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ニューキーツ 作者:奈備 光

1章 海は知っている

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3 記憶の街

 若い兵士は、馬鹿にされたと感じたのだろう。明らかに怒りの表情を見せたが、上官の方は心なしか笑ったように見えた。
 そして、言葉を和らげた。
「金沢にようこそ。と、歓迎したいところですが、ご覧の通りです。危険でさえあります」
 都会の老人と女性が来るところではない、という。

「この駅から外には出ないように。駅のコンコース周辺は我々が掌握していますから安全です。そろそろ暗くなります。街のほとんどのエリアには電気が来ていません。危険です」
 次の大阪方面行きの列車は明日の朝までないという。
「それでお帰りください。それまでは、ここでお過ごしください。観光で来られた方をおもてなしすることは何もできませんが」

 帰るわけにはいかなかった。
 しかし、今は彼らの言葉に従っておくしか手はないようだった。


 生駒は、綾を連れて駅のコンコースを歩き回った。さも、観光客がみやげ物を探すかのように。
 埃をかぶった金沢の街の鳥瞰模型。ショーウィンドウの中のガラクタ。色あせたパンフレットの類。動かなくなって久しい天井の大時計。至るところ欠けて無残な姿となった大きなレリーフなどを見てまわった。

 若い兵士は姿を消し、上官だけが東口の階段の上に立っていた。
 街を警戒しているのだ。

 生駒は迷った。
 この自衛隊員の目をごまかして、どこかから抜け出るか。
 あるいは、事情を話すか。


 武装した自衛隊が掌握しているということは、駅を抜け出るのはたやすいことではないということだ。ここで一晩を過ごし、明日の朝になってから出て行くとしても同じことだった。

 そしてもうひとつ。
 この街の状況を見て、やはり綾は連れてはいけない、という思いを強くしていた。
 彼女には、どうしても無事に大阪に帰って欲しかった。

 綾は思い詰めた表情をしている。
 眼を合わせようとはしない。
 芯の強さは筋金入りであることは重々分っている。
 街のこの状況を見ても、彼女ならひるむことはないだろう。むしろ、老人である生駒をここへ駆り立てた原因を自分が作ってしまったと考えるだろう。生駒を守らねばならないと。


「ちょっと、お聞きしたいことがあるのですが」
 生駒は勝負に出た。
 ここで、自衛隊員にやんわりと監視されながら朝を待っていても、勝機はめぐってこない。そう判断したのだ。

「どこかで食べるものや飲むものを手に入れることはできるでしょうか」
 上官は、顔色も変えずに言った。
「あなた方が買い物に行くようなところはありません」
「でも、市民はどうしているのでしょうか。どこかにお店があるのではないですか」
「市民、ですか。彼らに対して市民という呼び方が正しいとは思いませんが、彼らには彼らなりの暮らしがあります。もちろん、こんな街でも商売をしている者がいます」
「では、そこに案内をしてもらえませんか。あるいは場所を教えてくれませんか」

「今も言いましたように、私は彼らを市民だとは思っていません。この街を見てください。日本中、どこの街もよく似た有様だとは思いますが、彼らは既に暴徒と呼ぶにふさわしいでしょう。たびたびの退避勧告も聞き入れず、街中を略奪しつくした挙句に殺し合いまで始めています。普通の市民は、もう数年前に大阪や名古屋などの都会に避難して行きました。私はあなた方を、そんな連中の中にお連れするわけにはいきません」
 上官は自分の思いをぶつけるように話した。
「現在、市の人口は三千程度です。中には、この街を離れたくないということを理由に留まっている市民も一部にはいますが。あの人のように」
 市民という言い方は正しくないといいながら、この男の言葉の端々に、金沢という街を愛している気持ちが表れていた。

 生駒は自衛隊員が指し示した方に目を向けた。
 ロータリーにジープが入ってきた。この街に来てから、というより、北陸路に入ってからはじめて動いている車を見た。
 降り立ったのは、背の曲がった老人だった。
 運転手はついているようで、助手席から出てきた。

 杖にすがりながら、ゆっくりと駅への階段を登ってくる。
 自衛隊員はどうするのかと思えば、表情ひとつ変えない。かといって、助けに行くわけでもない。
 安心してよい相手だが、駅前広場を監視するという任務を一時放棄してまで、対応する相手ではないということだろうか。

 老人が階段の半ばまで差し掛かったとき、自衛隊員が小声で言った。
「北陸県の知事です。金沢市長も兼任しています。この街に人が住んでいる限り、ここを離れるわけにはいかない、とがんばっておられます」

 老人がもうすぐそこまで来ていた。
 ようやく顔を上げ、微笑んだ。
 白髪と痩身、そしてくたびれたジャンバーと杖のおかげで、この男を老け込ませて見せていたが、陽に焼け、なかなか健康そうだ。
 やけに白い歯が、薄い唇の間からのぞいていた。

「ようこそ、金沢へ。生駒先生」
「あ、ども」
 意表を衝かれた。
「あ、驚かせてしまいましたか」
 知事が、手を差し出してきた。
「山中と申します。北陸県の知事をしております。先生がお見えになることは分かっておりましたが、ちょっとした騒動がありまして、お迎えにあがるのが遅くなってしまいました」

 知事は、生駒が金沢までの特急券を買ったという連絡があったのだという。
 生駒は知らなかった。自分がそういう立場に選ばれているということを。


 日本の人口が三千万人を切った今、政府がなんらかの基準で選んだ主要人物の動向、つまり生存の有無を掴むために、情報網を張り巡らしていた。
 対象者は、政界、官界、経済界、学者、医者、芸術家、各地の古い名家、芸能界、スポーツ界、技術者等、十万人とも、二十万人とも言われている。
 生駒は、まさか自分がその中に含まれているとは思ってもみなかった。

「私も最初びっくりしたものですよ。旅先で、同じようなことを言われたときには」
 知事は朗らかに笑ってみせたが、顔には心なしか、皮肉めいたものが浮かんでいた。

 政府はあくまで安否確認をしているというが、その対象者にしてみれば、監視されているも同然で、気持ちのいいものではない。
 生駒は、自分が醒めてしまっていることに気がついた。
 本来なら、怒りが沸いてもよいようなものだったが、心にそれほど大きなさざなみは立たなかった。

「こんな寒いところでお話をするのもなんですから、県庁まで、いかがでしょう。ぶしつけな言い方で恐縮ですが、温かいものもございます。もし、よろしければ、お泊りいただきましたら大変光栄です」

 生駒にとって、知事の申し入れは渡りに船だった。


「県庁にはまだ職員が十数名、頑張ってくれています。市役所の方の建物は放棄しましたが」
 熱い飲み物と簡単な食事をともにしながら、知事は金沢の街が、北陸の各地がどんな状況になっているのかを話してくれた。
 生駒たちがこの街に来た本当の目的が観光などであるはずがないことは、知事にもわかっているはずだ。しかし、それに触れることはせず、おっとりした表情を崩さない。
 あれこれと話題を変えながら、大阪から来た老建築家を歓待してくれるのだった。

 知事の口から、光の柱という言葉が飛び出した。
「あれがあるおかげで、この街は今年のような寒波でもなんとかやっていけます。この県庁舎もすでに暖房機能はほとんど壊れてしまっていますが、なんとか過ごしていけます」
 知事は光の柱をこう評して、その存在をありがたがったが、もともとの役割には触れなかった。

 光の柱プロジェクト。
 稼働してからすでに十年以上が経っていたが、日本中にまだ賛否が渦巻いているからだろう。
 目の前の建築家がわざわざ金沢まで来たというからには、強い賛同者か、あるいはその反対かである。
 そこを測りかねていたからだろう。

 だが、どんな取り上げ方でも生駒はうれしかった。
 待っていた話題だった。

 生駒は自分達がこの街に来た目的を話した。
 いや、目的そのものではなく、そのプロセスの一部を。


 知事は難色を示すかと思いきや、顔をほころばせて即答した。
「おおっ、それはそれは!」
「お力添えをいただけますでしょうか」
「もちろんです。あれは、私共の宝です」

 誘致の先頭に立ったのは、この知事自身だという。
 観光の目玉になることを期待して。
 目論見どおり、数年間はそれなりに効果はあったのだろう。新聞やテレビで大きく取り上げられていたことを、生駒も覚えていた。

「では、ご案内しましょう」
「ありがとうございます」
 生駒は深く頭を下げた。
「ですが、私は明日、朝から敦賀の方へ行かなければいけません。大変申し訳ないのですが……」
 明後日なら同行できるという。
「いえ、急ぎたいので、ご同行は結構です」
 生駒は丁重に断った。
「そうですか……。車も、あれ一台しかないものですから、お使いいただくわけには参りません。ですので、街外れまでお連れしますので、そこから眺めて帰られるのがよろしいのでは、と思います」
 それでは目的は達せない。
「そこから先へは行けないのですか?」
「いえ、行けないことはありません。ただ、歩いていくのは相当にきついので」
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