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ニューキーツ 作者:奈備 光

4章 砂塵の向こうに

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68 家族だった記憶

 イコマは、オベリスクでやきもきしながら座っているチョットマも気にはなっていたが、それどころではなかった。
 担架の上に、虫の息のアヤが横たわっている。
 自分はといえば、スゥの肩の上にとまって、血の気のない寝顔を見つめていることしかできないのだ。

 一方、ニューキーツの中央広場では、チョットマがハクシュウとプリヴを待っている。
 彼女も不安なのだ。
 街に戻ることはできたものの、自分の部屋に戻ることもできなければ、ひとりで作戦を遂行する手立てもない。
 ハクシュウやプリヴと出会えなければ、どうすることもできない。

 万一、当局がその気になれば、チョットマを抹消することは容易い。
 その恐怖や不安を抑えこんで、オベリスクの基壇に座っているのだ。
 もうすぐ、夜が来る。
 今はまだ広場ではバザールが開かれ、賑やかであるが、数時間もしないうちに閑散とするだろう。
 そうなれば、ここに座って待ち続けることもできなくなってしまう。

 思考体は二つあるといっても、もともとは同じ思考を共有している。
 こちらはアヤの傍にいて悲しみ、こちらチョットマと楽しいおしゃべりをする、というような芸当はできない。
 しかし、イコマは何とかしてチョットマの気を紛らわしてやりたいとも思っていた。

 他の話なら、難しかっただろう。
 しかしチョットマは、アヤのことを聞きたがった。
 それなら、担架に横たわったアヤの傍にいながらでも話ができる。


「ねえ、パパ」
「ん?」
「話しかけてもいい?」
「もちろん。娘が父親に話しかけて悪いときなんてないよ」
「よかった。ねえ、バードさんって、パパの恋人?」
「ハハ、違うよ。娘だよ」
「あ、そう言ってたね」

 イコマは、アヤが実の娘ではなく、彼女が中学校に上がるときに引き取って、一緒に暮らしてきたことを説明した。
「昔、ニッポンという国があってね。もう今は汚染された小さな島が点々と浮かんでいるだけだけどね。その国にキョウトやオオサカという街があったんだ」
 チョットマに、そんな知識はない。
 彼女だけではない。
 アギはとにかく、マトやメルキトで知っている者は、もうほとんどいないだろう。
「キョウトの山奥に小さな村があった。そこでバードと出会ったんだ」
「へえ」
「そこで僕は仕事をしていた。前に言ったことがあると思うけど、建物を設計する仕事だよ」
「うん」
「ところが、その村で殺人事件が起きたんだ」


 イコマはまだその事件のことをよく覚えている。
 悲しい結末の事件だった。
「僕も巻き込まれてしまったんだ」
「へえ!」
「僕なりに、その事件を解決しようとした。そのときにバードと親しくなったんだ」
「ふうん。でも、どうして引き取ったの? というか、それどういう意味?」
「その後、彼女はひとりぼっちになってしまったんだ。山奥の村に彼女を置いておく気にはなれなくて、一緒に住むことにしたんだ」
 あっさり説明するが、そのニュアンスだけが伝わればいい。

「パパひとりで、バードさんを育てたの?」
「いや、そのとき、僕はある女性と暮らしていた。昔の言い方でいうと、半同棲っていう感じだね」
 チョットマに家族はいない。
 両親の名前はおろか、生死さえも知らない。
 肉親とか、身内とかいう概念はない。
 今やこの世界では、親が子供を育てるという観念さえ薄いのだ。
 イコマは、ここは丁寧に説明した。


「ふうん、そういうのって楽しい?」
「そりゃそうさ」
 とはいえ、自分も偉そうに言うことはできない。
 イコマ自身も、とうとう結婚することはなかったし、子供を持つこともなかったのだから。
 ただ、アヤが自分の娘だと言うことに、どんな違和感もなかっただけである。

「じゃ、好きだったユウさんとは、どうして結婚しなかったの?」
「それはね」
 こんな質問に答えるのは、もう六百年来なかったことである。
 当時、友人から、なぜユウと結婚しない、とよく詰め寄られたものだった。
 当時のことを思い出し、無性に懐かしかった。
「説明するのは難しいな」

 自分でもよくわからなくなっていた。
 当時は、歳が離れていてユウを幸せにすることができないから、という理由をつけていた。
 しかし、本当にそれは正しかったのだろうか。
 ユウを愛していた。
 そのことは自信を持って言える。
 しかし、だからといって、その愛が免罪符になるはずもない。
 結果的に、ユウを不幸にしてしまったのではないか、と思うからだった。

 今、自分は、ユウと再会するためだけに生きている。
 彼女を探し出すことが、自分が正気を保つ源だ。
 しかしこれは、チョットマに話すことではない。
 現時点ではチョットマが、自分の愛情を注ぐべき娘なのだから。
「年齢が離れていたからね」
 と、ごまかすしかなかった。


「ふうん。じゃ今、ユウさんはどうしているの?」
「それが……、行方不明で」
「ええっ」
 ユウは、いつのまにか家を出て行った。
 長い年月が流れ、ついにアヤが見つけ出したユウは、手の届かない存在になっていた。
「最後にユウを見たのは、どこだと思う?」
「分からないよ」
「光の柱の守り神になっていたんだ」
「うえっ、すごい!」
「この街の光の柱じゃないよ。ニッポンのね」
 光の柱が、今は宇宙空間の生産農場と地上を結ぶパイプラインであることは、チョットマでも知っている。
 非常に大切なものだ。
 世界中に今ある光の柱は六十七。それぞれの街ごとにある。

 日本の光の柱が廃棄されたときには、イコマは驚愕半分、喜び半分だったものだ。
 ユウが永遠に帰ってこないのではないかという恐れと、もしかすると、退役という形で戻ってくるのではないかと期待もしたものだ。
 だが、結局、ユウは帰って来はしなかった。
 すべてが、それきりだった。

 ユウの居場所が分かるまで、イコマは自分を責め続けていた。
 その後、居場所が分かっただけで安心したし、穏やかな気持ちになることもできた。
 たとえ手の届かないところであっても。
 しかし、再びユウの行方が分からなくなってからの自分は、今思うと狂人の一歩手前だったのではないかと思う。
 当時もアヤと一緒に住んでいたが、ほとんど記憶がないのだ。
 年老いたイコマと、初老のアヤ。
 楽しかった思い出も、うれしかった思い出も、何もないのだ。


「ね、パパ。光の柱の守り神って、なに?」
「今は、いないのかな」
 イコマも実はよくわからない。
 ユウが女神と呼ばれるようになってから、会ったのはただの一度きり。
 しかも、まるで夢の中の出来事のような一瞬だけ。
 ゆっくり話をしたわけでもない。
 死にかけたイコマの脳裏に浮かんだ幻。そんな再会だったのだ。

「ねえ、チョットマ」
「なあに」
「聞き耳頭巾って、お話を知っているかい」
「ううん」
 知らなくて当然である。日本の昔話だから。
 でも、アヤのことを話すとき、この話は避けて通れなかった。
「バードはね、その聞き耳頭巾の使い手だったんだよ」

 聞き耳頭巾は、木々や鳥の声を聞き分けることができる道具。
 稀には、石の話も聞けるし、妖怪の声さえも理解できる。
「へえ!」
「心を静かにして、その頭巾を被って、じっと耳を澄ますんだ。そうしたら、鳥がさえずりの意味が理解できるようになるんだよ」
「すごい!」
「誰にでも、できることじゃない。特定の、というか特に感受性が鋭くて素直で、自然の生物に同化することのできる精神を持った人だけが、聞き耳頭巾を使うことができるんだ」
「へえ! すごい人なんだね」
「まあね」
「今もその聞き耳頭巾を使っているのかな」
「さあ。もうあれから六百年以上も経っている。頭巾そのものは、そのときすでに数百年は経っているみたいだったから、もうボロボロになって、なくなってしまったんじゃないかな」
 アヤは、大人になってからは頭巾を使わなくなっていた。
 頭巾を被らなくても、鳥の声や木々の声を理解できるようになっていたからだ。
「どうなったんだろうね。あの頭巾。記憶にないんだ。大切に保管していたと思うんだけど」

「パパはすごいんだ」
「ん?」
「だって、パパの恋人は光の柱の女神で、娘は聞き耳頭巾の使い手で、鳥や木の話が聞ける」
「すごいのは僕じゃないよ。僕はただのでくの坊」
「ううん。違う。パパもすごい」
 イコマは素直にうれしかった。
 つたない表現だが、チョットマらしい言葉なのだ。


「それに引き換え、私は頭が弱いし」
「違うよ。チョットマもすごい」
「どうして?」
「君のように、相手を穏やかな気分にさせる人はいない」
「全然すごくないよ、そんなこと」
「ううん。あのね、人を怒らせることは簡単だろ。でも、人を楽しませたり、穏やかな気分にさせことは難しい」
「うーん」
「人に何かものをあげる。そしたら相手は喜ぶ。でも、喜ばせるのと楽しませるのは別。楽しませるのはとても難しい。穏やかな気分にさせるのもそう。いくら、楽しんでくださいとか、穏やかな気分でいてくださいって口すっぱく言っても、はいそうします、ということにはならない。それは、誰にでもできることじゃない」
「うーん」
「チョットマだけができる、得意技なんだよ。だから、君もすごいのさ」
「よくわからないけど、うれしい」

 イコマは、チョットマを心から愛おしいと思っていた。
 アヤの寝顔と、チョットマの困惑気味の笑顔を見比べながら、一抹の寂しさを覚えた。
「ねえ、チョットマ」
「なに?」
「期限が来ても、僕の娘でいてくれないかな」
 早ければ三ヶ月後には、保護者の交替時期が来る。
 そうなれば、チョットマにとって会いにくることは義務ではなくなり、他の誰かと会うことが義務付けられる。
 イコマは、もちろん! と、チョットマが言ってくれることを期待した。

「わ! ずるい!」
「え?」
「だって、それ、私が言いたかったこと!」
「そうか! うれしいよ!」
「でもね、私、なぜか記憶容量が小さいんだ。でも、パパのことは絶対に絶対に、覚えておく。そして今みたいに、パパ!って遊びに来る!」
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