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ニューキーツ 作者:奈備 光

4章 砂塵の向こうに

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56 立てた親指の色

 洞窟では、無事に休息時間の三十分が過ぎた。
 隊員達は、割り当てられた部屋で短い休息を取った。
 大広間には有り合わせの食事と飲み物が用意された。

 ンドペキは、様々な思いを忘れて、ホスト役に専念し、様々な準備に走り回った。
 洞窟周囲の警戒に当たっている隊員から頻繁に連絡が入り、敵の姿は見えないと伝えてきた。
 女は目を覚まさなかったものの、一命は取り留めたようで、容態は安定していた。


「全員、集まっているか」
 大広間にハクシュウの声が響いた。
 どよめきが広がった。
 ハクシュウは装甲は身に着けているものの、頭には何も被っていなかった。

 スキンヘッドに、骨太の白い顔立ち。
 彫りの深い眼に黒い眼。
 薄い唇に無精髭。
 頬と顎が尖り、首は太い。
 どことなくエジプトのファラオを思わせる。

 厳しい顔をしていた。

「皆も顔を見せろ」
 静かに言い、床に腰を降ろした。
 ンドペキ、スジーウォン、コリネウルスがヘッダーを外すと、隊員達にざわめきが沸き起こった。
 ンドペキも、マスクまで取るのは初めてのことだった。
 サリの捜索のときの会議で、仲間の前で初めてヘッダーを取った。それでも緊張したものだが、今日のハクシュウは最初から素顔で登場したのだ。

 ンドペキはハクシュウの強い意志をひしひしと感じた。
 そして、思い切ってマスクを取り、素顔を見せた。
 思いのほかすがすがしくて、恥ずかしいというより、誇らしい気分がした。

 スジーウォンも迷うことなくマスクを取った。
 ンドペキは目を見張った。
 想像とはまったく違っていた。

 自分より年上ではないかと思っていたし、一筋縄ではいかない気性の激しい顔つきかと思っていた。
 なんとなくではあるが、肌も瞳も髪も黒く、噛み付きそうな口をしていると思っていた。
 ところが、スジーウォンは切れ長の目が涼しげな印象の、東洋的な美人だった。
 チラリと目が合うと、照れたように目を伏せた。

 コリネウルスもすぐにマスクを取った。
 こちらは印象どおりの男だった。
 浅黒い顔に、盛大に髭を蓄えている。
 白髪交じりの髪が無造作に、大きな顔の上に乗っていた。
 厚い唇を引き結び、ハクシュウを見つめている。

 ハクシュウが隊員達を見渡した。
「さあ、皆も座れ!」
 隊員たちがぎごちなく、ヘッダーを外しかけている。
 そのときだった。

「上空に、パリサイド接近中!」
 という報。
 すぐにハクシュウが反応する。
「身を隠せ!」
「間に合いません! ものすごいスピードで降下しています!」
「洞窟の入り口から離れろ! 応戦するな!」
「了解! ああっ!」

 声が途切れた。
 大広間はにわかに殺気立った。

 報が続いた。
「チョットマとスミソ! パリサイドにぶら下がっています!」
「なに! 殺されたのか!」
 しかし、警備隊の次の報に、殺気は驚きに変わっていった。
「いえ、手を振っています!」
「どういうことだ!」
「大丈夫です! ふたりとも無事です! 今、地面に降り立ちました!」


「ただいま戻りました!」
 と、チョットマとスミソが大広間に入ってきた。
 盛大な拍手が沸いた。
「あああっ!」
 ふたりは立ちすくんでいる。
 大広間の様子に度肝を抜かれたのだ。
「なっ、みんな……」
「ハハ! 今から作戦会議だ。俺の顔に驚いたか。その前に、報告をしろ」

 ハクシュウに促され、チョットマが報告する。
「パリサイドに助けられました。敵の軍を巻き、東方へ誘導しました。現在位置は、ここから東南東二百五十キロ付近」
「よくやった」と、ンドペキはねぎらった。
「敵の様子はどうだった?」
「ンドペキの指示どおり、パンパンやっては逃げるの繰り返しだったので、相手の姿はまともに見ていません」
「ふむ」

 早速、チョットマがヘッダーを取ろうとしている。
「で、パリサイドは味方してくれたということだな?」
「はい。我々ふたりとはまた違う方角から、敵の軍を挑発してくれまして、ひとまとめにしてあっちこっちに動かしてくれました。助かりました」
「で、彼らに掴まって空を飛んだ感想は?」
「ハネムーンの気分でした! 天にも昇るというのはこういう気分だなって」
 大広間がどっと沸いた。

 ンドペキもうれしかった。
 任務を果敢に果たしたことも、無事に帰ってきてくれたことも、そして気負いなく報告してくれることも。
「よくやった」
 またそう言いながら、自然と笑みがこぼれた。


 チョットマがヘッダーを取った。
 大広間はしんと静まり返った。
 長く濃い緑の髪が、チョットマの背中にばさりと流れた。
 沈黙がどよめきに変わった。
 ンドペキとチョットマの目が合った。
 チョットマは、微笑むと、
「はあぁ、息苦しかった」と、一気にマスクを外した。
「うふっ。ンドペキの瞳に私が写ってる!」

「変わってるな、おまえの声」という遠慮のないスミソの声が飛んだ。
「これが恥ずかしいんだよね。でも、あんたの声も変わってるね。もっと甲高いかなって思ってたけど、案外渋いんだ。というより、がらがら声!」
 と、言い合っている。

 スミソもすでにマスクを取っている。
「思ったより若作り!」
「若いんだよ!」
 スミソも笑った。
 そしてチョットマが隊員達を見渡した。

 隊員達もヘッダーを取り、マスクを外し始めている。
 やがて、笑い声が大広間に満ちた。
「うわっ、ジルってやっぱりすごい美人だったんだ!」
「やっぱりってどういうことなんだ!」
「印象と全く違ってたよ! そんなきれいな顔してたんだ!」
「だから男だって!」
「いやあ、いろんなやつがいるなあ!」
 ハクシュウが上機嫌で声を張り上げた。
「おおっ、大目玉もいるし、口裂けもいるな。うおっ! おまえ、最強じゃないか! 狼顔!」

 こんな気分は初めてだった。
 いつも一緒にいながら、まるで同窓会のように互いを確かめ合って、からかいあっている。
 はじけるように笑っているものがいるかと思えば、巨人の声のように太く大きな声をゆっくり出すものもいた。
 見渡すと、誰一人もうマスクをつけているものはいなかった。


「さて、もういいかな!」
 と手を叩いたハクシュウは、すでにグローブも取っている。
「これからのことを話す! 座れ!」
 大広間は水を打ったように静かになり、全員が腰を降ろした。

 ハクシュウが、今、置かれている状況を話した。
 隊員達の中には、はっきりと狼狽の色を見せているものも多い。
 反逆者となってしまったことへの狼狽か、人間と戦うことになるかもしれないことへの困惑か、宙を睨んで長い息を吐き出すものもいる。

「ということで、非常にあいまいな状況にある。敵が本当に政府軍なのかどうかも分からない状況だ。場合によっては、我々がニューキーツ正規軍ということもありうるわけだ」
 誰も質問しようとはしない。

 施設から連れ帰った女が、誰なのかまだ分からない。
 ハクシュウは憶測を踏まえた話はしなかったが、あの女がレイチェルではないかというンドペキの思いは、噂となってすでに広がっていた。
 しかも、ハクシュウは先ほどまでとは打って変わって、厳しい表情をしている。
 ヘッダーを被って表情が見えないときとは違って、リーダーの迫力に気おされているのだった。


「これから我々がとるべき行動は三つあるが、その大前提がある」
 大広間には、物音ひとつしなくなった。
「ひとつ。我々の本拠地を、当分の間、この洞窟とする!」
 街を捨てることを宣言したのだ。
 数名の隊員が身じろぎしたが、ハクシュウは間をおいて、ことの重要性が全員の頭に染み込むのを待った。

「ふたつ。敵はかなり大きな軍だ。洞窟の中で遭遇した軍は百五十名。先ほど襲ってきた軍は二百名。どこの所属のものか、分からない。ふたつの軍が同じ所属なのかどうかも分からない。そもそも正規のニューキーツ軍であるかどうかも不明だ。いずれにしろ、当面の作戦は、その軍と戦うことが目的ではない」
 ハクシュウが、街の正規軍かどうか分からない段階なので、その軍を「荒地軍」と呼ぶことを提案した。

「みっつ。我々は、離れたところでいくつかの作戦を取る。いずれもかなり厳しいものになるだろう。ニューキーツ東部方面攻撃隊としての誇りを胸に行動してもらいたい!」


 ハクシュウがこれほど大上段に振りかぶった檄を飛ばすのは初めてのことだった。
「もう一度、隣にいるものの顔をよく見ろ! こいつのためにも頑張ろうというつもりで」
 ハクシュウが隊員達を眺め渡している。
「それができないと感じたやつは、申し出てくれ。破門するわけじゃない。ここで留守番を頼むことになる」

 作戦の支障になってはいけないから、とは言わなかったが、ハクシュウの言いたいことはンドペキにはよくわかった。
 何が起きるかわからないのだ。
 政府の動き、軍の動き、レイチェルと対抗する一派の動き、パリサイドの動き。
 そして、施設にこだました声の意思。

 どれをとっても、確実な要素はない。
 もっと言えば、スゥの意思さえ分からないのだ。
 いつ何時、この洞窟さえも、仮想のものだったということになるかもしれないのだ。

 己の意思を試されることになる。


 ンドペキは隣に座ったチョットマの顔を見た。
 チョットマが見つめ返してくる。
 ハクシュウに言われてそうするのは照れくさい気分がするが、誰もがおずおずと自分の相棒と思っている者と見つめ合っていた。

 チョットマの唇が動いた。
「頑張ろうね」と。
 ンドペキはニッと笑ってみせた。


「いないか? 遠慮は要らないぞ!」
 ハクシュウが声を張り上げた。
「伍長! 自分の隊員に聞いて回れ!」
 ンドペキは座ったまま、自分の隊員たちの顔を順に見て回った。
 まずスミソと目が合った。スミソが親指を立てた。
 誰もがスミソの真似をした。
 心にもない仕草をしているものはいないと確信した。

 ハクシュウと目があった。
 ンドペキは親指を立ててみせた。
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