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ニューキーツ 作者:奈備 光

4章 砂塵の向こうに

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62 無間地獄の色

 レイチェルに起きた出来事。
 パリサイドとの会談のあった日の夜、ンドペキの部屋の前で会った出来事から、レイチェルは話し始めた。

 私は、パリサイドとの会談後、世界中のホメムが集まるバーチャル会議に出席しました。
 パリサイドの要求に対して、どう対応するかが話し合われました。
 それまでにも何度も話し合ってきたことですが、やはり意見は割れ、結果は持ち越しということになりました。そして、明日の午後に再度の会議を持つことだけが決まりました。

 あの日私は、ンドペキならどう思うか、ということを聞きたくて、あなたの部屋の前で待っていたのです。

 なぜ、そんな気になったのか。
 私には、そういうことを相談する相手がいないからです。
 周りにいるのはアンドロばかり。
 彼らは、一部の者を除いて、そういう広い目で世界を見るという思考はありません。
 いえ、少しは広い目で物事を見ることができる者はいます。
 しかし、彼らは私の部下です。
 私が心を開いて、心底から相談する相手ではないのです。

 実は、マトの中に親友ともいえる人がいます。
 それがバードです。
 バードには、会談の前に、パリサイドの様子を説明して意見を求めました。
 彼らの要求が何か、想像がついていたからです。
 バードは非常に驚いていましたが、好むと好まざるとに関わらず、地球を開放してあげなくてはいけないのではないか、という意見でした。

 私もそう思っていました。
 じゃ、ンドペキの意見はどうだろう。
 でも、あなたは私を冷たくあしらって、追い返されたも同然でした。


 私は、ニューキーツの街の意見として、パリサイドに居住地を用意することを決意しました。
 いえ、していたのです。会談の前に。
 その具体的な方法の検討にあたらせるため、街政府の長官をすべて集めました。
 その場では、反対意見は出ませんでしたが、会議の後、ひとりの長官が訪ねてきました。
 彼はメルキトです。
 反対意見を持っている者がいる。
 注意するように、とのアドバイスでした。

 もとより、私に反感を抱いているグループがあることを知っていました。
 そして彼らが、徐々に勢力を拡大していることも知っていました。
 私もただ手をこまねいていたわけではありません。
 彼らに対抗するべく、人事を頻繁に行い、災いの目を摘もうと躍起になっていました。
 しかし、私の力が足りないのでしょう。
 その一派の力は大きくなるばかり。
 いずれ、何かのきっかけでとんでもないことが起きるという気がしていたのです。


 本当は、パリサイドの出現に、私は困惑しました。
 今、ニューキーツの街政府は弱体化しています。
 私の力不足と、派閥の争いによって。
 パリサイドの要求に対応する余力はないのです。
 そのことに対応することによって、私に対抗する一派が力をつけていくことが目に見えています。
 でも、パリサイドを憎んでも仕方がありません。
 彼らに、地球人としての自覚がある以上、地球に住む権利がある、と私は思います。
 しかし、その一派は、パリサイドの要求を受け入れることに反対なのです。

 話が戻りますが、しばらくすると、またひとりの長官が訪ねてきました。
 アンドロです。
 その男は、あるマトを拘束したいという書類を持っていました。私のサインが欲しいと。
 私は驚きました。
 そして、問い質しました。

 実は、私が彼らのそういった書類にサインをしなかったのは、これが初めてのことです。
 いつも、名前も罪状も、見ている振りをするだけで、まともに見てはいなかったのです。
 今回は、たまたまその名前が目に留まったのです。
 ニューキーツの住民で、政府機関に勤めるバード。

 彼は、バードがパリサイドに、政府の動きに関する情報を漏らした罪だと説明しました。
 私は、サインはできないと突っぱねました。

 なぜ、バードが。


 ご存知だとは思いますが、拘束というのは、強制的に死亡させ、そして再生させるのとは、次元が違う重い罪です。
 強制死亡処置なら、都合の悪い部分の記憶を消して再生させることができます。
 また、消去という対応もあります。これは残忍な方法で多くの殺人を犯す、政府の転覆を実行に移すという類の重罪で、まれに行われます。
 いくら記憶を消しても、生きておればその被害者は納得しないという場合の罰です。

 拘束というのは、思想的な部分に起因する犯罪です。
 これも記憶を消したからといって、安心できません。
 性向は残るからです。

 私がサインはできないと突っぱねたにもかかわらず、長官は困った顔をして、立ち去ろうとしません。
 私は悪い予感がして、さらに問い質しました。
 この人物は、今どこにいる、と。
 長官は答えられませんでした。
 答えられないはずがありません。
 居場所は確認できているはずです。
 そうでなければ、拘束する許可を得に来るはずがありません。


 私の許可を待たずに、すでに拘束しているのだと悟りました。
 すぐに、そういう人物を拘束するときに使う施設があるエリアに向かいました。
 十分な陣容で向かうべきだったと後悔していますが、そのときはとっさの行動でしたから、身近にいた親衛隊員を数名引き連れただけだったのです。
 一緒について来ていたはずの長官も、いつのまにか姿を消していましたが、私はそのことにさえ気づきませんでした。

 私はその施設を見たこともありません。
 どういう場所なのか、という知識もありませんでした。
 世界中にこの街にしかないということは知っていましたが、何人くらいが収容されているかも知りません。
 収容された人が、どのような待遇を受けているのかも知りません。
 全世界から送り込まれてくる思想犯罪者を閉じ込めておく場所だ、というくらいにしか考えていませんでした。 そしてこれまで、私は、その扉を開ける許可を出すサインをするだけの役目だと考えていたのです。

 実は、私はその施設の入り口がどこにあるのか知りませんし、実際問題、その扉を開ける方法も知りません。
 闇雲にそのエリアに向かったのです。
 バードが閉じ込められてしまった。
 私がパリサイドのことを話したばかりに。
 そう思うと、いても立ってもいられなかったのです。


 そのエリアは、私に対抗する派閥の管理下にあります。
 そこに乗り込んでしまったのです。
 結果として、それは無謀でした。

 そのエリアの責任者に会いました。
 そして案内されました。施設の入り口だというところに。
 彼は、キーを操作し、扉を開けました。
 私は無防備でした。
 親衛隊員は、その場で殺されてしまいました。
 私は突き飛ばされ、施設の中に転げ落ち、あっと思ったときには、扉は閉じられてしまったのです。

 私は、斜めになった床に投げ出され、そのまま滑り落ちていきました。
 そして、何かにぶつかって止まりました。
 完全な闇で、手を近づけてみても自分の指先さえも見えないところでした。

 私が引っかかったもの。
 それは人間のようでした。
 恐る恐る、相手の体に触れました。
 そして声をかけました。


「あなた、誰?」
 声は返ってきませんでした。
 相手の体を揺さぶり、もう一度、声をかけました。
 バードではないか。
 もちろん、そう思ったのです。
「ちょっと! あなた、バードじゃないの!」
 相手が身動きしました。
 何度かそれを繰り返すうちに、とうとう、相手が唸りました。
「痛い……」
「あなた、バードなの?」
 暗闇の中から声が聞こえました。
「そう。あなたは?」
「レイチェルよ!」

 私の目に、たちまち涙が溢れてきました。
「ごめんなさい、ごめんなさい……」
 それからふたりは真っ暗闇の中で、顔をさすりあい、手を握り、互いを慰めあいました。

 もう何時間も前に、放り込まれていたのでしょうか。
 バードの声は、弱々しいものでした。
 私の胸に、早くここを抜け出さなければ、という気持ちが強くなりました。

 ここで人間らしい扱いを受けるとは、とても思えませんでした。
 この暗闇の空間がどれほど広いのか分かりませんでしたが、少なくとも生きている人間は自分達だけのように感じました。
 とにかく、なにか行動を起こさなければ、と思ったのです。


「バード、ここを抜け出そう」
 返事がありません。
 まさか。
「バード! 死んじゃだめ!」
「まだ大丈夫。でも私、動けない」
 私はほっとしましたが、別の不安を抱きました。
「動けない?」
「うん。怪我してる」
「どこ?」
「右足がない。膝下で切れた」
「ええっ!」

 バードは動けませんでした。
 立つことも座ることもできなかったのです。
 私が声をかけていなければ、意識も戻らないまま、そのまま死んでいただろうというのです。
「バード……、私のせいで……」
「どういうこと?」
 私は、一部始終を話しました。
 バードは、それを聞いても怒りはしませんした。

「いいよ。レイチェルがホメムだってことはうすうす感じてたけど、今日、初めてそのことを話してくれたんだ。この街で一番偉い人だったんだね。やっと話してくれたんだね」
「ごめんなさい……、ごめんなさい……」
「だから、もういいって。それより、早くここから出たいね」

 私は、迷いました。
 バードをこの暗闇に置いて、脱出できる場所を探し出せるだろうか。
 叫んだところで、どうなるものでもない。
 待てば、事態が展開するというわけでもないだろう。
 何か、行動を起こさねばならないのでしょうが、それではバードを置いていくことになる。

「ねえ、バード。どうすればいいと思う?」
「出口を探すしか方法はないんだと思うけど、そうしようとして、このざまになった」
 バードは、立ち上がった途端に、足が切れたというのです。
「膝から下は、なくなった」
「なんてこと……」
 私は言葉を失いました。
 残酷な刑です。

 そんな刑がここで行われていて、自分がその一端を担っていたのです。
「う、うっ……」
 また涙が溢れてきました。
 自分の愚かさを憎みました。
 悔しさ、悲しみ、憎しみ、後悔、無力感、そんな感情が一度に押し寄せてきました。
 バードの手を探りあて、必死で握って、心の暴発を押し留めようとしました。
 もし、目の前に刃物があれば、自分の胸を刺していたかもしれません。

 こんな、バードの声が救ってくれなければ。
「ねえ、レイチェル。今、何日? 何時ごろ?」
 私は、かろうじて現実に引き戻されました。
 なかなか声になりませんでしたが、やっとのことで声に出しました。
「七月二日。午後二時半ごろ」
「そうなんだ。まだここに放り込まれて六時間くらいしか経っていなんだね。もう何日も閉じ込められている気分だったけど」

 私は心を決めました。
 悔やんでいても仕方がない。
 自分を恥じているなら、行動するときだと。


「ねえ、バード、私、行こうと思う。出口を探しに」
 出口があるはず、などという甘い考えを持っていたわけではありません。
 しかし、ここに寝転がっていても死を待つだけなのです。
 しかも、バードの脚からはかなりの血が流れたでしょう。
 ますます衰弱していくことは、目に見えていました。
 バードを助けることができるのは、自分しかいないのだと。

 バードは、そうして欲しい、と言いました。
「気をつけて。立つとやばいから」
 私は、バードの頬に口づけました。
「じゃ、ちょっと行ってくるね。放り込まれたのはこの上の方だから」
 しかし、床は徐々に急勾配になっていました。
 冷たい平滑な床は滑り、途中から登れなくなりました。
 私は滑り降りていき、元のところにたどり着きました。

「上の入り口はダメみたい」
「うん」
「どこか、他のところを探さなきゃ」
「そうだね」
「部屋の端まで行ったら、とりあえず戻ってくるから」
「うん」
「私が戻ってくるまで、起きていてね」
「うん」
 バードの声は小さくなっていました。
「バード!」
 思わず、大声を出しました。
「起きてるよ。待ってる」
「うん」
 私は、生きていてくれ、と祈りました。
 バードのそばにいたい、という気持ちが後ろ髪を引っ張りましたが、私は暗闇を睨みつけました。
 自分が事態を打開するしかないと。


 私は、腹這いになって進みました。
「バード!」
「起きてるよ。大丈夫」
 などと言い交わしながら、少しずつ進みました。
 言葉を交わしていなければ、とても前へ進めるものではありませんでした。
 不安で、手足はなかなか動こうとしませんでした。

「ちょっとでも頭を上げちゃだめよ。頭蓋骨が切られちゃうかもしれないよ」
「怖いこと、言わないで」
 頭を下げたまま、脚と手を使って這い進むのは骨が折れました。
「ねえ、今日の食堂の定食はなんだった?」
「うーん。知らない。その前にここに放り込まれたから。バードは行かなかったの?」
「うん。パリサイドとの会談があって、それどころじゃなかったから」
 施設の中は、声が反響しました。
 小さな声で言っても、かなり遠くまで聞こえているような気がしました。
 実際は暗闇なので、どれくらいバードと離れたのか、見当がつきませんでした。

「ねえ、部所替えをして欲しいんだけど」
「どうして?」
「あそこにいると、友達できないような気がするし」
「そうよね。私に任せて」
「よかった」
 私もバードも、なんとか普段どおりの話題を探しては、声を掛け合いました。
 しかしその声も、徐々に遠ざかっていきます。
 腹這いで進んでいても、それなりに遠くまで来たようでした。


「どうしよう。きっと、かなり離れているよ」
 遠くから、バードの声が小さく響いてきました。
「ダメだよ。帰ってきちゃ。せっかくそこまで行ったのに、水の泡になる」
「だって、どこまで行っても、ここは終わりがないような気がしてきた」
「そんなはずはないよ。閉じ込めておく施設なんだから」
「そうなんだけど」
「だから、どんどん行って。声が聞けなくても、こっちは死にはしないから」
「わかった」
 私は、ここまで進んでくる間に、いくつかの死体を見つけていました。
 それは、かなり古いものもあれば、比較的新しいものもありました。
 衣服を身に着けているので、それが人間だと分かります。
 しかし、私はそのことをバードに報告しようとは思いませんでした。
 何を吸い込んだのか分かりませんが、何度も咳き込みました。
 それらに触れた自分の手が気持ち悪い。でも、そんなことに構ってはいられませんでした。

 本当はすでに絶望的な気分になっていました。
 ここは無間地獄。
 そんな思いが、心の中に、ずしりとのしかかっていました。
 もう、出られない。
 体の一部を切り取られるか、そうでなければ気が狂って死ぬ。
 最善の場合でも餓死するのだと。

 私は、最後かもしれないと思って、バードに声をかけました。
「ねえ、バード!」
「なに!」
 声が、ますます遠くでこだましました。
「私さ、あなたの親友?」
「ハッ、当たり前。そう思ってるよ。でも、レイチェル! そんな今生の別れみたいなことを言わないで!」
 私はまた泣きました。
 泣き声は聞かせたくない。バードが心配するだろうから。
「バード、ごめん。ありがとう」
 私は、バードに聞こえないように、呟きました。


 それからも、腹這いになって進みました。
 依然として、周囲にはなにも見えません。
 どんな物音さえしません。小さな光一筋さえもありません。
 ただ、冷たい床があるばかり。

 大声で呼んでみても、もうバードは応えてくれませんでした。
 バードは死んでなどいない、声が届かなくなっただけだ、と自分に言い聞かせて、なおも進みました。
 手足だけではなく、顎も使って。

 もう、何も考えていなかったと思います。
 考えられなかった……。
 死体はたくさん転がっているし、腕の筋肉も、腹筋も、太ももも、限界。
 肘や膝、そして顎の辺りがひどく痛みました。
 それでも、力の限り進みました。
 前に進むことだけしか、考えていませんでした。

 でも、とうとう、もう一歩も進めない状態になりました。
 腕も脚も顎も、前に出ないのです。
 どれくらい進んだのでしょう。

 結局、部屋の端に行き着くことさえもできなかった。
 私のせいで、親友のバードをこんな暗闇地獄に放り込むことになってしまった。
 それを救えないばかりか、私自身もこんな形で罰を受けることになってしまった。

 そう思って、泣きました。
 いろいろな人の顔がまぶたに浮かびました。
 私の友人達、両親。
 親衛隊の面々。
 バードと出会ってからのことも、たくさん思い出されました。
 そして、ハクシュウやンドペキのことも。

 私は、ここで死ぬのだと思いました。
 そしていつしか、眠ってしまったのか、あるいは意識がなくなってしまったのか。


 ……記憶があるのは、ここまでです。
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