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ニューキーツ 作者:奈備 光

4章 砂塵の向こうに

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63 巨大実験施設の記憶

 イコマは街を出て、北に向かった。
 チョットマにしがみついているときと違って、スピードはかなり遅い。それでも、ジャンク品のフライングアイのおかげで、公式機種に乗っているよりは距離が稼げる。
 スゥとンドペキに出会った窪地までの道のりはモニタリングしてある。迷うことはないだろう。


 チューブの中では、女が倒れていた地点に到達した。
「ここからが本番だな」
 スゥとパキトポークのふたりだけ。
 暗闇の中を、明かりを頼りに死体を確認していく。
 点々と転がっている死体の数は、奥に進むほどに多くなり、確認はなかなか進まない。
 生きていて欲しい、そう祈るだけ。
 今にも自分が真っ二つに切り裂かれるかもしれない殺人装置の中を。


 イコマは、なんとしても早くスゥのいう洞窟に到達したかった。
 そこにアヤがいるのかもしれないのだ。
 助け出したのはレイチェルだとンドペキが言ったそうだが、それがアヤなのかもしれないのだ。
 その可能性がある以上、自分の目で確かめておきたい。
 そして、もしそれがレイチェルだったとしたら、アヤの消息について情報が得られるだろう。
 アヤが姿を消したのは、レイチェルがなんからの処置にサインをしたからなのだから。

 フライングアイは砂埃を蹴立てて走っている兵士を見れば、その都度その兵士を確認した。
 ハクシュウ隊の誰かではないかと。
 パキトポークの話では、早晩、誰かが街に戻って、ホトキンという男を捜すことになるだろうという。
 その使者に、ホトキンやオーエンの情報を与えて欲しい、と頼まれていた。


 イコマは、いつ来るか分からないハワードを待つだけでなく、自分でもエーエージーエスのオーエンとホトキンについて調べ始めた。
 エーエージーエスについては、すぐに分かった。

 数百年前に建造された超大型の加速器である。
 それまでの常識を覆す規模のハドロンコライダーで、直径百数十キロのリングだ。このメインリングに直径二十数キロから五十数キロのサブリングを四つ備えている。
 この加速器によって、量子力学は大いに発展し、物質というものの成り立ちが明らかにされただけでなく、宇宙の理解も進んだ。
 科学にとって特筆すべき発見も多く、これによって、様々な人工的な物質が作り出されるもとになった。
 その最大の成果は、物質を運ぶことのできる物質が生成可能になったことだ。
 その例のひとつが、宇宙空間に浮かぶ生産基地と地球上を結ぶ物流革命だった。

 そして最大の発見が、異次元の存在である。
 人類が住むこの次元とは別の次元が、それこそ無数にあることが証明され、そのいくつかにアプローチする方法さえも見つかったのだ。
 まさに異次元への入り口となる扉が開発されたのである。
 現在、その扉は大いに活用されている。
 アンドロが住むエリアは別の次元にあるし、マトやメルキトが死んだときには、その地点に扉を生成することができる。

 しかし、エーエージーエスそのものは、巨額な維持費があだとなり、稼動を中止してしまった。
 もし実験を続けていれば、人類が自由に行き来できる次元を発見できたかもしれないし、そんな次元を人間の手で作り出せたかもしれない。
 あるいは、宇宙空間の移動もほとんどエネルギーを使わず、しかも瞬時に可能となったかも知れない。
 また、意思や記憶を持った物質を作り出せたかもしれない。
 そんな物質ができれば、特別な加工を施さずとも、その物質で作られたものは、周りで起きたことを記憶し続けるのだ。それが、稼動部分を持つ機械なら、自分の意思で動き続けるだろう。
 例えば、スプーンは持ち主が食べた料理を記憶し続けるだろうし、建物の外壁は目の前を通り過ぎた人間の顔を記憶し続けるだろう。

 実は、巨額の維持費研究費があだとなっただけでなく、新たに生み出されるかもしれない成果に、社会がひるんだという面もある。
 エーエージーエスは、数々の成果を生み出しつつある現役のまま、封印されたのだった。

 イコマは、オーエンについて、それらしき情報を見つけた。
 このエーエージーエスが最後の運転を終えたときの研究組織の長である。
 自らも素粒子学の世界的な権威であり、数千名に及ぶ研究者群を率いていた男である。
 エーエージーエスが封印されてからの消息について、情報はない。
 一方、ホトキンという人物については、どこを探しても見つからなかった。
 オーエン率いる研究者群にその名前はない。

 すでに探偵にも委託している。
 この男を探し出し、なんとしてでもエーエージーエスに連れて行かなければ。
 しかしなぜ、オーエンはこの男を寄越せと希望したのだろう。
 弟子と言ったそうだが、それは何を意味するのだろう。

 オーエンの身になって考えてみた。
 資料によれば、オーエンはエーエージーエスの稼動中止に最後まで反対し続けた研究者である。
 きっと今もそう考えているのだろう。
 そして、あそこに特殊なアギとなって居座っているに違いない。
 当然、現状の使われ方を腹立たしく思っていることだろう。
 今の状況を変えるにはどうすればいいだろうか。
 オーエンならどう考えるだろうか。
 そしてその行動のために、ホトキンが必要なのだ。
 オーエンは何をしたいのだろうか。

 復讐。
 誰に?
 施設を表向き管理しているレイチェル?
 しかし、いまさら復讐なのか?
 助け出した女がレイチェルだとしたら、簡単に殺せたはずだ。
 殺すことが復讐ではないのか……。
 復讐という考え方は、無理がある……。

 単純に考えると、実験の再開だ。
 そのためには、まず改修。
 機器を整備し直し、動かすことのできる技術者が必要なのだろうか。
 それとも、様々な雑務も含めてこなすことのできるメンテナンス要員が必要なのだろうか。
 それとも、再稼動のための準備一切ができる人物なのだろうか。

 あるいは、実験に協力してくれる同僚や助手が必要なのだろうか。
 現実問題としては、わずかふたりであの巨大施設を運営していくことはできないのではないだろうか。
 運転当時、研究者以外の技術者だけで一万人以上、メンテナンスには様々な企業も参集し、計算上は延べ一億五千万人以上が関わった、と資料には記されてあった。

 その中から、オーエンという人物を探し出すのは、浜辺の砂に埋もれた一粒のビーズ玉を探し出すようなものだ。
 なにしろ、数百年前の記録から探し出すのだ。


 イコマは視点を変えてみた。
 オーエンと接点のあった人物から探し出すアプローチ。
 通った小学校から始まって、大学を出て研究所に入り、様々なプロジェクトに関わり……。
 その中でオーエンと面識ができた人物。
 これも難しい。
 多くの文献を読み、まずオーエンの本当の意味での経歴を調べ上げることから始めなくてはならないからだ。

 仮に、ホトキンという人物を特定できたとしても、彼が生きているのかどうか、生きているとすればどこで、どんな名で暮らしているのだろう。
 神がかり的にホトキンの居場所も名前も分かったとして、もしニューキーツ以外の街に住んでいたら、ここでも難関が待ち受けている。
 ハクシュウやチョットマ達は、街の移動ができない。
 軍に追われている立場では、飛空挺に乗れない。
 ならば、目の玉姿のイコマがということになる。


 チューブ、つまりエーエージーエスの中のアヤの捜索は難航していた。
 すでに最初の女が見つかった位置から、三百メートルほど来ているが、まだアヤらしき人物は見つかっていない。
 イコマは、スゥとパキトポークに、この施設の栄光の歴史を話した。
「そんな大層なものが、今はただ、監獄として使われているのか」
「人間って生き物は、数年先は見通せても、百年二百年先は見通せないものなのね」
 というのが、ふたりの感想だ。
 実際は感想を言い合っている状況ではない。何かを話していなければ、心が押しつぶされてしまうだろう。
 確認した死体はすでに、百体を超えていた。
「きっと見つかるよ」
 スゥが何度も声をかけてくれた。
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