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ニューキーツ 作者:奈備 光

4章 砂塵の向こうに

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54 暁の空に光る色

 東の空が白み始めていた。
 待っていた隊員達の歓声を受けながら、ンドペキは担っていた女を、救護班が建てたテントに運び込んだ。
 簡易なベッドが設えられてある。
 医務に精通した隊員が取り囲んだ。

 地上部隊は無事だった。
 しかし、ンドペキの心は晴れなかった。

 バードを助けることができなかった。
 今では、この女がレイチェルだと、確信に近い思いがしていた。

 なぜそう思うのか。
 スゥが話してくれた言葉が心に残っている。

 レイチェルに対抗する派閥の存在。
 自分を囮にして、レイチェルの行動を制約する、あるいは何らかの行動を促す動きがあるという情報。

 俺を拘束できなかったが、その一派はまんまとレイチェルを捕らえ、あそこに放り込んだのだ。
 そうに違いない。

 スゥはといえば、話しかけてもまともに返事もしない。
 いつもの元気はチューブの暗闇に置き忘れてきたかのように、悄然と座り込んでいる。

 フライングアイはまだ起きない。
 女が誰なのか、不明のまま治療が続けられた。


 周辺を警戒している隊員から急報が入った。
「南東より軍が接近!」
 ハクシュウが戦闘態勢に入るよう、命令を下した。
「数約二百! 人間の兵です!」
「政府軍か!」
「それ以外に、あんな大軍がいるんですか!」

 チューブで見たあの軍。
 あれは果たして、自分達を攻撃しようとしていたのか。
 ンドペキの心に迷いが生じていた。
 ハクシュウもスジーウォンもパキトポークもその点は同じだ。
 今、接近しつつある軍はどうなのだろう。

 ハクシュウが、仕方ない、と呟いた。
「俺が通信を繋ぐ。聞いてみるしか手はないだろう」
「待って!」
 スゥが立ち上がった。
「私が聞いてみる。あんた達は居場所を知られないで!」
 ハクシュウの位置が捕捉されれば、一網打尽になる可能性もある。
 スゥの提案は妥当な判断かもしれない。


 スゥが相手部隊に呼びかけた。
 その顔が見る見るうちに険しいものになっていく。
 そして、とうとう、
「ンドペキ! 皆を洞窟に!」と叫んだ。

「どういうことだ!」
「攻撃するつもりよ!」
「クソッタレめ! 連中はどの辺りにいる!」
「南東二十キロ! 十数分で到達の模様!」
 ンドペキはすぐ行動に移した。
「ハクシュウ! 全員避難しよう! 俺について来てくれ!」

 ハクシュウが決断を下した。
「どっちへ!」
「真西に向かう!」
 ハクシュウが隊員に呼びかけた。
「各々、自力で真西に向かえ! 戦闘は回避する! ンドペキに従え!」
 すでに隊員たちが走り出していた。
「宿営地は捨てろ! 自分の命を守れ!」
 そう叫びながらハクシュウは背負子を装備し、女を括り付けている。スジーウォンが手伝っている。

「スゥ、何をしている!」
 スゥはチョットマからエネルギーパッドを受け取ったものの、動こうとしない。
「早くしろ!」
 と叫んだが、スゥは何も言わないまま、逆の方に走り出していく。
「おい! どこへ行く!」
「バードを助けに!」
「な!」

 すでに隊員達は西に向かって走り出している。
 早く追いついて、先導しなくてはいけない。
 しかし、スゥはまたあの施設へ戻るというのだ。
「やめろ!」
 スゥはもう応えない。
「クソ!」
 追いかけている時間はない。
 ンドペキはとっさの判断を迫られた。
 しかし、ンドペキはそこから動けなかった。

「俺が行く!」
 パキトポークがスゥを追いかけていた。
「救出してくる!」
 ハクシュウが怒鳴っている。
「ンドペキ! 早く案内しろ! パキトポーク! 頼んだぞ。生きて返れ!」
「任せておけ!」
「出てくる頃に迎えに来る!」
「おう!」
「忘れ物!」
 スジーウォンがフライングアイをパキトポークに投げた。
「ナイスピッチング!」

 ンドペキは走り出した。
 気がつくと、すぐ横にチョットマが付き添っていた。
「すまなかったな」
 チョットマは応えなかった。
 その代わり、なんの真似か、右手を目の下にやって、横に動かす仕草をした。


 すぐにンドペキは先頭に立ち、部隊を案内していった。
 ばらばらのエリアに展開していた隊員も、徐々に集団に戻ってきた。
「コリネウルス! しんがりを頼む」
「了解だ!」
「ンドペキ! どれくらいの距離だ!」
 後ろからハクシュウが追いかけてくる。
「一時間もかからないが、視認されるのは面倒だ。森の中を迂回する。それでも、七十分少々で着くだろう」
「よし! 各部隊、点呼しろ!」
 全員が揃っている旨の連絡が、次々と入ってきた。
「よし、できるだけ密集しろ! 敵に姿を見られるな!」

 GPSと連動しているスコープを切っているため、敵がどの位置にいるのか分からない。こちらの動きを察知したのかどうかも分からない。
 先ほどまでいた宿営地に向かってくれればしめたものだが、もし進路を西に変えていれば面倒だ。
 洞窟に着くまでに追いつかれることはないだろう。しかし、洞窟の入り口は狭い。全員が入り込むには時間がかかる。
 そこで襲われれば、お陀仏だ。
 襲われずとも、洞窟の入り口を発見されると、袋の鼠。かなりまずい状況になる。

 ンドペキは必死で考えた。
 なにか、いい手はないか。
「コリネウルス! 追っ手はどうだ!」
「確認できない!」
「どっちに進んでいる!」
「分からない!」

 チョットマが叫んだ。
「私が囮になります!」
「な!」
 振り返ると、すでにチョットマは背を向けている。
「待て!」
「大丈夫!」

 その瞬間、チョットマの姿は消えていた。
「なんてことだ!」
 ハクシュウが叫んでいた。
「チョットマ! 無理はするな!」
「大丈夫です!」
 ンドペキは全速力で走りながら、叫んだ。
「逃げ延びろ! 探しに行くからな!」
 もう返事はなかった。


 やがて、かなり離れた位置から発砲音が聞こえてきた。
「あいつはあんな弾にゃ、あたりはしない」
 ハクシュウが声を掛けてきた。
 ンドペキは黙って走り続けた。
 あいつ!
 なんてことを!

 心に、じんとくるものがあったが、ンドペキはただ祈りながら、走り続けた。
 クソ! チョットマ!
 生きていてくれ!


 発砲音はどんどん遠ざかり、チョットマの陽動作戦は上手くいっているようだった。
 しかし、いずれ追い込まれる。
 敵の数は多いのだ。
 隊を分けて囲い込まれれば、逃げ場を失う。
 そうなる前に、戦線から離脱し、無事に逃げ延びてくれ!

「チョットマを援護します!」
「クッ」
 ンドペキの隊員がもうひとり、隊を離れていった。
 スミソという、こちらもすばしこさが身上の男である。

「無理をするな!」
 ンドペキはそう言うしかなかった。

 自分が行きたい。
 しかし、それはできなかった。
 隊を安全なところに誘導できるのは自分だけだ。

「頼むぞ。ただし、絶対に無理はするな」
 ハクシュウが代わりに声を掛けてくれた。
 穏やかな声で。

「ちゃんと、戻りますよ」
 スミソも穏やかな声を残して、引き返していった。


 陽動する場合、敵に近づきすぎずに発砲を繰り返し、引き付けては逃げるの繰り返しだ。
 通常の作戦でも、普通に使う手だ。
 攻撃力が弱い代わりに俊敏なあの二人には、慣れている戦術である。
 それでもンドペキは不安だった。
 敵はマシンではない。
 人間だ。そうたやすく引っかかるものでもないだろう。
 しかも、二百という大軍を相手にしたことはないのだ。

 ンドペキは、ふたりに向かって、メッセージを送った。
「森に誘い込め! 相手は見えなくなるが、こちらも的を絞らせるな。引きつける必要はない。発砲だけして逃げろ!」
「了解!」
 チョットマとスミソから同時に返事が返ってきた。
「ふたりで必ず連絡を取り合え! 挟み込まれるな! 必ず迎えにいく! 絶対に大丈夫だというところまで、止まらず走り続けろ!」

 ンドペキは後ろを振り返り振り返りしながら、走った。
 曙の空が、時として様々な色に光る。
 チョットマらが発砲したものは少なく、ほとんどが政府軍の発砲によるものだ。
 止むことなく続く発砲は、かなり広範囲にわたっている。
 森が轟音をたてて、焼き払われている。
 数キロ四方が一瞬にして火の海になっているだろう。
 あの只中に、チョットマとスミソがいるのだ。

「逃げて逃げて、逃げまくれ!」
 そう叫んだが、もう返事は返ってこなかった。
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