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ニューキーツ 作者:奈備 光

3章 チューブ

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51 屍の色、生の色

「三百十九キロ通過!」
「減速! 武器を構えろ! ンドペキ、照明の方はまだいけるか!」
 ンドペキは、光線をフルパワーに切り替えた。
 暗いチューブが続いている。
「さすがに見飽きたな」
 ハクシュウが軽口を叩いた。
 いよいよだった。

「三百二十キロ!」
 この先、五百六十六メートルのところに、何があるというのだろう。
 女が倒れているだけなのか。
 それとも、何かに囚われているのだろうか。
 あるいは、近づけないような仕掛けでもあるのだろうか。

 男の声はあれきり聞こえない。
「停止!」
 隊員達は立ち止まった。
 光は行く手を照らし出しているが、空間に変化はない。


 かなり疲れていた。
 このチューブに入ってから、すでに三時間ほど経過している。
 ンドペキは、隊員たちのことを思った。
 彼らは、昨夜からシリー川で監視任務に就き、今日の昼ごろ街に戻り、その脚でここまでやってきた。
 そしてこのチューブに入り、今から起きることに対処しようとしているのだ。

「息を整えよう」
 ハクシュウが小休止を命じた。
「チョットマのパパは?」
「もうお休みになっています」
 スゥの声にも力がない。
 疲れているのだ。
 彼女も、昨夜から走りづめのはずだ。

「エネルギーパットの予備はあるか?」
 ひとりの隊員がおすおず手を上げた。
「すみません。かなりやばいです」
「よし、これを」
 ハクシュウが命じた。
「全員、装備を点検しろ」
 ンドペキは自分のメインの武器である中射程中性子弾とレーザーサーベルのエネルギーを再充填しながら、前方の暗闇に注意を向けた。

「ゆっくり前進。全員、照明を用意」
「閃光弾を持っていますが」
「必要になれば使おう。だが、すぐそこに人が倒れているかもしれない。今使うのは危険だ」
 もし、そこに敵がいるのなら、とうに気づかれているはず。
 これだけの所帯で、明々とライトを灯しての行進である。

 しかし、チューブは自分達の声がこだまするばかり。
 ハクシュウは、隊員の一人に前方の異変に注意しておけと命じ、他の者は全員がチューブの底面に注意を向けた。

 じりじりと進んだ。
「あっ」
 スジーウォンが小さな声をあげた。
 チューブに入って初めて、金属の壁以外のものを発見した。

「急ぐな!」
 ハクシュウが小さな声で命じた。
 もしあの物体が囚われ人なら、どんな仕掛けがあるか知れたものではない。

 それぞれが自分のスコープのモードをめまぐるしく変えながら、異常の有無を調べながら近付いていく。
 チューブは静まり返ったままで、何の変化の兆しもない。

 ついにその物体に触れた。
「あっ」
「これは」
 その正体は。


 人の亡骸。
 それもかなり以前に死んだもの。
 肉は腐敗して崩れ落ちている。
 薄い緑色の衣類を、屍に被せられたかのように纏っている。
 男か女かも分からない。
 誰もが愕然とした。

「これが、バードなのか」
「たった、一日でこんなになるものか……」

 ンドペキは、この奇妙な施設なら、どんなことが起きても不思議ではないような気がした。
 このチューブはまさかタイムマシンではないか。
 ここへ走ってくる間に、何十年もの月日が経っていても、信じられるような気がした。

「ん! ちょっと待て」
 ハクシュウが我に返ったように言った。
「パキトポーク。ここまでの距離は?」

「そうだな、三百二十キロ三百八十八メートルというところだな。数メートルやそこらの誤差はあるぞ」
「うむ、もう少し先か」
「この人ではない、ということね」
 スゥがほっとしたように声を吐き出した。
「そう思いたいね」
 再び慎重に進んでいく。
 何本もの光が、チューブの底面をくまなく照らし出す。
「見落とすなよ」

 そこから先には、干からびた死体が幾体も転がっていた。
「なんだ、ここは」
「ここに放り込まれた連中か?」
 小さな声でささやきあっても、声はこだまする。

「ここまでには死体はなかった。ということは、これらはこの先から逃げてきて、ここで息絶えたということだよな」
「このあたりが、元気なやつの到達点か……」
 だとすれば、この先、どんな光景が待っているのやら。

 死体には比較的新しいものもあった。
 全員が衣服を身に着けている。
 兵士の装備をしているものはいない。

 比較的新しい死体には、触れてみて、顔を見て、バードではないかどうかを確かめた。
「参ったな。バードの顔を知らない」
 ハクシュウが唸った。
 スゥが、イコマに聞いたことを伝えてくれる。
「年齢は二十代。女性。髪は長く、小顔でまぶたは一重。身長は百六十センチ程度。ということらしいわ」
「なるほど」
「細めの体型」
「服装は?」
「分からないって」
「瞳の色は?」
「あっ、聞いておけば良かった」
「うーん。次に目覚めるのは、いつだって?」
「待てないわ。睡眠時間は七時間」
「睡眠ねえ」
 ンドペキは、いざというときに頼りにならないおっさんだな、と思ったが、口にはしなかった。
 最も悔しい思いをしているのは、この人なのだから。


 それにしても、これほどたくさんの亡骸が転がっているとは思ってもみなかった。
 ンドペキは、救出以前に、見つけ出すことさえ難しいのではないかと思い始めていた。

「大声で呼んでみますか?」
 隊員が言ったが、ハクシュウは、首を横に振る。
「ここがどういう施設か知らないが、何らかの監禁施設だ。万一、施設側の人間に見つかるのはまずい。ここで戦うのは圧倒的に不利だ」
 同感だ。
 局所的には戦えても、ここから抜け出すのはまさに絶望的である。
 全員が破滅するのは眼に見えている。

「まだ、間に合う。あの声はそう言ったよな」
「当てにはならんさ。それに、俺たちが間に合わなかったってこともあるだろうさ」
「いやなことを言わないで!」
 最初から数えて、二十一体目。
「俺の計算では、ここが、三百二十キロ五百六十六メートルということになる」
 パキトポークの声に、自然と緊張が走った。


 ハクシュウがそこに倒れているものに、手を掛けた。
「あっ」
 女だった。
「暖かい!」
 隊員達は色めきたった。
「よし、そっとだ」
 仰向けに寝かせた。
「まだ生きている。スジーウォン、怪我がないかどうか、調べろ」
「はい」
「他のものは、警戒を怠るな!」

「これがパパさんの娘なのか?」
 パキトポークが不安げな声を出した。
「知らん」
「条件には一致するが……」
「違っていたらどうする」
 と、パキトポークが暗闇に光を投げかけながら、ささやいた。
「どうもしないさ。この暗闇地獄から、この人を救い出したってことさ」
「もっと先へ行ってみるのか?」
「うーむ」
「行くなら、この人を運び出す隊と、先へ行く隊を分けなくてはいけない。この人をここに置き去りはできまい」

 女は衰弱し、意識もない。
 しかも、血だらけだ。
「怪我の具合は?」
「骨が折れたりはしていないみたい。でも、腕や脚に怪我をしている。まだ、血は乾ききっていない。顎の辺りも血だらけ」
「ここで治療はできそうか」
「難しいと思う」
「身元を示すものは?」
「何もない。この人がバードさんだと断定できないわ」

 ンドペキは、どこかで見たことのある顔だと思ったが、思い出せなかった。
 同じ街に住んでいるのなら、すれ違ったりしたことはあるかもしれない。
 女は目を閉じている。
 目が開いていれば、もう少し印象がハッキリするのだろうが。
 しかも、女の顔の下半分には血がねっとりとこびりついている。
 とても普段の素顔を思い浮かべることができない有様だった。


「運ぶぞ」
 隊員がバックパックから簡易な背負子を取り出した。
 負傷した兵士を運ぶものである。
「そうだな。担架よりその方がいいな」
 担架はふたりで担う。進行速度を一定に揃えるため、遅くならざるを得ない。
 その点、背負子なら自由が利く。背負われるものには負担だろうが。

「俺が背負う」
 隊員たちは相当疲労しているはずだ。
 俺の出番だ。
「よし」
 ンドペキは背負子を付けてもらって、女を座らせ、括りつけた。
 簡易酸素ボンベを装着し、チューブを鼻に差し込んだ。
「今できる処置は、これしかないな」

「大丈夫だからね。ちゃんと外に連れ出してあげるから」
 スゥが声を掛けてやった。

「この先には行かないんだな」
 パキトポークがハクシュウに確認した。
「無理だろう。隊を分けることはできないし、エネルギーパットも残り少ない。それにこの人はかなり弱っている」
「了解。そう言うと思ったよ」
 一刻も早くここから出たい。そんな気持ちが滲んでいた。
「戻ろう」

 チューブを戻り始めてすぐ、あの声があった。
「敵軍がこの中に入ったぞ」
「なんだと!」
「約百五十名、接近している」
「くっ」
 ハクシュウが、隊を停止させた。
「前方か」
「そうだ。あと三分で遭遇するだろう」
「照明を付けろ! 戦闘準備!」
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