挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
ニューキーツ 作者:奈備 光

2章 シリー川と洞窟

27/126

26 瞳の色

「おまえの商売というのは?」
 ンドペキがそう言う間に、女は立ち上がっている。
「それは内緒。今はね」
 そして、足早に大広間を横切っていく。
「一緒に見て回った方がわかりやすいから。あ、武器は要らない」
「しかし」
 ンドペキは、武器を持たずに歩くことはしなかった。たとえ街中であっても、小火器や短剣程度はいつも身に着けている。
「ここは、私の仕事場だと言ったでしょ」
「ああ」
「誰にも邪魔はさせないし、ここで血を流させはしない」
 女は、後姿を見せたままピシリと言い放ったが、振り返った口元には朗らかな笑みがあった。

 ンドペキは女について、洞窟内を見て回った。

「そこの湧き水が飲めるわ」
「発電設備はここ。水力発電なの。かなり優秀よ」
「ここに食料を溜め込んであるわ。一応、五十人が三ヶ月は頑張れる程度の量ね」
「この通路には、小部屋がたくさん並んでる。寝室にどうぞ。毛布くらいは運んであるから。床が固いから寝心地はいいとはいえないし、ドアもないけど」
「この部屋だけは、誰も入れないでね。私の寝室だから。かならずノックすること」
「キッチンはここがいいわよ。煙が抜けていってくれるから」
「ほら、ここ、いいでしょ。露天風呂の気分じゃない? この穴にお湯を入れて、湯加減は川の水で薄めてね」
「どんなものが必要なのか分からなかったから、武器弾薬の類はまだあまり用意していないわ。リストを作ってくれたら集めておくけど」
「エネルギーパッドはここに積んであるわ。すべて満タン。汎用タイプのものだけど」

 まるで、ふたりの新居を案内するように、女は案内してくれる。
 踊るように歩き、歌うように喋って。
 人といるとき、その人と一緒に居るだけで楽しい、というのは大切な感覚だ。
 それがなければ、たとえどんなに面白い話をしようが、美しいものを見ようが、いい仕事ができようが、場合によっては抱き寄せたり、キスしようが、すべては虚しい。
 この女から発散されている、一緒に居るだけで楽しい、というシンプルだが基本的な心情に、ンドペキも感染していた。
 同じ気持ちが、ンドペキにも芽生えていたのである。


 しかしンドペキは、フムと頷いてばかりで、冗談を言うようなことはしなかった。
 何しろ、ここをなぜ使うことになるのか、まったくわからないのだ。
 しかも女は、ここに篭城するかのような口ぶりである。
 女が解説してくれることに、どのような反応をすればいいのかわからなかった。

「本当は、使わない方がいいのにね」
「じゃ、なぜ、こういうことをする」
「そういう運命なのよ、きっと」
 女はそう言って、溜息をついた。
「さ、大切なところに案内するわね」

 ふたりが向かった先は、洞窟の奥部だった。
 大広間に比べると、ふた周りほど小さいが、比較的広い空間があった。
 バレーボールコートくらいだろうか。天井もそれほど高くはない。
「瞑想の間って呼んでるわ」
「やたら広いところで瞑想するんだな」
「そうよ。真ん中にラグを敷いてね」
 ここにも水が流れている。
 流速はあるかないかという程度だが、かなり深い。
 光は底まで届かず、黒々として、何者かが潜んでいるような気もした。
 ここにも照明が灯されてあった。家具の類はない。
 出入り口は二箇所のみ。

「ここから先は、行かない方がいいわ。理由は危険だから、とだけ言っておくけど」
「恐ろしい魔物がいるってわけだな」
「ま、そういうこと。魔物というのとはちょっと違うけどね」
「そいつが、こっちに出てくるってことはないのか」
「来ないわ。彼は自分の持ち場を離れないのよ」
「彼……、了解」
「ただ、万一の時には、ここを抜けていくのよ。とても長い長い通路が続いているわ。洞窟のもう一つの隠された出口に繋がっているはず」
「行ってみたことはないんだな」
「だって怖いじゃない。もしもよ、本当はどこにも出口がなかったら、と思うとね。奈落に繋がっているだけだったら?」
 女が肩をすくめて、顔を近付け、真剣な目をした。

 森羅万象、あらゆる物質を溶かしてしまう有毒ガスが充満していらどうする?
 一瞬にして生気を吸い取ってしまう、恐ろしい化け物が行く手を阻んでいたらどうする?
 逃げる間もなく天井が落ちて、ペッシャンコに押しつぶされる仕掛けがあったらどうする?

 女が恐怖の例を並べたてた。
「もっと恐ろしい場合もあるよ」

 悪夢が現実になる魔法がかかっていたら、どうする?
 どんどん若返って赤ちゃんになって、最後は消えてしまう魔法がかかっていたら、どうする?

「怖いじゃない」
「しかし、万一のときはそこを抜けろと。きっと希望が開けるはずだと」
「そういうこと」
 女はンドペキの目をじっと覗き込んだが、すっと視線を外すと、帰ろうという仕草をみせた。


「さ、あなたが先に歩いて。ちゃんと大広間まで帰れるかどうか、テストするから。通路がたくさん枝分かれしてたけど、間違わないよね」
「間違わないさ。メインストリートにある照明器具にはバラの模様の刻印があり、脇道は剣や月や星だ。稲妻みたいな模様もあったな」
「あ、すごい。観察力はやっぱりあなたね。へへ、それを説明するのを忘れてた」

 大広間まで戻る途中、女は明日の会談のことに話題を向けた。
 交渉は同行するものに任せて、ンドペキは黙っておればいいという。
 ただ交渉が、それは違う、というような方に向かったときには、自分の正しいと思う行動をすればよいともいう。

「相手は、女性ひとり。こちらも女性ひとり。あなたは一応はこちら側だけど、正義の使者として立ち会うというような役割ね。大げさにいえば」
「何の交渉なんだ」
「それは話せない。条件によって、様々に変わるかもしれないから。ただ言えることは、相手は好戦的ではないということ」

 ンドペキは彼らを見たときのことを思い出した。
 川原や森の中で静かに暮らしているような穏やかなコロニー。
 黒く大きなアンバランスな肢体。
 水の上を労なく歩いてきたもの……。
「彼らはただ、存在を認めて欲しいだけだから」
cont_access.php?citi_cont_id=526017838&s
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ