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ニューキーツ 作者:奈備 光

3章 チューブ

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42 ご褒美の歌

 ハクシュウならどうするだろう。
 集合地点に七人の兵士が集まった。
 命令を下さなくてはいけない。

「本隊の現在地点、北北西二百十キロ。速度九十キロで北北西に走行中!」
 集まった隊員は補給部隊五名と援護要員二名。
 全員が自分より年上だし、兵士の経験も長い。
 チョットマは緊張しながら、命令を発した。

 ハクシュウは常に、目標地点と隊形、速度、行軍中の注意点を伝えている。
 私も。
「D隊形、速度は百四十キロ。計算上は四時間十二分後に本隊と合流予定。予定時刻十七時五十二分。よほどのことがない限り、休息はとらない」

 ここまで、誰からも意見は出ない。
 チョットマは表情が見えないことが、こんなに不安なものかと思い知った。
 いつもはハクシュウやンドペキの指示通りに動いておればよかったが、自分が指示を出す側に回ってみると、その反応が見えないというのは辛いものだと初めて知った。

 D隊形。
 それは、菱形に中心点を入れた隊形。
 補給要員は全員がカートを引き連れている。
 単にスピードを出すという意味では問題はないが、アクシデントに小回りが利かない。
 あまり広い隊形を取ると、いざというときに救援に向かえないと考えたからだったが、それが本当に正解なのか、心もとなかった。


 チョットマは菱形のそれぞれの頂点と中心点に位置するメンバーを決めた。
「援護要員は隊形の前後に。後方はマシンだけでなく、他の軍の動きがないかにも注意すること」
 あえて、街政府の追っ手が来るかもしれないとは言わなかった。
 今回の作戦の目的を正確に知らない隊員からみれば、後方に要員を割く意味がわからないかもしれないが。
 しかし、だれも異議を唱えるものはいなかった。

「敵は回避すること。本隊合流を最優先する。ンドペキの痕跡にも注意すること。では、展開!」
 チョットマは駆けた。菱形の前方の頂点に向かって。
 隊員からポイントに到着した旨の連絡が入ってくる。
「進め!」

 チョットマ隊は順調に進軍していったが、快晴の空に一点の影が現れた。
「ちっ」
 隊員が呟いた。
 黒い影はみるみるうちに大きくなっていく。
「エネルギーを満タンにしてやがる」
 影と見えたものは、パリサイドの群れだった。
 十体ほどが翼を広げつつあった。

 シリー川で見て以来、初めて遭遇した光景だ。
「連中、こっちの方まで進出してやがる」
 シリー川のコロニーから、かなり距離がある。
「あいつらから、俺たちの動きは丸見えだな」
 チョットマは、万一彼らに攻撃された場合のことを考えると身の毛がよだった。
 ただ、こういう場面で何を隊員に伝えればいいのか、わからない。
「敵だと決まったわけではない」
 最年長の隊員の声がした。
「構うことはない」
 チョットマはそのメッセージに感謝した。


 シリー川の会談後、ボールは地球人類の側にある。
 レイチェルはどんな返事をするのだろう。
 そして他の街は? 集まって会議などをするのだろうか。
 自分はそういうことにまったく無関心であったと思っていた。だからといって、今後も関心を持つことはないだろうが。
 チョットマは無事にハクシュウの部隊に合流することに集中しようと意識を戻した。
 隊員が言うように、上空の翼の群れを気にしているときではない。

 本隊との距離はかなり縮まっている。順調だ。
 パパが言った。
「アンドロから情報が入った。いま、話している。彼が言うには、街の防衛隊の動きが慌しくなったようだ。理由はわからない」
 パリサイドとの戦闘に向けた動きなのか、ハクシュウ隊を追う動きなのか。あるいは、他の要因があるのか。
「兵士向けの街の商店が、強制的に閉鎖させられた」
「えっ。それは」
「軍全体を再編しようという動きかもしれないな」
 前代未聞の事態が起きつつある。そんな予感がした。


 チョットマはそれをすぐにハクシュウに伝えたが、了解、という言葉が返ってきただけだった。
 そして最後尾を守ってくれている隊員に、「後方、要注意。特に街の防衛隊の動きに注意」という指示を出した。
 こちらも、了解というだけだ。

 隊員は不思議に思っただろうが、口にはしない。
 表情が見えればいいのに、とチョットマはまた思った。
 これまで感じたことのない感触だった。
 顔を隠し、声音を変えて接触しあうだけの仲。
 これを「友達」というのだろうか。
 あの女がいった言葉、そしてパパの言葉が頭をよぎった。


「マシンと接触!」
 左後方の隊員から、連絡が入った。
「敵は?」
「交戦やむを得ません!」
 チョットマはすぐに指示を出した。
「支援隊員二名、現場に急行!」
「了解!」
「他の者は、減速四十キロ!」
「了解!」
「Cランク三体! カートを守り抜きます!」
「バカ! 命を守りぬけ!」

 モニタに支援隊員が猛スピードで菱形の左頂点に向かって移動しているのが見えた。
 必然的に、チョットマが先頭を行くことになる。
 これでよかったのか。
 チョットマは自問した。

 Cランク三体を三名で相手するなら、それほど難しいことではないだろう。
「動きの速いやつですが、知能は低い。大丈夫です!」
 後方から近づいた隊員が連絡してきた。
 モニタを見る限り、後ろから向かった隊員がマシンをひきつけ、補給物資を持った隊員を逃がそうとしている。
 チョットマは前方に注意を戻した。


 とっさに、命を守りぬけと叫んだ自分が不思議だった。
 ンドペキから教わったとおり、前方七、後方二、戦闘中の隊員一の割合で意識を集中だ。
 戦闘中の仲間がどうしても気になるが、任せておく。それが肝心だとンドペキは教えてくれた。
 今、自分は隊長として先頭を走る。
 自分の注意がおろそかになり、判断を間違うと、隊全体の危機を招くのだから。

 二分経過。
 最初からマシンを回り込んで避ければいいのに。
 よほどの相手でない限り、早く気づいて遠回りすれば戦闘になることはない。
 少なくともそれだけの視界と脚力は持っているはずなのに。
 チョットマはそう思ったが、口にはしない。
 ぼんやりしていたのではなく、避けられなかったのだ。
 そう思うことにしなくては。

 人を率いるということは我慢強くなくてはいけないのだ、とチョットマは思った。
「Cランク、新たに六体。戦闘は避けられません!」
 チョットマは停止し、命令を出した。
 相手はすばやいタイプで、倍の数。
 接触してしまえば逃げるのは難しい。執拗に追われることになり面倒だ。

「一、三、四は戦闘! 五はカート回収!」
 自分も含めた三名を戦闘に参加させ、相手を倒すしか手はないと判断した。


 戦闘に五分を要したが、隊員は全員無傷で、カートの損傷もたいしたものではなかった。
「中身は傷んでいないか?」
「大丈夫です。これしきの砲撃ではびくともしません」
 カートの持ち主は、弾を受けたカートの横っ腹や接合部を確かめながら、
「新品ですから。すみませんでした。お手間を取らせました!」と、謝った。

 また、チョットマは顔が見えればいいのに、と思った。
 顔が見えれば、微笑むことでも伝えられる。気にすることじゃない、と。
「後方から追ってくるものはありません」
「ンドペキ伍長のものらしきものは、今のところ見当たりません」
 他の隊員が報告をしてくる。
 このタイミングで言うのだから、マシンに掴まってしまった隊員に、気にするな、ということだろう。
 自分も何か言わねば、と思うが、うまい言葉は出てこなかった。


「では進軍を再開する! 先ほどのフォーメーションどおり!」
 パパがささやいた。
「昔の俺なら、今度、飯を奢れよとか、かわいい女の子を紹介しろよ、とか言うな」
「えっ」
 チョットマは意味がわからなかった。
「ドントマインドってことだよ」
 ハクシュウからスマートモードで連絡が入った。
「その調子だ!」
 それだけ言うと切れた。

 ハクシュウは見てくれていた。
 そして自分だけに聞こえるモードで、褒めてくれた!
 今までハクシュウからこんな風に扱われたことはなかったが、ハクシュウはンドペキらをこうして盛り立てているのだと知った。
 この上なくうれしかったし、安心もした。
「パパ、その意味、今度教えてね!」


 チョットマは予定時刻にそれほど遅れることなく本隊に合流した。
 ハクシュウ直属の部隊に編入されて、チョットマはヘッダーの中で、長い安堵の溜息をついた。

 全軍が停止していた。
 夜の帳が降りている。
「各隊ごとに食事を摂れ。宿営地はまだ作るな」
 ハクシュウが命令を出した。
 そしてまた、スマートモードで話しかけてきた。

「よくやった。今度、晩飯を奢ってやる」
「やた!」
「なんだ、嫌がらないのか」
「どうして?」
「顔出して飯を食うんだぞ」
「だって、顔を見ながらじゃなきゃ、本当の仲間になれないじゃないですか!」
「ふふん。おまえ、そんなこと誰に習った。おまえのおつむじゃ考えられないと思うけどな」
「うわ! 失礼ですね!」
 チョットマは幸せ感というものがこういうものか、と思った。
「これをやる。褒美だ」
「えっ、わ! うれしい!」
 ハクシュウがくれたものは、手の平に収まるくらいの薄い鋼の板だった。
「ありがとうございます!」
 十字になっていて、その先は指が切れそうに尖っていた。

「さあさあ、飯だ飯だ!」
 と隊員たちが集まってきた。
「さぞかし今日は、旨いものを食わせてくれるんだろうな!」
「えっ、そういわれても。鍋、持って来てないし。かさばるし……」
 チョットマは、食料チップを差し出した。
「冗談だよ。ありがたく頂きますよ」
 隊員はニッと笑った。
 なんと、すでにヘッダーを外して、顔を見せていたのだ。

 隊の雰囲気が変わり始めていた。
 チョットマも、恐る恐るヘッダーを外した。
 自分の声が変に思われませんように、と祈りながら。
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