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ニューキーツ 作者:奈備 光

1章 海は知っている

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6 邪な心の色

 今日こそあいつをやる。

 こいつは女だ。たぶん。

 こいつを殺さねばならない理由はない。本当は誰でもいい。
 ただ言えることは、誰も俺がやったとは思わないだろう、というだけだ。
 特別に仲のいい「仲間」だから。

「さ、行くぞ」
 先に立って進み始める。
 いつものように、彼女は一拍遅れて飛び立った。

「今日はどっちに行く?」
 電子音声とともに、ゴーグルモニタに緑色の文字が流れた。
「ちょっと遠くまで行ってみるか」
「うん」
「アドホールなんかどうだ?」
「うん。でもあそこの敵は、私にはちょっと手ごわいわ。ちゃんと守ってよ」
「了解」

 アドホールにたむろする連中はキルマシン系で、第4次世界大戦のアフリカ内陸戦に投入されたものだ。その後四百年経つうちに、自らを強化するすべを会得し、現代の兵士を手こずらせる。
 パワー、殺傷力、強靭さ、敏捷性と持久力、どれをとってもンドペキたちと同等の能力を備えている。しかも、組織的な行動ができる。つまり臨機応変な思考能力を持ったマシンのひとつである。

 アドホールまで飛べば、人間の兵士達の数は極端に少なくなる。
 こいつをやるには絶好の場所だ。
 人目は少ない。
 そして、政府の監視も手薄だ。たぶん。
 あのエリアでフライングアイを見たことはない。
 監視衛星はカバーしているだろうが。

 サリは従順について来る。
「俺と二人じゃ、不安か?」
「ううん。ぜーんぜん」

 幾重にも積み重なった瓦礫の山の上を駆けていく。
 俺もサリも、同型のブーツを装着している。抵抗をできるだけ小さくするために、地面ぎりぎりの高さで推進する軽戦士用タイプだ。
 余計なエネルギーを消耗しないように、俺とサリは時速百八十キロ程度を維持しつつ、構築物の残骸を縫うようにして走った。
 サリは右利き同士の二人パーティの基本的隊形を守って、右四十五度後方百メートルの位置にぴったり付けている。敵を容易に挟み撃ちにできる位置取りだ。

 目的地までの移動中に必要な情報交換はしておくのが普通だが、サリから話しかけてくることはまずない。
 二人で狩に出かけることは度々あるが、いつまでたっても打ち解けない人、という印象の女だ。
 素顔を見、声を聞いたのは二年程前だ。記憶は定かではない。
 しかも性別は不明。擬装用マスクは普通に市販されている。
 ただ俺は、サリが女だと思っていた。確か、美しいブロンズの長い髪を持っている。
 サリ自身は女であるように振舞っていたし、仲間も女として扱っていた。

 よほど親しい仲でない限り、性別を尋ねることはないし、過去を尋ねることもない。
 まして本名は。
 明日死ぬかもしれない兵士だからではなく、自分が何者であるかを他人に知られることが、誰にとっても非常に大きなリスクだからである。

 しかし、俺はどうかしていたのかもしれない。
 こいつを今日殺すことに、知らず興奮していたのかもしれない。
 タブーを破った。

「サリ」
「なに?」
「今日、帰ったら食事しない?」

 他人を食事に誘う。
 それは、きわめて稀な出来事である。
 現に俺は、過去に誰かと食事を共にした記憶はない。
 ヘッダーやゴーグル、そしてマスクを外し、皮膚を見せ、機械を通さない生の声を聞かせる。
 とてもできることではない。
 口の部分だけ開いたマスクも市販されてはいるが、まともに使える代物ではない。 

 サリは応えない。
 聞こえなかったはずはない。

 作戦中の会話は、通常はキュートFモードを使用する。音声と文字データで、半径百キロ程度にいる部隊内全員に送られる。
 戦闘中は音を聞き分けられなくなる場合があるので、文字もゴーグルの中に流れる仕組みだ。
 キュートモードという文字データのみ、近接した特定の相手と話す違法なモードもあるが、俺はいつものようにキュートFモードを使っていた。
 キュートモードを使えば、サリに不審に思われるかもしれなかったからだ。
 キュートFモードでは、隊員の誰かに聞かれているかもしれないが。


 どこまでも続く同じような景色。
 延々と灰色の汚れた世界が視界を覆っている。
 有機物が失われた大地は薄いピンク色をした砂塵を絶えず巻き上げている。

 俺達は一定のスピードで走っていた。
 アドホールまでの行程の半ば辺り。
 瓦礫の街を過ぎ、原野に入っている。
 ところどころに建物の跡やタンクのようなものはある。かつては豊かな農地が広がっていたのかもしれないが、数百年の間放置されて、今は荒地にも育つ植物がところどころに貧弱な群落を作っているだけ。
 前方に山並みが見えてきた。

 ゴーグルのハイスコープのモードを変えれば、山並みの細部まで、場合によっては山肌に潜む敵の姿も認めることはできる。その反面、足元がおぼつかなくなる。
 グレードのより高いブーツを装着すればさらに高度を上げることができ、接地タイプのマシンからの攻撃を避けやすくなるが、それではエネルギー消費が大きくなり、結局は搭載するものの重量増加を招く。

「見えてきた。アップット高原」
 俺は、どうでもいいというように、サリにメッセージを送った。

 サリを食事に誘う。
 これは事前に考えていたアイデアではある。

 サリの心に隙が生まれるのではないか。
 隙は生まれないとしても、集中力を欠く一助にはなるのではないか。
 そう考えた。
 しかし、万一この種の会話も当局に傍受されているとすれば、こいつの死因を調査するときに、俺が容疑者として挙げられる可能性がある。
 そう考え直して、俺はこのアイデアを中止したはずだった。

 ところが俺は、声を掛けてしまった。
 自分の心を分析することはできない。
 それほどの知能を持ち合わせてはいない。
 計画は若干狂ったかもしれないが、万一、俺の犯行がばれたとしても、主目的が達成されればそれはそれでよい。

「ンドペキと食事か……」
 サリから、言葉尻の微妙な声が返ってきた。
 俺は、どう応えればいいのか一瞬逡巡したが、やっぱり止めだ、とは言えるものではない。
「どう? 別に今日でなくてもいいけど」
 こう押せば、サリが逃げ帰ることはないだろう。
 もし、サリが踵を返すようなら、またの機会を待てばいいし、そもそもこの女でなくてもよいのだ。
 サリは考え込んでしまったかのように、またも沈黙が流れた。
 相変わらず、曇った空に砂塵が舞っていた。


「まずいのがいる」
 上空を巨大な影が飛んでいた。
 水平距離にして五キロほど先、高度約千五百メートル。
「遠回りするしかないな」

 通称、ドラゴンと呼ばれる鳥が弧を描いていた。
 めったにお目にかかることはないが、伝説上の竜などではない。超大型の海鷹だ。
 図体がでかい割りに敏捷で、あっという間に背後に回られてしまう。
 この鳥がどうして生まれたのか、知りはしないが厄介な生き物であることに違いはなかった。
「ディナー、考えとく」
 サリはそんな言葉を送ってきたが、そんなことより、今はぐんぐん距離が縮まりつつある目の前の鳥をどうするかだ。

 俺とサリの二人で対峙するには荷が重い。
 飛行系の戦士がいないパーティでは戦術に限界がある。もともと、飛行系の戦士など、世界中を探してももうめったにお目にかかれないだろうが。
 丘陵部での戦闘は分が悪い。
 こいつはむやみに攻撃を仕掛けてくることはないが、虫の居所が悪ければ執拗に追ってくるだろう。倒せたとしてもなんら得るものはないし、ここでエネルギーを消耗したくはない。


 俺はすぐさま大きく進路を変えた。
 あいつからは、こちらが見えているだろう。派手な砂塵を巻き上げているのだ。
 鳥は旋回をやめ、こちらを追うがごとくにすっと横滑りしたかと思うと、一気に高度を落としてきた。
 俺は鳥からできるだけ離れようとスピードを上げた。
 鳥は追ってくる気はないようで、再びあっさり高度を上げていくと、元のようにゆっくりとした旋回に戻った。

「あいつは海の魚を食っているらしい。いったい毎日どれだけ食っているんだろうな」
 サリからは返事がなかった。
「ん?」

 ゴーグルモニタの隅っこに先ほどまで点灯していたサリがいなかった。
 パーティメンバーの位置に小さなマークが点灯するのだが、今は暗い。
 後ろから付いてきているものを思っていたサリの姿が消えていた。

「サリ」
 呼びかけてみたが応答はない。
 俺はすぐさま全速力で引き返し始めた。
 ゴーグルはすでに広視界モードに切り替えてある。
 しかし、スコープは以前暗いまま。半径十キロ以内には兵士は誰もいない。
 視界の隅で、鳥が急降下するのが見えた。
「なんてことだ!」
 反射的に白熱弾を放ったが、鳥の翼をかすめもしないで大気に吸い込まれていった。

 連続して撃った。
 しかし鳥の姿は見えなくなった。
 地上に降りたのだ!

「サリ!!」
 戦闘中に無意味に呼びかけるのはタブーだが、俺は思わず叫んでいた。
「どこにいる!!」

 位置ランプが消えているということは!!


 俺は部隊の本部に緊急連絡を入れながら、鳥が降り立ったと思えるエリアに急行した。
 あたりの地形は起伏が激しく、視界が利きにくい。
 どこかの窪地に倒れたサリを鳥が執拗に攻撃しているのではないか。

 俺は立ち止まり、地這レーダを流した。
 巨大な熱感反応がある。
 鳥だ!
 その瞬間、鳥が飛び立った。
 数秒後にその地点に到達したが、そこにサリの姿はなかった。

「サリ!!」
 やはり応答はない。
 依然としてスコープには何も映らない。
 鳥が飛び立った窪地は、浅い水溜りと少しの草が生えているだけの荒地だった。
 身を隠すようなものもない。

 サリの姿はおろか、彼女の装備の一部分さえも見つけることはできなかった。
「まさか」
 鳥がサリを連れ去ったのか。

 鳥の姿はすでにない。
 すぐさま視界の利く稜線に移動したが、見渡す限り空には一点の染みさえなかった。
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