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ニューキーツ 作者:奈備 光

2章 シリー川と洞窟

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37 記憶が震えだす

 イコマは見知らぬ男の訪問を受けた。
 アクセスはニューキーツのコンフェッションボックスからと表示されている。
 ぴんと来た。
 この男が、アヤに言い寄っているという男ではないか。

 扉を開き、ひょろりとした男を招きいれた。
 特徴のない顔つきをしている。
 ハワードと名乗り、異様なほど深々と頭を下げた。
 ニューキーツの情報局に勤めていると紹介される。
 果たして、バードさんのことでお話が、といった。

 案内されるまま部屋に入ってきたが、狭苦しい部屋に戸惑ったかようにリビングの入り口で立ち止まった。
「どうぞ、こちらへ」
 椅子を勧めて、イコマは目の前に座る。
 普通なら考えられないほどの近さで向き合うことになる。
 今の時代の人には耐えられない緊張を伴う距離だろう。

 さすがにチョットマはまったく動じなかったが、ハクシュウはかなり戸惑ったようだった。それでも、ハクシュウは座った。

 ハワードと名乗った男は、結構ですと断って、立ったままでいようとする。
「あなたが立っていると、私は座っていられませんよ」
 これは嫌味な言い方だとは思ったが、イコマはハワードを観察したい気持ちになっていた。


 イコマはあきらめて立ち上がり、ハワードと離れて窓際に立った。
 窓の外には昔の大阪の夜景。もちろん、グラフィックだ。
 その景色を眺めるように、窓辺にもたれた。
 そして、促した。
「ようこそ」
 ハワードはほっと肩の力を抜くと、
「慣れていないものですから」と、正直に言った。
 好感を持てる青年だ。
 第一印象としては。

 イコマは迷った。
 自分とアヤとの関係をどう説明すればいいだろう。
 昔に家族だったことがある、と言えばいいだろうか。


 ハワードはまだ何も言わない。
 こちらに顔を向けながらも、チラチラと不安げに狭い部屋のあちこちに目をやっている。

 不安が膨らんだ。
 アヤはどうしたというのだろう。
 昨夜、アヤはやってこなかった。
 来れなくなった事情があるのだろうとは思いながら、不安はある。
 しかもこの男がやってきたからには、なにかのアクシデントが起きているのだろうか。

 いや単に、アヤとの交際について許しを請いにきたのかもしれない。
 それならそれで、どんな態度で臨めばいいだろうか。
 イコマは、アヤの身に事件や事故が起きているのではなく、ハワードが「父親」に会いにきたのであって欲しいと思った。
「あまり長居をさせていただくのもどうかと思いますので、端的にお話させていただきます。唐突で失礼かと存じますが、お許しください」
 ハワードが語りだした。


「今朝からバードさんの姿がありません。出勤していたはずなのに、午後からオフィスに現れません。おかしいなと思っていると、出勤コードを示すランプさえ消えてしまいました」
 ハワードは、バードがイコマとよく会っている情報を得て、イコマのアクセスIDを割り出したのだといった。
 バードとは、アヤの現在の通称である。
 イコマは、ハワードの前で「アヤ」という名前を使ってはいけないと思った。

「大変失礼なことだとはわかっているのですが、どうしても彼女の行き先を知りたくて、こうして突然お邪魔した次第です」
「そんなことはまったく気にしません。それより、何が起きたのか、詳しくおっしゃってください」
 不安は一気に膨れ上がっていた。

「出勤前後、あるいは昼休みの前後にどのようなことが行われるかは、お話しすることができません。それはお察しください。ただ言えることは、姿がないということです。あなたなら、ご存知のことがあるかもしれないと思いまして」
 自分が探せる範囲で、職場の中を探して回ったという。
「もしやと思って、彼女の家にも行ってみましたが、応答はありませんでした」

 イコマは居ても立ってもいられなくなり、ふたつの思考体をフライングアイに乗せて、ニューキーツの街に放った。
 これまで、アヤの部屋を訪問したことはない。
 それとなく、部屋の前を通り過ぎただけだ。
 家の前まで行ってみたところで、どうなるものでもないだろうが。

 ハワードは直立したまま、真剣なまなざしを向けてくる。
「位置確認システムは?」
「それは私の部所では扱っておりませんので、確認のしようがありません」


 イコマはふと思ったことを口にした。
「今日あなたがお見えになったのは、個人的にですか。それとも何かの任務ですか?」
 ハワードは、
「個人的な行動です。先ほど休暇届を出しました」と、熱意のこもった声で言う。

 個人的な行動だとしたら、この男にとって危険な行動ではないだろうか。
 アンドロが接触してきたのは初めてのことである。
 しかも、アヤの部屋に行ったという。
 そもそも、アンドロを街で見かけることは稀だ。

 どこのコンフェッションボックスからアクセスしてきているのだろう。
 モニターにはニューキーツという街の名前しか表示されていない。
 そしてアギに会い、自分の仕事場で起きていることを話しているのだ。
 アンドロにとって、瞬時に抹消されてもいいほど危険な行為ではないだろうか。


 イコマが感じたことを察したのか、ハワードが謝った。
「私がここへ来たことが危険行動だと判断されたら、あなたにもご迷惑がかかるかもしれません。本当にお詫びします。ですが、私はなんとしてでも彼女を助けたいのです」
 ハワードは助けたいという言葉を使って、アヤの身に起きた異変を表現した。

 アヤの姿がない……。
 それはとりもなおさず、隔離された、あるいは消滅したということではないのか。

 イコマは目の前が真っ暗になったように感じた。
 思わず目を瞑った。
 体中が震えだしていた。

 それでも確かめようとした。
「強制再生されたのかもしれない……、ということですか……?」
 ハワードは首を振った。
 違うというように、はっきりと。

「では?」
 今度はゆるゆると首を振り、わからないのだと伝えてくる。
 そして、うなだれた。
 イコマも両手で顔を覆った。
「なんということだ……」
 ふたりは押し黙って、向き合っていた。


 やがてハワードが意を決したように、歩み寄ってきた。
 テーブルに両手を突くと、絞り出すような声を出した。
「私はアンドロです。それはどうしようもないことなのですが、彼女を助けたいのです。バードを……、愛しています」
 イコマはハワードを見つめた。
 言わんとすることは理解できた。
 結婚はできないことはわかっている。しかし、何らかの力になりたいと言っているのだ。

 イコマはハワードが何度も口にする「助けたい」という言葉が気にかかった。
「助けたいとおっしゃいますね。つまり、助けを求める状況にあるとおっしゃりたいんですね」

 ハワードはテーブルに両手を突いたまま、がっくりと肩を落とした。
「そうだと思っています。なぜかと申しますと……」
 これからこの男が話すことは、この男の破滅を招く内容かもしれない。

 イコマは待った。
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