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ニューキーツ 作者:奈備 光

4章 砂塵の向こうに

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60 緊張の歌

 食事と休息の二時間はあっという間に過ぎていった。
 チョットマはハクシュウに呼ばれ、簡単な打ち合わせをした。
 街に向かうのはいいが、その後のことは政府の動きによる。ケースバイケースだ。
「街に近づいたら、ばらばらで行動しよう。チョットマ、おまえがまず一番に城門をくぐれ」
 最初の命令はたったこれだけだった。

 ハクシュウが、号令を下した。
「では、そろそろいくか」
 大広間にはすでに、出立する隊員たち、そしてそれを見送る隊員達が集結していた。
「今後の連絡は、原則的に行わない。必要があれば、人が移動して伝える。この洞窟を探知されないようにだ。しかし、緊急の場合は、この限りではない」
 ハクシュウが実際的な訓話をした。
 訓話と言うより、最後の指示だ。
「それぞれの隊の中での情報伝達は、それぞれのリーダーが臨機応変にやってくれ」

 チョットマは、出立前にこれほど武者震いする作戦をこれまで経験したことがなかった。
 他の隊員も多かれ少なかれ、そのような気分なのだろう。
 まだマスクもヘッダーもつけていない隊員達の中には、緊張した面持ちの顔がいくつもあった。
「残念ながら、女はまだ目覚めない」
 ハクシュウの指示が続いている。
「あの女が誰であっても、目覚めてから街に帰りたいなどと言っても、絶対にここから出すな」
 ンドペキが頷いている。
「今回の複合作戦の本部は、ここだ。最終的な判断を下す必要があれば、ンドペキに指示を仰げ」
 各リーダーが頷いた。

 さっきの会議でもハクシュウはそう言った。
 それを再び口にしたことで、チョットマは不安になった。
 まさか、ハクシュウは自分の身に何かあることを想定し、暗に、隊員達に覚悟を決めさせようとしているのではないか。
 思わず身震いがした。
 それが恐怖からくる震えでないことを祈った。


「では、健闘を祈る」
 静かに言って、ハクシュウがいきなり走り出した。
 チョットマとプリヴが後を追う。
 スジーウォン率いるパキトポーク援護隊、コリネルス率いる周辺警備隊が続いて洞窟を飛び出した。

 洞窟の周りに展開していた隊員達が手を振った。
 三名を代表する形でチョットマが手を振り返した。
 すでに、太陽は高く上り、真上に差し掛かっている。
 暑くもなく寒くもなく、穏やかな風が吹いている。

 思えば、シリー川の会談は、わずか二日前。
 もうずいぶん前のことのように思えた。
 いろいろなことがあった。
 ンドペキやハクシュウがあの施設の階段を飛ぶように駆け上ってきたのは、今朝のことだが、それさえもずいぶん前の出来事のように感じられた。

 チョットマは上空を仰いだ。
 パリサイドの姿はない。
 まだ、荒地軍はそのあたりに駐屯しているだろう。
 遭遇すれば、まずいことになる。逃げるしかないのだが、昨日のように上手くいくだろうか。
 それはスジーウォンの部隊でも、コリネルスの部隊でも同じことだった。
 戦うには数が違いすぎる。
 それに、人を撃つことに慣れていない自分達に、それができるだろうか。
 チョットマは、荒地軍に遭遇しないように祈りながら、ハクシュウの後ろをひた走った。


「ここで、一息入れよう」
 ハクシュウが立ち止まったのは、昨日、チョットマがハクシュウに追いついた場所の近くの窪地だった。
 あの時はパパがいたが、今はチューブの中。
 経過時間を考えれば、もう目を覚ましているだろうか。

「ここから先、身を隠すところはほとんどない。気合で突き進むしかないぞ」
「はい!」
「さっきも言ったように、もし敵に会ったら、逃げるにしかずだ。相手がいつものマシンであっても、荒地軍であっても」
「はい」
「相手が荒地軍で、手に負えないと判断したときは、バラバラに逃げる。そのタイミングは俺が決める」
「はい」
「誰かに万一のことがあっても、諦めるな。俺達三人のうち、誰かひとりでも街に戻り、ホトキンを見つけ出し、あそこに連れて行くんだ。いいな」
 立ち止まったままの休憩だ。
 チョットマは、ハクシュウとはぐれるようなことになりませんように、と思った。


 それにしても、ンドペキってやつは。
 もう、何度目だろう。こう思うのは。
 あなたのおかげでこんなことに。
 そう思っている人もたくさんいるんだよ。
 口にはしないけど。
 スジーウォンなら、言うのかもしれないな。

 でも、自分でも気にしているみたいね。
 あんなふうに、皆に謝るなんて。
 すまないって頭を下げられたら、言えなくなってしまう。
 そういや、ンドペキは仲間型のリーダーだって。
 ああいうのを仲間型っていうのかな。
 隊員達は皆、ンドペキのことが好き。
 あんなことがあっても。
 そんな感じ。

 今頃、何してる?
 たぶん、なにもすることがなくて、昼寝でもしているかも。
 あの女を見舞っているかもしれないな。

 ねえ、サリ。
 ンドペキが好きだったでしょ。
 そう感じてたよ。
 ひとりの男として。
 そんな目でンドペキを見ていたよね。
 もちろん、ンドペキの前ではそんなそぶりは絶対に見せなかったけど。

 ああいうのが恋なのかも。
 そんなサリを見ていて、私、少し嫉妬していたのかも。
 なぜなんだろう。
 ンドペキはいつも私達をそんな気分にさせる。
 あっ、そうか、だからンドペキは仲間型なんだ。

 私は直情型だって言われるけど、サリ、あなたはじっくりさん。
 でも、思い込んだらやり遂げる強い人。
 だからかな。
 ンドペキがあなたを誘ったのは。
 根に持っている?
 そんなことないよ。きっともうすぐ忘れるから。
 それに、好きとか、恋とか、まだ分からないし。


 二度目の休憩を過ぎてから、三人はかなり距離をおいて走った。
 街が近くなり、時折、他の攻撃隊の兵を見かけるようになった。
 しかし、関心を示す者はいない。
 ハクシュウ隊は、いわゆるお尋ね者にはなっていないのだろう。

 チョットマは少し安心した。
 そのことを伝えようかと思ったが、砂埃に見え隠れしながら先を行くハクシュウの背中を見ると、なぜかそれができなかった。
 もしかすると、涙が出ているのかもしれない。
「クソ、砂埃が入ってくる。今度はもうちょっと高価なマスクを買おう」
 と、口の中で無理やり呟いてみた。
 まさか自分が泣いているとは思いたくなかった。

 高速での空中走行は、派手な砂埃が舞う。
 荒野の空に伸びていく三本の砂埃。
 兵士が街に戻るとき、普通に見られる光景だ。
 どうぞ奇妙に思われませんように。
 ハクシュウ隊だと気づかれませんように。
 チョットマはそう祈りながら、街を目指した。
 それぞれが勝手に街に入り、街の中央広場にある正体不明のオベリスクで待ち合わせようということになっていた。

 いよいよ街が近くなってきた。
 いやがうえにも緊張感が高まってくる。
 しかしチョットマは、自分が思いのほか、平常心を保っているとも感じていた。
 恐怖がないといえば嘘になる。
 でも、逃げ出したいという気持ちは微塵もない。
 かといって、必ず成し遂げる、という自信のようなものもない。
 ないどころか、自分には無理だという気持ちの方が強い。
 ただ、泣きたいかというと、そうでもない。
 あるのはなぜか、感傷的な気分。
 でも、頭は自分なりに冴えている。

 穏やかな高揚感、なんてなことをスジーウォンから聞いたことがあるなあ、と思った。


 こんな気分になるのは初めてだった。
 私、もしかすると少し成長したかも。
 今朝、荒地軍の撹乱作戦に飛び出したから?

 あれは自分でもびっくりした。
 通常の敵ではなく、あんな大軍に向かっていくとは。
 今から思えば、皆に心配をかけたかも。
 あのパリサイドが援護してくれなかったら、やばかったかもしれない。

 それとも、この一連の騒動が私を強くした?
 あっ、そうか。
 単に睡眠不足かも。
 だから変に頭が冴えているなんて勘違いしたのかも。

 チョットマは、そんなことを考えている自分が不思議だった。 


 そろそろ街の城壁が見えてくるというとき、前方から一団の軍が現れた。
 その数約五十。相手までの距離は十キロほど。
 ハクシュウが右に進路を変えている。
 チョットマはとっさに大きく左に旋回した。
 後方にいるプリヴは今の瞬間は、まだ直進だ。
 荒地軍か!
 あるいは、他の攻撃隊の一団か!

 旋回しながら、ハクシュウの動きを確認した。
 右へ右へとそれていく。
 一団の軍が、左に旋回を始めた。
 ハクシュウと相手との距離はみるみるうちに縮まっていく。
 やはり、ハクシュウを追っているのだ!

 ハクシュウはスピードを上げ、大きくユーターンするように、街から遠ざかろうとしている。
 まもなく、三キロほどの間隔をあけてすれ違うことになる。
 チョットマは進行方向を、再び街に向けた。
 このまま行けば、あの一団の後ろを通り抜けることになるはずだ。
 今のところ、相手に後続隊の姿はない。


 プリヴはどうしている!
 姿が見えない。
 あれ!
 砂埃は立っていない。
 空に舞い上がった砂粒が大気に拡散しつつあるだけだ。
 数人の兵士の姿は見えるが、いずれもプリヴではない。
 どうしたんだ!

 街に入る。そのことだけに集中しよう。
 チョットマは、もう後のことは考えずに突き進んでいった。
 周辺にはこちらに気をとられているものはいない。
 すれ違ったハクシュウも、それを追っていった荒地軍も、もうどこにいるのかさえ分からない。
 プリヴの姿も依然として、確認できないまま。
 街の城壁がかすんで見えてきた。
 その見慣れたものを目にしたおかげで、ますます気持ちが引き締まった。
 今度こそ、自分が本気で緊張している、と思った。
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