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ニューキーツ 作者:奈備 光

3章 チューブ

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45 信じることの色

 チョットマがハクシュウの本隊に追いつく数時間前。
 ンドペキは悶々としていた。
 ひとりきり、洞窟の大広間に座っていた。

 昨夜、女は一言も口をきかないまま、ンドペキがどうしても追いつけない速度で北へ向かっていった。
 洞窟に着くと、テーブルに手紙が置いてあり、そこにはこう記してあった。
「あなたは今とても危険な状況。ここを出てはだめ。こんどこそ私を信用して。明日の夕方には戻ります」

 やっと事情を聞かせてくれるのかと持ったら、これだ。
 いったい俺は、どういう状況に置かれているというのだ。
 ンドペキはさすがに疲れ果てて、考えることにも飽いていた。


 確かに、状況はいいとはいえない。
 最大の理由は、誰とも連絡が取れないことだった。
 自分が交渉の立会人に選ばれたからといって、政府のこの処置は何を意味するのだろう。
 レイチェルは交渉の中身や回答について、その方向性すら語らないというのに、自分の通信手段を奪うことにどんな意味があるというのだろう。

 しかし、一方で今の状況がそれほど悪い、しかも切迫しているとも感じなかった。
 あの女の言うことを真に受けた自分が悪いのだ。
 今まさに自分は、政府による処分を逃れようとしているかのように、こんな荒野のど真ん中の洞窟に潜んでいる。
 本当に、そんな必要があるのだろうか。

 街に戻り、自分の部屋に閉じこもっていれば、明日、レイチェルからなんらかの命令があるだろう。
 明日は部屋にいるように指示されているのだから。
 ただ、すでにレイチェルの命令には背いてしまっている。
 街の外に出るなという指示に反して、誰も知らないこんな遠くの洞窟にいるのだ。
 今から街へ引き返せば、万事が上手くいくだろうか。


 ンドペキはそんな考えを弄びながら、結局は自分は街へ引き返す気などないことを知っていた。
 レイチェルに恨みはないし、隊のメンバーには恨みどころか、心配をかけているだろうな、と心を痛めている。
 ハクシュウやスジーウォンやチョットマは自分の失踪を知って、どんな気持ちでいるだろう。
 そう思うと、心が塞ぐ。
 それでも、引き返そうと思わなかったのは、いくつかの理由がある。

 部屋に盗聴装置が仕掛けられているらしいということ。
 政府から目を付けられていることは疑いようがない。

 合理的な理由はそれだけだ。 
 しかし、ンドペキはあの女を信じてみたい気になっていたのだ。

 私を信じて、というような言葉はそうそう聴くものではないし、だからといって、たちまち信じてしまうというのも滑稽な話だが、自分の心の中であの女の存在が大きくなっていることを気づいていた。
 一種の賭けをしているような気分だといえるだろう。
 ンドペキは、心の中でハクシュウやスジーウォンやチョットマに謝りながら、一昼夜を過ごしたのだった。


 夕方が近い。
 そろそろあの女が戻ってくるだろう。
 ンドペキは、いつの間にか自分があの女を心待ちにし、しかも「女」としてみていることに気がついて、苦笑した。

 洞窟の中の空気がかすかに揺らめいて、女が帰ってきた。
「おい!」
 ンドペキは女の顔が見えるやいなや、声をかけた。
「ちょっと遅くなったわ」
 女は抱えていた荷物をテーブルに降ろすと、中から一本のボトルを取り出した。

「昨日今日と、ンドペキには辛い思いをさせたから、少しだけ喜ばせてあげようと思ってね」
「そんなことはどうでもいい。いつになったら、まともに説明をしてくれるんだ!」
「まあまあ、焦らないで。せっかくあなたのために買ってきてあげたんだから。これ、普通は売ってないよ。特別に作らせた一本なんだから。これを飲みながらね。あんまり時間はないけど」
 ンドペキは、さっきまでの少し甘い感傷はすっかり忘れて、怒りを爆発させた。
「ふざけるのもいい加減にしろ!」

 女は、ハッと短い溜息をついて、肩を落とした。
「やっぱり私を信用していないんだ」
「おまえの何が信用できるというんだ! 意味もなく、こんなところに放っておかれて!」
「それは説明したわ。あなたは最悪の場合、削除されるかもしれないって」
「一体全体、どういうつもりでそんなことがいえるんだ!」
「だから信用してもらうしかないわね」

 今度はンドペキが、溜息をついて肩を落とした。
「な、あんた、ちょっとは俺の身にもなってくれよ」
「ねえ、ンドペキ、その言葉はそのままお返しするわ。ちょっとは私の身にもなってよ」
 ンドペキは、困った顔をしている女を睨みつけていたが、女はすっと表情を崩すと、
「これを飲みながら話すって言ったでしょ」
「よし、全部話してもらおう」
「そんなに堅苦しく構えられたら、話せないよ」
「わかった。俺はおまえを信用していたからこそ、今ここにいる。俺を安心させてくれ。では、それをいただこう」

 女は、よかったと微笑んで、ボトルの栓を抜いた。
「珍しいお酒なの」
 ンドペキは口をつけた。
 酒は無色透明で、きつい香りもない。柔らかい味だ。ふわっとしたパンのような香りが口の中に広がった。
「どう?」
「飲んだことのない酒だな。旨いよ。でも、酒の薀蓄はまた今度でいい。今は時間がないんだろ」
「そう。もうすぐ出かけなくちゃいけない」
 女が語る話を、ンドペキはほとんど口を挟まずに聞いた。



 まず最初に、ンドペキが置かれている状況について。

「ニューキーツの街には長官であるレイチェルに対抗する一派がいるの」
 レイチェルの体制は磐石ではない。
 その反レイチェル派はかなり大きな力を持っており、いずれその二派は衝突するだろうといわれている。
「その一派が行動を開始したらしいの。その行動というのがどういうものか、今はまだ調査中だけど、私はそれがあなたに関係したことだと思った」

 女には、政府内の情報に詳しい仲間がいるという。
 ンドペキと連絡を取ろうとしたが、通信が遮断されていたという。
「たまたま通信状態が悪いなんて、そんなケースはないでしょ。それで、気がついたのよ。もしや、あなたはレイチェルの行動を制約する、あるいは何らかの行動を促す囮にされるんじゃないかって」
 そのためには、レイチェルやハクシュウと自由に通信ができては、都合が悪いというわけだ。

「俺の部屋に盗聴装置が仕掛けられているようだ」
「なるほどね。一派はそこまで念を入れてるのね」
「一派というのは?」
「その話は長くなるわ。簡単に言うと、いよいよ人類は滅亡するかもしれないということ。具体的な名前は、私も知らない。相手は人間じゃないし」

「なんと! つまりパリサイドでもないってことか?」
 女はそれを遮ると、次の説明に移った。
「いい? 実は今、もうとんでもないことが起きているみたいなの。ンドペキは、例のパリサイドへの回答、レイチェルから聞いた?」
「いや」
「そう。まずいわね。私は、レイチェルは彼らの要求をすべて呑むと思うのよ。反レイチェル派はそれをさせまいとすると思う。つまり、事態はかなり切迫している」

 女の話は、ンドペキがまったく予想もしなかった内容だった。
 パリサイドとの会談など、政治的な話にンドペキは興味はなかったし、一市民として何の力もないことはわかっていた。ただ、与えられた命令を遂行しさえすればいいと考えていた。

 ところが、いつの間にか、その渦に飲み込まれているというのだ。
 通信が遮断されていることで、自分の身に異常な事態が起きつつあることはわかっていたし、だからこそ女を信じてここまで来たのだ。
 しかし、まさか政治的な争いに巻き込まれているとは予想もしていなかった。

「私は、あなたが何らかの作戦の囮として使われたくはない」
「もちろんだ」
「それが最終的にどういう結果を生むか、ハッピーなものであるはずがない」
「俺たちは、実際のところ、非力だからな。首根っこを政府に押さえられている。生かすも殺すもあいつら次第ってわけだ」
「そうね」
「あんたもだろ」
「そう。私もマト。すこし、自分なりに細工はしているけどね。彼らの言いなりにならないように」
「そうなのか……」

 ンドペキは会談のとき、パリサイドをこの女が撃ったことを思い出した。
「大事なことを聞くのを忘れていた」
 自分のことばかりに気をとられて、相手の行動や身の上を案じていなかったことを詫びた。
「いいのよ、そんなことは」
「向こうに捕えられて、よく無事だったな。心配したぞ」
「心にもないことを」
 そう言いながらも女の顔が和んだ。今日初めて見せる穏やかな表情だった。


「向こうであったことはあなたには関係ないし、重要なことでもないわ。歓待はされなかったけど、すぐに釈放されたんだから、もう気にしないでね」
「でも、どうしてあいつを撃ったんだ?」
「あくまで個人的なこと」
 女は、もう聞くなというように笑ってみせた。

「ところで、あんたは誰なんだ?」
 ンドペキは、女ががっかりするだろうとは思ったが、もう一度、それを聞かずにおれなかった。
 まだ、思い出さないのか、となじられようと、先日のように涙を見せられようと。
 しかし女は、以前のように悲しげな目をしただけだった。

「私のことは知らなくてもいいのよ」
「いや、知りたいんだ」
「ありがとう。でも、私の名前を聞いたところで、あなたにはなんの意味もないわ」
「んー、それは、俺が忘れているからか?」
「それもあるけど、私はある人の命令で動いているだけだから」
「えっ、そうなのか」
 ンドペキは驚いた。
 自分とこの女の過去に、何らかの関係があったと思っていたからだった。


「そうなのか……、俺はてっきりあんたと昔、なにか……」
 女はやはり悲しげな目をした。
「そのあたりは、おいおいご本人の口から聞くことになるわよ」
「うむぅ」
「きっとそういうことになる。だから、私のことは構わないで」
「そうだとしても、あんたの名前は知りたい」
「言ってはいけないことになっているの」
 女は目を伏せ、はっきりと悲しい顔をした。
「じゃ、なんて呼んだらいいんだ。いつまでも、あんたじゃ味気ない」
「そうね、じゃ、スゥということにしておくわ。昔々、私があこがれた歌手の名前」
「スゥ、いろいろありがとう」
「ううん。だから私は」
「もう、言わなくていいよ。わかったから。今の君に礼を言いたかっただけだから」
「ありがとう。うれしいわ」


 スゥと名乗った女は、次の話に移っていった。

「じゃ、今からの行動を話すわね」
「そうこなくちゃ」
 洞窟に閉じ込められている状況はもうたくさんだ。

「きっと、あなたも喜ぶわ」
「おう、そうありたいね」
「ハクシュウの部隊がこちらに向かっている」
「えっ!」
「かなり外れたコースを取っているけど」
「呼んだのか?」
「そんなことしないよ。彼らは彼らの論理で動いている。つまり、あなたを追って」
 ンドペキは喉が詰まった。

 まさかハクシュウは、俺を捕えようとこちらに向かっているのだろうか。
 軍上層部の命令だろうか。


「ハクシュウというのはなかなかの隊長ね。少し調べてみたけど、いまどき珍しいくらい、ちゃんとした男」
「いま、どの辺りにいる」
「まだ、半分くらいの行程かな。遅いんだよね、行軍スピード。ま、あなたを探しながらだし、チョットマが追いついてくるのを待ちつつ、だからだろうけど」
 ンドペキは混乱した。
 ハクシュウが追ってきていることも驚きだったし、この女はいったいどこまで知っているのか、というのも驚きだ。

「いまから私達がすることは、彼らを迎えに行くこと」
「迎えに?」
「そう。あなたも行くでしょ。退屈でしょ」
「待て。ハクシュウは何のために俺を追っている?」
「えっ? 何のためにって、あなたに会いたいからじゃない」
「もっと具体的に言ってくれ」
「驚いたわね。ハクシュウが聞いたら悲しむよ。彼を信頼していないの?」

 ンドペキは理解した。
 ハクシュウは、俺の身を案じて捜索してくれているのだ。
 自分を恥じた。
 しかし、ハクシュウの意図はどうあれ、街政府の正規軍である。
 どんな任務なのかはわからない。


 ンドペキは正直にその危惧を話した。
「だから、ハクシュウを信頼していないのかって聞いたのよ」
「いや信頼している」
「だったら、そうしたら? 私が前に話したこと、忘れた?」
「ん?」
「ここにあなたとあなたの仲間が来ることになるだろうから、いろんなものを用意した」
「そうだったな。こういうことだったのか!」
「今日、私が街で、情報収集のついでに、何を買ってきたと思う?」
「わからない」
「隊に女性が何人かいるから、彼女らが困らないように、いろいろ買い込んできたのよ」
「すまない」

 この女がなにを考えているのかわからないが、そのとおりに、ことは運んでいるというわけだ。
「こんなに早く、とは思ってもみなかったけどね」
「どんな状況を予想していたんだ?」
「さあ、それは私に指示した人に聞いてみて」
 スゥはそういって、立ち上がった。
「ところでさ、チョットマに会ったんだけど、敵意むき出しでさ。ンドペキ、うまく間を取り持ってよ」
「うむう」
 自信がない。


 スゥが立ち上がった。
「行くのか?」
「他に聞いておきたいこと、ある? 外に出たら、話せないわ。傍受されたくないから」
「ない」
 ハクシュウたちと早く会いたい。

「きっと彼は、ンドペキの勝手な行動を責めたりしないと思うわよ」
「ハクシュウに対して不誠実な行動をとってしまった。レイチェルの命令にも背いている。罰は受ける。ハクシュウに責められても、仕方ないと思っている」
「たぶん、そんなに責められないわよ。あなたが彼を信頼しているんだったら。私の読みでは、歓喜の声で迎えられるわ」
「それはないだろ。でもなぜ、そんないい加減なことを言うんだ? ハクシュウがどう思っているか知りもしないのに」
「あれ、言ってなかったかな。私の仕事は占星術師。当たるのよ。表向きの職業だけどね」
「はあ? 占い! 今時、そんな職業があるのか」
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