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ニューキーツ 作者:奈備 光

2章 シリー川と洞窟

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36 白い靴下の歌

 どうしよ~。
 私、おろおろしている?
 しっかりしなくちゃ。
 私は、あなたの子分なんだから。
 ね、ンドペキ、そうでしょ。

 それにしても……。
 どうして?
 なぜ、私に何も言ってくれないの?


 ンドペキが荒野を駆けているころ、チョットマはハクシュウと連絡を取っていた。
「ンドペキ伍長がトラブルに巻き込まれているみたいです!」
 チョットマは城門の外にいた。
「北に向かって全速力で走って行ったということです。フル装備で!」
「いつだ!」
「半時間ほど前です!」

 約束の四時間が経ってもンドペキが現れず、痺れを切らして様子を見に行こうと部屋を出ると、ちょうどイコマのフライングアイと出合ったのだ。
 パパが言うには、ンドペキはチョットマの部屋の前まで来たものの、そのまま通り過ぎていった。
 不審に思って後をつけていくと、自分の部屋の前でレイチェルと会い、二言三言交わしてから着替えて出て行ったという。

「すぐに私も装備をつけて追いかけましたが、彼はGPSのスイッチを切っているみたいで、どこにいるのかわかりませんでした。それで、街に戻って伍長の部屋を訪ねましたが、やはり誰もいないみたいで」
 チョットマは、盗聴装置が取り付けられているンドペキの部屋の前で通信するのをためらって、城門の外まで移動してきたのだった。


 それに、ここならあなたが帰ってきたらわかる。
 きっと、戻ってくる。
 信じてる。

 でも、不安もあるのよ。
 このまま、いなくなってしまうようで。
 サリもいなくなり、あなたまでいなくなったら……。


「うむ。盗聴装置とは?」
 チョットマはパパから聞いたことを話した。
「もしかすると、私の部屋にも仕掛けられているかもと思うと、家に帰る気がしません」
「じゃ、パパに見てもらえ。でも、パパはなぜそれがわかったんだ?」
「微細な電波を感じたそうです。普通の家電や武器や通信装置から発せられるものではなく、明らかに暗号化された信号だったそうです。私達が使う電波は、政府が内容を把握するために、暗号化することは禁じられているそうなんです」
「なるほど」

 チョットマは身震いした。
 こんな経験は初めてだった。
 恐ろしい相手との死に物狂いの戦闘も経験していた。
 しかし今回は、身包み剥がれて簀巻きにされ、往来に放り出されたような、先の読めない恐怖が背中に張り付いていた。
「私、どうすればいいでしょうか?」

 ハクシュウはしばらく黙り込むと、「こっちに来るか?」と、言ってくれた。
「はい、できれば」
「いや、ちょっと待て。ンドペキの動きも気になる」
「はあ……」
「悪いが、城門付近で見張ってくれ。衛兵や街の人に怪しまれないように、どこかに隠れて」
「……わかりました」
「一旦、城門を出て、どこかに潜んでいるのがいい」
「了解です……」

 不安そうな声をしていたのだろう。
「心配か?」
「はい……」
「でも、気にするな。レイチェルから何か指示を受けたのだろう」
「でも……」
 それならそれで、話してくれてもいいのに。
 なにも黙って行ってしまわなくてもいいではないか。

「確かに、北へ向かったというのは気になるけどな」
「でしょ。だいたい」
 チョットマは言葉を飲み込んだ。
 ハクシュウに不安をぶちまけてもどうなるものでもない。

「応援にコリネウルスを寄越す」
「はい、ありがとうございます!」
 ハクシュウもやはり疑問には思っているのだ。

 もとより、ンドペキと戦闘になるとは考えてもみなかった。
 しかし、万一衛兵や見回りの兵に誰何されたときに、コリネウルスと一緒なら夜の狩に出るなどと、かわしてくれる。

「コリネウルスなら、ンドペキから上手く話を聞きだせるだろう」
 チョットマはがっかりした。
 ハクシュウは自分の身を案じてコリネウルスを寄越してくれるのだと思ったのに、ンドペキと話ができるからというのだ。

 それじゃ、私の立場はないじゃない。
 ンドペキの部下なのに。
 それに、勝手に、一の子分だと自負もしているのに。

「万一の時には、コリネウルスに守ってもらえ。彼は衛兵連中や治安部隊にも顔が利く」
 ハクシュウにそう言われて、チョットマは少しだけ気が治まった。
「では作戦にかかります。すでに城門を離れています」
「よし」


 すぐにコリネウルスから連絡が入った。
「そっちに向かっている。君の位置は確認済みだ」
「はい! ありがとうございます!」
「礼を言うな、これは作戦だ」
「はい!」
「北へあと二百メートル行けば、小高くなった所がある。そこは潅木が生えていて、見張りには好都合だ。ンドペキが帰ってくるなら、その丘の下を通るだろう」
「きっと、もうすぐ帰って来ます!」
「ああ。そう思うよ」
「はい!」
「そこに、希少金属を含んだ石ころがたくさん転がっている。もし誰何されたら、それを集めていると言えばいい。昼間は暑いから、夜にしているんだと」
「わかりました!」
「薬になる植物も生えているけど、兵士がまさか薬草を採っていますというのもおかしいからな」
 チョットマは笑った。
 コリネウルスは下手な冗談を言ってくれているのだ。

 チョットマは、来てくれるのがコリネウルスでよかったと思った。
 スジーウォンやパキトポークは、苦手と言ってもいい。
 スジーウォンは刺々しいし、巨漢のパキトポークとふたりきりは威圧感がある。
 ふたりに比べて、コリネウルスはしっとりした人物だ。
 ミッションの目的などをきちんと説明して、部隊を納得させてから行動に移すリーダーだ。


 コリネウルスはマトだということになっているが、他のほとんどの兵士と同様、過去を語らない。
 真偽はわからない。
 ただ、根っからの兵士ではないようで、戦闘そのものに興味がなく、むしろ地形や風を読んだり、星を見たりするのが好きな男だ。
 背もかなり小さく、戦闘能力は高くないが、言動の信頼度は高い。
 もちろんハクシュウの命令は絶対視しているし、部隊を率いる能力にも秀でている。


 コリネウルスから教えられたことがある。
 リーダーにはいくつかのパターンがあり、ンドペキは仲間型、スジーウォンはカリスマ型、パキトポークは親分型、そして自分は参謀型だというのだった。

「リーダーなのに、参謀型っていうのも変だけど」
「そうですか?」
「自分は常に準備万端で物事を進めたい。考え抜いた上で正しいことを実行したいからな。そしてそれを部下に説明する。だから参謀型なんだ」
 コリネウルスは、単なる一兵士であるチョットマと話すときも、このようにしてきちんと説明してくれる。
 チョットマは、そんなコリネウルスが好きだった。
 私にも分かるように説明してくれるから。

「隊長はどうなんでしょう?」
「ハクシュウは、すべてを備えているリーダー。俺よりずいぶん年下だけど、彼に惚れているのさ。彼に、というより彼の手腕に、と言ったほうが正しいかもしれないけどね」
 理屈っぽい面はあるが、安心できるのだ。
「生意気を言うようですが、そのとおりですね」
「生意気はいいことさ」
「はい。でも仲間型っていうのは、どういうタイプなんですか?」
 ンドペキの評価を聞いてみたい。

「部下を仲間だと思っている。個人の力を認め、協調と信頼の中で最大の力が発揮される。それが最も大切なことだと思っている人だな」
「それ、わかりますね!」
「ハハ、君はまだリーダーというものを意識していないだろうけど、自分なら何型になると思う?」
 ンドペキは仲間型。
 それなら私も、もちろん。
「仲間型です!」

 チョットマは張り切って答えたものだ。
「んー、そうかなあ。僕は、君はたぶん親分型になると思うよ」
「ええっ、親分型ですかあ!」
 パキトポークと一緒ではないか。
 チョットマは少しがっかりした。
「型といっても、どれが優れているという意味じゃないよ」
「はい……」

 そしてコリネウルスは、こうも言った。
「世の中には、リーダーの資質がないのにリーダーぶっているやつがたくさんいる。人を型に嵌めて見るのはよくないけど、こういう分類の知識があれば、腹を立てないでいいところで腹を立ててしまう、ってこともなくなるだろ」
 チョットマは、自分がよくスジーウォンやパキトポークに腹を立てて、突っかかっているところを指摘してくれているのだと思った。
「それに、自分がどんな類型に当てはまるのかを知っていると、部下を選んだり、上司を選んだりするときに少しは役にたつよ。誰だって、敵の行動パターンや弱点を見極めようとするだろ。それなのに、自分や自分の仲間のことはおざなりなものさ」


 チョットマは、コリネウルスに言われた藪に身を隠しながら、丘の下や城門の監視を続けた。
 そして、ンドペキのことを思った。

 いったい、なにを指示されたのだろう。
 仲間型なのに、なにも言ってくれないなんて。

 しかも、自分がンドペキを監視する任務につくことになろうとは……。
 ハクシュウもコリネウルスも、見張るという言葉を使った。
 ンドペキを見張れと。
 見張れではなく、待てと言ってくれたらよかったのに、と思った。


 コリネウルスのいう石ころがどれなのかわからなかったが、それらしきものをいくつか証拠品としてバッグパックに入れた。
 時々移動しながら、ンドペキかコリネウルスが現れるのを待った。

 街へ帰ってくる兵士が城門に近づくたびにハッとしたが、いずれもンドペキではなかった。
 月が出ていて、あたりはかなり明るい。
 生暖かい風が、草を揺らしている。
 見慣れた荒涼とした景色。
 街を取り囲む土色の城壁。
 時おり舞い上がる塵が、城壁から漏れ出す青白い明かりに照らされて、白いもやのように流れ去っていった。


 チョットマは歌を口ずさんだ。
 大昔に流行った、アグネスチャンという大歌手の「白い靴下は似合わない」
 私の心に住んでたあなたが、誰かと腕くみ遠くへ行ってしまう……。
 その部分が好きだった。

 失恋の歌よね。
 でも、この歌しか知らないの。
 もう、世界には「歌手」なんて職業はないらしいから。

 ねえ、ンドペキ。
 今は君だけしか見えない、なんてこと、言ってくれたことはないけど、私はさ。
 あなただけしか見えない、って何度、心の中でつぶやいたことか。
 ホント、もう、早く帰ってきてよ。
 待たせたな、とか言って。


 ハクシュウから連絡が入った。
「どうだい、そっちの様子は」
「伍長はまだ帰ってきません」
「そうか。ところで君のパパは、もう帰ったかい?」
「はい。娘さんが来る予定があるし、調べものもしたいからって」
「そうか。聞きたいことがあったんだが。じゃ、明日のことにしよう」
 ハクシュウが通信を切りそうだったので、チョットマは早口で言った。
「聞きたいことって、どういうことですか? よろしければ教えてください」
 ハクシュウと、もう少し話をしていたかった。
 心細かったのだ。
 自分のリーダーの不可解な行動を確かめるため、荒涼とした台地で身を隠しているという状況が。

「レイチェルのことさ」
「はあ?」
「彼女は何を考えているのか、君のパパなら知っているかもしれないし、調べてくれるかもしれないと思ってね」
 ハクシュウの疑問に、もちろんチョットマは答えることはできない。
 ただ、ハクシュウとの会話を長引かせるネタはある。
「パパの娘さんで、バードというマトがいるらしいんですが、その人はニューキーツの政府機関に勤めているそうなんです。その人なら、情報を持っているかもしれませんね」

 バードに会ったこともないし、どんな仕事をしているかも知らなかった。
 かろうじて話題を繋ぐだけのネタだ。
「そうか、期待できるかな。まあ、それを知ったからといって、どうなるものでもないんだが、作戦の全貌は知っておきたいんでね」
 じゃ、頑張れよ、と通信を切られそうで、チョットマはあわててまた言った。

「隊長、パパは思考体を二つも持っているそうなんです。それって、すごくないですか?」
「普通は、ひとつだからね」
「一体は私とシリー川に行っていて、一体は調べもの。そして本体は、誰かとおしゃべり。つまり、おしゃべりしながら、シリー川の会談を見つめていられるなんて、すごいですよね!」
「彼らの頭の中は記憶と情報の塊だ。それを組み立てては潰すの繰り返し。それが彼らの思考。感情さえ失ってしまった人もいる」
「ええ。聞いたことがあります」
「君のパパは別格だけど」
「はい!」
「前を向いているから。いい人だと思うよ」
「ありがとうございます! そう言われるとうれしいです!」


 チョットマは本気でうれしかった。
 今まで担当してくれたアギは数人。
 誰とでも仲良くしてきたかというとそうでもない。
 どんなに、娘として愛情と親しみを込めた話をしようとも、感情のない顔で相槌を打つだけの男もいたし、怒りだけが生きがいのような女もいた。

 しかし、イコマは特別だった。
 何がパパをそうさせているのか、チョットマにはわからなかったが、心から「娘」とのひと時を幸せだと思ってくれているようだった。
「隊長は、パパの新しいお部屋をご覧になりました?」
「一回しかお会いしていないから、新しいかどうかは知らないけど、狭い部屋だったよ」
「あ、そこ! そこです! この部屋って、どこなのって聞いたら、自分が家族と一緒に実際に住んでいた部屋なんですって」
「そうだね。僕もそう感じたよ」
「えっ、そうなんですか! それがわかるってことは、隊長もああいうお部屋に住んでらしたんですか?」
「まあね。さてと、俺は一個しか脳を持っていない。もっと君とおしゃべりしていたいけど、切るよ。そろそろコリネウルスが着くだろう。もう少しの辛抱だ。彼にお話を聞かせてもらいなさい」


 ハクシュウが通信を切ってしまった。
 お話を聞かせてもらえって、子供扱いされてしまった。

 でも、それはそれでよかった。
 どんなときでも冷静さを失わないハクシュウの声を聞けたから。
 チョットマは、いつのまにか自分が涙を流していたことを知って、驚いた。
 ゴーグルの中で泣くなんて、初めてのことだった。
 コリネウルスの位置を示すポイントが、もうすぐそばまで来ていた。
 早く来て!
 参謀型のリーダー!
 チョットマは、心の底からそう思った。
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