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ニューキーツ 作者:奈備 光

5章 チョットマの冒険

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69 幻聴の歌

 ぼろを着たプリブについてチョットマが向かったのは、来たことのない地区だった。
 路地が入り組み、ゴミが散乱している。
 水溜りには得体不明の液体が浮かび、刺激のある臭いが立ち込めていた。

 路地を幾度も曲がり、ひとつの小さなビルに入っていく。
 集合住宅のようだが、相当に古い建物で、人が住んでいるかどうかも怪しい。
 玄関を抜けてしばらく廊下を進むと、小さなゴミだらけのホールがあり、奥に向かって三つの廊下が伸びていた。

 人が住んでいないどころか、ホールにも廊下にも、多くの人が所在無げに佇んでいた。
 うずくまっている者も多い。
 冷たい床に体を横たえている者もいる。
 どれもぼろを纏って、痩せこけ、汚れた顔をしている。
 チョットマは目のやり場に困った。
 誰もがじっとこちらを見ているのだ。
 しかも、その目はどれもうつろで、悪意を秘めているように感じた。 


「さっきのショールを被れ。顔を隠したほうがいい」
 プリヴはホールから伸びる中央の廊下を進んでいく。
 チョットマは、あの紫がかった布を頭から被った。
 途端に、眩暈がした。
 ぐ、まずいかも。
 しかし、プリヴは先へと進んでいく。
 左に折れ、右へ折れ、庭に出かたと思うと階段を下り、ますます細い廊下に入る。
 チョットマはプリヴと一定の間隔をあけて追ったが、すぐに方角も距離感も分からなくなった。

 廊下や階段の壁は、コンクリートや石や金属でできていて、つぎはぎだらけだ。
 増築を重ねたのか、めちゃめちゃな構成である。
 床も石畳があるかと思えば、コンクリートであったり腐った木であったりする。
 天井も同じようなものだ。
 しかも、それらはかなり古い時代に作られたもので、腐食したり錆びていたり、ねっとりとしたもので覆われてして、不潔な臭いを発していた。

 所々に照明はあるが、どれも古色蒼然としたランプで、かすかな光が明るくなったり暗くなったり。いつ消えてもおかしくない状態だ。
 たくさんの扉が並んでいるが、鉄製の頑丈そうなものがあるかと思えば、腐りきった木の扉もある。
 その扉の向こうにいる者は、人ではないかもと思わせるものばかりだった。


 幻覚かと思った。
 呻き声が聞こえる。
 唸り声や叫び声が聞こえる。
 名前を呼ぶ声が聞こえる。

 壁から聞こえてくるのか、床から聞こえて来るのか、天井から聞こえてくるのか。
 さまざまな声が聞こえるのだ。
 それらの声は、嘆きや恨みや、怒りを帯びていた。

 チョットマは恐ろしくなってきた。
 すぐ近くで聞こえることもあれば、遠吠えのように聞こえることもある。
 プリヴを追って、建物の奥深くに進むにつれて、その声は耳を覆わんばかりになっていった。


 廊下にうずくまっている者は、その数を増し、時折、脚を掴まれそうになった。
 手を差し伸べて物乞いをする者もいる。
 フラフラと歩きながら、奇声を発している者がいるかと思えば、腹這いで進んでいる者がいた。

 男か女も分からないそれらの人間は、誰もが痩せこけていて、強烈な臭いがした。
 まずいところに来た。
 チョットマは始めて見る光景に恐れおののいた。


 時折、普通の身なりの人間ともすれ違った。
 そういう人に出会うたびに、プリヴは軽く会釈する。
 しかし、言葉を交わすことはない。
 彼らは、男であれ女であれ、健康そうで颯爽と歩んでいく。
 服装は様々で、兵士の姿の者もいた。
 普段は気にすることもないが、そんな普通の人を見かけると、心強く感じた。
 ここは魔界でもなんでもない。
 ニューキーツの街だと実感できて、混乱しかけた頭に新鮮な風が吹くような気がした。


 突き当たりに狭い階段が見えた。
 プリヴはそれを数段降りると、踊り場にある小さな扉を開けた。
「どこまでいくの?」
「シッ」
 そう言ったきり、プリヴは扉の中に入っていく。
 ますます細く、いよいよ暗い階段。
 しかも曲がりくねっていて、横道がたくさんある。

 先ほどまでは、まだビルの地下だという気がしたが、もうそんな場所ではない。
 壁にべったりと血がついていたり、かと思うと、不思議な文様がおぼろな光を放っていたり、これが魔界かと思えるような光景が続いていた。
 心細くなってきた。
 街中を歩いていたときより、プリヴとの距離は縮まっているが、もう見失いそうな気がしてきた。
 こんなところで、はぐれてしまっては、それこそ怖い。

 相変わらず、右に折れ左に折れ、階段を数段登ったかと思うと下り、どんどん奥深く、地下深くへ入っていく。
 スロープを下ったかと思うと、滑りやすい床に得体の知れない物が浮かんだ水溜りがあり、吐き気をもよおす臭気が立ち上っていた。
 水溜りの底には、見たこともない生き物がうじゃうじゃと漂っていて、もう、目をつぶって駆け抜けていくしかなかった。


 チョットマは飛び上がりそうになった。
「出 て 行 け!」
 と、耳元で怒鳴りつけられたのだ。
 地獄の底から聞こえてくるような、くぐもった声。
 声を聞くだけで、まつげが一瞬にして真っ白になってしまうかのような毒を含んだ声。

 また、もう少し進むと、ヒャヒャヒャという笑い声が天井から降り注いだかと思うと、グエーッという声にならない叫び声がこだました。その叫び声に、殺してやる! という声が被さった。

 チョットマはますます早足になった。
 絶対について行かなければ。
 こんなところで取り残されたくない!
 この声はなんだっていうんだ!
 悪霊が住んでいる!

 そう思い始めると、すべてのことが恐ろしくなってきた。
 目の前を行く浮浪者も。
 あなたは本当にプリヴ?
 東部方面隊の隊員なの? という気までしてきた。
 私、騙されているんじゃない? と。
「ねえ、パパ」
 呼びかけてみても、返事はない。
 どうしたの、パパ!


 浮浪者が四差路を曲がった。
 チョットマもあわてて後に続くと、そこにプリヴの姿はなかった。
「うげっ」
 チョットマは、ほとんどパニックになりかけていた。

 なぜ! そんなに間隔はあけていなかったのに!
 廊下の先は真っ暗闇に包まれている。
「ぐえっ」
 我慢できない腐臭が押し寄せてくる。
 吸えば死ぬのではないかと思えるほどの、強烈な臭い。

 ど、どういうこと?
 チョットマの背中に、冷たいものが流れた。
 振り返ると、うずくまった者がいる。
 黒いローブから、こちらを窺っている。

 どうしよう。こんなところで……、迷ってしまった……。
 もう、帰る道は分からない。
 引き返すこともできない。
 立ちすくんだチョットマに、うめき声や叫び声が間断なく聞こえている。
「パパ! 助けて!」
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