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ニューキーツ 作者:奈備 光

2章 シリー川と洞窟

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33 心地よい色

 シリー川から帰還する間、レイチェルもンドペキも、飛空挺に乗った者たちに言葉はなかった。
 街の上空に差し掛かり、朝、ンドペキを乗せた地点に向かって高度を下げ始める頃になって、レイチェルがようやく口を開いた。
「今日はありがとうございました」
 そして、一緒にいてくださって、心強かったです、と頭を下げた。
「いえ」
 上官にそのようにされて、ンドペキは戸惑った。何を言うべきかも知らなかった。

 ストンと地面に降り立った飛空挺がモーターを止めることなく、ドアがスパンと開き、ンドペキは降りようとした。
「あの」
 後ろからレイチェルの声が追いかけてきた。
「今日はご自由に過ごしていただいて結構です。ですが、街の外には出ないでください」
「はい」
「明日はお話したいことがあると思います。できましたら、ご自宅にいてくださいませんでしょうか」
 レイチェルは無表情だったが、どこか懇願している調子があった。

 ンドペキは、「かしこまりました」と、応えた。
 了解、というのもはばかられるようで、とっさに出たのがその堅苦しい言葉だった。
 レイチェルは少しだけ微笑んでみせたが、その笑顔は閉まり始めたドアに隠されていった。


 上官に対し、話とは何か、とは聞けるものではない。
 これからの任務は、まだ決まっていないということだろう。
 そう判断して、ンドペキは直立したまま、飛空挺が飛び去るのを見送り、一直線に自分の部屋に戻った。

 装備は解かず、ハクシュウと連絡を取ろうとした。
 しかし、相変わらず、応答はない。
 ハクシュウはおろか、部隊の誰とも連絡は取れなかった。
 それどころか、誰の現在地も把握することができなかった。
 彼らはまだ公式な任務についているはず。現在地はオープンになっているはずなのに。


 ンドペキは疲れを感じて、ベッドに寝転んだ。
 天井を見上げる。
 ん?
 微妙な違和感を持った。

 見回してみても、部屋は出て行ったときのままだ。
 しかし、何かが違う。
 留守中にスクリーニングされたのかもしれない。
 そんな感触だ。
 ンドペキは装備を解こうとした手を止めた。

 今日中は自由にしていてよいと言われたものの、出かけていくあてがあるわけではない。
 有名人になったわけではないが、どこかの隊の隊長にでも声を掛けられて、今日の出来事の経緯など聞かれても面倒だ。
 それに、違和感はあるものの、自分の部屋の方が安全だ。
 そう考えて、装備を身につけたまま、ンドペキは物思いにふけった。


 サリを殺して、自分が削除されることを望んでいたのは、そんなに前のことではない。
 サリがだめならチョットマを、という妄想に至っては、つい昨日のことだ。
 いろいろなことがありすぎた。
 単調なだけの毎日が数百年も続いた後に、この連続的な奇妙な出来事の数々。

 パリサイドの出現は、自分とは関係なく起きたことだ。
 しかし、シリー川の支流で見知らぬ女と出会ったことから、この不思議な事件は続いているように思う。
 パリサイドの使者JP01が例外的に自分を交渉相手の一員に選んだこと。そして、個人的に会いたかったからだと言ったこと。
 空から降りてきたパリサイドの女はサリの顔を持ち、JP01が謎の女に撃たれ……。
 その女と北の洞窟に行ったのは昨夜のことであるが、もうずいぶん前のことのように思えた。

 そもそもサリは……。
 謎は深まるばかり。


 ンドペキは考えようとした。
 あの洞窟の女はだれだ。
 依然として、何も思い出せそうにない。

 JP01とは?
 会ってみたかったとは?
 以前の知り合いだろうか。
 大昔、地球を後にした集団がいたことは朧に覚えているが、その記憶の断片にJP01はおろか、ひとりの女も出てこない。
 個人的に、と言われるような相手であろうとなかろうと。

 そしてレイチェルの微妙な態度。
 上官としての態度ではなく、どことなく馴れ馴れしい。
 こちらはレイチェルと会ったこともないし、名も失念していたほどだが、向こうは以前から知っていたかのように。
 ただ、それは単に、彼女がそういう人間だからかもしれないが。

 そして、洞窟の女はJP01を撃った。
 相手は好戦的な人種ではないと言っておきながら。
 女、あるいはその背後にある集団は、パリサイドと敵対関係にあり、自分はたまたまその間に挟まったゴマ粒のようなものだろうか。
 何らかの形で利用されつつあるのだろうか。


 小一時間が過ぎたころ、チョットマからメッセージが入った。
 なるほど、キュートモードなら通信可能なのか。
「よかった! 連絡がついて!」
 チョットマがはしゃいだ声を出している。それがわかるような、文面だった。

「隊長が心配しているよ! 連絡が取れないからって」
「こっちもだ。今、部隊はどこにいる?」
「シリー川で警護中。連中を監視しているわ。明日の朝までだって」
「そうか。で、おまえは?」
「ンドペキの様子を見て来いって」
「そうか、慰めてくれるのか。それとも監視されているのか?」
「だから心配しているんだって!」
「俺の身を案じて心配しているのか。それとも俺が何かしでかす、と心配しているのか?」
「もう! 変なことを言わないの!」
「おまえを信用するよ。俺はいつでもそうだ」
「ハイハイ。ンドペキ、ちょっと機嫌悪い?」
「いいはずがないだろ」
「でも、隊長の言いつけだから、もうちょっと付き合ってね」
「何でも聞いてくれ。どうぞ」

 ンドペキは、さっき感じた部屋の違和感を思い出して、ここでの会話はまずかもしれない、と思った。
 文字データのやり取りではなく、生の声の方が安全か、と思ったが、それではチョットマを部屋に入れることになる。
「いや、少し待ってくれ」
「いいよ」

 ンドペキは、女に案内されたあの洞窟なら、誰に聞かれることもないと思ったが、さすがに遠い。
 いずれ使うことがあるだろうと言っていたが、それはまだ昨夜のことだ。
 しかも、チョットマに話すことは、それほど重要で緊急性のあるものでもないはず。
 あそこを秘密のアジトと呼ぶなら、まだ誰にも知られてはいけない場所だろう。
 しかも、女はすでにパリサイドに捕らえられている。
 自分にあそこを利用する権利があるとは思えなかった。


 クソ!
 ええい!
 仕方がない!

 なるようになれ、という気持ちになった。
「入れ」
「えっ」
 さすがにチョットマは度肝を抜かれたのだろう。
 男の部屋に入るということは、いきなりのプロポーズに、さっさと裸になってオーケーと言うようなものだ。
「今、開ける。誰もおまえに注目していないか?」
「うん、大丈夫みたいだけど……」
「よし」

 ンドペキは扉を開けた。
 躊躇するかと思いきや、チョットマはさっと身を翻して部屋に入ってきた。
「ふう! 誰にも気づかれていないと思うわ」
 チョットマは、シリー川で見たときの装備をそのまま身につけていた。


 ンドペキは誤解されないように、上官らしい言葉遣いで事務的に言った。
「ここなら安全だ。生声で話そう。いいな。では、ハクシュウの伝言を聞こう」
 チョットマは、きょろきょろと部屋を見回していたが、直立すると、
「ハイ。JP01を撃ったのは誰かということでした。それから、ここ数日あったことを報告せよということでした」
 と、早口に言った。

 チョットマの生の声を聞くのは初めてだ。
 彼女にしても、生の声で誰かに話すのはそうかもしれない。
 いや、サリの捜索の前に、顔を見せ合ったときに聞いただろうか。
 いずれにしろ、チョットマは緊張しているのか、これが彼女の声なのか、異常なほど金属的で高い声だった。
 生成時のちょっとしたミスだな、とは思ったが、チョットマ自身も気にしているかもしれないことを、指摘はしなかった。


 ンドペキは知っている限りのことを話した。
 たいして話すことはなかったが。
 ただ、女と洞窟に行った時に感じた自分の心の動きだけは伏せておいた。
 もちろん、サリやチョットマを殺そうと考えていたことも。

「それで、その洞窟の女というのは、誰なんです?」
 チョットマが不満そうな声を出した。
「わからない。知らない女だ。少なくとも記憶にない」
「わかりました。それで、これからどうされるんですか?」
 いつものように友達同士という話し方ではなく、チョットマも少し気を使って言葉を選んでいるようだ。

「予定はまったくない。明日も、レイチェルからのお呼びを待つだけだ。なんなら、今からシリー川で合流しようか?」
「その必要はないと思います。私と一緒にするのもどうかと思いますが、隊長の指示は今日は街で待機せよということでしたので」
「そうか」
 ンドペキは、チョットマなら何か感じるかも、と思って聞いてみた。
「チョットマ、この部屋、どう思う?」

 明らかにチョットマはたじろいで、一歩後ずさりした。
「どうとおっしゃられましても……」
「報告は終った。もっと楽にしてくれ。いつものように」
「はい……」と、また一歩後ずさる。
「おい、勘違いするな。さっき帰ってきてから、どうも違和感があるんだ。誰かに入られたような」
 チョットマは、チラリと部屋に目をやってから、
「私が勘違いって、どういうことですか?」
「いや、だから、その」

 チョットマが、けたたましい笑い声を上げた。
「あっ、すみません。私の声、変でしょ。大声で笑うと、人をバカにしたような声になってしまうんです」
「そうみたいだな」
「すみません。でもさ、ンドペキに部屋に入れって言われて、かなりビビリましたよ。それで、この部屋はどうかなんて言うんだから! まるで、新居の感想を聞くみたいに!」
 そういって、チョットマはまたけたたましく笑った。
 友達に話すような言葉遣いに戻っていた。
「あっ、ごめん。別にバカにしているわけじゃないです。私の声だから気にしないでね」

 ンドペキも笑った。
 久しぶりに感じた心地良さだった。
「それはもうわかったよ。で、なにか感じる? この部屋」
「うーん、そうですねぇ」
 チョットマは、またチラリチラリと部屋に目をやると、
「インテリアは殺風景過ぎて冷たすぎ。刺々しい感じ。私の趣味には合わないような」
「おい!」
「ハハハ!」

 結局、チョットマは何も感じないらしい。
 四時間おきに、お互いの部屋を行き来して連絡を取り合う、と決めた。
「行き来しあうのは期限付きだからな」
「そんなこと、しつこく言わなくてもいいのにね」
「明日、ハクシュウたちが帰ってくるまでだ」
「はいはい」
「ハクシュウに誤解されたら困る」
「隊長じゃなくて、スジーウォンにでしょ!」
「は? おまえ、とんでもない考え違いをしていないか?」
 そう言い合いながら、ンドペキはドアを開けた。
 じゃ、四時間後にまた、と言って、そしてなんとなくウインクするような目を見せて、チョットマはするりとドアを抜けていった。
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