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ニューキーツ 作者:奈備 光

2章 シリー川と洞窟

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34 記憶の中の島国

 イコマはすでに、レイチェルのことを調べてあった。
 共用のデータベースには掲載されていなかったので、探偵に頼んだのだった。

「ニューキーツの街を治めているホメムだ」
 二十二歳。女性。
 世界中のホメムの中で、最年少である。
 行政長官就任は十八歳のとき。
 街の代表者ということになっているが、実に多様な肩書きを持つ。
 軍はもちろんのこと、数々の政府系企業の代表であり、研究機関や生産拠点等の代表でもある。
 父、母ともに不詳。

「不詳ということは、亡くなっているということだ」
「ニューキーツの出身か?」
「いや、カイロニア」
「オセアニア大陸か。そこの出身者が北アメリカ大陸のニューキーツを治めているのか」
「おい、あんた何も知らないんだな。出身地なんて関係ないよ。まともな人間はもうわずかしかいないんだから、どこへでも出張しなくちゃ」
 モニタの中の探偵が、苦虫を噛み潰した顔になる。

「ニューキーツの街に、他にホメムはいないのか?」
「何を寝ぼけているんだ。いつまでも女の子を追いかけ続けて、世捨て人になってしまったのかい。日本人はこれだからいけない。島国根性って言葉があるんだろ。あんたの祖国には。そろそろ、ちいとはその心根を変えてみたらどうだい」
「やかましい。早く教えろ」
「教えてやる。これはもう常識だから、この情報の代金はいらん。現時点で、世界にいくつの街があるか、知っているか?」
「六十七」
「そう。その数だけホメムがいるということだ。それ以下ではなく、それ以上でもない。万一、ホメムがひとり死ねば、街もひとつ減る。ひとり生まれれば街もひとつ増える。そういう決まりだ。いつ誰が決めたのか、知らないがな」
「なんと」
「驚いたのか。そう。太古の昔、地球で生まれた俺たち人類という種は、もう絶滅同然なんだよ。あんた、日本人だろ。責任取らなきゃな」


 人口減少化傾向が如実だった日本。
 先進国の一員であると自負してはいたが、世界中のお手本になるどころか、まともな対策を講じることなく、高齢者のみに手厚い政策ばかりを繰り返していた日本。

 その日本が考え出した窮余の策。
 人がアギとマトとして生きながらえていき、かろうじて人口を維持していくというプラン。

 他の国々から、悪魔に魂を売ったのかと批判されもしたが、結局は全世界がそのプランに飛びついた。
 プランに魅了されたのではなく、先進国各国はそれぞれの富裕層に突き上げられてのことだったし、日本だけが人間の種と数をコントロールしていくことに、危機感を持ったからだった。

 日本のそのプランに、スタートから数年で各国が追随したが、当初の危惧どおり、それは悪魔のプラン以外の何ものでもなかった。
 若者として再生されるとはいえ、マトはやはり基本的には「元高齢者」だったのである。
 中には一から人生を始めるべく、新しい生を最大限発揮して精力的に活動する者もいたが、多くは高齢者であった間に染み付いた習慣から抜け出すことなく、体を動かそうとはしなかった。
 生産人口はそれほど増えないのに、消費する人間だけが増えていった。
 そして、文句だけはつけたがる集団と化していった。

 しかも、アギはまだしも、マトの製造には莫大なコストが掛かった。
 文明を培ってきた科学の分野はあらゆる場面で歪み始め、やがて完全に停滞した。
 人類の英知のひとつともいえる民主主義や資本主義経済は行き詰まり、社会構造は崩れ始めた。

 地球人口の膨張に食糧生産が追いつかない。
 本来なら最優先で食料を手に入れるべき、母の腹から生まれた子供に飢えが蔓延した。
 単種に偏った農業や牧畜の脆弱性は、かねてから問題視されていたが、世界はその問題に向き合おうとはせず、一部の富める者の欲求を満たすためだけの生産が続けられていたのだ。
 食料をはじめとする資源やエネルギーの偏在は、プランスタートからますます極端なものになっていったのである。


 ジャパニーズニューサンスと呼ばれた悪魔のプラン。
 各国が協調して廃止されたのは必然だったが、遅きに失した。
 最初のアギとマトが生まれてから、悠に二百年が経っていた。
 しかも、その廃止は骨抜きだった。
 新たなアギとマトの製造は中止されたが、その再生は継続され、しかもその子孫であるメルキトの再生も継続されたのである。
 親より早く子供が死ぬのは耐えられないという理屈ではあった。
 人類は遠からず滅亡するという状況に至ってなお、現実には、既得権を有する者からの圧力に抗いきれるものではなかったのだ。

 もはや、地球環境の変化に伴う自然災害や疫病、いずれかひとつでも起きれば、地球人類は壊滅的な打撃を受けるだろう。
 そんな状況下で、大規模な戦争が頻発した。
 極限の破壊。
 荒廃しきった世界。


 そうして遂に生まれた新しい社会。
 世界はひとつになった。
 各国が争う戦争はなくなった。
 ただ、生まれたのは極度に管理され、生かされている人間の集団という社会である。
 もうどんな活力も残されていなかった。
 脆弱な構造ゆえに、強化の一途を辿る相互監視。
 自由という言葉が、極めて矮小化されて語られる社会だった。

 監視の目から逃れようと、悪あがきだとはわかっていても、顔を隠し、皮膚を覆い、声さえも電波に変えて伝え合うマトたち。
 その裏では、完全な人造人間であるアンドロが支配する巨大な集団の存在。


 探偵は、こんなことになったのは日本人のせいだと、いつもイコマを追求するのだった。
 自分はイギリス人だと言う。
 先進国の中で、唯一、アギは作ったがマトは作らなかった国である。

「今日は、説教は要らないぞ。で、レイチェルはどんな考えの女性だ?」
「普通の女の子だよ」
「普通とは?」
「だから、普通だよ。今の常識に照らせば、かなり変わっていると言えるだろうがな。俺やあんたが知っているような昔の女の子、って意味だ」
「例えば?」
「あんたはまどろっこしいな! それで、理解しろよ!」
「いや、だめだ。我々には言葉というものがある。言葉によって理解し、記憶する」
「ふん。まあいい。例えばこういうことだ。レイチェルは人間の女の子らしく、悩んだりするし、友達を欲しがったりする。誰かに自分を投影して寂しさを紛らわせたりする。そして結婚願望もある。かわいいお母さんになりたいと思っている。そういうことだ」
「行政機関の長がそんなことを考えているのか?」
「おい!」
 探偵が目を吊り上げた。

「あんた、それはどういう意味だ! 二十二歳のレイチェルは、そんなかわいいことを考えたらいけないのか!」
「そうじゃない。あまりに……」
「無邪気すぎるって言いたいのか! あんた、彼女の気持ちになってみたことがあるのか! 重責を担わされているんだぞ! 助けてやる肉親もいないのに!」
「行政長官の仕事は厳しいだろう。恋をしている時間もないだろう。そんなことはわかっている」
「……だめだな、あんた。……見損なったよ」
 探偵があからさまに溜息をついた。

「女の子を追いかけて生きているだけのあんたにゃ、わからんだろう。レイチェルの重責とは、なんとしても子孫を残さないといけないということだ! わかったか!」


 探偵が去ってから、イコマは感慨にふけった。
 衝撃を受けたともいえる。
 人類の数字のことではない。
 多かれ少なかれ、そんな数字になることは言われて久しかったからだ。

 イコマが衝撃を受けたのは、レイチェルが担わされている責務だった。
 探偵が言うように、彼女はホメムとして子供を生なくてはいけないという責任を感じているのだろう。
 しかし、相手をどうやって探す?
 ホメムの子を産むためには、ホメム同士の結婚が必要だ。
 彼女を含めて、ホメムは世界中にわずか六十七人。そんな中に、彼女が気に入る相手はいるのだろうか。
 それとも、好きでもない人の子供を生むことになるのだろうか。

 好きな人がもしいるとして、それがマトやメルキトなら、生まれた子はメルキトになる。
 真性の人類とは認められないのだ。


 真性の人間。
 そのことに、大きな意味があるのだろうか。

 イコマは、そんなことを考えてしまうほど、自分がアギとして生きてきた時間の長さを思った。
 データと回路を電気エネルギーで動かしているアギでさえそう感じるのだから、生身の肉体であるマトはどう感じているのだろう。
 ホメムと自分たちの違いを頭でわかっていたとしても、通常、ホメムを見かけることはない。その存在をどう感じているのだろう。


「さっきは頭に来て、言い忘れたことがある」
 探偵からのアクセスが再び繋がった。
「なんだ」
「レイチェルには兄がひとりいる。中央アフリカの街を治めている男だ。しかし、仲は悪い。兄は、自分は王だと思っているような男だ。行政の長官ではなく、君主だと思っているんだ。レイチェルは、これに反発している」
「なるほど」
「ホメムは、地球のために、人類のために全員仲良く知恵を出し合い、慈悲深くそれぞれの街の運営をしているというわけじゃない、ってことだ」
「うーむ」
 いつの世も、人間は己の業を捨てきれないということである。
 特に、支配欲は。

「それぞれのホメムは、どんな考えを持っているんだ?」
「それはかなり高額な情報料になるぞ。それに、一言で伝えられるようなことじゃない。今、どうしても聞きたいんなら、教えてやってもいいが、その前にレイチェルのことを想って、復習しておけ」
「わかった。では、いずれ」
「レイチェルのことについて、もう一点」
「うむ」
「出身地はカイロニアだと言ったが、それは彼女の母親のホメムが治めていた街だ、という意味だ。彼女の祖先、つまり俺たちがアギになった頃、彼女の何世代か前の先祖が住んでいたのは、ロンドンだ」
「イギリス人か」
「彼女が認識しているかどうか、それはわからんがな。おい、ロンドンって都市を覚えているか? だいたい日本人ってやつは」

 イコマは、最後まで聞かずに通信を遮断した。
 探偵のしつこい追求には慣れた。重宝する男だし、口ほど悪意はないことはわかっているが、うんざりすることもある。


 確かに自分は、ユウとアヤを探すことだけを目標に、五百年を生きてきた。
 今、その一方は報われた。アヤと再開してからの数日間は、まるで夢のようだ。
 ユウを見つける。その目標が実現する日もそう遠くはない。
 なんの根拠もないが、そう思えるのだった。
 そう、政府の情報機関に勤めるアヤの協力があれば。

 アヤの協力。
 へまをすればアヤさえも失いかねないが、少なくとも目はふたつになった。
 それだけで、希望を大きく膨らませる思いだったのだ。

 ふとイコマは、今日もまだアヤの訪問がない、と思った。
 ニューキーツ時間では、すでに夜の六時を回っている。アヤの就業時間は過ぎていた。


 その同じ時刻、イコマのもうひとつの思考体は、フライングアイに乗って、ンドペキの部屋の前で待っていた。
 チョットマの部屋に向かうために、部屋を出てくるはずだ。
 彼女にはすでに伝えてあるが、念のため、本人にも直接話しておこうと思ったのだった。
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