを、お伝えに参りました」
「あっ、ん。感謝します。で、状況は?」
 女が言うには、洞窟の南西百キロ地点に、総勢約二百五十名の軍が駐屯しているという。
「目標は明らかに、この洞窟です。野営をしていますので、明日朝に出立するつもりのようです」
「ご一報をありがとうございます。あなたは、ここでくつろいでいってください」
 ンドペキは立ち上がった。
 しなければいけないことがたくさんある。
 KC36632への対応をシルバックに命じて、部屋を出ようとした。

「お待ちください」
 KC36632が呼び止めた。
「まだ、お耳に入れたいことがございます」
「はい」
「スジーウォン様の隊の状況です」
 ンドペキはもう一度、女の前に座り直した。


「ただいま野営をしておられますが、敵の進軍経路に当たります。もしよろしければ、私が使者として参ります」
「ご厚意を深く感謝します。では、お願いいたします。急ぎ、ここへ戻るよう、お伝えいただけませんでしょうか」
「かしこまりました」

「ハクシュウ様についても、お知らせしたいことがございます」
「はい……」
「ハクシュウ様は、敵軍に追い込まれ、戦死なさいました」
「……」
 ンドペキの頭にさまざまなことが駆け巡った。

 いよいよ腹を括らねばならない。
「他に隊員の方が二名おられましたが、その方々はいずれも街に到達されました。私からの報告は以上でございます」
 ンドペキは重ねて礼を言って、部屋を出た。

 部屋では、レイチェルがKC36632に話しかけていた。
 シリー川の会談を、ここで済ましてしまおうとしているのだろうか。
 ンドペキは聞く気もなかった。
 すぐに戦闘準備に入らねばならない。

「コリネウルス!」
「おう!」
 コリネウルスには、KC36632との話は通じている。
「すぐにこっちに戻ってきてくれ!」
「隊は?」
「そのまま警戒に当たらせてくれ!」
「了解!」

 ンドペキは思いついたことがあって、レイチェルの部屋にとって返した。
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