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ニューキーツ 作者:奈備 光

4章 砂塵の向こうに

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61 目元に浮んだ色

 ハクシュウ達が出て行ってから、ンドペキがまずやったことは、洞窟の入り口に歩哨を立て、大広間と瞑想の間の水際に監視要員を置いたことである。
 その他の隊員には睡眠をとるように命じた。

 そして、女を見舞った。
 目から下、肩に掛けて包帯が巻かれていた。
 手も足にも包帯が巻かれている。

「どうだ、容態は」
 医務隊員が肩をすくめた。
「変わりはないですね」
 ンドペキは女の寝顔を眺めた。
 見れば見るほど、レイチェルではないかという思いが強くなった。
「怪我の部位を説明します」
「ああ」
「両肘の骨が露出していました。その骨自体も硬いもので何度も擦ったように、表面が削り取られていました」
「両肘の骨?」
 隊員が、自分の肘で示した。
「内側の尖った部分です」
「うむ」
「それから両膝も。こちらもかなり大き擦傷がありました。それから顎の下辺りです。これも何度も何度も硬いものに擦られたような傷です」
「うむ」
「出血は完全に止まっています。骨が折れているようなことはありませんが、しばらく歩けないし、腕や脚にも添え木が必要でしょう」
「意識が戻る可能性はあるのか」
「あるでしょうね。一時は危篤かと思いましたが、生命力は思った以上にあるようです」


 ンドペキにしてみれば、この女に特別な感情はない。
 むしろ、もしこれがレイチェルなら、言いたいことがある。
 あんたのおかげで、こんなことになったんだ、と。
 しかし、スゥの言うとおりなら、レイチェルには何の落ち度もない。
 すべてはレイチェルに対抗する一派の仕業だということだ。

 意識は戻って欲しい。
 そうすれば何かが分かる。
 そして今の事態を解消する手がかりも得られるだろう。

「今は、見ているだけしかできないんだな」
「意識がなくても、脳は動いていますよ。耳は音を聞いているし、それを脳に送っています。それを処理する力がないだけです。あるいは、処理できても表現する力がないだけということもあります」
「なるほど」
「声を掛けたら反応するってことは、よくあることです」
 医務隊員は、暗に、声を掛けてみたらどうか、と勧めているのだ。
 しかし、どう声をかければいいのか。

「あなたが、この人をレイチェルだと思っているのなら、そう呼びかけてみたらどうですか」
「うむ」
「私は、何度も何度も、レイチェルと言ってみたり、バードと呼んでみたり。でも、私の声では全く反応がありません」
「そうなのか……」
 ンドペキは、女の枕元に座って、耳元で言ってみた。
「レイチェル。分かるか。ンドペキだ」
 もっと大きな声で。
「レイチェル。もう大丈夫だぞ。俺はンドペキだ」
 さらに大きな声で。
「レイチェル。レイチェル! ンドペキだ。起きるんだ!」

 反応はない。
「だめなようだな」
「そんなことはないですよ。効き目はバッチリです」
「ん?」
「脈拍が少しですが上がりました。血圧もかなり低かったんですが、上がってきました。わずか、コンマ1という程度ですが」
「なんだ、それだけか」
「ここには機器がないので、なんともいえませんが、きっと脳の動きもあなたの声に反応していますよ」

 しばらく様子を見ていたが、相変わらず意識は戻らない。
「また来る。よろしく頼む」
 ンドペキは部屋を出たところで、急に思いついたことがあった。
「ちょっと、出て来い」
 急に不安が湧き上がっていた。
「あの女、発信機なんかは持っていないよな」
「あっ」
「持ち物は、施設の中でスジーウォンが調べたきりだ。見落としている可能性もある」
 隊員はしまった、という顔をした。
「持っていなくても、どこかに取り付けられている可能性もある。調べろ」
 隊員は唸った。
「でも、ここにはそんなスキャナーなんかありません」
「体に触れて、それらしき痕跡がないかどうか」
「えっ、それを私がするんですか」
「君しかいないだろ」
「でも、ちょっとそれは」

 ンドペキは今洞窟の中にいる隊員の中で、女性がいないかどうかと頭をめぐらした。
 自分の隊員の中にはいない。
 ハクシュウの隊員の中にも。
 ンドペキは小部屋で寝ている隊員を起こした。
「洞窟を出て、コリネルスに会え。そして、シルバックと交替しろ。シルバックにはすぐにここに来るように伝えろ」
 事情を伝えて、隊員を送り出した。


 ンドペキは洞窟内を巡回して回った。
 どこにも異常はないし、たいしてすることもない。
 シルバックは、一旦包帯を解いて、くまなく全身に触れてみたが、発信機が取り付けられているかどうかはわからないということだった。
 身に着けていたものからも、なにも見つからなかった。
 もし、発信機が取り付けられていても、ここからはどんな電波も届くまい。
 かなり深い洞窟の中である。
 頭の上には厚い岩盤がある。

 しかし、発信機が常時モニタリングされていたとしたら、洞窟の入り口は特定される。
 ンドペキはその可能性をコリネルスに伝えた。
 しかし、だからといって、警備を強化すること以外に打つ手はない。


 コリネルスとはすでに話をつけてある。四交替制でいこうと。
 六時間後に、今は寝ている隊員を叩き起こして、交替任務につかせる。
 それまで、自分も体を休めておくことだ。

 しかし、ンドペキは眠る気になれなかった。
 ハクシュウもパキトポークもスジーウォンもコリネルスも、一睡もしないまま、外で作戦行動についている。
 自分だけが、毛布に包まるわけにはいかなかった。

 もし、荒地軍が襲来したときの最善の策は。
 もし、スジーウォンから別の入り口を見つけたと連絡が入ったら。
 もし、スジーウォンが荒地軍に襲われたら。

 そしてもし、ハクシュウが、スジーウォンが、パキトポークが一日経っても戻らなかったら。
 そんなことを考えながら、瞑想の間に来た。

「異常はないか」
 水辺を警戒している兵士はふたり。いずれも自分の隊員だ。
「ありません!」
 ンドペキは水の流れを覗き込んだ。
 ゆっくりと流れている。
 方向からすれば、大広間の水系がここに繋がっているのだろう。
 相変わらず水は黒々と透き通っていて、底は見えない。

 もし、この地下水系から、イルカのような動物が大挙して上陸してくればどうすればいいのだろう。
 数頭を殺せば、恐れをなして逃げていくだろうか。
 それがもし、殺傷のために作られた生物なら、殺しても殺しても襲ってくるだろう。
 やつらに、恐れという感情はない。
 この程度の広さなら、防戦はかなり難しいかもしれない。最初から武器を水際に向けて並べておいたほうがいいかもしれない。
 ンドペキは、隊員にそうするよう命じた。
「大広間の方にも、伝えておけ」
「了解」


 ンドペキは、瞑想の間の奥に黒い口を開けている、洞窟最奥部へ至る通路に近寄っていった。
 通路は狭く、天井も低い。
 照明もなく、崩れ落ちた砕石が降り積もっている。
 スゥの言葉によれば、この先には恐ろしいモノが住んでおり、さらにその先には長い通路が続き、別の出入り口があるという。
 冷たい風がかすかに流れてくる。
 ということは、どこかで地上に繋がっているということだ。
 行ってみるべきだろうか。 
 スゥが言った、いざというときが近づいているのかもしれない。

 別の入り口を知っておくというのは、実施している作戦に非常に有効かもしれない。
 荒地軍と戦闘になったときにも、背後から挟み撃ちにできるかもしれないし、万一のときは、そこから脱出できるかもしれない。
 いつ何時、政府軍、あるいは荒地軍が洞窟の入り口に殺到してきてもおかしくない状態なのだ。
 非常時の避難経路として確認しておくべきだろうか。

 そして、もしその出口が街に少しでも近いところなら、何かと便利なこともあるかもしれない。
 ンドペキは迷った。
 自分が持ち場を離れるわけにはいかない。
 かといって、恐ろしいモノがいるというところに、部下だけを差し向けるのも現時点では無責任な気がした。
 いや、行かせるとしたら、誰が良いか。どんな装備を持たせるのがよいか。
 考えておいても無駄ではない。


 ンドペキが考えているとき、連絡が入った。
「すぐに来てください! 女の意識が回復しそうです!」
 駆けつけてみると、目はまだ閉じたままだったが、女は時折唸り声をあげていた。
 医務隊員とシルバックが付き添っていた。
「容態は?」
「かなり良くなってきました。時々、体を動かしています」
 ンドペキは、先ほどと同じように、呼びかけてみた。
「レイチェル! ンドペキだ! しっかりしろ!」

 突然、女がパッと目を開いた。
 まだ焦点が定まらないようで、視線をさまよわせている。
 ンドペキは手を握った。
「レイチェル。具合はどうだ」
 女の目が、すっとンドペキに向いた。
 そして、口を開いた。
「あ」
 ンドペキは、もう一方の手で、女の額を撫でた。
「あ」
 そして髪を撫でた。
「無理して喋らなくていいぞ」

 女の視線が完全にンドペキを捉えた。
 そして握った手を握り返してきた。
「安心しろ。ここは安全だ」
 女の瞳が揺らめいた。
「話したくなったら、話せ。俺はずっとここにいる」

 そのまま、女とンドペキは見つめ合ったまま、かなり長い時間を過ごした。
 そしてとうとう、女が口を開いた。
「ン、ドペキ、なの、ね」
「そうだ」
「よ、かった」
 ンドペキは大きく頷いた。
「体……、起こ、して」
 ンドペキは医務隊員を見た。
 隊員は頷いた。

 ンドペキは女の体の下に腕を入れた。
「よし。おまえは力を入れるな。俺の腕に体を預けるんだ」
「は、い」
 隊員が、女の頭を支えた。
「ゆっくりゆっくり。だめだと思ったらすぐに言うんだ」
「はい」

 体を起こした女の背に、毛布を詰め込んで、体を支えた。
「どうだ。痛いところはないか」
「だい、じょうぶ」

 ンドペキは安堵感を覚えた。
 やっと救い出せた実感が湧いてきた。
「水を」と、隊員が持ってくる。
 ンドペキは再び女の手をとった。
「よかった」
 女は自分の鼻に手をやった。
 酸素吸入のためのチューブが取り付けられてある。
 そして、包帯にくるまれた頬に手を当てた。
 そして、点滴用のチューブが刺さっている腕を見た。

 女が水を飲み終えるのを待って、ンドペキは聞いた。
「君の名は?」
 女は、すこし微笑んだ。
「レイチェル」
 そして、分かってなかったの? と言いたげな目をした。
 目元がうっすらと赤くなった。

 ンドペキは思わず、大きく息を吐き出した。
 やはりこの女はレイチェルだった。
 それなら、聞きたいことが山ほどある。
 はやる気持ちを抑えて、ンドペキは握っていた手を離し、レイチェルの手の甲をぽんぽんと叩いた。笑顔を作って、レイチェルの気持ちを落着かせようとした。

「ここはどこ?」
「俺達の本部。街のかなり北方。ある洞窟の中だ」
「俺達? 東部方面攻撃隊ってこと?」
「そうだ」
 レイチェルは大きく吐息をつくと、また、「よかった」と言った。


 レイチェルの目元が安堵感でほころんでいた。
 それを見て、ンドペキは、おまえのせいで俺は消去されそうになり、そのおかげで部隊全体が窮地に陥っているという話は後回しにしようと思った。
 レイチェルは死にかけ、やっと今意識を取り戻したばかりなのだ。
 骨が削り取られるほどの怪我をして。
 そして、心から安心したように、静かに呼吸している。
 瞳を覗き込むと、うれしそうに見つめ返してくる。

 まず、彼女が話したいこと、彼女がなぜあそこに倒れていたのか、そして、なぜこんな大怪我をしたのかを聞いてやるのが順序だろう。
 ンドペキはレイチェルの次の言葉を待った。

「助けてくれたのは、私だけ?」
「そうだ」
 レイチェルが目を閉じた。
「もうひとり、助けてほしかった……」
「今、向かっている」
 レイチェルの目元に喜びが広がっていく。
「……よかった」
「もうひとりの名前は?」
「バード」
「大丈夫だ」
 レイチェルが頷いた。


「ンドペキ、本当にありがとう。助けてくれて」
「礼はいい。君の話を聞かせてくれ」
 実際はバードと間違って助け出したのだが、今は言う必要はない。
「はい」
 レイチェルは応えたものの、なかなか話し出そうとはしなかった。
「疲れたか? それなら、寝かせようか?」
「ううん。そうじゃないの。上手く思い出せなくて」
「だろうな。順序はどうでもいい。話したいことだけ話してくれればいい」
 頷いたきり、レイチェルは毛布に目を落とした。

 レイチェルやバードという女に何が起きたのだろう。
 レイチェルは死にかけたのだ。
 バードはもしや……。

 ンドペキは、レイチェルに悟られないように顔を撫でつけ、硬直した顔に笑みを戻した。 
 聞いておきたいことはたくさんある。
 その前段階の話は、しておかねばならない。
 まず自分たちの状況を話しておこうという気になった。

「じゃ、君が思い出すのを待つ間、俺達のことを話しておこう」
 ンドペキは、施設に入ったところから簡単に話し始めた。


 レイチェルは黙って見つめ返し、一心に聞いていたが、初めて目をそらしたのは、百五十名の軍が現れたというくだりだ。
 視線を宙に泳がせ、唇を引き結んだ。
「続けていいか?」
「……はい」
 ンドペキは、地上でも軍に襲われたこと、そしてこの洞窟に逃げ延びたことを話した。
 ただ、ハクシュウ隊の作戦については伏せてある。

「と、いうことだ」
 話し終えると、レイチェルがすかさず口を開いた。
「その軍は、政府の正規軍ではありません。なぜなら、私がその軍を動かすことができるからです」
 そう言って、唇を引き結んだ。
「ああ、そうなんだろう」
 言葉に詰まった。
 レイチェルのあずかり知らないところで、軍が行動を起こしている。
 彼女にしてみれば、悔しいどころの話ではない。
 しかし、あれが街の防衛隊であるとは限らない。
 ンドペキはこのことについても、今はまだレイチェルに質そうとはしなかった。


 曖昧な沈黙が流れた。
 しかし、シルバックがそれを許さなかった。
「じゃ、あの軍をどう説明するつもり?」
 レイチェルは、そこにシルバックがいたことに初めて気づいたように、ハッとして目をやった。
「シルバック、ちょっと待て。話はゆっくりしよう。レイチェルはまだ意識が朦朧としているんだ」
「わかっています。でも、私達も追い込まれている。この人のせいで。ゆっくりなんて、していられません」

 シルバックは、レイチェルのせいで、と断じた。
 その言い方に引っかかったが、今は指摘する場面ではない。
「気持ちは分かるが、黙っていてくれ」
 シルバックはブスリとしたが、一応は分かりました、とそっぽを向いた。
 一応は、とはどういう意味だ、とンドペキは憮然としたが、それも顔には出さなかった。

 しかし、
「あなた、私のせいで、と言ったわね」
「そうよ」
 せっかくシルバックを黙らせたのに、レイチェルが反応してしまった。
「なるほどね……」
 レイチェルは鼻の下のチューブに指をやって、考え込んだ。
「少しずつ思い出してきた……」

「レイチェルさん、少し休みましょうか」
 医務隊員が気遣った。
「興奮するのは良くないです」
 レイチェルは、鼻の下に指をあてがったまま、視線を天井に向けている。
「ありがとうございます。でも、興奮はしていません。それに、意識も朦朧としていません」

 ンドペキは、
「俺達も腰掛けよう」と、ベッドの端に腰掛けた。
 シルバックは部屋ごとに設えられた椅子に座った。医務隊員は、テーブルにもたれかかる。

 部屋の中の緊張が少しだけ緩んだ。
「ハクシュウはここにはいない。しかし俺達は切迫している。ここでの指揮権は俺にある。安心して話して欲しい」
 レイチェルは、微妙に目元を和ませ、また「よかった」と言った。
「じゃ、そろそろ、君の話を聞こうか。何があったんだ」
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