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ニューキーツ 作者:奈備 光

4章 砂塵の向こうに

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57 デリカシーの色

「弱ったな」
 結局、誰も手を挙げるものはいなかった。
「この洞窟を死守する大切な役目を担うものがいなくちゃ。しかたない。後からでもいい。申し出てくれ」
 と、ハクシュウの目が、水辺に座った隊員達に向かった。

 見ると、こそこそと話している。
 パキトポークの隊員だ。
 スジーウォンのギクリとするほど厳しい声が飛んだ。
「あんた達! どうする?」
「えっ」
 全員に見据えられて、その数名はたじろいだ。
「遠慮はいらんぞ」
 ハクシュウがスジーウォンをなだめるように手を挙げて、優しく声を掛けた。
「ここで抜けても、誰も咎めはしない」

 ひとりが立ち上がった。
「失礼なことを言わないで欲しいな」
 そう言ったのは、獰猛そのもの。猿人の顔を持つ男だった。
「俺達はあんたと行動を共にする。たとえ反逆罪に問われようともな」
 ハクシュウは黙っていが、スジーウォンがまた噛み付いた。
「じゃ、無駄話はやめて!」
「スジーウォン。勘違いしないで欲しいよ。今、ここで妙なものを見たから、それを確認しあっていたのさ」
 隊員が水辺を指差した。
「なに!」
 スジーウォンがその場に突進した。
「もういないよ」
「なんだったんだ!」
「わからない。黒い影が見えた。体長二メートルほどの大きな生き物だった」


 大広間がざわついた。
「人間か?」と、スジーウォンがくってかかる。
「いや、どういうんだろ。魚じゃない。もっと動物的な」
「イルカみたいな?」
「あっ、それそれ」
 人魚姫でも想像してんじゃないか、というクスクス声が聞こえた。
「違う! 俺だけじゃない。ここにいる三人が見たんだ!」
 猿顔がむきになって言う。

 ハクシュウが静かな声を出した。
「なるほど。いい観察だったな。言われてみればこの淵も外に繋がっているかもしれない。監視対象にしなくちゃいけないな。この淵の地上部の入り口と出口はどこだ? やれやれ、やるべきことがどんどん増えるな」

 その一言で、大広間の空気が和んだ。
「よし。次の話に移るぞ。気を引き締めて聞いてくれ」
 ハクシュウが作戦の解説に移った。


 まず、地下施設に向かったパキトポークとスゥの救出。
「スジーウォン。おまえが行け。おまえの隊員とパキトポークの隊員から数名を選べ」
「わかった!」
「絶対に無理はするな。男のそぶりがちょっとでもおかしいと感じたら、たとえ扉が開いても中に入るな」
「うーん」
 スジーウォンは承服できないようだ。
「それじゃ、パキトポークを助けに行けない」
「まず、別の入り口を探せ。あるはずだ。軍があの入り口から入ったのなら、地上で待っていたコリネウルスが気づかないはずがない」
「そうね」
「しかし、その入り口もあの男の声が支配しているなら、そのときは良く考えて行動してくれ」
「了解」

 次に、残してきた機材の回収任務。
「今すぐに回収しなくてもいいとは思うが、あそこに置いておくと、荒地軍が地下施設の入り口に気づいてしまうかもしれない。そうなれば、パキトポークが首尾よく出て来れなくなる恐れがある。この作戦は、コリネウルス、おまえだ」
「了解!」
「おまえの隊とスジーウォンの選抜に漏れた者を使え」
「わかった」
「洞窟周辺の警戒も頼む。なるべく広い範囲をカバーしろ。この洞窟はなんとしても知られたくない」
「ああ」
「それから、さっきの水源の位置と、水の出口の調査もだ」
「了解だ」


 次に、街に向かう隊である。
 ンドペキは、自分を指名しろと願った。
「街に戻り、俺達の置かれた状況を確かめる。そして、ホトキンという男を見つけ出し、地下施設に連れて行くという任務だ」
 ハクシュウが作戦のあらましを解説している。
 かなり難しい作戦である。
 街に入れるかどうかも分からない。
 しかも、見ず知らずの男を説得し、あるいは脅迫し、力づくでもあの施設に連れて行かなければいけないのだ。

 街に入るどころか、その手前で消滅させられるかもしれない。
 もし、ホトキンを施設に連れて行かなければ、パキトポークとスゥ、そして後から行くことになるスジーウォン達の帰還はおぼつかなくなる。


「この作戦、俺が行く」
 ンドペキは思わず叫んだ。
「行かせてくれ!」
 ハクシュウが怒鳴った。
「黙れ!」

 大広間が静まり返った。
「おまえは消されるかもしれない身だぞ!」
「しかし、もうそれは、レイチェルがこちらにいる以上……」
「黙れ! あの女がレイチェルだと言い切れるのか! 政府にとって、おまえの価値はまだあるかもしれないのだぞ!」
「それならそれでいい!」
「ふざけるな! そんなやつにこんな役が任せられるか! おまえは、自分の思いだけで、パキトポークらを見殺しにできるのか!」

 ンドペキは雷に打たれたような気がした。
 そうだ、俺はこの仕事に最も不向きな男だ。成功の確率は低い。
 そのことに気づいて、ンドペキは愕然とした。
 俺はなんと自分勝手なことを!


「いいか、おまえはこの洞窟を、皆のために守り抜け!」
「わかった。勝手を言って、かえすがえす、すまなかった」
 ハクシュウは、あれほど怒っても、元はといえばンドペキの勝手な行動がこの事態のきっかけとなったとは言わなかった。
 ハクシュウの好意が身に染みた。
「すまなかった」
 ンドペキの口からまた同じ言葉が出た。

「それに、あのスゥという女を御せるもの、おまえだけだろうが」
「……」
 それは違う、と言いたかったが、何も言えなかった。
「洞窟の防衛に、俺の隊員と、おまえの隊員を使え」
「了解だ……」

「ただし、チョットマを借りる。この作戦は俺と、俺の隊のプリヴとチョットマの三人で行う」
「チョットマを……」
 ンドペキは驚いた。
 なぜ。
 チョットマでなければならない理由とはなんだろう。

 本人も驚いたようだ。
 口にこそ出さないものの、喜び半分、困惑半分の顔をしている。
「チョットマを取り上げられるのは嫌なのか?」
「そうじゃない。なぜ、と思っただけだ」
「理由は言えない」
「そうか」


 チョットマが声をあげた。
「ありがとうございます! でも、私がどうお役に立てるのか分かりません。攻撃力はないし、頭も弱いです。足手まといになってはいけないので、私を選んでくださった理由を教えてください!」
 ハクシュウが苦笑した。
「頭は弱くないさ。それは君らしさって言うんだよ。仕方ない。理由を言おう。実はたいした理由はない。怒るなよ」
「はい」
「我々の隊員の中で、君が最も顔が広くないと思うからだ」
 チョットマの怪訝な顔がますます歪み、困惑の皺を深くした。
「つまり、街の人に顔を知られていない。他の者は再生を繰り返し、以前のことを忘れていても、相手は覚えているかもしれない」
「それなら、私も同じじゃないんですか?」
「ちょっと言いにくいんだけど、君は前世がないんじゃないかな。つまり、再生されたことはないんじゃないかな?」
 チョットマが驚いてぴょんと立ち上がった。
「えっ、そんな。なぜ?」
「話が長くなる。せっかくの食事の時間が短くなる。後で、ンドペキに聞いてくれ」
「そうします」


 ハクシュウが立ち上がった。
「作戦本部は、この洞窟に置く。万一のときは、ンドペキの指示に従え」
 万一のとき、という言葉の裏には自分に何かあれば、次の隊長はンドペキであると宣言したのだ。

 隊の決定権の順位は、ハクシュウ、ンドペキ、スジーウォン、パキトポーク、コリネウルスということになっている。
 優劣あるいは上下のニュアンスのある序列ではない。
 軍としての行動は合議だけでは決められない。あらかじめ決めておいた決定権の順位がなければ、いざというときに動きが取れなくなる。
 そういうものだ。

 普段の作戦、あるいは生活の中でそれを意識することはなかったが、今回は、そのことを思い出しておけ、とハクシュウは言っているのだ。
 ンドペキはそう受け取った。
 この非常にシビアな状況下で、全軍の隊長を任されることもありうるとは考えてもみなかった。
 頭を切り替えねば、と思った。 


「さて、前夜祭といくか。食事の時間は二時間。早く終ったものは休んでいてもいい。二時間後にすべての作戦を開始する」
 そして自分の隊員に命令を出した。
「入り口を固めている連中に交替しろ! おまえ達の食事は後だ!」

 ンドペキは食事を摂りながら、自分の隊員達に、これまでのことを詫びた。
 誰もが、心が晴れたような顔をした。
「皆に謝るのが遅くなった。心配をかけてしまった。本当にすまなかった」
 あえて口にする者はいなかったが、隊員達の心に、今まで以上の絆が生まれているのを感じた。
 もちろん、自分自身の中にも。

 やがてチョットマが聞いてきた。
「さっきのことなんですけど」
 ンドペキは説明してやった。


 チョットマはハイスクールから出てきたところをスカウトされた隊員である。
 そのとき、チョットマは全く街のことを知らなかった。
「普通は、記憶がかなり失われていても、少しぐらいは知っているものなんだ。たとえこの街に再生されるのが初めてでもね」

 マトやメルキトは、再生後に使う名前や生まれる街をあらかじめ指定しておける。
 生まれる年齢もだ。
 人によって、改めてハイスクールに行きたい者もいるし、社会人として再生されたい者もいる。
 つまり、ハイスクールの卒業生だからといって、再生の経験がないとはいえないのだ。
 しかしチョットマは、右も左も分からないばかりか、通貨も見たことがなければ、街の市民と兵士との区別さえつかなかったのである。

「お金は世界共通だ。それなのにおまえはコインひとつも見たことがないと言ったんだ。それに、おまえはな、ハイスクールの前で大声で泣いていたんだ。そんなやつ、普通はいないぞ」
「ええっ」
「おまえの記憶はどうなっているんだ? ハイスクール卒業後のこともどんどん忘れていくだろ」
「……そうなんです。私、だから失敗作かなって」
「でもおまえは、それに代わるものを持っているさ」
「そうなんですか? なんですか、それ?」
「自分で考えろ。おまえの一番いいところだ」

 スカウトの日。
 その年は、二人取るつもりだった。
「俺とハクシュウで見にいったんだ」
 スカウトは二日間に渡って行われる。
 一日目にハイスクールから出てくる者は、成績下位の者だ。
 二日目が上位者。
 出てくる卒業生は、ニューキーツでは例年二百名足らず。
 念のため、初日にも行くことになる。
 ただし、声を掛けたからには、絶対に採用しなくてはいけない。そういう決まりである。

 ひとり捕まえた。
 後は、ろくなのがいない。明日に期待だ。そう思って帰ろうとしていたときだ。
 泣きじゃくっていた女の子と目が合った。
 背は小さくひ弱そうで、兵士には向きそうにない。
 無視して通り過ぎようとしたが、なんとその女の子が泣きながらついてくる。
 ンドペキはいたずら心を出して、追い払おうとした。
「コラ! 食われたいか!」
 と、振り向きざまに脅した。
「きゃ!」
 女の子の逃げ足は速かった。
 速いというものではない。
 まるで瞬間移動。
 あっと思うと、二十メートルは離れたところに立っていた。

 そのとき、せっかくスカウトしていた子が逃げ出していた。
「おい、下らんことをするから逃げてしまった」
「あちゃ」
「やれやれ」
「ん?」
 なんと、また女の子が付いて来るではないか。
「あれ、すばしこい。使えるかも」
 ということになったのだった。

 ハクシュウと目が合った。
 ゴーグルを見ろとのジェスチャー。
 モニタにハクシュウのメッセージが流れた。
「眠れる洞窟の美女が目が覚めたとき、おまえが傍にいる方がいいだろうな」
「どういう意味だ」
「レイチェルとなかなか仲がよさそうだったじゃないか」
「おい、変なことを言うなよ」
「ホメムに見初められるとは、たいしたやつだ。俺は誇らしいぞ」
「無責任なことを」
 ンドペキは、がっくりうなだれた。
 遠くの席で、ハクシュウがにやりと笑った。
「悪いが、チョットマをこちらに寄越してくれないか。しておきたい話がある」
「わかった」
「それにしても、おまえ、女性に対してデリカシーってものがないのか。チョットマが泣きそうになってるじゃないか。あんなことまで解説してやる必要はないのに」
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