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ニューキーツ 作者:奈備 光

4章 砂塵の向こうに

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66 はかない息遣いの記憶

「アヤ!」
 イコマは叫んでいた。
 スゥがうつぶせに倒れている女の顔が見えるように、頭をそっと動かしたときだった。

「アヤ!」
 アヤは目を閉じていた。
 血の気のない顔。
 周りにはおびただしい血の痕。
「アヤ!」
 スゥが叫んだ。
「死んじゃだめだ!」

 パキトポークも飛んできた。
「アヤ!」
 叫びながらもスゥが手早く脈を取る。
「ううぅ、こんなになって……」
 スゥがアヤの胸に顔を寄せた。
「脈も呼吸もない!」
「くっ」
 パキトポークが、エーイーディーを取り出した。
「これを」
 パットにケーブルを繋ぐのももどかしく、スイッチを押した。


「よし、いいぞ。間に合った」
 スゥが体の部位の損傷を調べ始めた。
「順調だ。間に合ってよかった」
 スゥが、ハッと息を呑んだのが分かった。
「どうした」
「脚が」
 照らし出された足を見て、イコマも息を呑んだ。
「かなり出血している」
 すでに切り口は乾いていて、血が赤黒くこびりついていた。

「動かすとまた出血する。縛るしか手はないな」
 パキトポークがアヤの脛をあらわにし、その付け根を縛った。
「アヤ、大丈夫よ、しっかりしてね」
 スゥが話しかけてやっている。

 イコマは呆然とアヤの顔を見つめ続けるしかなかった。
「アヤ! 助けに来たよ! イコマだよ!」
 と、言い続けるしか、してやれることはなかった。 

 パキトポークとスゥが手早く、ここでできる処置を施している。
 イコマは、自分が周囲を警戒しなくては、と思いながらもアヤの顔を見ていることしかできなかった。
 エーイーディーによって、かろうじて一命は取り留めた。
 一刻も早く、治療が行える場所に移さねばならない。
 しかし、あの出入り口はあまりに遠い。

 イコマは闇に向かって叫んだ。
「オーエン! 聞いてくれ! ここは巨大ハドロンコライダーの中だな! それならメンテナンス用の出入り口がたくさんあるはずだ! どこか、開けてくれ!」
 フライングアイの声は小さいが、チューブにこだましていく。聞こえていないはずはない。
「オーエン!」
 こだまは、チューブを渡って消えていく。
「オーエン! エーエージーエスを束ねる科学者オーエン!」
 イコマはむなしく何度も呼び掛け続けた。
「すでに、ハクシュウが街に向かっている!」
 チューブはこだまを吸い取ると、すぐにまた冷たい静けさが覆う。


 パキトポークが、簡易担架を取り出した。
「今度はこれで運ぶしかないな」
 衰弱の度合いが高く、背負子では体力が持たないのだ。
「オーエン! 頼む!」

「そっと移そう」
 担架に横たわったアヤは、ピクリとも動かない。
 血の気のない頬に、涙の跡があった。
 ボンベから送り込まれてくる酸素を吸ってはいるが、息ははかなく、今にも止まりそうだ。
 カチャカチャという音に、スゥが光を向けた。
「何をしているの?」
 パキトポークが装甲を外そうとしていた。

「俺のボディアーマーには、体温調節機能が備わっている。体温を自動的に把握して保温してくれる」
 パキトポークは一旦脱いだアーマーを前後に分解した。
「背中部分をこうして」
 と、アヤの胸に被せた。
「スゥ、ちょっと助けてくれ。このベルトを」
 パキトポークはアーマーの胸部のみを胸に当て、後ろをベルトで締めてくれというのだ。


 イコマは、言葉にならないほどうれしかった。
「しかし、それでは」
「親父さん。そんなことは言ってられないんじゃないか」
「しかし」
「敵が来たら、それはそのとき。この人を助け出せなかったら、俺はあんたにもハクシュウにも、隊員たち全員に顔向けができなくなる」
「……、すまない。ありがとう」
「礼は、親父さんがこの人とまた話ができるようになってから言ってくれ」

 イコマは、またアヤに向かって話しかけた。
「アヤ! しっかりするんだ!」
 そして、オーエンに向かって叫んだ。
「オーエン! 僕の娘を見殺しにしないでくれ!」

「ゆっくり行こう」
 パキトポークが前を行き、スゥが後ろを担う。
「揺らさないように」
「パキトポーク」
 スゥが小さく声を掛けた。
「なんだ」
「ごめんなさい」
「なんだぁ?」
「私があの時、飛び出さなかったら、あなたはここに来ることはなかった」
「おい! しみったれたことを言うな!」
「ありがとう」
「やかましい! とっとと行くぞ」


 入り口まで戻る途中、パキトポークが何度も何度も「ゆっくりだ」と声を掛けた。
「あせることはない。ハクシュウがホトキンを連れてくるには、まだ時間がかかる」
 そして何度もスゥを気遣った。
「持てなくなったら、すぐに言えよ。落とされたら困るからな」
「ありうがとう」
「ところで、この娘さんはアヤっていうんだな。バードってのは現在名か?」
 イコマは、アヤと叫んでいたのだ。
「そう。タチバナアヤ。僕の娘だ」

 何度目かに担架を下ろしたときだった。
 パキトポークが大声を上げた。
「オーエン! あんたのホトキンが来るまでの間、この女の人のことを祈ってくれ!」
 そのとき、イコマは、
「チョットマを見つけた!」と叫んだ。
「布地を買っている!」
「はあ?」
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