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ニューキーツ 作者:奈備 光

4章 砂塵の向こうに

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67 浮浪者の歌

「パパ!」
「シッ!」
 あわてて周りを見回したが、誰も気にしている様子はない。
「うれしい!」
 チョットマは、手を伸ばしてフライングアイを懐に入れた。
「サービスがいいじゃないか」
「変なことを言わないで」
 地獄に仏。
 チョットマはうれしくて仕方がなかった。
「もう一枚、布地、買いに行こ」

「その前に、グッドニュース」
 フライングアイがささやいた。
「バードが見つかった」
「やった! じゃ、こっちも頑張ってホトキンってやつを連れて行かなきゃね」
「そういうこと!」
 ホトキンを連れて行かなければいけないことを、パキトポークから聞いたとパパは言った。

 チョットマは、リンゴを買ったり、ソーダー水を買ったり、自分でもどうかしていたと気づいた。
 フル装備の兵士がすることではない。
 やはり、それだけ心細かったのだ。
 本来の待ち人のハクシュウやプリヴが姿を見せないが、もしや、という気持ちを封印していたのだ。
 もし自分ひとりだったら、どうすればいいのか。そう思うと、リンゴでもかじって気持ちを紛らわすしかなかったのだ。


「ねえ、パパ」
「うん?」
「どうすればいい?」
 脱いだものと武器を布地に包み込み、それを抱えた。
「ここにいてもいいと思う?」
 パパは、ハクシュウが軍に追われて西に向かったという。

「もう陽が落ちる。いつまでもここでリングを食ってるわけにはいかないな」
 チョットマは、手近な食料を買い求めていた。
 家に帰れないとなれば、一旦城門を出て、野宿する必要があるかもしれなかった。
「しかし、まだここを動くわけにはいかないね」
「うん。ハクシュウとプリヴが」
「もう少し待とう。その後どうするか、そのときになって考えよう」

 パパはいつもより、かなり口数が少ない。
 心配だ。
 バードの容態がかなり悪いのではないか。
 しかし、何もできない自分がそれをストレートに聞いていいものかどうか。
 しかし、聞かないこともどれだけ失礼になるか、と思い直した。
「バードさん、どんな具合? 大丈夫?」
「ん、ああ、息を吹き返した」
「よかった!」
 そう言ったものの、息を吹き返したということは、容態はかなり悪いということだ。


 チョットマはパパと話をしていたかった。
 でも、こんなときに話しかけてもいいだろうか。
 思考体は別々なので話はできるだろうが、パパは負担にならないだろうか。

「ねえ、パパ」
「ん?」
「話しかけてもいい?」
「もちろん。どんなときでも、娘が父親に話しかけて悪いときなんてないよ」
「よかった」
 チョットマは、パパからたくさんの話を聞いた。
 バードのこと。
 パパがバードと一緒に住んていたときのこと。
 そしてユウというパパの恋人のことも。

 目を見張るようなことばかりだった。
 六百年前の世界って、そんなに素敵だったんだ。
 それに比べて、自分には何も話すことがない。
 それでもチョットマは幸せな気分になれた。

「ねえ、パパ」
「ん?」
「どうしてアギになったの?」
「どうって……」
 少し黙ってからパパは教えてくれた。
 自分はアギになり、バードはマトになり、一緒にユウという女性を探そうとしたのだと。

「私も協力する」
 チョットマは、パパの力になりたいと思った。
「なんにもできないけど」


 バザールは、片付けを始めていた。
 陽は落ち、茜色の光はまだ空に残っているものの、祭の後の寂しさが広場に漂い始めていた。
「来ないね」
「ああ」

 布地屋の女が近寄ってきた。
「これ、売れ残りなんだけど、安くしておくよ。ちょっと短いけど、ショールにどうだい」
 紫がかった布で、金属的な光沢がある。
「うーん。いいです」
 女は残念そうに、広げて見せた布地を畳みかけた。
「そうかい。今日仕入れたばかりでいいものだと思うんだけどね。なんでも、鳥の声を聞けるっていう代物だよ」
 そのとき、突然パパが声をあげた。
「もう一度、見せてくれ!」
 女も驚いたが、チョットマも驚いた。
「えっ」
 パパが懐から飛び出してきた。
「あれ、パパと一緒だったんだね」
 女は、さも珍しいという目で、チョットマとフライングアイを見た。

 チョットマはわけが分からなかったが、パパのために買おうと思った。
「それ、やっぱりいただきます」
「そうかい!」
 女はうれしそうに代金を受け取ると、振り返りながら行ってしまった。
「親孝行をするんだよ」と、言いながら。

「パパ……」
 フライングアイは布地の上に止まって、じっとその布を見つめていた。


 そのとき、「おじょうさん」という声がした。
 声のした方を見ると、ひとりの男が立っている。
 見るからに薄汚い。
 大きなくたびれた黒い鞄を持っている。中によれよれの毛布が覗いていた。

 またか。
 今度は浮浪者。

 こんなところに座っていると、やたらと声を掛けられる。
 チョットマは黙って立ちがると、布地とフライングアイを懐に押し込み、装備の入った大きな包みを抱き上げた。
「あっ、ちょっと」
 と、いう声を無視して、振り向きもせずに歩き出した。
 とはいえ、行くあてもない。


 バザールでは片付けがあらかた終わり、人の数はめっきり少なくなっていた。
 チョットマは広場を抜け出し、通りを歩いていった。
「ねえ、パパ」
「……ん?」
 心ここにあらず、だ。
「今、バードさんを運んでいるの?」
「……そう」
「容態がよくないの?」
「……かなりまずい」
「……」
 こういうときに掛ける言葉を知らなかった。
 パパの神経はすべてバードに注がれているのだろう。レスポンスが悪く、応えるのも辛そうだ。
 チョットマは、しばらく声を掛けないでおこうと思った。


 その辺りをぐるっと回って、また広場に戻るつもりだが、目立つだろうな、と思った。
 少なくともあの布地屋さんの店はもうない。オベリスクの周辺はがらんとしていてゴミだけが散乱している。

「プリヴだ」
 という声がした。
「えっ」
 振り返ると、さっきの浮浪者が近付いてくる。
「俺だ。プリヴ」
「そうなの?」
「歩きながら話そう。先に行ってくれ」
「うん!」

 やっとプリヴに会えた!
 チョットマは跳び上がるくらいにうれしかったが、プリヴの声に緊張感がある。
「遅くなって悪かった」
 ほんとうにもう! かなりビビッていたんだから。
「でも、会えてよかった」
「待ち合わせ場所へ行くのに、苦労したよ」
「どうして?」
「おまえ、その格好、なかなか可愛いじゃないか」
「そお? でも、なにも浮浪者の格好までしなくても」
「さあ、作戦を本格的に開始だな。君のパパにも聞いてくれないか。ホトキンってやつのこと」
 パパは何も応えない。
 プリヴはあっさり、じゃ、俺の部屋で作戦を練ろうと、追い抜いていった。

「部屋って、それ、まずいんじゃない?
「秘密の別室。まずは、そこへ」
「浮浪者に別室なんてあるの?」
「おいおい」
 薄汚い浮浪者が前を行く。不自然すぎて、並んで歩くわけにはいかない。
 夕焼けにシルエットとなった浮浪者の髪が、オレンジ色に光っていた。
「チョットマがいてくれて、本当にホッとしたよ」
「へへ。私も」
 チョットマは、パパと会ったときと同じように、胸の中が温かくなった。
 仲間と会うことがこんなにうれしくて、安心できて、心強いことかと改めて思った。
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