挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
ニューキーツ 作者:奈備 光

4章 砂塵の向こうに

しおりの位置情報を変更しました
エラーが発生しました

ブックマークしました。

設定

更新通知 0/400

設定を保存しました
エラーが発生しました

カテゴリ

ブックマークへ

以下のブックマークを解除します。
よろしければ[解除]を押してください。

ブックマークを解除しました。

60/126

59 冗長な話の記憶

 ハワードが説明を続けた。
「その実験装置なんですが、人類が行き来できない別の次元に行くための、ある種の扉を開くものだったといわれています」
 イコマはおぼろげに覚えていた。
 実験目的は、微粒子を正面衝突させ、そこに生まれる素粒子の実態を掴むと同時に、衝突時に生まれる完全なる真空、つまり別次元への扉を観察することだったと記憶している。

「その実験は大成功だったといわれているそうです。そこで生まれた理論によって、私達が住む別の次元への行き来が可能になったのだと」
 アンドロが住む、もっといえば、この世界の生産と政治の中核をなす施設群は、汚染され、危険に満ちた地球の見慣れた地表にではなく、新しく見つかった次元に移行したのだ。
 そこにアンドロの社会があるということになる。

「ご存知かもしれませんが、この次元の地表で失われた命はどこに行くか。いや、失礼、命を失った肉体です」
 人が死ねば再生される。
 しかし、命のない物体としての肉体は、数時間以内に消えてなくなる。
 それがどういう仕組みで行われているか、イコマは知らなかった。
 正確に言えば、興味がなかった。

「その人物が死んだ位置が特定されると、そこに次元の扉を開くのです。そして、肉体、衣服、持ち物すべてが別次元に移動しようとする力が働きます。だから、死体は放置しておくように決められているのです」
「うむ」
「しかし、実際は移動できません。次元の隙間に落ち込んでしまうのです」


 次元の隙間。
 そこはどんな物質も存在できない場所だといわれている。
 存在そのものがない、完全なる無の空間であると。

「その空間を飛び越えることができるように設計されたのがアンドロです。地表で死んだ人の体は、その隙間に捨てられ、新しく一から肉体が組成されるのです。言い方を変えれば、再生ではないのです。新たに作られるのですから」
「マトは時として抹消される。それはとりもなおさず、その隙間に放り込まれるということだな」
「おっしゃるとおりです。いうまでもないことですが、次元の扉は見ることはできません。ですから人は、死ねば肉体は何らかの仕掛けを使ってどこかに運ばれ、作り直されて、息を吹き込まれて再生するのだと考えています。しかし、それは間違いなのです。膨大なエネルギーと素材を使って、新たに作り出されているのです」

 ハワードのこの話も、どこに行くつくのだろう。
「ちなみにアンドロの抹消は、また別です。マトやメルキトと違って、捕捉され、破壊されるのです」
 それは知らなかった。
 マトやメルキトと同じように、強制死亡措置が採られるのだと思っていた。

 ということは、ハワードはまだ捕まらずにいるということだ。
 なぜ?
 しかし、もうどうでもいいことだ。
「私が言いたかったのは、マトやメルキトは延々と生きながらえている人類だと思われていますが、実は違うということです。その都度作られ、記憶を吹き込まれた人なのだということです。つまり、私達アンドロと同じなのです」


 ハワードの解説が続いている。
「では、なぜ今だにマトやメルキトが製造されているのか。六百年前の誓約があるから? それもあります。でも、ホメムとしてはやはり自分達の祖先であるマトは生きていて欲しいし、その子孫であるメルキトにも生きていて欲しいからです。この世の中がアンドロだけでは嫌なのです」

 イコマは、とうとうハワードの本音が出たか、と思った。
 しかし、アンドロは相手の心情などに思いをいたさない生き物なのかもしれない。
 悪気ではなく、そのような感性がないだけかもしれない。

「君は何を言いたいんだ」
「彼女は生きています。根拠はありませんが、私はそう確信しています。彼女はマト。私はアンドロ。私は彼女を愛しています。そのことを分かっていただきたいのです」

 イコマは、無性に腹立たしくなってきた。
 脈絡のないそんな演説や、宣言めいたことを聞いている暇はない。
 一刻も早く、パキトポークが言ったとおり、あの施設からアヤを、そしてふたりの人間が帰還できるよう、オーエンやホトキンのことを調べたいのだ。


「新しい知識を得ました」
 ハワードが言うには、強制死亡も再生も、レイチェルの一存で行われることもあるらしい。
 そのときには、リストに載らない場合があるということだった。
「それで?」
「いえ、情報はそこまでです」
 サリの場合は、それではないかと言いたいのかもしれない。
 しかし、もうサリのこともどうでもいい。

「君は何を言いに来たのだ」
 イコマはもう、ハワードを当てにはできないと思い始めていた。
 ハワードはアンドロなのだ。
 思考が偏っている。
 状況を判断して優先順位をつけて行動する。そういう普通の人間がとる行動はできないのだ。
 彼らはあくまで、特定の目的のために作られた「人」という生物なのだ。
「もう、話がないなら、帰ってくれ」


 と、ハワードの表情が変わった。
「その言い方はないでしょう!」
 今までの柔和な顔から、怒りの形相を剥き出しにしている。
「僕は捜索と救出を最優先したい。そのためにするべきことはたくさんある。君の演説など聞いている暇はないんだ!」
 ハワードが身を乗り出してきた。
「それは私も同じです!」
「じゃ、なんだ!」

「なぜ今、私が、あんなことを話したのか、あなたは全く考えようとはしなかった。私が言いたかったことは、あなたも、知っていることを話して欲しい、ということです!」
「なんだぁ?」
「あなたのフライングアイは、彼女を救出してくれるかもしれない東部方面隊と行動を共にしている。そうですね!」
 ハワードの表情がみるみるうちに、穏やかになっていく。
 一瞬、激昂しかかったアンドロの精神が、たちまち均衡を保とうとするかのように。
「……」
 イコマはこのとき、ハワードが何を言いたいのか分かった。
「なのに、あなたは、その情報を私に伝えてくれない」
 ハワードに教えたくはなかった。
 彼に伝えたことは、あるいは、ここで話したことは、政府に筒抜けになっているかもしれないのだ。


「あなたと同じように、私も彼女を何とか助けたいと思っています。今、救出隊がどんな状況なのか、知らなければ私も手の打ちようがありません。もし状況がわかれば、私にも何らかのことができるかもしれない。でも、知らなければ、闇雲に無関係なことを調べて回るしかないのです!」
 ハワードの言うとおりだった。
 しかし、どうしてもハワードに情報を伝えることはできなかった。

 ハワードが深い溜息をついた。
「あなたが恐れておられることは、よく理解できます。では、こうしましょう。私は今から城門を出ます。そして、街の外でキュートモードで話しましょう。その意味がわかりますか?」
 アンドロがキュートモードを使えるとは。
 もっと言えば、そんな言葉を知っていること自体が驚きだった。
 しかも、ハワードは城門の外で話そうと言う。
 アンドロが、自分の持ち場を離れて、街に出ることも稀だが、城門を出るとなれば前代未聞のことである。


 イコマは迷った。
 この男は本気なのか。
 本気でアヤを助けようと思っているのか。
 以前は、信用できる男だと感じたが、ここまで危険を冒すと言われたことによって、逆に不審も芽生え始めた。

 しかし、もしこの男が本気でアヤを愛しているのなら、自分の疑心暗鬼によって、アヤを救出できる可能性を狭めてしまうかもしれないのだ。


「私を信用してください」
 と、ハワードは訴えている。
「君はそれでいいのか。街を出る。それは許されているのか」
「そのような規定はありません。アンドロには持ち場を離れるという思考そのものがありません。想定されていないのです。私は彼女と出会うことによって多くの感情を得、多くの可能性に気づくようになりました。そして、この世界の一端を知るようになりました」
「……」
「正直に言いますと、私も死ぬことは怖い。でも、その恐怖心は自分でコントロールできるつもりです」

 イコマは、腹を決めた。
 この男に心を許すことに。

「では、正直に言おう。君を信用はしている。私も怖いのだ。誰かに聞かれていることが。そして君の体に何らかの細工が施されていることが」
「私の体に?」
「そう。考えられなくはないでしょう。ちなみに、街の外で人に会って話すということは、君達の習慣にはない。人目を引く。危険が増すだけだ」
「……」
「頼みがあります」
「はい」
「さっき君が言った実験装置はエーエージーエスという。バードはそこに閉じ込められている可能性がある。そして、オーエンとは誰か。その弟子のホトキンにはどうしたら会えるか、ということを調べてくれませんか。その理由は聞かないで欲しい」
「はい」
「本当は街の外で話すとか、街角で話す方が安全かもしれないとは思います。しかしあいにく、僕の思考体は出払っていて、しばらく戻れません。ここで話すしか、当面は手がないのです」
「分かりました」
「さっきの頼み事ですが、分かっても分からなくても、二時間おきくらいにアクセスをしてくれませんか。事態は切迫していると思います」
 ハワードが、分かりました、と頷いた。
cont_access.php?citi_cont_id=526017838&s
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ