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ニューキーツ 作者:奈備 光

2章 シリー川と洞窟

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25 ドレスの色

「着いたわ」
 あたりは漆黒の闇。
 ここだと言われても、心もとない。
 ンドペキはかすかな光を灯した。
「お疲れさま」
 女の声が和らぐ。
 が、その瞬間、姿が消えた。

「落ちないでね。三十メートルほどあるから。梯子もあるけど、大丈夫でしょ」
 岩の隙間に、人ひとりが通れるほどの隙間があった。
 ここに入っていくのか、とンドペキは少々たじろいだ。
 ここへ来るまでに、女を警戒する気持ちは失せてしまっていた。
 戦えば勝てるかどうか微妙なところだが、相手に戦意はまったく感じられない。
 しかも、まるで旧知の間柄のように接してくる。
 言葉遣いは、親しみがあるようでないようで、妙だが。
 信用しているとはいかないまでも、少しの親しみが湧いていたのだ。

「底の地面は、傾斜になっているわ」
「ああ」
「手前に降りるんじゃなくて、前の方へ飛び降りてね。手前はコウモリの糞が積み重なっているから」
 女の声が隙間の中から聞こえてくる。

 どこへ連れて行こうとしているのだろう。
 そして何のために?


「了解」
と、ンドペキは洞窟の中へと舞い降りた。

 降り立った場所は、大きな一枚岩が稜線を走らせ、前後に広い急な斜面を作っていた。
 確かに、注意して降りなければ、コウモリの糞の堆積物に嵌まり込んでしまうだろう。

「強烈な匂いだな」
 ンドペキはマスクの有毒ガスシールドを張った。
「まあね。でも、ここだけ。奥は快適」
 ついて来いと顎で合図をして、女は更なる深みへと続く小さな通路に入っていく。
「ゆっくり。無理しないで」

 通路に電灯が灯された。
「近代的でしょ。大変だったのよ。この工事をするのは」
 通路は下り坂で、曲がりくねり、時として数メートルほどの落差があった。
 巨石の隙間に偶然できたような通路で、いたろところで岩盤が前方を塞ぎ、そのたびにわずかな隙間に体を入れなければならなかった。
 ただ、空気は乾いているようで、前を進む女のたてた砂埃が、電灯に照らされてキラキラと舞った。
 ふたりはゆっくりと下っていった。


「到着!」
 狭い通路を抜けて、広い空間に出た。
 バスケットコートが二面ほど入る程の空間だった。
 半分ほどは岩盤が露出し傾斜していたが、奥の方は玉砂利が敷き詰められたように真平らだった。
 天井は高く、足音が響く。
 右手の壁に沿って、水が緩やかに流れていた。

 平らな部分の中央に机が設えられてあり、その周りに椅子が八脚。
 中央に置かれた燭台がひとつ。
 白っぽい岩肌の壁には、ブラケットが十燈ほど。
 空間はひんやりとして、静まり返っていた。

「どう? この大広間」
 女はそう聞いてきたが、答えは期待していないのか、かすかな溜息をついて椅子に腰掛ける。
 ンドペキは突っ立ったまま、改めて女を見た。

 軽装のバトルスーツを纏っている。
 現在主流の、絹のようにしなやかな素材。
 ナノカーボンの超伸縮性スーツだ。
 編みこまれた金属が放つ緑がかった光沢が、この洞窟の大広間の中では存在感を際立たせていた。
 チタン合金のように見える肩当やブーツには、ピンク色の花模様。
 ヘッダーとスコープ付きのゴーグルは一体型で、こちらも合金製だ。
 目の部分にはめ込まれたガラスはハイグロスの光沢仕様で、これも緑色を放っていた。


「ん!」
 ンドペキは身を硬くした。
 女がヘッダーを外そうとしている。
 耳の下から順に、留め金を外していく。

 女はこちらを向いている。
 ンドペキは、背中に汗が吹き出てくるのを感じた。
 女の手がヘッダーを持ち上げる。

 金属の装甲の下から現れたマスク。
 純白で、頭部までタイトにフィットするフードタイプのものだ。
 鼻の部分に装着されたプロテクターだけが異様に尖っている。
 女の小さな頭部がにこりと笑った。

 他人に肌を見せることはおろか、表情を読み取られることにも慣れていないンドペキにとって、この状況は緊張を強いられるものだ。
 マスク姿の女の顔を見つめた。
 目の部分にはグラスが嵌まっていなかった。

 目が合った。
 その目元は、微笑んでいるように見えた。
 黒い瞳が瞬いた。

 女は視線を外そうとしない。
 ヘッダーを机に投げ出すと、あっさり、マスクを剥ぎ取った。
 流れ出した長い黒髪が揺れて、光を放った。

 ンドペキは女の顔を凝視していた。
 女もひと時も目を離さず、見つめ返してくる。


 やがて、スーと息を吸い込んだかと思うと、立ち上がって口を開いた。
「私が武器を持っているから、あなたはそこで突っ立っているのね」
 と、バトルスーツを脱ぎ始めた。
「いろいろと仕込んであるからね。スーツごと脱がなきゃ、信用されないわね」

 思わずンドペキは、声を掛けた。
「いや、そういうわけじゃない」
「じゃ、なぜあなたは女が素肌を見せているのに、そんなものをかぶったままなの?」
「う」

 言葉に窮する間にも、女はスーツを脱いでいく。
「しかし、何も聞かされないで、ここまで連れてこられた」
「だから警戒するのは当然だって?」
「いや、警戒というのは違う。何がどうなっているのかわからない」
「そうよね。そうだと思う。でもね」
 女がバトルスーツを投げ捨てた。
「私を信用しろと言ったでしょ」


 女は白いドレスを身に着けていた。
「どう? 驚いたでしょ。ピッタリフィットの花柄の下着だと思った? はい、もう武器は持ってないわよ」

 ンドペキは、おんなという武器は持っているじゃないか、という軽口を思いついたが、我ながら下品だと思った。
 しかし、気分はほぐれた。
 しかも、女の声は電波を介していない。
 柔らかい声だった。

 ンドペキの喉から、思わず吐息が漏れた。
 ひと言二言話しただけで、緊張感が緩んでいたのである。
「さあさあ、もういい加減に、そのきらびやかなスーツは脱ぎなさいよ。せめて、お顔は見せてね」
 女はどこから出したのか、飲み物を手にしていた。よく見かける清涼飲料水のボトルだ。

「そして、そこに座って。話さなきゃいけないことが、たくさんあるわ」
 女は樹脂製のボトルから、グラスに水を注ぐ。
 そうする間も、目をそらすことなく見つめてくる。

 少しの間が空いた。
 ンドペキは観念した。
 目の前で装甲をすべて外し、それらを机の上に置くと、女の前に座った。


 なんともいえない落ち着かない気分だったが、女はにこやかに微笑んで、グラスを滑らせてきた。
 そしてようやく、視線を宙に向けた。
「さて、まずは、なぜここに案内したのかってことから始めましょうか」
 唐突に話し出した。
「待て。まず、君が誰なのか、というところから始めてくれ」
 女は、すっと顔を近づけてきて、
「わからないかなあ」と、笑った。
 フッと、いい香りがした。
「でも、それは最後に。そう決めているの」


 女が話してくれたことは、ンドペキには雲を掴むようなことばかりだった。
 内容があいまいだったからでもあるし、実感が伴わないことも多かったからだ。

 この場所は、近い将来、ンドペキとその仲間達にとって、重要な拠点になる。
 この広間以外にも多くの部屋があり、食料や日用品などもひと通りは蓄えられている。
 政府のいかなる機関にも、所在は探知されていない。
 近くに建造物はもちろんのこと、街道もなく、周りに兵器も配備されていない。敵のマシンの出現も比較的少ない。
 広間の中を流れる水は、やがて大きな川に注ぎ、海へと至る。
 この洞窟へのアプローチは、今走ってきた道が街からの最短ルートだが、魚のように泳げるなら、水中のルートも考えられなくはない。
 しかし、水流は面は穏やかでも、すぐ下は急流となっていて、人間はたちまち足元を掬われて確実に溺れる。
 あっという間に流されて、岩の隙間を流れ去る激流に飲み込まれてしまうだろう。そうなれば、次に顔を出せるの奥の広間。ただ、そこまで息が続くものではない。


「私が、商売用に使っている場所なんだけどね。ンドペキにも使ってもらえたらいいな、と思って」
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