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ニューキーツ 作者:奈備 光

4章 砂塵の向こうに

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65 バザールの歌

 城門の少し手前でチョットマは速度を緩め、そのまま城門に向かった。
 昨日まで、普通にしていた行動に、こんなに緊張するとは思ってもみなかった。
 衛兵の詰め所や、城壁の上をそれとなく注目したが、特段の変化はない。
 いつもどおりだ。
 城門を出入りする他の隊の兵士達も普段どおりだ。
 いよいよ城門をくぐる、というときになっても誰にも注目はされていない。

 チョットマは、城門を駆け抜けた。
 城門を過ぎると歩き出した。意識してゆっくりと。

 いつもなら東部方面隊の詰所に向かう。
 城門のすぐ近くにあり、政府から提供されている建物だ。
 そこに人数分のロッカーがあり、着替えるのだ。
 しかし、今日はやめておいた方がいい。
 誰が帰ってきたか、政府に筒抜けだ。

 仕方がない。
 武装したままでいよう。
 街中で武装したまま歩くのは、本来は禁止だが、咎められることはほとんどない。
 もし呼び止められても、「今後気をつけます」といえば、それ以上責められることはない。


 街並みを抜けていく。
 自分の部屋はもちろん、隊員の家がある通りは避けながら、中央広場に向かった。
 防衛隊や治安部隊の姿が見えると、それとなく脇道へそれながら。
 街もいつもどおりだ。

「わ! なにこれ!」
 中央広場は、バザールが開かれいた。
「ちっ、どうするのこれ」
 雑踏が周りの街路にまではみ出していた。

 普段の中央広場は、いくつかの飲食店などが軒を並べていて、あちこちに人だかりはあるものの、比較的閑散としている。待ち合わせにはもってこいの場所なのに。
 ところが今日は。
 所狭しと並べられた屋台を抜けながら、広場の中央に建っているオベリスクに向かった。
「大丈夫かな。来てくれるかな」
 かろうじて真ん中のモニュメントの周りには屋台はない。

「案外、この方が都合がいいかも」
 閑散とした広場で長時間立っていれば、いやでも人目につく。
 その点、今日のような雑踏なら、人の目を気にすることはない。
 だれも気づきやしない。

 チョットマはオベリスクの基壇部にたどり着くと、腰をかけた。


 私、今、青春?
 それとも、まだ子供?
 ほろほろとする思い出も何もない。
 あのころは、なんて楽しく思い出すことは何もない。
 あるのは、荒野を駆け巡るシーンだけ。

 親の顔も知らなければ、通称のチョットマではない本当の名前さえ知らないし。
 もしかして、これが本名?
 どうしてこんな変な名前にしたんだろ。
 だから、友達いない?

 友達なんていえるのは、サリだけ。

 そう、ハイスクールを卒業したときも。
 私はひとりぼっち。
 正体の分からない不安だけが、心に溜まっていた。
 きっと泣いてばかりいたんだと思う。

 なぜか夕日を見ると寂しくなる。
 誰でもいいから、迎えに来て。
 馴染めない白い部屋で、そんなことばかり考えてたんだと思う。

 ンドペキが言うように、私、再生なんかされていないのかもしれない。
 だからなにも知らないのかも。
 だから友達も作れないのかも。

 ハクシュウは知っていたんだ。 
 見てくれていたんだ。
 それはうれしい。
 でも、そんなことを見てくれていたって、私の寂しさが薄らぐわけでもないよ。
 もっと……。
 もっと、私、どうして欲しいの?
 自分でもよくわからない……。


「こんなところで遊んだ記憶ないなあ」
 普通の女の子がするように、友達と連れ立って買い物をしたり、カフェでお茶を飲んだり、屋台を冷やかして回ったりしたこともない。
 そんなことを考えてみたことさえなかった。
 ンドペキや他のメンバーと一緒に、荒地を駆け回っていることだけが自分の日常だった。

「屋台で何か探してみたい?」
 目の前には、きれいな布地を売っている屋台がある。
 その隣には異国の工芸品などを売っている屋台が客を集めている。
 そんな店を眺めながら、自分に問いかけてみたが、答が出るはずもない。

「やっぱり関心ないみたいね」
 そう、自分で答えて、チョットマは少しがっかりした。
 ンドペキは今頃どういているだろう。また、そう思ってしまう。
 洞窟の中の涼しいところに陣取って、お茶でも飲んでいるかもしれない。
 うらやましいわけではない。
 自分の心の中にいる人は、数人しかいないのだということが、少し寂しかった。

 さっきまで、もしかすると死ぬかも、と思っていた。
 でも、いつのまにかその恐怖は、どこかに行ってしまったか、霧散してしまっていた。
 なんとなく、ハクシュウは無事に逃げおおせて、そのうち「待ったか」なんて言いながら、目の前に現れるような気がした。


 チョットマはかなり長い時間、そこに座っていた。
 しかし、座っているだけでは、ハクシュウやプリヴに会えないかもしれないと思い始めた。
 もしかすると、広場の入り口あたりをうろついているかもしれない。
 チョットマは立ち上がって、雑踏の中にまぎれていった。

 広場の入り口は六箇所ある。
 チョットマは順に見て回った。
 しかし、どこにもふたりの姿はない。
 中央のオベリスクに戻ろうと思った。

 ヘッダーをつけ、完全武装の兵士が雑踏を抜けていくのは、気が引ける。
 たまたま、そのブロックは生鮮食料品を売っている店が軒を連ねていた。
 売られているのは、いつも目にするものと変わりなく、たまに珍しい果物があるだけ。
 それでも人々は賑わいを求めてやってくる。そして品定めをしては笑いさざめいている。
 買い物をするというより、この場の雰囲気を楽しんでいるのだ。

 それらの食料品が、宇宙空間に浮かんだ生産基地で作られ、地上にもたらされたものであることを、誰もが知っている。あるいはアンドロの手による作物であることを。
 世界中の地域特産の変わった品種の生鮮食料など、本当は存在しないのだ。
 それでも、どこで手に入れたのか、珍しいキノコや魚などが並ぶ店もある。
 そういった商品のある店は、どこも満員だ。


 ふと、チョットマはそんな店の前で足を止めた。

「買ってみようかな」
 普段のチョットマは、バザールなどで買い物をすることはない。
 今、目の前には鮮やかな赤いリンゴが売られている。
 いつも口にするものとは違い、かなり小さく色が濃い。
 酸っぱいかも、と思ったときには手が伸びていた。

 チョットマはリンゴを五つ買った。
「へへ、買っちゃった」
 オベリスクにたどり着くと、早速ヘッダーを取り、マスクも外した。
 一気に様々な臭いが、鼻をくすぐった。
「ハクシュウはどんな顔をするだろう」
 緑色の髪をした女の子がリンゴをほおばっている。ハクシュウの顔を想像するだけで、この上なくうきうきした気分になった。

 ひとりの男が近づいてきた。
 肉屋の親父のようだ。白い服を着て、長靴を履いている。
 服はやたらと汚れていて、生肉の臭いがする。
「やあ」
 といって、隣に座った。
 チョットマは立ち上がった。
 こんな風に声を掛けられることに、慣れていない。
 逃げるにしかず。

 幸いに追っては来ない。
「なんなんだ。肉屋め」
 チョットマは、またマスクをつけ、ヘッダーを被った。
 リンゴは後ふたつ。
 バックパックにしまいこんだ。
「ハクシュウとプリヴの分」


 雑踏をひと回りしている間に、今度はソーダを買った。
 紙箱入りでストローがついている。
 それを持って、またオベリスクの基壇に座り込む。
「早く来てくれないかな」
 またヘッダーを外し、マスクを取ってソーダーを飲み始めた。
 と、また近づいてくるものがいる。
 今度は、老人だ。

「おじょうちゃんの兵隊さん。そんなところで油を売ってると、憲兵に捕まってしまうぞ」
 チョットマは腰を浮かしかけていたが、耳慣れない言葉に関心が向いてしまった。
「憲兵?」
「さ、もう一度、座んなさい」

 チョットマが腰を落ち着けると、老人が耳元でささやいた。
「この街での武装は完全に禁止されたんじゃ。知らんのか?」
「今までもそうでしょ」
「危険じゃの」
 老人は、一斉に取り締まっているという。

「街の外から帰ったら、うろうろせずに家に戻り、出かけるなら平服に着替えなくてはいけない」
「わかってます……」
「そんな格好で、ソーダー水なんぞ飲んでおって。見つかれば、とんでもない目にあうかもしれんぞ」
「いつからそんなことになったんですか」
「今日からじゃ。朝、一斉に放送があっただろうが」
「えっ、知りませんでした」
「あんたんとこの隊長は、ボンクラじゃの。隊員にそんなことも徹底させんで」
「あ、いえ、そんなことは」
「早く脱ぐんじゃ」
 老人はそう言って立ち去った。
 そういえば、街に入ってから、防衛隊や治安部隊以外に、戦闘用の装備を身に着けている者は見かけない。
 今まで、誰何されなかったのは運が良かったのだ。


 チョットマは、困ってしまった。
 どうしよう。
 装甲の下にはバトルスーツを着用しているが、その姿になっても、ここでは目立つことこの上ない。
 しかも脱いだものをどうすればいいのだ。
 大量の装甲や武器を抱えて、この雑踏を抜けて歩き回るのは、ほぼ不可能だ。

 うわ。まずいかも。
 チョットマは、とりあえず胸部の装甲を外した。
 どうする、どうする。
 目の前の店に目が留まった。
 あれだ!

 チョットマはぴょんと立ち上がり、店の前に並んでいる布地を見た。
「これを三メートルください」
 あれこれ選んでいる場合ではない。
 とは思いつつ、
「あ、ごめんなさい。こちらのを」
「あ、やっぱりあそこの」
 さらに自分に似合いそうな柄や色に目が移ったが、店の女主人が腰に手をやって、いい加減に決めなよといわんばかり。
 そんな顔で睨まれて、チョットマはお金を出した。
「三メートルピッタリでいいんだね」
「はい……」

 派手なピンク色に黒い水玉模様の布地。
 その場でチョットマは、今買ったばかりの布を体に巻きつけた。
「あんたさあ、それじゃサマにならないよ。まるで変態のミイラじゃないか」
「はあ……、難しい……」
「脱ぎな」
 女主人が見かねて、布地の端を引っ張る。
「あ」
 という間に、バトルスーツ姿に戻された。

「こういうものはね、こう巻くんだよ」
 女主人に手早く巻き直されて、ふわりとした着心地になった。
「あ、動きやすいです。ありがとうございます!」
 女主人は、一歩下がり、
「うん、いいおじょうちゃんになったよ」と、目を細めた。
「おまけしとくよ」
 女主人は、布地を止めるピンと、腰紐を付けてくれていた。
「あ、ありがとうございます!」
「脱ぐ前に、どう巻いてあるのか、よく覚えるんだよ」
「ハイ!」

 オベリスクに戻ると、ヘッダーの後ろに隠れるようにして、フライングアイが止まっていた。
「そういう格好も、なかなか洒落ているじゃないか」
「パパ?」
「もう一枚、買ったら? これを包むために」
「わっ! パパと会えた!」
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