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ニューキーツ 作者:奈備 光

2章 シリー川と洞窟

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32 会談の記憶

 イコマは会談の一部始終を見ていた。
 チョットマの肩に堂々ととまって。
「ねえ、パパ。どう思う?」
 ハクシュウから、まだ命令はない。
 シリー川の岸に集結したニューキーツの軍勢は、それぞれの部隊ごとに撤収を始めていた。

「サリのことかい」
「うん」
 パリサイドの地球への帰還をどうするかではなく、チョットマはサリのことを気にしている。
「お顔を拝借か」
「どういうことなの?」
「よくわからないな」
「あの女がサリを殺したのかも」
「うーん」
「あんなやつらに地球に渡すもんか!」
 チョットマは、武器をガチャガチャいわせた。

「彼らはそんなにバカかな。殺した相手の顔をつけて、僕らの前に現れるかな」
「その程度なのよ!」
 イコマは唸った。
「でもねえ」
「だって、厚かましいとは思わない? 地球に帰りたいってあいつらは言うけど、今更どんな面下げてのこのこ帰って来たんだってことよね」
 チョットマの鼻息は荒い。
 なにしろ、サリのことなのだ。
「だいたいさ、教団がどうのこうのって、何だか知らないけど、あの居丈高な態度。ふざけるのもいい加減にしろ、よ!」
 イコマは、あの連中と戦争になったら、勝てない、と思った。
 なにしろ、弾は当たらないし、瞬時に姿を消すこともできる。大空を舞うこともできる。物資の補給さえ必要ないのだ。
 それに、他人の顔を拝借することができるとなれば、手の打ちようがない。


 JP01が女を抱えたまま対岸に消えてしまってからも、レイチェルはしばらくステージに立ったままだった。
 その間、ンドペキを含め全軍がぴんと張り詰めた静寂に包まれ、誰一人微動だにしなかったが、遠くで雷鳴が聞こえたのを機に、レイチェルは相手から受け取った書簡をンドペキに渡した。
 ンドペキがそれを読んでいる間、レイチェルはハクシュウとふたことみこと話し、全軍撤収と命令を下した。

 ンドペキから書簡を受け取ると、ふたりして飛空挺に乗り込んで飛び立ってしまった。
 背中で全軍の動きを感じようとしているかのように、ハクシュウは対岸を睨んだまま、まだ突っ立っていた。

「私達、今日はここで野営かな」
 チョットマは心配そうに顔を向けた。
「僕のことなら心配いらないよ。この目ん玉のエネルギーが切れても、ちょっとしたペナルティを受けるだけだから」
「送って行かなくてもいい?」
「いいよ。気にしないで。ずっと君と一緒にいるから」


 ニューキーツのほとんどの部隊は、撤収を終えた。
「スジーウォン、コリネウルス。全軍が撤収したかどうか、俺たち以外に誰もいないか、確認してくれ」
「了解」
 ハクシュウの命令に、スジーウォンとコリネウルスの部隊が上流と下流に分かれて、散っていった。

 チョットマはカートの中身を確認している。
 野営用の備品や食料などだ。
「よし」
 チョットマがどことなく寂しげな溜息をついた。
「ンドペキの分も持ってきたんだけど、必要なかったみたいね……」

 スジーウォンとコリネウルスから、報告が入った。
 稜線から川原にかけての一帯には、ハクシュウ隊だけとなった。
「よし。今日はここで野営する。全員、ステージのところに集まってくれ」


 作戦会議はてきぱきと進んだ。
 ハクシュウはすでに考えてあったのか、各部隊の配置と万一の場合の対処を伝えた。
「ンドペキの部隊は、俺の部隊から切り離しスジーウォンの部隊に編入する。ただしチョットマは、俺の部隊に残ってもらう。各々の部隊内のことは、各伍長がやってくれ」
 現時点まではハクシュウ隊に組み込まれていたが、スジーウォン隊になったからといって、誰も不満はない。
 気難しいパキトポーク隊だったら、げんなりした顔をするものもいただろうが。

「チョットマにはやってもらいたいことがある」
「ハイ!」
「おまえは、一旦街に帰って、ンドペキに会って欲しい」
「ハイ!」
「JP01を撃ったものは誰かを聞いてこい。それから、ここ数日中にあったことを。どうも、あいつと俺との間の通信は、ほとんどのチャンネルが遮断されている」
「ハイ! で、合流するように伝えるんですか?」
「いや、それはしないほうがいい。きっと、あいつにはレイチェルから与えられる任務があるだろう」
「ハイ!」
「できるだけ一緒にいて、情報を収集しろ。おまえもここに戻って来なくていい」
「ハイ!」

 ハクシュウがどっかりと地面に腰をおろした。
「さて、昼飯にするか」
 対岸の連中が敵だとすれば、大胆な行動だ。
「今日は動いてこないだろう。それに、相手さんの能力を考えると、逃げ隠れしたって始まらないからな」
 そして、なんとヘッダーまで外す。
「ここは大気の状態がいい。この間、お互いの顔を見せ合っていてよかったな。ちゃんとした会食ができる。スコープだけはつけておいてくれ。おさおさ警戒抜かりなく、だ」

 ほとんどの隊員はすぐそれに従ったが、何人かは突っ立ったままだ。
「おいおい、見張りはしなくていいぞ。見張りは全員で」
 敵前で武装を解いてまで会食をしようという提案に面食らったか、反発があるのだろう。
 しかしハクシュウは、あえて命令口調では言わずに、誘うような口調で言う。
「さ、一緒に飯を食おう」

 結局、全員が三々五々集まって、弁当を広げるピクニックのような光景になった。
 それぞれ、配られた食料チップを口に運んでいる。
「おい、チョットマ、鍋でも持ってきていないのか」
「えっ、えっと、鍋ですか?」
「鍋を知らんのか」
「知りません」
「大昔、流行った会食手法だ。仲のいい連中がみんなで料理を作りながら、それを囲んで食べたらしい」
「はあ」
「今度、それ、やってみるか。面白そうじゃないか」
「はあ、そうですね……」

 ハクシュウが部隊を和ませようと話している。
 勝ち目のない相手に、これからどのような展開になるか、不安感だけがのしかかるような場面である。
 レイチェルの回答如何によっては、血がこの川を汚すことになる。
 あるいは全世界の街の代表がどんな態度に出るか、わかったものではないのだ。

 ここ数百年間、まともな組織だった戦争は誰も経験していない。
 イコマは、彼らの気持ちがよく理解できた。


 黙りがちな会食が進んだ頃、ハクシュウが口を開いた。
「伝えておきたいことがある。スジーウォン、もう一度周囲を見渡してくれ」
 スジーウォンが立ち上がった。
「じゃ、ざっと一回りしてきます」
「すまんな。声が聞こえる範囲だけでいいぞ」
「了解!」
 スジーウォンは笑って、カロリーチップをまとめて数粒口に放り込んでから、駆け出していった。

 チョットマが誰に言うともなく、声を掛けた。
「あれ、サリだったの?」
 明快なことは言えないのだろう。誰もが首を捻るばかりだ。
 それでもいくつかの考えが披露された。
 あの人物がサリを殺し、顔を拝借した。自分たちは変装もできるんだぞという我々に対する恫喝だという考え方。
 サリを殺したわけではなく、たまたま見かけたサリの顔が気に入って、拝借した。ただ、我々に対する示威行為である点は同じだ。

 そういった考えに混じって、驚くべき考え方も出された。
 パキトポークは、思い付きだと断ってから、
「サリはもともとあの連中だったんじゃないか」と言うのだった。
「ええええっ! そんな!」
 叫んだのは、もちろんチョットマだ。
「そんな、ってなんだ?」
「失礼しました。でも、そんな!」
「だから、そんな、ってなんだ?」
「いえ、その」

 イコマは、そんなバカなことがあるか!と叫びたいチョットマの気持ちはよくわかる。
 本当は、ふざけるな!とビンタのひとつも飛ばしたいところだろう
 微妙に険悪なムードが漂ったが、ハクシュウがさらりと雰囲気を変えた。

「そんな場合も、可能性はゼロではない。大の仲良しのチョットマには受け入れられないだろうけどな。しかし、単に思いつきレベルの話だ」
 チョットマが頬を膨らませている。
「ちなみに俺の意見を言うと、サリに限って、それはないと断言できる。なぜなら、彼女が入隊したときのことを覚えているから」
 ハクシュウに視線が集まった。

「彼女の入隊を勧誘したのは俺とンドペキだ」
 チョットマがパキトポークをまだ睨みつけている。
「ある日、ハイスクールの卒業生が晴れて街に出てくるのを見計らって、俺とンドペキは入隊者の勧誘に行った。門からぞろぞろ出てくる連中の中から、品定めをする恒例のあれだ。そのとき、彼女は青いバッチを付けていた。どういう意味か、わかるよな」


 ハイスクールでは、メルキトの子供達が育てられている。
 マトとマト、あるいはマトとメルキトの間に生まれた子供達だ。
 制度上はホメムとの間の子も同じハイスクールへ行くことになっているが、その例は無きに等しいといわれている。

 ハイスクールに入るメルキトにはふた通りあって、胚の段階から管理されて育てられた子供と、母親が生んで物心付かないうちに預けられた子供だ。
 胚から育てられているメルキトの子供達は、青いバッジを付けて街に放たれる。
 優秀で従順な一部のメルキトは街に出ることなく政府機関に引き取られ、専用の教育を受けることになるが、多くは街に出て自力で生きていくことになる。
 母親が生んだ子供は赤いバッチだ。
 母親が迎えに来ることもたまにはあるが、それはごく少数で、ほとんどが青バッチと同様に勝手に生きていくことになる。

 その新人達を、様々や会社や商店や、あるいは個人が勧誘に行くのである。
 的を絞りきれずに社会に放り出された子供にとっては、厳しい試練の場だ。
 勧誘といえば聞こえはいいが、その場で自分の将来を決定しなくてはいけないのだから。
 もちろん勧誘する側も、その場に参加するためには、政府の許可が必要だ。ただ、怪しい者達もいるのは周知の事実である。
 ハクシュウたちのような軍は、その特権で常に最前列で新人達が出てくるのを待つことができる。

「再生された人間ではなく新しい人間を選ぶ場合、俺たちは、いや、ほとんどの隊がそうだが、青いバッジのものの中から仲間を選ぶ。俺たち部隊の仲間も、たいていはそういう人だ。知っているのは本人と、選びに行った数人だけだがな」
 チョットマが、小声で言った。
「パパ、私もそうよ。だからサリとは仲良しだったのかもしれないね」


 スジーウォンが帰ってきて、異常はないと報告した。
「よし、じゃみんな聞いてくれ」
 ハクシュウがキュートエフで文字データを送ってきた。
 キュートモードは特定者にしか送れないが、キュートエフなら部隊内のメンバーには同時送信が可能だ。
 イコマには情報が送られてこないが、チョットマがキュートモードにして転送してくれた。

「書簡の内容はこういうことだ。ンドペキが伝えてくれた」
 ンドペキがレイチェルから手渡された書簡を読みながら、その場でキュートモードで逐一伝えてきたのだという。
「口外無用で頼むぞ」

 概略は以下のとおりである。

・地球への帰還を望んでいるパリサイドは十万人程度である。
・先遣隊として、すでに三万人ほどが地球に降り立っている。願いが認められれば、残りは順次帰還してくる。
・地球人類と交じり合って暮らすことを認めて欲しいが、それが無理なら隔絶されたところで独自の街を作りたい。
・独自の街を作る場合も、地球政府の一員として認めて欲しい。
・街の規模は、既存の街の人口密度に照らし合わせた適正規模でよい。
・街を造る場合、最低一万人以上のまとまりとして欲しい。また、三箇所以上として欲しい。
・居住地は、地上であれば、いかなる気象条件のところでもよい。
・街以外に少しの生産用地が欲しい。
・土地以外には、なんらの物質的援助は求めない。
・地球人類の一員として、地球政府の運営に参加させて欲しい。

 最後に、
「我々は同じ人類として、地球に生まれたもの同士として、平和に生きていくことを望んでいる。袂をわかった五百三十一年間があったとしても、それは諍いの上に生まれた断絶ではなく、思想の違いによって生まれた離別であったことを思い出していただきたい。我々を、同じ思想を持つものとして地球に迎え入れてくれることを希望する」
 締めくくりには、希望が聞き入れられた暁には、地球人類にとって有用な様々な技術を提供する用意がある、と結んであった。

 そして、回答期限。
「一週間後か……」
 コリネウルスが呟いた。
「けっ、脚元をみやがって」
 部隊の誰もが沈み込んでいた。
 パリサイドの書簡は、読みようによっては居丈高で身勝手だといえる。
 小さな面積とはいえ、庭先の土地をよこせと言っているのと同じだ。
 世界中の街に同じ文章を示しているというのだから、足元を見ているというコリネウルスの指摘は正しいのだろう。
 わずか数日で、足並みを揃えた結論が出るとは思えないからだ。


 イコマは、暗澹とした気持ちになった。
 今、世界は六十七箇所の街で構成されている。
 それぞれの関係はゆるい繋がりで保たれ、独自の統治が行われている。
 上部機関はあるが、単に地球政府と呼ばれているだけで、実態は誰も知らない。
 レイチェルはニューキーツの街の行政長官だと名乗った。
 彼女がそのベールに包まれた地球運営機関の一員なのだろうか。
 それとも、単なる現場所長みたいなものだろうか。

 一週間後に出る返答は……。


 いずれにしても、今の平穏な暮らしに何らかの変化が起きるだろう。
 最悪の場合は、一気に戦争に突き進むことになるかもしれない。

 少なくとも、この部隊の空気を見る限り、パリサイドを喜んで受け入れようという気分ではないことは明らかだった。
 ハクシュウも自分の考えを言おうとはせず、隊員が様々な想像を膨らませるに任せていた。

「無理だ……」
 隊員のひとりが呟いた。
「何がだ」
「どう転んでも……」
 一種の絶望感が、その言葉を吐かせたことだけは確かだろう。 

 ただ、ハクシュウはがばりと立ち上がった。
 隊員を奮い立たせるように、陽気な声を出す。
「さあ、そろそろ取り掛かるか。明日の朝、十時には交代の部隊が来る。それまで、何も見逃すな!」
 そして、命令を下した。
「全員、持ち場につけ!」

 よく訓練された部隊だった。
 無理だと呟いた隊員も含めて全員が、機敏な動きで一瞬のうちに散っていった。
「チョットマ。街へ戻れ!」
「ハイ!」
「お客様をちゃんと送り届けろよ」
「ハイ!」
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