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ニューキーツ 作者:奈備 光

2章 シリー川と洞窟

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35 刑罰の色

 ンドペキは部屋を出た。
 チョットマの部屋はそれほど遠くはない。
 わすか四時間前に会ったのだ。自分の方から話すことは何もない。
 しかし、「何もない」ということを話さなくてはいけない。
 ハクシュウから新たな情報や指示があるかもしれない。それをチョットマから聞くのは癪に障るが、仕方がない。

 部屋を出るなり、いやなものに出会った。
 フライングアイだ。
 やけに近接して飛んでいる。

 しかも話しかけてくる!
 イライラさせてくれるやつだ。
 叩き落とそうかと思ったが、自分の今の状況を考えると、ここでトラブルに巻き込まれるのは得策ではない。
 無視するに限る。

「チョットマのパパです。娘がいつもお世話になっています」
 はぁ?
 なんだ、この目ん玉親父は。

 ンドペキは、相手にせずに通り過ぎようとした。
「お話しておきたいことがあります。実はあなたの部屋には」
 ンドペキは思わず足を止めた。
「立ち止まらないで。歩きながら話しましょう。あなたは話さないで」

 目ん玉親父はイコマという名だと名乗った。
「手短に話します。ハクシュウ隊長にもご了解を得た上で、今日のシリー川の会談を、チョットマの装備にもぐりこんで見物させていただいておりました。街に帰ってきて、チョットマは一直線にあなたの部屋に向かいました。そうして、私もあなたのお部屋を拝見することになりました」
 ンドペキは、怒りがこみ上げてくるのを感じた。
 あいつ、こんなやつを連れていやがったのか。


「あなたの部屋には、情報収集機器が取り付けられています。微細な電波が判別できました。奥の壁、あれ一面が盗聴器だと思います」
 クソ!
 もう、厄介ごとに巻き込まれているのか。

 ンドペキは平静を装って往来を歩いているが、付かず離れず二メートルほど後ろをふわふわとついてくる目ん玉親父自体が厄介者のように感じた。
「あなたは賢明でした。あの装置は生の音声を拾うタイプのものじゃありません。電波化した信号を拾うものです。もちろん電波化した声も」

 こいつ、本当ことを言っているのか。

 部屋の違和感を感じたのは事実であるし、盗聴器の存在を疑ってみたことも事実だ。
 現に、チョットマが帰ってから、心配になって調べてみたが見つからなかった。
 簡単に見つけられるものではないのだろう。
 そう思ったし、いつの間にか違和感も消えていたのである。


「このことはすでにチョットマには伝えてあります。こうしてあなたの耳に入れるつもりだということも」
 ンドペキは自分のイライラした気持ちが、爆発しそうになってくるのを感じた。
 ここ数日のすべてのことが、その原因だった。
 わからないことだらけで、面白くもない。
 くそったれの洞窟に、くそったれの会談。
 なにがパリサイドだ!
 レイチェルがどうしたというのだ!
 それになんだ! この目ん玉親父は!
 ひそひそと背後から呟きやがって!

 ゴーグルの中の顔は怒りで膨張していたが、幸いに道往く人には見えない。
 短剣の柄に手が触れたが、無理やり握りこぶしを作ると、この目ん玉親父を切り付けたい衝動を抑えた。

「では、今日のところはこの辺で。以後、お見知りおきくださいますよう」
 そういってフライングアイはすーっと舞い上がると、どこかに飛んでいった。


「イライラは抑えて」
 フライングアイが消えると同時に、また声がした。
「わたし」
 ンドペキの横を、ひとりの女が追い越していった。
「さっきのフライングアイと同じように、歩きながら話すわよ」

 洞窟で会ったあの女だった。
 もうパリサイドのコロニーから開放されてきたのだった。
「ちょっとゆっくりめに歩いて。追い越したり抜かれたりしながら歩くわ」
「ずばり言うわよ」
「ここは危険」
「抹消される」
「事態は切迫している」
「すぐにそのまま洞窟に向かって」
「部屋に帰ってはだめ」
「私を信じて」
「追いかけていくから」

 そして、女も街角に消えた。
 チョットマの部屋はもう目の前だった。
 ンドペキは迷った。
 チョットマに助力を頼むか。

 しかし、そのドアの前にフライングアイが浮かんでいた。
 ちっ、どういうことなんだ。
 さっきのやつか。


 チョットマを頼る気は失せた。
 ここで立ち止まるのは、人目を引きすぎる。
 そのまま、チョットマが住んでいる建物をやり過ごす。

 どうする。


 自問してみても、答えが簡単に出るわけでもない。
 街を歩きながら、考え続けた。

 ふん、イライラするなってか。
 これでイラつかずにおれる人がいるなら、お目にかかりたいもんだ。
 そんな思いを間に挟みながら、ンドペキは結論を出そうとした。
 いつまでも歩き回っているわけにはいかない。

 女の言うことが正しければ、今この瞬間にも俺の肉体は消えうせる。
 それに、チョットマに会った後、どこに行けばいいというのだ。
 監視されている部屋に帰るというのか。
 肉体が消えうせる緊張感にさいなまれながら。

 女の指示通り、洞窟に行けばどういうことになるのか。
 レイチェルの命令に背いたことになる。
 しかし、だからどうだというのだ。
 部屋に盗聴器を仕掛けさせたのは政府機関に違いない。
 その長官がレイチェルなのだ。
 相手が政府機関であるなら、俺には逃げる道はない。
 スイッチひとつだ。
 俺の命を消すことなど。

 もし女が嘘をついているのだとしたら?
 どうなるというのだ。
 洞窟に連れて行かれて、拷問でもされるとでもいうのか。


「んー」
「むー」
 とうとうンドペキは、これからの自分の行動に、結論を出した。
 もう自分の部屋に帰る気はない。
 そして女を信じる。


 ンドペキは歩調を速めた。
 走りたいが、街中では目立ちすぎる。

 城門を抜ければ政府機関はキャッチするだろう。
 行動を継続的に監視しているなら。

 城門を抜けて荒野を進むことになるが、今は街歩き用の軽装備だ。
 移動のための補助装備はない。
 自分の足で走ることになる。
 洞窟まで、体力勝負だ。
 夜通し走っても、明日の朝でも行程の半分はおろか、十分の一も進んでいないだろう。
 三日三晩走って到達すればいい方だ。
 しかも、万一殺傷機械に出くわしたら、今の装備で逃げおおせるのは難しい。
 しかし、女は追いかけていくから、と言った……。


 迷っているときではない。
 ンドペキは城門を目指した。
 私を信じて、とあいつは言った。
 その言葉を自分に言い聞かせた。
 あいつは昔の俺の恋人だ。
 そう思おうとした。

 この道をこのまま行けば、自分の部屋の前を通り過ぎることになる。
 部屋に戻る気はない。
 何が待ち受けているかわかったものではない、という気がした。


 ん!
 部屋の前に誰かいる!
 ドアをノックしている!

 女だ!
 濃紺のワンピースを着ている。
 サンダルを履いている。
 肩から大きなバッグを提げている。

 な?
 レイチェルか?
 あの仮面はつけていないが……。

 見ない振りをして通り過ぎようとしたが、遅かった。
 振り返ったレイチェルと目が合った。

 くっ!
 俺だとは気づくまい。
 顔は見えないのだ。
 この装備は知らないはずだ。
 そうあって欲しい!


 しかし、ンドペキの希望ははかなくも潰えた。
 レイチェルが手を振ったのだった。
 そして、笑って、ンドペキ!と呼んだのだった。

 万事休す。
 自分の部屋の前を無視して通りすぎる不自然さを取るか、レイチェルに近づいて次の展開を待つか。
 あるいは、ここでレイチェルを刺すか……。


 ンドペキは瞬時にめまぐるしく頭を回転させた。
 もう後数歩の間に決めなくてはならない。

 が、決められなかった。
 立ち止まってしまったのである。
 部屋へと続く数段の階段の下で。

 レイチェルが駆け下りてきた。
 そしてまたにこりとすると、にこやかに言ったのだった。
「ダンスのお稽古に行った帰りに寄ってみたの」
「……」
 ンドペキは突っ立っていることしかできなかった。
「行政庁の中では、そんなレッスンしてないから」
「……」

 レイチェルは、少し顔を曇らせた。
「迷惑だった?」
「いえ……」
「よかった。でね、私それなりに素質があるんじゃないかって、自分では思ってるんだけど」
「はい」
「ね、んどぺき。今は上司として話をしているんじゃないんだから、もう少し普通にしてよ」
「……」


 ンドペキは、それならそれで、早く立ち去ってくれ、と念じた。
「そんなレッスンが街にはあるよって、同僚の子が教えてくれてね。彼女、親友なんだけど、その子も通っていたんだって」
 ダンスのレッスンがどうした!
 そんな話にどんな意味があるというのか!

 今にも自分を殺そうとしている組織の長だというのに、この無邪気さはなんなのだ!
 完璧な芝居を打っているつもりなのか!
 俺を油断させようという手なのか!


「こんな時代だけど、いろんな楽しみって見つけられるものなんだ。人間ってすごいよね! ね、そう思わない?」
 まったく意味不明だ!

「あんな会談があった日なのに、街はいつもと変わらない。ダンスのレッスンもいつもどおり。これって、すごくない?」

 ンドペキは、悟った。
 こいつを帰らせるには、平然と普段どおりに相手をして、さ、そろそろ寝るよ、とさりげなく別れを告げて部屋に入る振りをするしかない。
 今ここで、こいつを刺すことができないなら。


「はい、そうですね」
「また、そんな言い方して」
 レイチェルが頬を膨らませる。
「恋人みたいにしろとは言わないけど、もうちょっと、やさしくできないかな」
「す、すみ、いや、ごめん」
「なんだかなあ」
 レイチェルのエメラルドの瞳が見つめてくる。

「そろそろ寝るよ。気をつけて帰って」
「は? まだ八時よ。今日のこと、そんない疲れたの?」
「はい」
「じゃ、肩、揉んだげようか」
「えっ」
 ンドペキは絶句してしまった。

 部屋に入るというのか、この女は!
 いったいどういう神経をしているんだ!
 政府機関の娘、いやこいつはホメムだ。ホメムはこれが普通なのか!
 それとも、部屋に入ったとたん、バッグから武器を取り出すというのか。

 ンドペキがたじろいで、後ずさったのをみて、レイチェルは口調を変えた。
「ごめんなさい。やっぱり迷惑だったみたいね」
「……」
 レイチェルが背を向けた。


 ンドペキは身じろぎもせず、レイチェルの後姿を見送った。
 俺は部屋には入らない。
 レイチェルよ。
 早く消えてくれ。

 しかしレイチェルは振り返って立ち止まった。
「じゃ、また明日」と、手を振った。
 ンドペキも手を振った。
「はい。よろしくお願いします」

 そのまま、レイチェルは立ち去ろうとはしない。
 お見送りにならないではないか。
 ンドペキは心を決めた。

 部屋に入ってやる。

 ドアノブを回して、部屋の中を覗き込んだ。
 レイチェルの視線を背後に感じながら。
 不自然に見えない程度に、慎重に。

 明かりつけた。
 変化は感じられない。
 振り返ると、レイチェルがまた手を振ってきた。


 ドアを閉め、スコープを覗くと、レイチェルの姿はなかった。
 ンドペキは、急いで装備を身につけると、再びドアスコープを覗いた。
 人影はない。

 けっ、下手な芝居を見せやがって。
 あれじゃ、いかれた娘じゃないか。
 なにが、肩を揉んだげようか、だ。


 ンドペキは部屋を出、後ろを気にしながら城門まで来た。
 いつもの夜の城門だ。
 人の出入りは禁止されていない。
 衛兵も、いつもどおり、退屈そうに外を睨んでいる。
「狩か」
 衛兵が声を掛けてくる。見知った顔だ。
「そうだ。行って来るよ」
「気をつけてな」


 城門を抜けると、ンドペキは一気に走り出した。
 街を出るのには手間取ったが、そのおかげで装備は身につけることができた。
 早ければ洞窟に夜半には着くだろう。

 ンドペキは走りながら、これまでのことを反芻したが、すぐに考えることをやめた。
 何度考えたって何も始まらない。
 それより、一刻も早く洞窟に着くことが先決だ。
 そして、スイッチひとつで肉体を消滅させられる事態から逃れることだ。
 そう思ったのだった。


 しかし、洞窟の女が言った「抹消」とはどういうことなのだろう。
 サリの時と同じだろうか。

 通常、刑罰は六段階に分かれている。
 今の社会では、刑罰は極めて簡素化されている。
 社会的な経費負担を減らすためである。

 最低のレベルⅥからレベルⅠまで。
 レベルⅥは単純な刑罰で、罰金刑だ。金を払えない者は一定期間の強制労働。
 次のレベルⅤは重罰金刑だ。払えなかったらレベルⅣと同じ刑となる。
 レベルⅣは強制再生と財産没収。
 レベルⅢはレベルⅣプラス記憶の完全な抹消。
 再生はされるが、ほとんどの記憶は消滅する。
 レベルⅡは、いわゆる死刑。肉体と記憶の消失である。
 瞬時に消え失せ、再生されることはない。

 そして最高刑のレベルⅠは、ヘブンズゲイトと呼ばれる牢獄送りである。
 この刑に処せられる囚人は多くはない。人を殺したからといって、この刑に処せられるものではない。それほどの重罪なのだ。
 ヘブンズゲイトは、別名、ペインズベッドとも呼ばれている。
 言葉にできない激痛が全身を駆け巡り、耐え切れずに死ぬ。数分後に思考と神経のみが再生されるやいなや、またその苦痛が襲ってくる。その繰り返しだ。しかも無期限。いつ終るとも知れないのだ。
 ただ、たとえそれが数十年間続こうとも、刑期が終わったときに正気を保っていたなら社会復帰は可能だ。
 開放時には廃人となっていようが、再生時にはまた若者の姿となって生き返るのだから。
 しかし耐えられる人間は万人にひとりもいない。一応、希望の光はあると見せかけてあるということだ。

 ンドペキは、サリを殺してレベルⅡの普通の死刑を狙っていたわけだ。

 ただ、もうひとつ、ほとんどの者は存在さえ知らないが、ベールに包まれた刑があると言われている。
 レベルⅠのヘブンズゲイトに替わる刑といわれている。
 閉じ込められるのだ。何も与えられず。
 そのうち、人は死ぬ。
 再生されることはない。
 重要な政治犯や、社会的影響力の大きい犯罪人が処せられる刑だといわれているが、実態は不明だ。
 しかも、この刑に処せられる事例は極めて稀だといわれている。
 ちなみに、その刑が行われる街はニューキーツだけである。
 世界中の街から、その囚人はこの街に搬送されてくるらしい。


「抹消」がレベルⅡの死刑のことをいうのなら、元々望んでいたことではないか。
 ンドペキは、今こうして荒野を走りながら、刑を回避しようとしている自分がおかしかった。

 やれやれ。
 いったい、今まで自分は何を考えていたんだろう。
 死にたいなんて。

 単に暇だったから、生きていく希望が見つけられず、妄想を膨らませていただけではなかったのか。
 今もイライラは募るし、腹も立つ。
 しかし、死にたいかと問われれば、今なら生きていたいと応えるだろう。
 死が怖いわけではない。
 それは明確に言える。
 なんとなく……、心に灯が灯ったとでも言うのだろうか。

 それに、謎が多すぎるのだ。
 その答を見ずに死ねるものか、という気もするのだった。

 謎を解くことが生きていく目的だとまでは言わないが、少なくとも、今を生きる心の張りをもたらしてはいる。

 洞窟の女の素性を知りたい。
 彼女は俺の、なんだったのだ。
 それに、チョットマにももう一度会いたい。会えるものなら。
 そして、冗談を言って、彼女を笑わせたい。
 あの金属的で異常に甲高い笑い声を、もう一度聞いてみたい。
 そう思うのだった。

 
 殺傷マシンも現れず、快調に飛ばしていった。
 十キロほど来たところで、待っている者があった。
「待たせたな」
 確かめるまでもなく、洞窟の女だった。
「ンドペキ、信じてって言ったのに、あなたって人は」
 ンドペキがフル装備に着替えてきたことを非難しているのだ。
「いや、事情が」
「もういい!」
 女は猛然と走り出した。
 ンドペキはついていくのがやっとで、事情を説明するどころではなかった。
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