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ニューキーツ 作者:奈備 光

3章 チューブ

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48 使命の記憶

 イコマはチョットマの肩の上で、祈るしかない。
 間に合って欲しい。
 心にあるのはただそれだけだった。

 街からどんどん遠ざかっていく。
 荒野は徐々に湿気を帯び、まばらだった木々の密度が増していった。
 やがて、木々や潅木の藪の間を抜けて走るようになり、進行スピードが落ちた。

 女が言ったように、足を止めたのは窪地を出発してからちょうど一時間後だった。
 小さな祠のようなコンクリートの建物が、背の低い木々に覆われて建っていた。

 夜の林の中である。
 暗くてよく見えないが、あたりに他の建物はない。
 イコマはすぐに悟った。
 施設とは地下施設なのだ。
 この台地の下に、何らかの空間が広がっているのだと。


 隊が集結するのを待って、ハクシュウが祠に近づいた。
 扉を破壊するのだろう。
「鍵はかかっていないよ。中を覗いたらわかるけど、階段がある。でも、瓦礫で埋まっていて、降りていくのはかなり難しいよ」
 ハクシュウが扉を開いた。

 真っ暗だ。
「見えないな。チョットマ、明かりを出してくれ」
「ハイ!」
 チョットマがカートから、投光器を取り出した。
 通信はオープンモードに切り替えていて、イコマにも彼らの会話が理解できた。

 イコマは、ハクシュウが翳す後ろから、階段の中を見た。
 そこは、幅二メートル足らずの下りの階段だったが、スゥが言ったように、天井や壁が崩れて大小の瓦礫で埋め尽くされていた。

「この先は」
「知らないよ、行ったことないから」
「では、俺がまず行く」
 すかさず、コリネルスが、それは無茶だ、と止めにかかった。
「ひとりで行くようなところじゃない。政府の監禁施設だろ。たったひとりで立ち向かえるようなやわな施設じゃないはずだ」
「しかし、ここの状況じゃ、列を成して降りてはいけないぞ。それこそ、下にいるものが危険な目にあう」
「瓦礫を撤去しながら進むしか、手はないだろ」
「時間がない」

 イコマは、ついに自分の出番が来たと思った。
「私が降りて行きます。明かりをお願いします」
 言うがはやいか、チョットマの肩を飛び立ち、洞窟の入り口に飛び込んだ。
 チョットマが、じゃ私が明かりを、と後に続こうとする。
「だめだ! 俺が!」と、ハクシュウが追ってきた。
「ゆっくり! イコマさん! あわてないで! そんなに早く飛ばれては、ついていけません!」

 祠の外で、揉み合う声が聞こえた。
 上ではスゥとンドペキが揉み合っているようだった。
「私が行く!」と、スゥが叫んでいる。
「急に何を言い出すんだ!」
 パキトポークが一喝した。
「隊長に任せろ!」


 階段は幅の広さに比べて、思いのほか急勾配だった。
 施設のメインの入り口ではなく、非常用通路のような印象である。
 瓦礫は地上に近い部分では、足の踏み場もないほど堆積していたが、下に行くほどその量は少なくなった。

 ハクシュウが声を掛けてきた。
「少し待っていてください。応援を呼びます」
 スジーウォンとパキトポーク、他に三名の隊員に降りてくるように命じた。
「他のものは、俺たちが救出に向かっている間に、できるだけ瓦礫を排除しておいてくれ。コリネルス!」
「はい」
「宿営の準備をしてくれ。援護隊十名ばかりを残して、後は適当な時刻に休むように手配してくれ!」
「了解!」
「それから、あいつの話をゆっくり聞いてやってくれ!」
「了解です!」

 イコマは、今、アヤはどうしているだろうかと思うと、胸が潰れそうになった。
 しかし、すばやくその感傷的な思いを締め出した。
 悲しんだり悩んだりしているときではない。

「行きましょう」
 今度はハクシュウが先頭に立った。
「申し訳ないが、彼の肩にとまってくれませんか」
「はい」
 イコマは指示された兵士の肩にとまって、先を降りていくハクシュウの背を見守った。

 これから、何が待ち受けているのか分からない。
 ここに、政府の監視網は届かないかもしれない。
 位置確認がなされなければ、万一、死んだ場合に再生されることはない。
 不安はあるだろうが、ハクシュウ以下、どの兵士の足取りにも迷いや恐れはまったく感じられなかった。


 どれほど降りてきたろうか。
 時間にして十分ほど。
 地下二百メートルほどだろうか。

「扉が」
 ハクシュウが声をあげた。
「仕掛けがあるかもしれない。慎重に行くぞ」
 イコマは飛び立った。
「私が先に行きます」
 私は死ぬことはないので、という言葉を飲み込んで。

 ゆっくりと降りていく。
 狭い踊り場。
 そこに、金属性の観音開きの扉。
 投光器に照らし出されて、分厚く緻密な表情を見せていた。


「壊れている。傾いているし、隙間が」
 イコマの報告に、ハクシュウが降りてきた。
 扉を開閉するためだろうボタンが二個、壁についているが、それを押しても何の変化もない。
「ここに暗証番号を打ち込むんだな」
 蓋のついたボックスが壁に埋め込まれている。
 しかしそのボックスは、施錠されていて開けることができなかった。
「どうせ認証はできない。ロックが外れるかどうか、一か八かやってみるか」

 パキトポークが止めた。
「ここの天井も壁も、もろい。爆破は無理だ。それに扉の向こうにこの御仁の娘さんがいたらどうする」
 そういって、「バードさん! イコマさんが助けに来ています!」と、呼びかけてくれる。
 イコマも声を合わせて呼んでみるが、この目ん玉姿だ。フライングアイはか細い音声しか発せない。


 アヤからの応答はない。

「じゃ、力づくで押し開けるしかないか」
「ふむ」
 ハクシュウが扉の中央部を力任せに押した。
「びくりとも動かないな。こっちがだめなら、こっちはどうだ」
 と、もう一枚の扉を押した。
「おっ」
 わずかに動いたようだった。
「よし」
 ふたり掛かりで押すと、スーッと扉が自分で動き始めた。
「しめた!」


 完全に右半分の扉が開いた。
 ところが、ほんの二十メートル程先に、また同じような扉がある。
「厳重だな」
 イコマだけがその風除室のような空間に入り、二つ目の扉を調べた。
 こちらもひとつ目の扉と同じように壊れていて、隙間が開いている。
 ハクシュウが入ってこようとした。
「だめだ!」
 イコマはあわててハクシュウを止めた。
「センサーが!」
 一本の赤外線が、風除室を横断していた。

「センサーを切らないよう、誘導してください」
 イコマはハクシュウたちが、二つ目の扉に来るのを待った。
 その間に、恐ろしいことを思いついた。
 もし、この扉を開けることができても、同時に最初の扉が閉まるという仕様だったら。
 また、力づくで同じように開くとは限らない。
 少なくとも、一枚目は途中からは、機械仕掛けで開いたのだから。

「一旦、扉の外に出て!」
 一行が風除室の外に出ると、ひとりの隊員が言った。
「すみません! 俺、センサーを切ったかもしれません!」
 周囲の変化に注意を向けた。
 警報が鳴るわけでもなく、どこかの仕掛けが動き出した様子もない。
 かなり長い時間、様子を見て、ようやくハクシュウが聞いてきた。
「どうされたんです?」
 イコマは、さっき思ったことを話した。

 さすがにハクシュウも考え込んだようだ。
 イコマは言った。
「戻りましょう。せめて明るくなってから、もう一度来ましょう」
 実際は、すぐにでも扉を押し開けて中に入りたかったが、これ以上、ハクシュウたちを危険に晒すわけにはいかなかった。
 そのとき、コリネルスから連絡が入った。
「瓦礫の撤去、終了!」
「おっ、早いな」
「あいつがどうしても話したいことがあると言っています。そちらに向かわせていいですか?」
 ハクシュウが顔を向けた。
 イコマは、再び、戻りましょう、と言った。
「いや、俺たちも上に引き上げる」

 イコマは隊員の肩にとまって、階段を駆け上っていった。
 断腸の思いとは、こういうことを言うのだろう。
 あの扉の向こうにアヤが倒れているかもしれないのだ。
 助けを待って。

 しかしイコマはその思いを振り切ると、ハクシュウに言った。
「今日は本当にありがとうございました」
 ハクシュウは応えない。
 ハクシュウの心を支配している思いを推し量って、イコマはそれ以上は言わなかった。
 目的は達成できていない。礼を言うのは早い。
 ハクシュウも同じことを考えているに違いなかった。


 階段を半分ほど登ったところで、またコリネルスから通信が入った。
「下で話したいそうです。地上に出ると、傍受される恐れがあるので」
「そうか。では、中ほどで待っていると言え」
「了解」
 しばらく待つと、ンドペキが降りてきた。
 スゥも一緒だった。

「隊長」
「どうした」
「すまなかった、俺は」
「詳しいことは、またいつか聞く。心配するな。だれもおまえを責めやしない」
「しかし、このままじゃ皆に合わせる顔がない。その女性の救助は、俺にやらせてくれ」
「それはだめだ」
「なぜだ」
「なぜ、おまえが消されるのか、その理由を突き止めていない。俺たちはそれをやめさせなくてはならない。その前におまえが死んでしまったら、俺たちにやることがなくなってしまう」
 ハクシュウが冗談めかして言ったが、ンドペキは引き下がろうとしない。

「明日だ。朝から作戦を再開する」
 ハクシュウが宣言したが、ンドペキが食い下がった。
「急を要するのではなかったのか! 俺は今から降りていきたい」
「許可しない」
 パキトポークがンドペキの背中をどやしつけた。
「隊長の言うとおりにしろ! おまえの気持ちは分からんでもないが、妙な使命感に燃えるな!」
 ンドペキはがくりと肩を落とすと、実は、と語り始めた。
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